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初恋は、三角関係
作:NAO



第五話・「良いところまで」


「また、勧誘か? お前も頼られてるよな」

 私が校門を出たところで、背中に声がかかる。都立東高校というプレートに背を持たれさせていた幼馴染みは、声を無視する私の隣に当然のように並んできた。

「先週のバスケットでは一試合に三十得点だって? 相手がそこそこの強豪チームだっていうのにやり過ぎだぞ」

 一週間が経過して、ドリブルの音がやっと頭から離れ始めた。時間の経過を知らせる針のようなバスケットボールの音は、私にとっては身体を断続的に叩く鞭のような音にしか聞こえなかった。
 練習試合のあった当日、突然沸いて出た選手の活躍に、レギュラーにさえられない部員達が眉をしかめるのが手に取るように分かった。一、二年生部員にとって、三年生である私は確かに先輩かも知れない。けれど、バスケットボール部員としては、私は後輩にしか過ぎなかった。入部一日にも満たない私がいきなり先発起用。誰だって嫌なはずだ。
 私が反対の立場だったら、許せない。

「相手が私をマークしていなかっただけ。正規のメンバーじゃない補欠扱いの私が、急に出てきたから、相手が戸惑ってただけ」

「はいはい、謙遜謙遜」

 手のひらを振って相手にしようとしない浩輔。

「本当のことだし」

 強く吐き捨てた言葉では、浩輔を屈服させることは出来なかった。グラウンドから聞こえてくる威勢の良い運動部のかけ声をものともしない強い意思が、私の隣から立ち上る。

「じゃ、言ってやるよ。相手はお前を研究してた。補欠扱いのお前のこともな。これは、信頼の置ける奴から聞いたことだからな、信憑性が高い」

「浩輔が言うから、信じられない」

 浩輔の意思をたたき落とす形で、私は再び言葉に拒絶を込めた。私の確かな拒絶の意思表示に、浩輔はしばらくの間黙っていてくれた。二人の人間による全く違う歩幅によって作られる一定のリズム。

 私が十歩で歩くところを、浩輔は八歩で歩く。
 これといって取り上げることはない、幼馴染みだから知っているどうでもいい知識。

 私が怒っているとき、いらだっているとき浩輔はいつも黙って私に任せてくれる。昼休みのこともそう。浩輔は自分から身を引いて、亜里砂による私の初恋宣言を終息させてくれた。
 これといって取り上げることはない、幼馴染みだから知っているどうでもいい知識。

 学校から離れるに従って、運動部のかけ声は遠ざかっていく。やがてかけ声も聞こえなくなる瞬間。それはつまり、高校生という枠から抜け出して、一人の人間に戻る距離感。

 先輩や後輩、校則、道徳などにとらわれないで、一人の人間として悩める距離感。
 その距離感にたどり着くまで、私たちは黙って歩き続けた。

「綾……お前、すごい奴だよ。普通にすごい」

 輝き始めた一番星に願いをかけるように、浩輔は空を見上げていた。

「……」

 浩輔の口にした言葉が、その意味が、まるでニュースから流れてくる芸能報道のように無機質に感じられる。褒められているのだと理解するのにさえ、私は数秒を要していた。

「昔から見てきてるからな、それが余計に分かる。……お前はすごいよ」

 同じ台詞を繰り返す。
 言葉を覚えたての赤ちゃんのように。
 止めなかったら、家に着くまでずっと言われ続けるかもしれない。しばらくの沈黙で冷えた頭の中で、私はそう考えることができていた。
 話し相手の目を見ずに足下に視線を落とす私。

「すごいすごい言わないで。それに、そればっかり繰り返すと語彙力足らないってバレるよ?」

「本当に、すごい奴だよ」

 半ば即答のように浩輔が私の語尾にかぶせてきた。水掛け論、いや、子供のケンカのように幼いそのやりとり。

「……」

 私は肺に吸い込んだ空気を、ため息と沈黙に費やす。

「……なのに、なんで何か一つに絞ろうとしないんだ? お前なら、何をやらせてもきっと良いところまで行く。俺が保証する」

「浩輔に保証されても、にわか競馬ファンの予想ぐらいにしかあてにならない」

「ビギナーズラックってのもあるだろ」

 白い歯を見せて笑う浩輔だが、私の表情が優れないのを見るや素早く歯をしまう。

「……って言うか、そんな運に頼るよりは、長くお前を見てきてるつもりだけどな」

「節穴ってこともあるでしょ」

「まだ俺の目は曇ってねぇよ」

 頬を強ばらせる浩輔の声。

「それに、ごまかすなよ。……綾なら、絶対に良いところまで行く。バレーだってバスケだってソフトボールだっていい。絶対に良いところまで行ける。なのに何で一つに絞ろうとしないんだ? もったいないだろ」

「それ聞いてどうするのよ」

「どうもしない。興味本位」

「なら聞かないで」

 規則正しかった歩幅のリズムを逸脱して、私は浩輔の先を歩き出す。走り出して浩輔を振り切ろうとしなかったのは、幼馴染みへの同情からだろうか。
 それとも、どうせ浩輔に追いつかれてしまうというあきらめからだろうか。

 徐々に開いていく幼馴染みの距離。

 離れていく浩輔の足音を聞いているうちに、なぜか私にいらだちが募り始める。なぜ浩輔が追いついてこようとしてくれないのか。
 そんないらだちだった。
 どうせ浩輔に追いつかれる。
 思いこみに過ぎなかった私の思い上がり。
 見失っていたもう一つの選択肢。

 浩輔が私を追いかけてくれるなんて、誰が決めたんだろう。
 浩輔が私を追いかけてくれるなんて、誰が証明できるんだろう。
 そんな証拠なんて、どこにもないのに……。

「幼馴染みとして心配……これならいいのか?」

 歩幅を早めない浩輔の、少し大きくなった声量。
 私はあきらめにも似た息をして、浩輔を振り返った。

「じゃ言ってあげる」

「おう、言ってくれ」

 はじめて結びついた、ぶつかり合った私と浩輔の視線。
 私はその視線を押し返すように言葉を頑なにするのだった。

「――良いところまでしかいけないから」












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