Side003_降り立った元神様と御目付役
開かれた扉の先には、待ち望んでいた新天地が広がっていた。
「おぉ~っ! これが……って、ドコだよここは」
だが、降り立って早々、視界を覆うほどの草木に思わず男の口からはこんな言葉が突いて出ていた。辺りを見回しても目につくのは鬱蒼と生い茂る木々ばかり。ここはそもそもどこなのか、どう行けば街に辿り着くのか。地図がない状況でやって来た男にとって、このシチュエーションはなかなかに厳しいものがある。
「っと、そうだ。確か……」
ここに来る前にもらったものがあったはず、と男はディエヴスから受け取ったものを取り出す。その手に収まる10セルメラほどの大きな種は、日の光を浴びてその外殻をキラリと光らせていた。
「えぇ~っと、まずは魔力を込める、だったか?」
ディエヴスが告げたことをブツブツと呟きつつ、男は種に魔力を込め足元に埋めた。
「おっ? って……うわぁ!? こりゃ成長早過ぎだろ!?」
直後、瞬く間に種を植えた地面からぴょこんと芽が生える。そしてあれよあれよという間にその芽はぐんぐんと大きく成長し、やがて男の背を超えるまでに育った。
「ほぇ~っ? 凄いな……」
呆けた顔で見上げる男の前に、ゆっくりと二つの実が成った。
「これを取るってことか……?」
疑念を口に出しながらも、男は一抱えもある実を収穫した。汗を拭い、足元に収穫した実を並べ終えると――
――ピシッ。
突如、実の殻に亀裂が生じ、ヒビが全体に行き渡る。やがて全体に行き渡ったヒビにより、一抱えもある実が砕け散った。
「うわっぷ!? な、なんだぁ……?」
爆発するように飛び散る殻の破片から身を守るように視界を覆っていた腕を降ろすと、そこにはスヤスヤと眠る裸の女の子がいた。見た目からして10歳前後の女の子は、その腰まで伸びる長い金色の髪を黒色のリボンで二つに結わえていた。いわゆる「ツインテール」と呼ばれる結び方だ。また、横にはもう一つの実から出てきたのであろう彼女のものらしき衣類がある。
「ど、どうなってんだこりゃ……」
「う、ん……」
男の独り言にピクリと反応を示した女の子は、薄らとその目を開けてむくりと起き上がる。小さな顔に生えるその紅色の瞳がやけに印象に残る女の子だった。しばらくじっと男の顔を見つめた女の子は、素っ裸という状況にもかかわらず、静かに口を開く。
「……お初にお目にかかります、我が御主人様。以後宜しくお願いいたします。つきましては私に名前を――」
自分の状態を顧みず、すらすらと紡がれる言葉にハッと我に返った男が優しげに指摘する。
「……ねぇ、服着ないの?」
割って入ってきた男の指摘に、彼女は自分の身体をしげしげと眺めて呟く。
「……『きゃあああっ! 変態っ! 男はみんなケダモノよ!』とでも叫べばいいですか?」
至極冷静かつ可愛げのないセリフを吐いたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「んで? お前さんは一体何なんだ?」
指摘を受け、着替えを済ませた女の子に男は改めて問いかけた。
「はい、御主人様。私は貴方様の行動をサポートする者です。詳しくはこちらをご確認ください」
言いつつ彼女は黒と白のゴシック服に着替えると、サイドポケットから小さな紙片を取り出し、男に手渡す。胸元の大きな紅いリボンが揺れたが、その悲しいまでに平坦な胸に男は欲情――するはずもなく、黙って紙片を受け取るとゆっくりと開いた。
『――やあ。そっちはどうだい? よろしくやってるかな? この手紙を見ているってことは、ボクの言いつけ通り、あの種を芽吹かせたってことだね。キミの目の前にいるであろうその子は、簡単に言えばキミの御目付役さ。こうでもしないと危なっかしいだろうからね。他の神から何言われるか分かったもんじゃないし。あと、単純に仕事放り出してボクの管理する世界を気ままに過ごすキミが妬ましいから』
(――どうみても最後の一文が本当の理由っぽい気がするのは俺の気のせいか?)
思わず「それ、お前の八つ当たりだろ」と言葉が出そうになるのをなんとかこらえつつ、男は手紙に目を走らせ続ける。
『んで、こっからが本題ね。その子にはさっきも書いた通り、キミの行動をサポートする存在だ。より具体的に書けば、マップスキルや戦闘支援、それに資金管理も任せられるよ。細かいことは直接聞けば分かると思う』
「へぇ、マップスキルねぇ。こりゃありがたいな」
ここがどこかも分からない現状において、この女の子の存在は非常に助かるものであった。そんな風にぽろりと感想を漏らす彼の裾を、少女がくいくいと引っ張る。
「っと、ゴメンゴメン。手紙読んでて忘れてたわ。えぇ~っと……何だっけ?」
「……とっとと私に名前を寄越しやがれってんだ。この駄(目な)神」
「え゜っ!?」
軽く謝罪する男に、見た目からは想像もつかない辛辣な言葉が投げかけられ、固まる神(元)に、女の子はさらに言葉を続ける。
「あと、御主人様の名前は何だって聞いたんだけど? 耳の穴ふさがってんの?」
およそ「尊敬」という欠片もないその言葉に、男は持っていた手紙をパサリと落としてしまう。
その手紙の最後には、ディエヴスによってこのように綴られていた。
『あっ、そうそう。言い忘れてたけど、その子の性格はキミの魔力によって形作られたものだからよろしくね。当方は一切責任を負わないので、あしからず――』
その一文を後に目にした男の口から「ウソだろ!?」と驚きの声が上がったのだった。