Chapter9
「なんかさっきからずっと思ってたけど……あっつ」
ミキのひとことで、ぼくらの体感温度がますます上昇した。
そう。今は八月。もう外は猛暑真っ只中。正確にはわかんないけど、もう三十度はヨユウでこしてるだろう。教室の温度計、みてくればよかった――いや、やっぱり見ないほうがよかったな。見たら、あまりの暑さにうだってたから。
「あー、口にだすなよ、ミキ。もっと暑くなる」
汗っかきなショウヤには、汗拭きタオルが欠かせない。その証拠に、ショウヤの額には、ぽつぽつと汗の玉が光っている。
「そんなこといったって、暑いのは暑いんだからしょうがないでしょ。夏が暑くなくなっちゃったら、農家の野菜はできないし、冷たくて川でも泳げなくなっちゃう。そんなになったらもう、地球滅亡じゃない?」
ミキ……大げさじゃない?
それは、たぶん、(自分にとっての)地球滅亡だよ。
「あ……なんだろ、これ」
足下で、(一番先頭を歩いてたぼくがけった)何かが、カサッと音を立てた。
ぼくはそれを拾い上げる。
それは、不思議な手触りの、風流な葉書だった。
「なんか書いてあるよ。なになに――」
淡い山吹色をした紙のど真ん中に、達筆な毛筆で書いてあるそれを、ぼくは読んだ。
その、挑戦状を――。
「えーと、『拝啓 空石結槻様 花宮柔巳様 松澤巧也様
残暑お見舞い申し上げます。突然お手紙差し上げる無礼を御許し下さい。
さて、先日の皆様の功績により、私どもの上のものが、皆様を<ゲーム>に招待したいと仰せられました。そこで、この度の<ゲーム>に皆様を御招待致すべく、お手紙差し上げました所存で御座います。どうぞ、浅木様、堀川様、秋原様も御一緒に御参加下さいませ。
御参加なさる場合は、下記の<参加>に○を書いて、御手数ですがプールに浮かべて下さいませ。私どもがそれを即刻受理致します。
御参加なさらない場合は、そのままで結構で御座います。連絡がない場合は、棄権とさせていただきます。
皆様の御参加と御健康をお祈りしております。
参加
不参加
敬具』……」
…………。
しばらく、プールサイドに静寂のときが訪れた。
最初に口を開いたのは、ミキだった。
「――なに、これ?」
「……招待状?」
「そんなこたぁ見ればわかるわよ」
「そりゃそうだけど……それ以外に、いえることなんてないじゃん」
「いーや、ひとつだけわかるよ!」
ナオが、人差し指を立てて、ズイッと前に進み出た。
「なになに?」
「ふふふ、それは……」
それは……?
「こいつらが、おれたちに宣戦布告してるってコトさ!」
「…………」
……うん、ナオは、ほっとこう。そもそも、ナオが本領を発揮するのは、ケンカのシーンだ。こういう謎なシーンでは、すこぶる使えない。それで当たり前だ。だって、専門外なんだから。
「やっぱり、俺たちへの手紙が、風で飛んできちゃったんだよ、きっと」
タクヤは、無理に自分を納得させてるみたいな言い方をしてる。
「そうだよね、きっと郵便屋さんが、間違えて飛ばしちゃったんだよ、たぶん」
続くミキも、おんなじ様なしゃべり方だ。
「それはないよ、きっと〜」
妙に間延びした、ユウヒの声。たぶん、さっきの沈黙を利用して、熟睡してたんだろうな……。
それはおいといて――。
「間違ってないって、どゆことだよ」
「ほら、こっちみて」
タクヤがきくと、ユウヒは、はがきを裏返した。
文面のほうと一緒で、住所欄も薄い山吹色に染められている。何も書かれてないせいか、裏の招待状の文字が透けて見える。
「これ、おかしいよ」
ユウヒはいうけど、ぼくらにはどこがおかしいのかわからない。白紙の裏面を前にして、しきりにうんうんうなっている。
でも、ぼくは、違和感を覚える――。そのとき、ぼくの頭上に、電球が現れた。
そして――。
「――あ!」
気づいた! あ、電球に光がともった。これが、「ピーンとくる」ってやつか!
