第七話・「好きだ、って言うつもりだ」
「にしても、現実主義っていうのか? そういうの」
「変な言い回ししないで、率直に夢がないって言ったら?」
お尻のポケットに入っていた財布を取り出すと、小銭を自動販売機に投入する浩輔。
販売可能を示す青いランプが、浩輔の顔を青白く照らしていた。冷たいコーヒーを選択すると、取り出し口にごとりとスチール缶が落ちてくる。
微糖のコーヒーだった。
一本を取りだし、浩輔はさらにもう一本を購入。
「柄にもなくしゃべりすぎたろ? 飲めよ」
下投げで投げよこす。
その勢いに、私はそれをお手玉をしながら慌てて受け止める。
「あ、ありがと……」
「いいか、綾の夢のない発言を受け止めた上で言うぞ」
プルトップを空けて、思わせぶりに一口。私もそれに従ってプルトップを空けた。
コーヒーはコーヒーでも微糖を選んでいるところは、皮肉のつもりだろうか。
人生そんなに甘くない、と。
それを知った上で浩輔は……と考えたところで、浩輔がそこまでウイットに富んだ人間でないことを思い出し、思考を削除する。
「俺は良いところでなんかで終わらない人間だ、安心しろ」
「なにそれ、自信過剰すぎ」
コーヒーの缶を両手で転がしながら、私はいつもの調子で馬鹿にする。
「……お前が何でそんなことを考え始めたのかは分からない。けどな、お前がこれからもそういうことを思って生きていくんだったら……俺は、お前のそんな価値観なんてぶっ壊してやる。俺はそれが出来る人間だからな」
飲み終えたコーヒーの缶を握力で握りつぶす。
スチール缶をへこませるその握力は、言葉を体現させているように見えた。
でも、価値観とスチール缶を一緒にされると、それはそれで困る。
下手な駄洒落にも聞こえる。
「お前が俺を引き合いに出したからな……この際言ってやる。俺には野球しか取り柄がない。野球が全てだ。逆に言えば、野球だけで十分だ。野球以外には何もいらない。野球以外には何もないただの馬鹿野郎だ。そうさ、綾の言うとおりだ」
ゴミ箱につぶした缶を放り投げ、外灯のたもとを歩き始める。
缶は外れることなく、見事にゴミ箱の中で跳ね返った。
「……でも、野球が出来るんだ。野球が上手くできるんだ。それしかできねぇけど、それで十分だ。人より速いボールが投げられる。変化球もきれる。そんな自分にプライドだってある」
私は残り半分となったコーヒーをちまちま口に含む。
会話が少なくなると飲み物をやたらと口に含む……そんな誰にでもある癖をはじめて意識する。
浩輔の自信みなぎるその言葉をさえぎることなんて出来そうになかった。
「そんなバカみたいに単純な男が、どこまで行けるか……お前の考えをどこまでぶっ壊せるか、綾が見てくれ。その目で確かめてくれ」
浩輔の背中を追うようにして、私は歩き出す。
屋上でも見たあの背中が、私の目の前を誇らしげに歩いていく。
同じ年齢、同じ学校……同じ道をたどってきたはずなのに、浩輔の背はこんなにも大きい。
憎らしいくらい大きい。
「そして、俺のヒーローインタビューを聞いてくれ。俺な……今から考えてるんだ」
「なんて言うつもりなの?」
「ん? ……まぁ、秘密だ」
浩輔の話題がラフな方向にそれつつあることを感じ、私は口を挟む。あまり深刻に何かを話したりするのは、幼馴染みの関係としては不自然に思えたから。
「どうせ浩輔のことだからつまらないこと言うんでしょ? 案外、涙ぼろぼろ流して受け答えできなかったりして……うん、あり得るかも」
残り少なくなったコーヒーを口に含む。
「好きだ、って言うつもりだ」
「え……?」
飲み込んだコーヒーが喉元で絡まりそうになり、私は吐き出しそうになる。
「……野球がな」
振り返った浩輔は、喉元を押さえて苦しんでいる私に、嫌らしい笑みをみせた。
……コイツ、調子に乗っている。
「どうした? 俺に告白でもされると思ったのか?」
「あのね……。浩輔、なんだか今日はやけに絡んで来るじゃない?」
釘を刺す意味で、並びざまに浩輔の腹部にひじうちをいれてやった。
息が詰まったようで、身体をくの字に折り曲げる。
いい気味。
「お前が……初恋だのなんだの言うからだ……」
痛みで片目をつぶりながら、息も絶え絶え。
少々やりすぎたかも。
「だから、それは亜里砂が――」
言いかけたところで、バッティングセンターの明かりが見えてくる。
打ち返されるボールの音が、我が家が近いことを告げていた。
言い忘れたけれど、私の家はバッティングセンターを経営している。
場末……そう、この言葉がしっくり来るようなバッティングセンター。
「別にお前の初恋に興味はないけどな……あ、うぬぼれるなよ? 俺には野球以外には何もいらないんだ! 俺の初恋は野球なんだ! 野球が恋人なんだ!」
なぜか大声になる浩輔、端から見ていて迷惑極まりない。
「……ずいぶんと表裏のある恋人ですこと」
「あん?」
皮肉も早々に、バッティングセンターに隣接する我が家へ。
浩輔は、曲がり角で立ったまま、笑っていた。
「表裏のある恋人ですね、って言ったのよ!」
離れた距離からの会話のキャッチボールは、自然と二人を大声にした。
「彼女にするならな! それぐらいが良いんだよ! 強いところもあって、跳ねっ返りで、でも、時々弱いところを見せるような彼女の方がな!」
右手をメガホンのようにして、口に添える。
流石に野球部、声は遠くにまで響く。
「私それ知ってる! ツンデレって言うんでしょ? 亜里砂が言ってた!」
「知らぬは己ばかりなりとはよく言ったもんだよな! お前にぴったりの言葉だ!」
西の空を降りていく斜陽が、浩輔の輪郭を橙色に染めていた。
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