第四話・「負けてられないんです!」
放課後の太陽を背中に背負いながら、校庭を横切ろうとする。
やましいことがあるわけでもないのに、いつの間にか足早になる。
亜里砂は噂の野村悠が通う都立西高校との合コンがあるとかで、チャイムと一緒に教室を飛び出していった。
私たちが通う都立東高校に加えて、都立西校という高校が、この町には存在する。
東校と西校は、東西の言葉通り駅を挟んで東西に設立された高校で、生徒数も桁外れに多い。
その中間点となっている駅は、両校の通学に利用されているので、登下校の時間にかち合えば、それはそれは多くの高校生を見ることが出来る。
何処に隠れていたんだ、と目を丸くするることは請け合いだ。
東校は赤、西校は青を基調にした制服なので、どちらの高校に属しているかは火を見るより明らか。
亜里砂は駅前で待ち合わせをしているようで、チャイムと同時に私にひらひらと手を振ると、駆け足で教室を出て行った。
私もその合コンに誘われていたのだが、早々に断ってしまった。
恋は落ちるものではなくて、するもの。
彼氏は出来るものではなくて、作るもの。
それほど心に響く言葉ではないはずなのに、それは私をつけねらうように鎌首をもたげていた。
亜里砂はそんな私の肩に手を置いて、あからさまなため息をついてみせた。
そんな亜里砂のおでこにデコピン攻撃をしてやったのが、せめてもの報復行為だった。
「すみませ〜ん!」
私の足下に少し大きめの白球が転がってきた。
遅れて届いてくる声。
ボールはソフトボールだった。
つま先にこつんと当たると、私はそれをゆっくりと拾い上げる。
「あ、綾〜! ちょうど良かった! 入部のこと考えてくれた?」
グローブを掲げる他クラスの友人にボールを放ってやる。
「ごめんね、私やっぱり……」
私が投げたボールをグローブに収めると、そのグローブと右手をぶんぶんと顔の前で振り始める。
「あーあー! 全部は言わないで! 告白して撃沈したみたいで悔しいからさ。いいの、まだフラれてないって自分に言い聞かせて、これからも継続的に勧誘活動をしていくんだからっ!」
私の言葉尻をかき消そうと躍起になる友人の後ろから、後輩らしきソフトボール部員が顔を出す。
「先輩、それって情けないですよね……?」
ジト目で友人を見た後輩のソフトボール部員が、とげとげしい言葉を残した。
「言うな、後輩!」
「私、用が終わったなら行こうと思うんだけど……」
長くなるのが嫌だったので、私はつま先を校門へ向けようとする。
「あの、木村先輩?」
「あ、うん、何?」
一歩を踏み出そうとした右足が、踏み出せずに足踏みになる。
声に苛立ちが混じりそうになったけれど、そこは昔取った杵柄。
声を笑顔というオブラートに包みこみ、後輩に差しだした。
後輩はそんな私の気苦労を知ってか知らずか、少々強ばった面持ちでとつとつと言葉を綴る。
「私、木村先輩がすごい人だって事は知っています。どこの部活にも所属していないけれど、助っ人として参戦すれば、ほぼどの部活でもエースを張れるって」
褒められているはずなのに、私はそれが嬉しく感じられない。
「……でも、そんな先輩だって知っていても、先輩にライバル心を抱いて良いですか? これでも私、ソフト部の四番です。そうやすやすと木村先輩に頼ってばかりにもいきませんから。私だってソフト部期待の星。負けてられないんです!」
手に持ったグローブで自分の胸を叩く。
そこに詰まっているのはプライドなのだろうか。
先輩を押しのけて私に一歩踏み出すその姿は、若々しさと情熱に溢れているような気がした。
……ちくりと痛んだ私の胸。
ああ、きっと私は羨ましいんだ。
他人事のように、私はもう一人の自分と言葉を共有していた。
「ちょ、ちょっと……アンタは黙ってなさい。あはは……綾、最近の後輩はゆとり教育の影響が強くて困ってるのよ。この子の言うことは気にしなくて良いから」
後輩のえり首を引っ張り、背中に隠そうとする。
「う、うん……じゃ、行くね」
私は力なく手を振って、きびすを返す。作り慣れた愛想笑いは、二人に背中を向けた瞬間に、暗闇に落ちていった。
傾いていく夏の太陽が、あきれたように私から光を奪っていく。
「うん、またね、綾! 四番の座は明けておくから!」
「先輩! ひどいです!」
楽しげな会話に、思わず耳をふさぎたくなった。
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