Chapter7
場所は再び変わって、金工室――。
ぼくら男子組は、ここで着替えることになっていた。
金工室って、わかる? 技術の授業で、金属を加工するときに使う部屋のこと。
木製の大きなテーブルが、九つすえつけてある。壁を覆う棚には、糸ノコや釘、金槌の入ってる木箱が並んでいる。ひとつ、扉が開いてて、「ノコギリふたつ借ります。日曜大工研究会」と書かれた紙が、木箱に張ってあった。(日曜大工研究会なんて、この学校にあったんだ)
テーブルには、右上から下に数えて、一番から九番まで、番号が付いてる。
ぼくとタクヤは二番のテーブル、ショウヤは……いないみたいだけど、水着が向かいの五番テーブルに積んであった。ユウヒは、ぼくらの下の三番テーブルについている。
「結構早く済んだな、タクヤ」
おもむろに体操服の上を脱いだタクヤに、後ろから追いついてきたショウヤが声をかけた。トイレだったのかな?
「ゆっちゃん、先生なんかいってた?」
ユウヒも、腰タオルを頭からかぶって、ぼくにきいた。(ちなみに、ゆっちゃんていうのは、ぼくの昔のあだ名ね。今もぼくをゆっちゃんって呼んでるのは、すごい一部の人だけだけど)
ぼくは、先生の出張と、掃除のタイムリミット、それと今学校にはぼくたちしかいないことを報告する。
「――ようは、なにしようがぜんぜんOKってわけだ」
ぼくの報告を聞いたショウヤは、ニヤリと笑う。おーい、ショウヤまで何を考えてるのかな? その笑顔が怖いんだけど?
「それと同時に、掃除には、四時までという足かせが付いたけどな」
タクヤが、黒い海パンをはきながら、ショウヤのことばに付け足した。タクヤ、関係ないかもしれないけど、腰タオルは使おうよ。キミには隠す気がないのかい?
「まあ時間はたっぷりあることだし、ゆっくりやっても間に合うんじゃない? 掃除っていったって、プールサイドの掃除だけだろ?」
「甘いな、少年」
ぼくのおでこを、ショウヤのでこピンが襲った。
うぐおおおっ! 痛てえええっっ!!
のた打ち回るぼくを見下ろすショウヤ。アングルの関係で、下から懐中電灯当てたみたいになってて、ちょっと怖い。
「夏休みも三分の一過ぎたプールが、いったいどうなっているか。――考えたことはあるか、少年」
「あ、あるわけないだろ」
ぼくは、涙でにじんだ視界をぬぐう。
「それが甘いというのだ」
ふたたび、びしっとヤな音がして、ぼくのおでこに指がめりこんだ。
ショウヤああ。オマエってヤツは……。
「今のは俺じゃねえよ。タクヤだ」
「悪い、物分りが悪いお前を見てたらちょっとイラッてきた」
うらむよタクヤ。
「とにかくだな、見ればわかるさ。百聞は一見にしかず。――この掃除が、いかに手間のかかるものか、それでわかる」
ショウヤは自信たっぷりにいうから、ちょっと納得した。それはいいけど、それと、ぼくがでこピンされた事実が、どうやっても結びつかないんですが。
眼で訴えかけるぼくを、タクヤが一蹴する。
「細かいことを気にするな、早死にするぞ」
死に方までいいますか。最近ぼくの扱い、日に日にひどくなってますよね?
「だから、そんな細かいことを気にしてると、早死にするっていってんの」
確定。このままいけば、数ヵ月後に、ぼくの立場はなくなってるな。
ぼくのおでこがピシッと鳴ったのは、ぼくがかるい鬱の症状に気づいたときだった。
え……?
「痛いよ、だれだよ」
「えへへ、ちょっとやってみたくなっちゃった。ゴメンよっ」
まさかの伏兵登場――。
ぼくはその場にくず折れる。
「ユウヒ……お前もか……」
「ほらあ、アホなことやってないで、行くぞ」
水着にTシャツを着たタクヤが、笑顔でこっちに手招きしてる。あなたはアホっていったけど、そのアホなことをあなたもやったんだよ?
