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fairy-tale
作:ドルフィン



第六話「シンクロ」


 諦めていた。死ぬ前がどうだったかなんて、憶えてない。ただ、意識が芽生えたその時から、諦めていた。

 真っ白な空間。虚無の世界。そこに溶け込もうとする、俺の魂。

 飲み込まれる感覚。抗う気は起きなかった。

 その時、俺の意識の中に声が響いた。

 目の覚める電流の痛みに強制的に目を覚まされた。

 その少女との出会いは、俺の諦めを払拭した――。







第六話「シンクロ」







「暇ですね」

 手に持った本をパタンと閉じて、チトセは今日何度目かも知れないお決まりの台詞を口に出した。俺はソファに寝そべって、テレビをボーと眺めながら適当に「あー……」と生返事を返した。

 ふっさんから自宅謹慎を言い渡されてから四日が経った。読書で暇を食いつぶしていたチトセも、さすがに五日目ともなると集中力が途切れるらしい。俺はというと、もはやリビングのソファに寝そべり、テレビを日がな一日ボーと眺める、末期症状に陥っている。しかし、慣れてしまえばこのだらけた生活スタイルも悪くない。後三日ぐらいなら、このまま何事もなくテレビを――。

「暇なんで外出しますよ、プレーンヨーグルト」

 ――なんて平穏無事には済みそうになかった。

「お前、自宅謹慎の意味知ってるか?」

「今更ですが、犬の言いつけなど律儀に守る必要もないと気付きました。というか、犬のくせに何様のつもりですか」

「……先生様だろ」

 しかし、一度言い出したら聞かないチトセのこと。俺は仕方なくソファから気だるい体を起こして、ぼりぼり頭を掻いた。

「――で、どこ行くんだよ」

「セントラルパーク、闘武場。一つ、試しておきたいことがあります」

「……闘武場?」







 自宅から徒歩二十分ほどの距離にある、セントラルシティ記念公園。通称、セントラルパーク。セントラルシティ創立の記念に造られたこの公園は長巨大な公共施設だ。例により、巨大な招き猫が、両手を挙げてピースサインをしているオブジェ(銅像)がシンボルのここは、遊園地並みの設備が整っている。そして、ここには、従魔師専用の訓練場である闘武場も造られている。

 セントラルパークを訪れた俺とチトセは、闘武場の一室を借り、中に入った。闘武場はドームのような外観をしている。その広さはよく知らないがとにかくとてつもなく広い。そして、ドームの中は防弾壁で仕切りがなされ、百もの個室が作られている。ホテルのような造りだが、一室一室、訓練に使う上で不自由しない程度の広さは確保されている。

「この前のハゲとの決闘の時に感じました」

「言っとくけど、お前、トウオウの前ではハゲとか言うなよ。また、面倒くせえことになるから」

「茶化さないでください。今は真面目な話をしています」

「……冷やかしでもからかいでもねーよ」

 周りを鏡で囲まれたミラーハウスのような一室の中央で俺とチトセは向かい合っていた。天井も足元さえも鏡で作られたここは距離感なんてないに等しい異質空間だ。なんでこんな部屋にしているのかは詳しく知らないが、特訓において様々な利点があるとかないとか。ちなみに、鏡は当然防弾ガラスを使用しているので、ちょっとやそっとじゃビクともしない。

「――この間、猿公えてこうが匣のリミッターを外したでしょう」

「一応言っとくわ。王の前で猿呼ばわりすんなよ。こっちは多分、面倒くせえじゃ済まねーぞ」

 俺の言葉をさらっと無視して、チトセは声を出した。

「ハゲとの決闘の時――私とシンクロした時、あなたは何か感じませんでしたか、プレーンヨーグルト」

「……さあ? 別にいつもと変わらなかったけどな」

「私は感じました。あなたが銃を召喚した時から、それは私の中に入り込んできた」

 淡々と声を出すチトセに、俺は「入り込んできた?」と聞き返した。

「入り込んできたというより、それは元々そこにあったのかもしれません。ただ、今までは気付けなかっただけのことなのでしょう」

「……悪いけど、言ってること意味分かんねえよ」

「闇の中にいる時に、目の前に浮かんでいる光の玉のようなものの存在に気付きました。それは、手の中に納まるほどの小さなものなのですが、得体が知れないだけに私はその光の玉に触れることができませんでした。しかし、それは手を伸ばせば、すぐにでも届く距離にふわふわと浮かんでいるのです。そして、思い至りました。それこそ、リミッターで制限されていたものなのだと」

