Chapter16
「…………」
負のオーラをまとった河和先生が、ふらふら保健室に戻ってきた。
「どうでした?」
「…………」
ミキの質問にも答えない先生。コーヒーの入ったマグカップの事なんか頭にないようで、思いっきりどかっと椅子に座った。(運よく、コーヒーが飛び散ることはなかった。よかったよかった)
「コーヒー、気をつけてね;」
「はぁ〜……」
ぼくの忠告も、聞こえているのかいないのか、先生はぐぐっと身体を折り曲げてため息をつく。
「ね、消えてたでしょ」
「……そうね」
テンション↓↓な先生。うわごとのように、独りつぶやく。
「……ありえないわ」
「でしょ?」
「……あのね」
先生が急にこっちを向いたから、ぼくらはすこし驚く。
「プールに行ったらね、人がいたの。帽子で顔はわかんなかったけど、水が無いことに驚いてる私を見て、なんか満足そうにフッて笑ってたの」
ぼくらは顔を見合わせる。
ミノタウロスだ……。
「私が「どちら様ですか」って聞いたら、消えちゃったのよ、その人……。信じられる? 消えたのよ!」
そこまで見られてたのか……。これじゃ、もう隠すことなんてないじゃないか。
「その人ですよ、プールの水を消したの」
ぼくはため息と共にいった。
「あの人はきっと、魔術師なのよ!」
「ほえ?」
先生は、力強くいい放つ。あ、あの、おっしゃっていることがよくわからないんですが……。
「そうよ! そんな、たった十分であんな大量の水を消すなんて、魔術師じゃないとできないわよ!」
思いっきり立ち上がる先生。その拍子に先生の手が傾いて、マグカップの中のアツアツのコーヒーがぼくの上履きと靴下を茶色くお染になられました。
「どぅうあちっっっ!!? ちょwww言ってるそばからww」
つま先抱えて飛び跳ねるぼくを、みんなは哀れみの目で見る。
ヲイ、だれかタオルとか持ってきてくれる気の利くやつていうかそういう人間味のあることをしてくれるひとはここにはいないの。
「いねぇな」
心読まれた!? てか誰に!?
「俺」
ショウヤか。ま、ショウヤになら読まれておかしくな――
いやいや! おかしいおかしい! 読唇術ならぬ読心術ですか? ならその能力でタオルを持ってきてほしいことも察知してくださいよ。
そんな心の声が届いたのか、ミキがはっとしたように、タオルを手に洗面台にむかった。ナイス、ミキ! さすが、ミキ!(できれば、この茶色い靴下の処理も手伝ってくれないかな?)
「あれ……?」
そのとき、カーテンで仕切られた洗面台のほうから、ミキの不思議そうな声がした。
「あのさ、センセ」
顔をカーテンからのぞかせたミキ。その眉間には、怪訝そうなシワがよっている。
カーテンの隙間から見える手には、なにか大きな袋をさげている。
「これなに?」
差し出したそれは、「赤ちゃんセット」と大きくプリントされた手提げ袋。赤い持ち手と、薄黄色のバッグのコントラスト、それに赤ちゃんの刺繍が特徴的だ。
中を覗き込むと、粉ミルク、おしゃぶり、紙おむつ等々、赤ちゃんがよく使うベビー用品がぎっしりつまっていた。
『赤子の必需品』。
これ、きっとミノタウロスのいってたアイテムだ。
「同じものがさ、ここにたくさん置いてあんの」
ミキのいうとおり、カーテンの裏には、これとおなじバッグがざっと十五個以上ある。
「センセ……子供産んだの?」
「産んでないわよ! まだ結婚もしてないんだから」
ナオに言い返してから、ため息と共に先生はいった。
「午前中、ナオちゃんとタクヤくんがキズだらけのジュンくんを、ここまで運んできてくれたでしょ?」
ジュンが、元『鳴沢 准を抹殺する会』の二人をにらみつける。ナオとタクヤは、互いに目そらし。
「で、ジュンくんをプールに送り出して、帰ってきたら置いてあったのよ。まったく、ムダに場所とるし、邪魔なのよね」
「え? その時間は?」
ぼくが聞くと、先生はあごに手を当てた。
「確か、十一時四十分ぐらいじゃなかったかな」
「ぼくが洗剤取りにいったときだ……」
はっとしたように、ユウヒがつぶやく。
「え!? じゃ、あのとき、ユウヒはミノタウロスに会ってたかもしれないの!?」
ミキが食いつくけど、ユウヒはちょっと考えて、首を横に振る。
「見てないな……。ぼく、職員室までいったけど、誰にも会わなかったよ。もちろん、鳴沢くんにも、センセにも」
「忘れたっていうのは?」
あきらめきれないミキを、ユウヒはばっさり斬る。
「ないよ。ぼく、記憶力だけはいいんだ」
そりゃ、あれだけ寝てるもんね。
「しっかし、なんなのかしら、あの魔術師は……。嫌がらせにも、ほどがあるわよね」
グチグチぼやく先生。
ぼくは、考えていた。
赤子の必需品。大量のベビー用品。ミノタウロスを目撃した先生。
そして、何かがひっかかる。
いままでの会話がささくれ立って、のどに引っかかっている。
思い出せ、思い出せ、思い出せ。
言葉のアヤじゃ済まされない、矛盾点。ぼくののどに刺さっているのは、それだ。
思い出せ、思い出せ。
そして――。
まるで、ばらばらだった小惑星が綺麗に並び、宇宙を造り上げたようなイメージが、ぼくの頭を駆け抜けた。
「そうか!」
みんな、なんだなんだ? という顔で、いっせいにこっちを向いた。
その彼らに話しかけるように、ぼくは口を開く。
「みんな、そこのベビー用品の入ったバッグ、二つづつ持てる?」
「は?」
首をかしげるみんなを横目に、ぼくは先生にいう。
「センセ、このバッグ、全部持ってっていいですよね?」
「もちろん。むしろ、持ってってくれてありがとうよ」
大きくうなずく先生。
「じゃ、一個残して、全部廊下に出して」
バッグは、ぼくたちが二つづつもったら、ちょうど一個余った。
「なんだよ、ユヅキ。プールの水が消えたトリックがわかったのか?」
タクヤが怪訝そうに聞いてくる。
――残念だけど、そっちじゃない。
でも、その謎にも、もうすぐ手が届きそうだよ。
何の話が始まるのかとワクワクしている観衆。ぼくは、大きく息を吸う。
「それでは、ちょっとお話させてもらってもよろしいですね、ミノタウロスさん?」
突然ぼくに指された河和先生は、その眼を一瞬、見開いた。
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