Chapter21 -B side
「お邪魔しますー、こんにちはー」
場所は変わって、風安堂。
「あれ、翁さん? いらっしゃいませんか?」
古風な玄関に、黒いセミロングの髪をもつ、細めでおっとりした雰囲気の女性が、丁寧に包まれた箱を持って立っていた。
「あれ、姉さん。どうかしたのか?」
「翁さ……あら、優策。どうしてここにいるの?」
翁の代わりに部屋の扉から顔を出したのは、空手部OBで大学二年の木村優策。(優策さんが誰か忘れちゃった人は、Chapter2を見てね!)
「いや、ちょっとね。……姉さんこそ、なんでここに来たんだい?」
「私? 私は、翁さんと、ユヅキくん、タクヤくん、ナオちゃんに、差し入れ持ってきたの。毎日暑いから、冷たいゼリーをね」
そして、優策の双子の姉である、木村志乃。おっとりした見かけに反して合気道有段者で、大学の武道サークルに所属している。(志乃さんもちょっとだけChapter2に名前が出てるよ!)
志乃はゼリーの入った箱を玄関に置いて、自分も傍に腰掛けた。
「でも、やけに静かね。ナオちゃんたち、いないの?」
「そうなんだ。今日は、プール掃除に学校に行ってるよ。この暑い中、偉いよな。姉さん、いつまでもそんなところに座ってないで、上がりなよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて。――翁さんは?」
「ああ、翁なら……」
「呼んだかい、優策君?」
部屋の扉があき、白髭を蓄えた翁が現れた。(翁が誰か忘れちゃった人は、Prologueを見てね!)
「あ、翁さん。お邪魔してます。これ、翁さんとあの子達に差し入れです」
「おお、志乃君。よう来たね。――差し入れなんぞ……わざわざありがとう。あの子達も喜ぶじゃろうて」
しわだらけの顔をさらにくしゃりとさせて、笑みを浮かべる翁。
「だったら姉さん、後で学校まで行かないか? 差し入れ届けに行ってあげよう。プール掃除頑張ったごほうびにさ」
「あら、いい考え。そうしましょう、ゼリーが冷えたら行きましょうか。――翁さん、これ冷蔵庫入れてもいいですか?」
立ち上がり、キッチンに向かった志乃がいった。
「ええよ、入れといてくれぃ」
ソファーに腰掛ける翁。
「ああ、涼しいの。ええなぁ、クーラーは。この時間、外は暑くてたまらん」
「このクソ暑い時間に、外でなにやってるんだ、翁?」
扇風機とクーラーの二重冷房に眼を細める翁に、優策が聞く。
「そうですよ。熱中症になられても困ります」
氷の浮いた麦茶のグラスが三つ乗ったお盆を持って、キッチンから出てきた志乃も、優策に続いていった。
「何って……単なる、野暮用じゃよ」
扇風機に向かって、「あ゛〜」とやり始めた翁。
「翁……勘弁してくれよ、小学生じゃあるまいし」
「お年を感じさせないわね……」
その様子を、苦笑しながら見ている優策と志乃。
自分の中の童心が蘇ったのがおかしかったのか、翁はくっくっと笑い、ソファーにどっかと座る。
そして一つため息をつき、
「まぁ、いろいろ心配なんじゃ。若いのがやられてしまうかもしれんでのう」
そういう翁の目線の先には、庭の家庭菜園の青いトマトや小さいプチトマト、きゅうりが実っている。
「……あぁ、そうか。確かに、あんまり暑いと野菜もしなびちゃうよな。まだ若いヤツとか、痛んじまうかもしれないし」
優策が納得した顔をする。でも、志乃は納得していなかった。
「そうだとしても、ダメですよ。あんまり長いこと外にいちゃ。もうお年なんですから、気をつけて下さいよ」
そういう志乃の顔はにこやかだが、口調は本気で心配しているようだった。
「わかっておるよ、志乃君。わかっておる……」
タバコをふかすような翁の口調。
その表情は厳しい。
「……翁さん?」
翁の顔を覗き込む志乃は、突然翁がキッと顔を上げたので怯んだ。
「やはり、今から届けに行こう。いやな予感がするんじゃ」
すっくとソファーから立ち上がる翁。予想外の素早い動きに、木村姉弟は一瞬反応できなかった。
「いやな予感って……ナオく……ナオちゃんたちはただの掃除じゃ……?」
となりで聞いていた優策は、「ナオくん」と言いかけた志乃に苦笑する。
「まぁ、そうなんじゃが……」
「……翁が言いたいこと、わかるぜ」
優策が、面倒臭そうに立ち上がる。
「あの3人が絡んだら、『ただの』掃除で終わるわけがない――そうだろ?」
苦い顔でうなずく翁。
「当たりじゃ。彼らの厄介ごとに巻き込まれる才能は、他に類を見んからな……
「やつらが厄介ごとを引き起こすことも、多少はあったけど」
麦茶を飲み干す優策。志乃に空になったグラスを差し出す。
「特に、二年前のあれはやばかった。なぁ、姉さん?」
グラスを受け取り、お盆に載せる志乃。
「あぁ……あの、卒業旅行の事件ね。確かに、あれは本当危なかったわね。――翁さんも、一緒でしたよね?」
「うむ……あれは危険じゃった。彼らも、それはわかっていたようだった。あの後、いつもの笑顔が無かったからの……」
翁も、麦茶を飲み干す。氷がカランと音を立てた。
「彼らがもし、何か厄介ごとに巻き込まれていたとしたら――願わくば、何も無いことを祈るが――どうするかの、お二人さん」
志乃が、翁の手から空になったグラスをとり、流しへ持っていく。
「それはもちろん、助けます。ユヅキくんたちが危ない目に遭っているなら、なおさら」
「俺は、奴ら次第だな」
優策が口を開く。
「奴らが人の手助けはいらないっていうんなら、俺は黙って見てるね。せっかくだから、好きなようにさせてやろうじゃんか? ――もちろん、危険が迫ってたら、話は別だけど」
志乃の視線に、慌てて付け足した優策。
「翁さん……何がそんなに、心配なんです? 本当に何かあったとは……わからないんでしょう?」
エプロンをとり、いすに掛けながら志乃がいった。
「……この年齢になると、五感が衰える代わりに、六感が開くんじゃよ」
苦しい言い訳ですね……。志乃は思ったが、口には出さない。
「でも、昔からわしの予感はよく当たるじゃろう?」
「……まあ、いわれてみれば、そうかもな? 俺たちがガキのころの遠足の日の天気とか……」
「他になんかないんか、優策君」
苦笑する翁。小声でつぶやく。
「……それに、最近、良くない噂も多いしの……」
「良くない噂って、なんです?」
志乃が聞くと、
「……おお、もうこんな時間じゃ。優策君、志乃君、そろそろ出発しようかの」
翁は早々に部屋を出ていってしまった。
「……何か、隠してるわよね、翁さん」
「……そうかもな」
残された双子は、釈然としない面持ち。
「でも、翁の予感が当たるのは、本当だろ? それに、あくまで目的は『ゼリーの差し入れ』だしな」
「……それもそうね。あ、早くしないと、ゼリーが温まっちゃうわ」
優策の言葉に、微笑を浮かべる志乃。
「じゃあ、行くか」
「ええ」
風安堂の扉は閉められた。
陽炎のぼる道路。
翁、優策、志乃の後姿は、奇しくもあの3人に似ていた。
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