 チトセの言葉に、俺は頭を掻きながら声を返した。

「よく分かんねーけど、つまり、それに触れれば今までより強くなれるってことか?」

「分かりません。ハゲとの決闘の時に試してみようとも思ったのですが、邪魔が入りましたから。だから、これから試してみたいのです」

「なるほどな。やっと話が見えた。でも、大丈夫なのかよ?」

「それをこれから試すんです」

 そう言って、チトセは左耳のピアスにそっと手を添えた。

「では、行きますよ。準備はいいですか」

「……ああ」

 俺が返事を返すと同時に、チトセは目を閉じて意識を集中した。やがて、ピアスからもれ出てくる黒いモヤはチトセの小さな体を這っていく。

 チトセの身に着けた服がたなびき、肩まで下ろしたショートカットの黒髪が揺れる。暗闇のカーテンがチトセの体を覆いつくし、チトセはそっと目を開けた。

 チトセの視線を受け取り、俺は右手を前に出し、銃を召喚する。慣れ親しんだ感触を確かめるように、俺は少しだけ強くグリップを握った。そして「いいぜ」と俺が声を出すと、再びチトセは目を閉じ、小さく息を吐き出した。

 シンクロしている時、従魔師と従魔の意識は魂で繋がる。そして、チトセとシンクロしている時、言葉を交わさなくても、チトセの声を頭の中で聞き取れるようになる。

「行きますよ」

 頭の中にチトセの声が響く。そして、その直後、ピアスから今まで見たことのない大量の闇が噴出し、それはチトセの体をたちまち覆いつくした。

 突然目の前に出来上がった暗闇の壁は、チトセを飲み込んで、なおも肥大していく。繋がっていたチトセの意識が薄れて、離れていく。その感覚は、背筋を走る悪寒に似ていた。

「チトセ! 今すぐ魂を抑えろ!」

 慌てて目の前に立ちはだかる暗闇の壁に向けて叫ぶ。しかし、チトセの声は返ってこなかった。奥行きの分からない暗闇の壁はなおも肥大している。俺の中で魂が膨れ上がり、チトセを飲み込んでいる実感。たまらず、俺は暗闇の中に飛び込んだ。

 一面真っ暗な世界。自分の魂の中。そこは、俺自身の根源であるはずなのに、その世界はまるで俺を受け入れようとはしていなかった。
 まるで水の中にいるみたいに、浮力のような力が俺を外へ押し返してくる。その力に抵抗して、もがきながら前に進む。すぐそこにいるチトセに向けて手を伸ばす。小さな光の玉を抱くように胸に置き、両手で包み込んだチトセは、まるで静止画像のようにピクリとも動かなかった。
 
 声が出ない。それでも、必死にチトセに呼びかける。体中を駆け回る血液が熱くなっていくのを感じる。胸が詰まる。息苦しい。魂の中に溶け込んでしまいそうな懸念が、俺の背中を後押しした。

 伸ばした手がチトセの手の中にある光の玉に触れた。そして、その瞬間、俺の中に稲妻が落ちたように、何かが入り込んできた。

 見たことのない映像が高速で俺の中を通り過ぎていく。次々に移り変わる映像。知らないはずなのに、それが生前の俺の記憶であることを察する。そして、次々に移り変わっていく映像が突然止まって、記憶は一人の少女を映し出した。

「……チトセ?」

 実感のない、それでも途方もない懐かしさ。わけの分からない高ぶりが、俺の胸の奥に広がった。そして、まるで写真を破るように、その映像に唐突に亀裂が入る。その瞬間、俺の頭を激痛が襲い、俺は思わず悲鳴を上げた――。








「……プレーンヨーグルト?」

「お。目ぇ覚ましたか」

 耳元でチトセが俺の名前を呟く声が聞こえて、俺はホッとして、背中に乗せたチトセに声を返した。

「私は……確か、あなたとシンクロして――」

「ったく、世話のかかる宿主だぜ」

「――私は……どうなったのですか」

「まあ、死んじゃいねーから安心しろ」

 まだ、ぼんやりとしているチトセの声に、俺はそう声を返してやった。






          @@@






 俺の悲鳴に呼応するように、唐突に世界が崩壊した。暗闇のいたるところに光の亀裂が入って、その亀裂はまるで割れるガラスのように、暗闇を崩壊させる。散り散りになった暗闇は、残らずチトセのピアスに吸い込まれていった。そして、気がつくといつの間にかガラス張りの部屋の中に立っていた。俺の足元で、チトセは気を失って倒れていた。

「チトセ! おい――」

 慌ててチトセを抱き起こした俺は、チトセの顔を見て息を呑んだ。

生気を失った瞳。ぐったりとしたままピクリとも動かないチトセは、目を開けたまま意識を失っていた。従魔の魂にのまれた後遺症。俺はすかさず部屋の壁に備えられた非常用ボタンを押した。この闘武場には特訓により怪我人が出ることが多いので、各部屋に緊急時の非常用ボタンが用意されている。

「どーした、どーしたぁ!」

 非常用ボタンを押して十秒後に、やかましいオヤジがすっ飛んで来た。

 白衣を身に着けたこの口髭ぼうぼうのむさ苦しい、小太りのオヤジは、この闘武場の専任医師の一人だ。そして、複数いる医師連中の中でよりによってこいつを引き当ててしまった自分のくじ運のなさに、俺は心の中で舌打ちをした。しかし、今はそんなことを言っている暇はない。

