Side005_神様、糊口を凌ぐために
放置しっ放しでスミマセンでした!申し訳ありません。
本編の執筆と仕事にてんやわんやしてました……。orz
更新しましたので、楽しんでいただければ幸いです。
それではどうぞ。
「では、差し当たっての問題が解決したところで……本題と行こうじゃないか、諸君」
「いえ、私一人しかいませんけど」
キリッと先ほどまでの情けない表情から一変して真面目な顔つきで告げるホルストに、リンネが冷静な突っ込みを入れる。その息の合った、打てば響くようなやり取りはまさに長年一緒に育った兄妹のようでもあった。
その至極真っ当な意見をホルストは空咳をついて一蹴し、さっさと中身に移る。
「我々は非常に由々しき問題にぶち当たっている」
「はぁ……」
リンネの気のない返事に一々言い返すこともなく、ホルストは極めて冷静を装いつつもどこか重苦しい言葉を重ねた。
「名前も付け終えた。そして、自分たちの能力についても、現在位置についてもある程度は把握を終えた。だがしかしっ!」
ぐっと右手を握り締めたホルストは、まるでこの世の終わりだと言わんばかりに深刻な表情と仕草を絡め、目の前のリンネに訴える。
ただ、その彼の態度が少々大袈裟過ぎてリンネはただポカンと耳を傾けるだけだったのだが。
「しかし……?」
「しかし! 我々には先立つものが……つまりは金がない!」
今にも泣きそうな表情で訴えるホルストに、リンネは呆れ気味に答えた。
「――なら稼げ。この駄神が」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それで? どうやって稼ぐつもりですか?」
「う~ん。具体的にはパッと思いつかないんだよなぁ……何か案ある?」
街へと向かう道すがら、どうやって生活していくかを考えているホルストは眉間に皺を寄せつつリンネに訊ねた。
「そうですね……思いつくのは『物を作って売る』ということですが、マスターの力とスキルではそれも難しいですし」
「そうなんだよなぁ……ったく、この制約がなければなぁ」
隣にいるリンネが告げる言葉にがっくりと肩を落としながら、ホルストは呼び出したステータス画面の該当箇所を指で軽くなぞった。
――匠ノ技。
そのスキル名に記された説明文によれば、「製作した物が最高品質となる」とある。これが示す通りの効果を持つならば、生活していく上で必要な収入のめどはたったも同じことだ。
しかしながら、その後に書かれた「一度製作物を使用すると壊れる」という制約がホルストを窮地に追い込んでいる。使えば必ず壊れる物を誰が買おうというのだろう。ましてやそのスキルで武具を製作し、売ろうものならあっと言う間に悪評が立つのは容易に想像できる。
「ならば仕方がありませんね。獲物を狩り、それを売った金で当面は凌ぐしかほうほうはありませんね」
「獲物ねぇ……でも、俺はここにやって来てまだ一日も経ってないんだぞ? そうそう上手く狩れるか?」
「それを言ったら私など生まれてからまだ一日も経ってないのですが?」
「……さて、気合を入れて探そうじゃないか!」
ジト目を向けながら「アンタの方が年長者じゃないか」と訴えるリンネの厳しい視線に耐え切れず、ホルストはさっと顔を左右に振り向けながら獲物を探し始める。そんな主の情けない姿に、「この駄神が……」とリンネは小さく呟くのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
森の出口を目指しつつ、獲物を探していた二人の耳にかすかな人の声にも似た音が聞こえてくる。
「うん? 一体なんだ……?」
ふと聞こえてきた音に声を漏らすホルストに、リンネは冷静に答える。
「あれは……冒険者でしょうね。そのやや後方に怪物がいるようですね」
「……つまりは追われているってことか?」
「ありていに言えば」
リンネが頷きながらも「どうしますか?」と判断を求める視線を寄越してくる。
「モンスターとの距離は?」
「およそ150メラ、といったところでしょうか。このままだと数分も経たないうちにはち合わせることになりますね」
打てば響くタイミングで答えるリンネに、ホルストは顎に手をあてながら得た情報をもとに思考を巡らせる。
「ふぅむ。まずは一旦様子見だな。危なそうだったら介入するとしよう」
