Chapter2
【上映開始】
支度を終えて風安堂をでると、真っ青な空。
風に乗って流れてくる、森のニオイが気持ちイイ。
大きく深呼吸して、森の生気を、身体いっぱいに取りこむ。
ふぅー、最高!
――ナオの殺気がなければね……。
ナオは、ぶすっとした顔で、ぼくを凝視している。
ぼくは、その視線から、なんとか逃げ出した。
で、ぼくの前には、ぼくよりアタマひとつ大きいタクヤ。ぼくの目線は、ちょうどタクヤの胸の辺りにある。
「ほら、いこうぜ、ユヅキ」
ぼくの肩をたたくタクヤ。肩には、水泳用の腰タオル。たすき掛けしているのは、小さめの青いスポーツバッグ。水泳用具入り。
「う〜ん、ほんとに気持ちイイな、今日は」
タクヤが、おおきく伸びをする。
「ホント!プール掃除には最高だね。風もあるし、雲もあるし」
ぼくもつられて深呼吸。
からだの中に、心地いい空気が入ってくる。
と、気づいた。
なんか、黒い違うものを吸い込んだような……。
そして――。
「ああ、プールの掃除なんて……」
その声が聞こえた瞬間、ぼくはゴホッとむせかえっていた。どうもさっきの深呼吸のときに、ナオのオーラ(殺気かな?)を吸い込んでしまったのが原因らしい。
「なにやってんだよ? ――だいじょぶか?」
タクヤが怪訝そうな顔をして、身体を折ってむせてるぼくをのぞきこむ。
「ごおっほ、だ、だいじょうごおっほえごっほごおっほ」
ナオの声が聞こえないけど、へっ、ざまあみろ、って思ってんだろうな。見なくてもわかるよ。だって、背中にものすごいオーラ(殺気かな?)を感じるからね。
「ユヅキがじゃんけんに負けたこと、まだ怒ってんのか?」
まだむせているぼくの代わりに、タクヤがナオに聞いた。タクヤも、ナオの発するオーラ(殺気かな?)に気づいたらしい。
掃除当番のじゃんけんに負けたことを、タクヤはあっさり許してくれた。「負けたときはそりゃ怒ってたけど、まあ負けちゃったモンはしょうがないよな」っていって、あの時ぼくらをバカにした、鳴沢に怒りの矛先をむけていた。そんなに根にもつタイプじゃないけど、タクヤ、プライド高いから。
ぼくに救いの手をさしのべるように、タクヤがナオに聞く。
「ナオ、いい加減許してやったらどうなんだ?」
そしたら、ナオはすごい眼でぼくを睨んできた。(聞いたの、ぼくじゃないのに……)
「ナ、ナオ、目がすわってるぞ」
そういうタクヤの顔が引きつってる。
「あのさあ、なんでえ、俺ぇ、こんな夏休みにぃ、わざわざ学校にぃ、行かなきゃぁ〜ならんのですかねえ〜? ええ?!」
ナオの、ベッタリまとわりつくような、ぼくへのあてつけ。コワい。コワすぎる。(ちなみに、ナオは自分のことを『俺』と呼ぶ。カンペキ男だよ、まったくもう)
爽やかに吹き抜ける夏の風が、ナオの放つオーラ(以下略)に、どんどん汚染されていく。なんか、息苦しくなってきた……。
「いいじゃんか、今日は涼しいし、それでいて晴れてる。掃除には最高のコンディションだよ」
ぼくも必死にナオの機嫌を取り戻そうとするけど、まったくのムダみたい。それどころか、『掃除』というワードが、ナオの神経を刺激しているようで、(おもに、怒りに通じる神経を)ナオは、ぼくを邪眼で睨むのをやめない。
「――ねえ、これ、どうしたらいいと思う?」
ぼくはタクヤに聞いてみた。すると、
「知ってたらどうにかしてるよ」
と、そっけない返事。ああ、どうすればいいんだ……。
沈黙するぼくらの背後から、突然声がとんだ。
「おっ、ユヅキにタクヤ、それにナオか。そんなトコに突っ立って、なにしてんだ?」
ふりむくと、背の高いひとりの男の人が、自転車にまたがっている。
空手部男子主将OBで、大学2年の先パイ、木村優策さんだ。長めの髪が、うっすら目にかかってる。空手のうでまえは、ナオを軽く伸しちゃうほど。
「やったあ、救世主!」
思わず叫ぶ。これで、暴走状態のナオを止められる!