「シンクロした後に、宿主が倒れたんだ! すぐに診てくれ!」

 小太りのオヤジ、もとい、ヘンリーナはすかさずチトセの元に駆け寄ってきてから、息を呑んで目を見開いた。

「こ、こいつぁ……」

 そのヘンリーナのリアクションに、最悪の事態が俺の脳裏をよぎった。

「……もろワシのタイプの女の子じゃねえか!」

「張り倒すぞ、ロリコンオヤジ」

 俺はチトセを抱き起こしたまま、空いた手でヘンリーナの胸倉を掴み上げた。

「おいおい、ボーイ! 冗談だ、冗談! その手を離せ、診察ができん!」

「だったら、鼻息荒くしてんじゃねえ!」

「シャーラップ! 素人は引っ込んでろ!」

 そう叫ぶと、俺の手を押しのけてヘンリーナはチトセの顔を覗き込み、まじまじと見つめた。

「むぅ……こいつぁちょっとやばいな。従魔の魂にあてられたか。すぐに意識を取り戻させねえと、一生目ぇ覚まさねえぜ、こいつぁ……」

「な……」

「安心しろボーイ! ワシはこの手の患者を多く診てきてんだ! 対処法も熟知してる!」

 そう威勢良く叫んで、ヘンリーナは目をつぶり、おもむろにチトセの唇に自分の唇を被せ――ようとしたところを、その頭を引っつかんで無理やり引っ張り上げた。

「……なにやってんだ、お前は」

「見て分からないのか!」

「開き直ってんじゃねえ!」

 ヘンリーナの頭を引っ叩き、俺はズイッとヘンリーナに顔を寄せて、ガンつけた。

「ま・じ・め・に・や・れ……!」

「お、おぅ……。い、いや、ボーイよ。こうなったら、ショック療法で無理やり目を覚まさせるしかないのだ。だから、ワシがチッスを――」

「ショック療法……」

 ヘンリーナの言葉に、俺は少し考えてから、ズボンのポケットからケータイを取り出した。そして、画面を開き、以前撮った王の画像を表示させ、ケータイの画面をチトセの目の前に持っていった。

「王の正体……」

 ボソリとチトセの耳元で呟いてみる。すると、チトセの瞳に生気が戻り、その目はカッと見開かれた。

「その猿公を王と呼ぶんじゃありません!」

 俺の手からケータイを奪ったチトセは力の限りそれを思いっきり投げつけた。そして、それは超近距離でヘンリーナの顔面に図ったようにクリーンヒット。ヘンリーナは鼻っ柱を押さえ「おーおー」言いながらのた打ち回った。






          @@@






 その後、チトセは再び気を失ったのだが、ヘンリーナは心配ないと言った。そして、もちろん、他の医師にチトセを診てもらって心配ないというお墨付きが出たので、気を失ったチトセをおんぶして、家路を辿っている――。

「――って、わけだ」

 家路を辿りながら、徐々に意識のはっきりしてきたチトセに事の経緯を説明する。話を聞き終えたチトセは、俺の肩に頭を預けたまま、声を出した。

「あのオヤジ。今度会ったら、地獄を見せてやりましょう」

「……気持ちは分かるが、ほどほどにしとけよ」

 俺の言葉に、チトセは不機嫌そうに息を吐き出した。

 夕暮れに照らされたオレンジ色の歩道を、少しの間無言で歩く。そして、不意にチトセが声を出した。

「――今の私には、まだあなたの魂を完全にコントロールするのは無理でした」

「……ま、それが分かっただけでも収穫じゃねーの。無理して強くなる必要なんてねーよ。今でも十分無敵だしな」

「あの時、なぜか怖くなかった……」

「は? なんか言ったか?」

 呟かれたチトセの声は小声過ぎて聞き取れなかった。おそらく、独り言なのだろう。返事を返してこないチトセに息を吐いて、俺はまた黙って歩いた。

 ――あの時。自分の魂の中で見た映像の中にチトセがいたことが胸の中に引っかかっていた。あれは、おそらく生前の俺自身の記憶。その中にどうしてチトセがいたのだろう。

 初めてチトセが俺の前に現れた時のことを思い出した。真っ白な虚無の世界で、その無表情な少女は俺を気に入ったと言い俺を誘った。不思議と、チトセの言葉を真実として受け入れていた。疑うことも忘れて、ただ、信じた。

 そして、俺の世界は変わった――。

「なあ、チトセ。お前……なんであの時俺を誘ったんだ」

 夕日の光に目を細めながら、俺はまっすぐ前だけを見て歩いた。やがて、チトセは俺の耳元でそっと呟いた。

「運命を感じたから」

「え……」

 チトセの言葉に思わず足を止める。チトセは俺の背中を軽く押して、自分から地面に降り立った。

 振り返って、チトセと対峙する。そして、チトセは俺と目が合うと言葉を発した。

「――なんて、答えを期待してましたか?」

「は?」

「使いやすそうな魂を選んだだけです。感謝しなさい」

 そう言って俺の横を素通りしてすたすたと歩いていくチトセの背中を見て、俺は息を吐いてから呟いた。

「かわいくねー奴……」





 

















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