「……この臆病者の駄神が」
「しょうがないだろ。こっちは二人なんだから」
今にも泣きそうな表情で情けない言葉を発しつつ、ホルストたちは近くの草むらへと避難し、影から様子を窺った。
「オイオイ聞いてないぞ!? なんでこんなところに角熊なんているんだよ!」
しばらく隠れていたホルストたちの目に、やがて慌てた声を上げながら駆けこんで来た冒険者らしき二名の青年と女性が映し出される。見れば彼らの装備はところどころに亀裂が生じており、これ以上の戦闘が無理そうだと判断できる。走って逃げてきたからか、メンバー全員が息も絶え絶えで残りの体力もわずかと見られるのも切迫した状況に拍車をかけている。
「……グルウゥゥゥ」
「――っ!?」
そんな彼らに絶望をもたらす存在の唸り声が耳朶を打つ。彼らの視線の先、草むらを掻き分けて姿を現したのは分厚い茶色の毛皮に覆われ、額から一本の太い角を生やした大きな三体の熊だった。
その姿から「角熊」と呼称されるその獣は、その名の通り額から生える角が特徴の怪物である。体長三メラを優に超える角熊はのっそりと歩く一方、戦闘態勢に入ればその体格からは想像もできないほどの俊敏な動きで獲物を狩る。主な攻撃は角による刺突と鋭い爪を活かした戦術で、到底一人では相手にしない怪物である。
「あの三人ではとても太刀打ちできそうにありませんね。どうしますか? こうして彼らが食われるであろう様を見ているのもそれはそれで面白そうですが」
「……何気にサラッと恐ろしいこと言うよね? 俺はスプラッタは勘弁願いたいんだけど」
頬を引き攣らせながら呟くホルストに、「それでは――」とリンネが確認を取る。その言葉にゆっくりと頷いた次の瞬間、二人は隠れていた茂みから姿を現した。
「助太刀する! 君たちは早くこっちへ! リンネ、頼む!」
突如現れたホルストに困惑しつつも、逃れられる可能性を見出した三人の冒険者は迷うことなく彼のもとへと向かう。疲労を滲ませながら駆け寄る冒険者たちと入れ違いに前に飛び出したリンネは、迫る角熊に表情を一切変えることなくすっと右手を地べたに付けた。
「万閃陣!」
リンネの詠唱をキーに、角熊たちを囲うように青白い円陣が顕現する。そして、次の瞬間、大地から上空へと奔る稲妻が怪物たちを襲った。
「グルアアアアアァァッッ!」
身体を掻き毟るような痛みに耐え切れず、角熊から悲鳴が上がりくぐもった音と共に相手の大柄な体が地に伏せた。
彼女の放ったのは雷系統魔法の「万閃陣」と呼ばれる魔法で、一定の範囲内にいる相手に上空へと突き抜ける電撃を浴びせる魔法である。複数の対象をまとめて攻撃できるものの、一発ごとの電撃は精々相手の動きをわずかな時間だけ封じるしか効果はない。この電撃は麻痺効果があり、角熊たちはこれによって倒れたのである。
「ウグルゥゥゥ……」
倒れてもなおその瞳から敵意が失われていないことを確認したリンネは、すぐさま次の攻撃へと移行する。
「穿て――エアリアル・バレット」
角熊と対峙するリンネは、すっと右手を突き出し、魔法を唱える。彼女の魔法――エアリアル・バレットは空気を小さな弾状に圧縮し、一直線に放つ風系統魔法である。一発の破壊力はせいぜい対象を気絶させる程度しかなく、この魔法は風系統魔法の中でも比較的初歩のうちに習得できる魔法だ。
しかし、リンネはその弾を数十発同じ軌道で角熊の脳天に撃ち込んだ。同一箇所にこれだけの攻撃を受ければ、電撃によって麻痺していたさすがの角熊と言えど命はない。
接敵からわずか五分もかからず、単独で三体もの怪物を仕留めたリンネは、ギルドランクで言えば余裕でDランク以上の実力を有している。
「お疲れさん。三体いたけど、危なげなく戦えていたな」
戦闘終了後、様子を見ていたホルストが彼女に声をかける。だが、労われたはずのリンネはあまり喜びを見せなかった。
「そうですね。ただ……」
「ただ?」
「どっかの誰かさんが『モンスターを狩って、それを売ってカネを手に入れる!』と言わなければもっと早く仕留められたと思いますけど」
「……さて、とっとと仕留めた獲物を持っていくすべを検討しようか」
どこかジト目で「面倒だった」と訴えるリンネの言葉を、ホルストは聞かなかったことにしてこれからのことを考え始めるのだった。