Chapter15
「河和センセ、います?」
なにげに保健委員だったミキは、保健室の扉を開けた。
関係ないけど、保健室って、「ブラックでダーク」な雰囲気と、「白くて清潔」な雰囲気の、どっちももってるよね。
怪しげなおクスリが千体地蔵のようにならんだ薬品棚からは、終始ミステリアスなオーラがでてて、人を寄せ付けない。
なのに、純白のベッドとそれを覆う淡い緑色のカーテンを見ると、別に気分が悪くなくてもぐだーっと倒れたくなる。謎だ。
白か黒、っていえば、先生もそう。白か黒、どっちかに染まってる。
白は、例えるなら天使。そう、まさしく白衣の天使。優しき慈愛をまとい、病んだ人々に安らぎをもたらす。
黒は、例えるなら悪m――うん、もうここらでやめておこう。
だって、先生見てるんだもん。めちゃめちゃ見てるんだもん。さっきから(ちょうど、「先生もそう」のあたりから)、先生笑顔でこちらを凝視していらっしゃるんですもの。
「えっと――何か?」
ぼくは全力で笑顔をつくって聞く。
真っ黒な笑顔で、先生がこたえる。
「……私は、白よねぇ☆」
黒いよ! この上ないくらい黒いよ! そんなダークな笑顔でいわれても説得力限りなくゼロだよ!
「あら残念。せっかく語尾に☆までつけたのに……」
心読まれた!?
「まあ、そんなことはいいとして」
スルーされた!?
「どうしたのよ、あなたたち。ご一行でいらっしゃって。なにか、大事故でも起こったの?」
そう思ってる割には、ぼくらのこと心配してる感じじゃないよね。だいじょうぶかな、センセ。ちょっとやさぐれはじめてるかも。
タクヤがつぶやく。
「や、それがあながち間違いともいえないんだよな……」
「え? どういうこと?」
ああ……こいつは……。
制裁、決定。
「あ……それは……そnいでででででぇぇええぇ!!!」
口を滑らしたタクヤのケツをセンセに見えない絶妙な角度でつねってから、ぼくはあわてて取り繕う。
「あ、あのこいついまちょっと錯乱しちゃっててもう迷言丸出しの何いってんだかわかんないちょっと危ない人と化してるんでこいつのいうことなんか真にうけないで下さいお願いします」
「無理ね」
嗚呼……。
「もう聞いちゃったもん。気になるわよ。……ねぇ、なあに? なにがあったの?」
笹を前にしたパンダの如く、目をランランに(あ、パンダのランランていうシャレじゃないよ。……チガウヨ?)光らせてぼくに迫る先生。
怖いから怖いから眼真っ赤だからセンセもう真っ黒じゃんドス黒いじゃん。
「あ……もう、しょうがないな……」
ぼくは、観念した。
「実は、ちょっと厄介ごとに巻き込まれてて」
「どんな?」
聞かれたくない事だって察しないかな、この人は。ったく、妙なトコだけ鈍いんだから。
「そんでさ、センセ」
ほったらかされてたナオが、ここぞと口を挟む。
「その『厄介ごと』のせいでさ、プールの水がなくなっちゃったんだよ」
え!? いきなり核心の話バラすの!?
「へーぇ、そうなの……」
あれ!? すごい普通の反応!?
「――っては!!??」
遅!? てか鈍!
「ウソでしょ「ホントです」
先生の青ざめた確認を、即刻斬り捨てる。
「どうするのよ、明日プール出校日じゃない! ――ほんとに、なくなったの?」
しつこいな。
「だから、ホントです」
「うそん」「ホントだって」
「う〜ん……やっぱ、私プール見てくる。コーヒー淹れるついでに」
納得してない顔の河和先生。おもむろに椅子から立ち上がると、保健室から出て行った。
「……わかんないね」
ぼそっと、ミキがつぶやく。ミキらしくない、ちょっとあきれた響きをもったことばだった。
「そんなにあたしたちのこと、信用できないのかな……」
「ああ……先生?」
ぼくの問いに、ミキはうなずく。
「あんなにあたしらが『ホントだ』っていっても、なかなか信じてくれないし。それに、こうやって自分で見に行っちゃったんだもん」
「ま、しょうがないだろ」
ベッドにどさっと横たわりながら、ショウヤが口を挟んだ。でも、その声にも、どこか諦めを感じさせる。
「いきなり『プールの水が消えた』なんていったって、信じてくれる人のほうが少ないだろ、普通は」
「そういえば、先生は自分の目で見たもの以外は信じないタイプだったね。UFOとか、UMAとか、『私は見てないからそんなのいない』ってバッサリだし」
ミキがくすくす笑う。人が笑うのを見て、ちょっと元気がでた。
「……現実味がなさ過ぎる」
とつぜん、口を開いたタクヤ。
その声は、聞いたこっちがビクッとするほど、異常に緊迫したものだった。
「なあ……これって……本当に、現実だよな?」
「え……?」
その、シンプルかつストレートな問いは、現実かどうかを確かめるはずの質問なのに、ぼくは、ぎゅっと現実に引き戻された。
そう。ただの晴れた日のはずだった。ただのプール掃除のはずだった。ただの日常のはずだった。
なのに、変なはがきを見つけて、ミノタウロスという男に会って、そいつがゲームをしようといってきて。
そいつは風をまとい宙に浮いた。プールの水を十分で消した。
いま自分が生きているこの時間は、ほんとに――。
「……現実、なのかな」
「そうだよ」
とつぜん、ユウヒの声がした。(てっきり寝てるもんだと思ってた)
「これは、夢じゃない。現実だよ。だって、現にぼくはここにいるじゃない」
ユウヒは、ベッドから降りて、ぼくらの顔を順々に見渡していく。
「ゆっちゃんがいて、ショウちゃんがいて、ナオちゃんがいて、ミキちゃんがいて、タクちゃんがいて、鳴沢くんがいて(ジュンがひとりあだ名じゃないのは、五年のとき転校してきたからだ。ユウヒは、幼稚園が一緒だった人しか、あだ名で呼ばない)、で、ぼくがいる」
いっきに喋ってきれた息を深呼吸で整えて、ユウヒは微笑んだ。
「――ね? ぼくらは、確かにここに存在してる」
「……そうだね」
そうだ。確かに、いまにぼくらはいる。夢でもないし、嘘でもない。
「その気持ちを強く持ち続ければ、大丈夫。ぼくらは、勝つよ」
ぼくは、ユウヒの言葉に、強く、強くうなずいた。 |