Q.それはなぜか――。
A.優策さんはナオにとって、あこがれの人だから。
優策さんの説得なら、ナオは機嫌を直すはず!
「え? なに? 救世主って……」
優策さんの背中を押し、ナオの前に立たせる。そして、小声で耳打ち。
「いいから、ナオにひとこと『機嫌直せ』って、いってやってくださいよ」
そうだ。優策さんがひとことそういうだけで、ナオの機嫌は直るはず。(できれば、ちょっとキツめにお願いします)
「え? ああそうか。――OK、わかった。――まあ、こういうことは、女同士、志乃のほうがうまくやれそうなんだけどな」
優策さんも、ぼくらが何を頼んでるのかすぐわかってくれたみたいだ。こっちにむかって、親指をつきだした。
ちなみに、さっきの優策さんのせりふのなかの「志乃」っていうのは、優策さんの双子のお姉さんの、木村志乃さんのこと。合気道の達人で、優策さんといっしょに、大学の武道サークルに所属してる。細目で、おっとりしたおとしやかな人なのに、人は見かけによらないよね。
「いつも悪いですね、優策さん」
タクヤが顔の前で手を合わせる。優策さんは軽く笑って、こたえにかえた。そして、ナオに向き直る。
「やあ、ナオ」
「むおっ。……ゆ、優策さん……」
優策さんに話しかけられて、ナオがオーラを放つのをやめた。やった、第一ステージ、クリアだ!
「偉いなあ、プール掃除、するんだって?」
「は、はい……」
しどろもどろにこたえるナオ。いきなりの優策さんの登場に、少なからず驚いてるみたい。(ここで初々しくて可愛い、と思ったヤツは、女の子を見る目がないね)
優策さんが続ける。
「しかも、自分から立候補したんだろ?『やります!』って」
「――え? そ、それは……」
ナオの顔が凍った。いきなり覚えのないことをいわれて、さっき以上に驚いてる。
「えらいなあ、ナオ。俺、感心したよ」
さらに、優策さんの演技力溢れることば。ナオは完全にパニクってる。これだけ良くいわれてるのに、自分でその高評価をくずすのか?
どうするよ、ナオ。否定するか? 肯定するか?
「――それ、誰から聞いたんですか?」
そうきたか。しかし、そこは臨機応変に強い優策さん。さらりと受け流してみせる。
「ナベさん。昨日学校に顔出しにいったら、教えてくれた」
「…………」
よし、ナオが黙ったぞ。そのままいけ、優策さん!
「じゃ、がんばれよ。俺、応援してるからさ」
「……ハイ」
カンカンカン! 勝負あった! 勝者、木村優策!(KO勝ち)
優策さんが、ナオに気づかれないように、ぼくらに報告してくれる。
「――こんな感じで、よかったかな?」
ええ、もう最高です。ありがとうございました。いやあ、ホントに尊敬しちゃいますよ。
「そりゃよかった。じゃ、俺はこの辺でいいかな? ――じゃな」
「さよなら」
優策さんにお礼をして、一息つく。
「――そろそろ、プール掃除、行こうか」
無理に作ったとみられる引きつり笑顔で、ナオがぼくらにいった。
ぼくとタクヤは、顔を見合わせて笑う。そして、もう一度、思いっきり森の生気と夏の匂いを吸い込んだ。
うーん、ホントに気持ちイイ!
見上げれば、まぶしいくらいに輝く、果てしなく広い蒼い空。ああ、晴れてよかった!
大きく背伸び。たっぷりのきいろい元気が、コップにそそぎすぎたオレンジジュースみたいに、身体中からあふれ出す。
この太陽、いつまでも続け!
だけど、ぼくのこの切なる願いは、天の神サマには、届かなかった……。
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