「いざ、出陣、だな」
ショウヤも笑っていった。
「おーし、頑張るかぁ」
おおきくのびをして、ユウヒも微笑む。
その表情を見て、ぼくにも自然に笑顔が浮かんできた。その笑顔で、タクヤの後に続く。
「じゃ、いこっか」
金工室を後にするぼくら。廊下に出ると、夏の騒がしくてうっとうしい音が、ぼくらを取り巻く。
ぼくはかるく頭をふって、それをふりはらった。代わりに流れ込んできたのは、蒸し暑さをふきとばす、清らかな風。
山の自然の、優しい一面だ。
「気持ちイイな、ユヅキ」
ぼくのとなりで、ナオの声が聞こえた。ふり向くと、笑顔のナオとミキ。
あれ……このふたり、いつの間に来たんだろ。
でもそれを考えてたら、そのうち怖い考えに行き着くと思うので、それ以上考えるのをやめた。
外は蒸し暑いけど、それ以上に、涼やかに吹き抜ける微風が心地よい。
「なんかいいね、これ」
土間から校庭に出て、雲がぷかぷか泳ぐ、真っ青な空を仰いでつぶやく。
今日は珍しく、全ての部活動がない。
つまり、今、ここにいるのは、ぼくらだけ。(あ、でも河和先生と鳴沢がいたっけ)
学校では味わえない、ものすごい開放感。
「ほんとに、いいね……」
ミキも、ゆったりと吹く微風に、目を細めている。
……ちょっと沈黙。
なんともいえない感情に浸っていると、再び、ミキが口を開いた。
「さてと、そろそろ仕事、しよっか?」
そのことばに、ハッと我に返るぼくら。いいのかな、こんなんで……。
ちょびっとさいさき不安になったところで、プールに移動。
「――あれ?」
で、でてきた第一声がこれです。
いや、それがぜんぜん汚くないの。ショウヤの話だから、もっと「え? ここってなんかの養殖池?」みたいなとこまで緑色かなぁ〜って思ってたけど、なんで?
そうやってナオにいったら、バカにされた。
「それは当たり前だろっ。明日プール開放日だってのに、プールがそこまで汚いわけないじゃんか」
そこに、ミキも口をはさむ。
「それに、プールは昨日まで水泳部が練習に使ってたからね。たった一日で、そこまで汚くなることは無いよ」
それもそうか。じゃあショウヤがいったアレは、なんだったんだ?
「ああ、あれか。――ウソ」
「たった二文字で片付けないでくだ」「じゃ始めるか」
ぼくの不満をさえぎって、タクヤが動き出す。やっぱりヒドいよね、この人。
プールサイドに激しくのの字をかこうかな、って考えたぼくに、ユウヒがデッキブラシを差し出してくれた。
「はい、ゆっちゃんの。午前中は、プールサイドを激しく掃除! ってことらしいから、がんばろうね。で、それが終わって午後になったら――」
「プールの中のゴミ拾い=プールに潜る! =盛大に遊ぶ!」
突然現れたナオが、ユウヒの後半のせりふを奪いとった。
「――というわけだから、がんばろ、ゆっちゃん」
苦笑しながら、ユウヒはプールサイドからでていった。
ちょっと、ユウヒはいずこへ?
そうおもった刹那――。
「洗剤取りにいったってことも気付かんのかボケ」
タクヤの目潰しがぼくを襲う。
ふっ、見切った!
「おっと、あたってないぜ――ていうか口調がおかしいよ――おぐふぁっ!」
間一髪でよけた――ハズだったのに、タクヤのチョキは軌道を変えて、みごとぼくの眼の下、(慢性の寝不足でできた)クマのあたりをズンと突いた。
敗因は――野暮なツッコミのせいかな……?
「ちょ、タクヤ……なして?」
涙目になったぼく。必死に眼を開けて、目の前の悪魔に問う。
ちょっとこっちを見やっただけで、悪気もなくあっさりいい放つタクヤ。
「ん? ――気分だ」
「そんな超個人的理由で傷害罪を犯さないでくだ」「さ、やろうか」
また会話権剥奪ですか。やっぱり悪魔だ、こいつは。(あるいは、気のふれた犯罪者)
ぼくは、理不尽な友達に涙でにじんだ眼を、乱暴にこすった。
だけど、みんながみんなヒドいわけじゃない。
ナオもタクヤも、いつもドSなわけじゃない。(いっとくけど、ぼくだっていつもはこんなヘタレじゃないからね。……ホントだよぉ!)
今までで、いちばん危険だった冒険は、最初にいった「事件」かな。
あの時はホントにやばかった。ナオとタクヤがいなかったら、ぼく、死んでたかもしれない。
でも、ナオとタクヤだって、ぼくがいなかったら危なかったけど。いや、見栄じゃなくて、ホントに。「持ちつ持たれつ」っていうじゃない?
ぼくら三人、足りないところを補い合って、うまくやってきた。ぼくら三人そろって初めて、アストロノートなんだ。使い古されたことばだけど、誰が欠けても、ぼくらは一人前じゃなくなる。
さっきの「事件」については、またいつか話したいと思ってる。今話してたら、話がちっとも先に進まなくなっちゃうしね。絶対書くから、期待しないで待っててね。
「おーい、ユヅキ、誰に向かってしゃべってんだー?」
おっと、ナオだ。誰って、読者の皆さんにだよ。そんなこともわかんないの?
「…………」
……無言の殺気が怖いので、ナオを茶化すのはやめます。
さて、掃除も三分の一終わったとこで、もうまもなく本題に入れるかな、って気がしてきました。あくまで、予感だし、そういう気配がするだけ。
――なんか、ぞくぞくする。
ジェットコースターが、ぎしぎしをたてて、最初のヤマをのぼっていくような、そんな感覚。
これから何が起ころうが、ぼくら三人は無敵だ。
そう、文字通り、「無敵」……たぶん。
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