「ほら、裏には何にも書いてないじゃん!」
「あ? そんなことわかってるよ」
「だから、何も書いてないからヘンなんだって」
「あー、そっか!」
ミキも気づいたみたい。こたえを発表してくれた。
「これ、宛名も住所も郵便番号も書いてないよ! こんなの、郵便屋さんが届けてくれるはずないよ!」
「そっか!」
みんな(不正解組)が、納得の声をあげる。
「つまり――」
「これは、風で飛ばされてきたんじゃなくて、学校に侵入してきた誰かが、直接ここにおいた――そういうことだよね、ゆっちゃん」
「ビンゴ!」
「これから、どうする?」
「そりゃ、きまってんだろ! 売られたケンカは、買うのがスジだ!」
勇ましい発言だな、ナオ。やっぱ、女には見えんわ……。
でも、ぼくも、口にはださないけど、考えは同じだ。せっかく招待してくれたんだから、わざわざ断ることも、ないだろ。
タクヤも、考えてることは同じみたい。静かな闘志が、空気を通して伝わってくる。
ショウヤが、ぼくらの空気を察知して、口をひらいた。
「じゃ、参加、だな。丸描いとけ、ユヅキ。<参加>のトコに」
「OK!」
ぼくは、シャツのポケットから、ペンを取り出して、<参加>のところに○を描く。
その瞬間、ものすごい風が、ぼくらの身体を揺さぶった。
風にさらわれて、ぼくの手から離れたはがきが、宙を舞う。
「あ、ヤバい!」
必死で手を伸ばすけど、届かない。はがきは、ひらひらと、プールのほうへ飛んでいく。
まるで、「御参加、承りました」とでもいうように――。
一陣の風が止んだ。
「あーあ……」
「……飛ばされちゃったね……」
肩を落とすぼくらに、ユウヒが声をかける。
「だいじょうぶだよ、きっと。プール行こ」
なんか自信満々のユウヒ。なんか、不思議だよ、オマエが。
「いやあ、無理だろ。どっか飛んでっちゃったんだからさ」
ぼくがいっても、ユウヒは笑顔で
「だいじょぶ、だいじょぶ」
っていい続ける。
「てか、その自信はどこから来るわけ?」
「勘」
ミキのことばに、力強くいい放つユウヒ。だから、その勘にどうしてそんなに自信が持てるのかときいてるの。ああ、ユウヒと話してると、たまーにだけど、なんか、ドッと疲れる……まあ、そこがユウヒの持ち味なんだけれども。
「さあ、行こうか。きっと、もう相手は待ちくたびれてるよ」
ユウヒのいうままにプールに向かうと、さっきの風に揺さぶられたのか、水面がゆらゆら波立っていた。
その水面に、ぷかぷか浮かぶ、はがきが一枚。
「あ、あった!」
我いちばんと、プールに飛び込むジュン。あ、水着着てないんじゃないの? と思ったけど、はがきを手に水面に顔を出したジュンは、いつの間にかちゃんと着替えていた。用意のいいこっちゃ……。
しかし、ジュンは手にしたはがきをみて、首をかしげた。
「あれ……? これ、さっきのはがきじゃないぞ……?」
「御返事、確かに承りましたよ……」
なんともいえない不気味な声があたりに響いたのは、そのときだった。
なに?
ドキッとして、あたりを見回す。でも、誰もいない……。もちろん、この中の誰の声色でもない。もっと、大人の声……。
「ふふふ……皆様、こちらでございますよ……」
ふたたびの声。聞こえたほうをザッと向くと、プールサイドを囲うフェンスの上に、そいつは立っていた。
「皆様、初めて御目にかかります。今回、上司からの指令を受け、ゲームをプロデュースさせて頂きました、ミノタウロスでございます。以後、お見知りおきを……」
うやうやしく礼をした、そのミノタウロスと名乗る男は、年齢にして二十歳ぐらい。カジュアルなブレザーとチノパンを着ている。この身なりといい、ていねいな口調といい、とても、こんなはがきで悪ふざけをするような人にはみえない。
「皆様なら、きっと御参加下さると思っておりました」
帽子を目深にかぶってて、顔はよく見えない。けど、ミノタウロスが、うれしそうににっこり笑ったのがわかった。ぼくらがゲームに参加することが、そんなにうれしいのかな?
「当たり前でございます」
心読まれた……。
「我々は、創ったゲームに誇りを持っています。そして、ゲームはそれをプレイするプレイヤーいてこそのもの。いくら素晴らしい作品であったって、評価してくださる方がいなければ、それに価値などつけられない――それと、同じことでございます」
ミノタウロスは淡々と話してるけど、ぼくらの頭は情報量過多でフリーズしそうだ。
あなたは、だれ? ゲームって、なに? そしてあなたは、なんでフェンスの上に立てるの?
「あ……あなたは……何者なんです……?」
かろうじて凍ってなかったぼくの口が、途切れ途切れに、たたずむ男に問うた。
「自分ですか? ――いってみれば、自分は、このゲームのボス、といったところでしょうか……」
ボ、ボス……。
ミノタウロスの眼が、ぼくらサル三人、ショウヤ、ミキ、ユウヒ、(プールから這い出た)ジュンに向く。その視線からは、殺意、敵意といったものは感じ取れない。
「今回のゲームは、自分の上司が原案を創ったものです。それに、ゲーム代行の自分が細かく仕様を加え、仕上げました。ここにいる皆様の能力バランスを配慮して仕上げましたので、皆様方だけの力で、充分、楽しんでいただけると思っております」
――いままでのせりふで判断して、ミノタウロスは、ぼくらに危害を加えるつもりはないと思う。じゃなかったら、「ゲームはプレイヤーいてこそ」とか「楽しんでいただける」とはいわないし、なにより、自分が誇りに思うゲームで、他人を傷つけはしないだろう。
少し警戒心を解いたぼく。それを見て、ミノタウロスは満足そうにほほえむ。
「先生方が御戻りになる午後四時までに、自分が今から創りだす迷宮の謎をといて、見事迷宮から脱出できれば、皆様方の勝利。もし、迷宮から脱出出来なければ、我々の勝ち。――詳しいことは、そのはがきに書かれています。迷宮で迷われたときの、道標にもなるでしょう」
ミノタウロスのことばに、ジュンが手に持ったはがきを、ピッとぼくらに投げた。
はがきをキャッチしたタクヤが、はがきを見るより早く、ミノタウロスが口を開く。
「迷宮に巣食うもの、ミノタウロス……。自分の名は、その伝説の怪物を冠しております。皆様が迷宮で迷われている間、自分も自分で動かせて頂きます」
再び強く騒ぎ始めた風が、周りの木を揺るがす。プールの水面が、激しく波打つ。
ミノタウロスの身体が、旋風の中心に浮かぶ。巻き上げられた木の葉を従えて、ゆっくりと浮かび上がる。
な、なんで……? ありえない!
「ま、待て……!」
タクヤの叫びも、吹きすさぶ強風にかき消された。紳士的なミノタウロスの声が、あたりに響き渡る。
「では、これにて失礼致します……皆様方の健闘を祈っておりますよ」
「ちょ……てめえ……」
「またお会いしましょう! See you again!」
一声残して、ミノタウロスの姿がその場から掻き消えた。
一陣の風が止む。旋風に舞い上げられていた木の葉が、ひらひらと舞い落ちる。
そして訪れた静寂。この場の誰もが、(脳のフリーズで)動くことができない。
ぼくらは、舞い落ちる木の葉のなかで、立ち尽くしていた。
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