Side002_制約と餞別
「なぁ……どうしてもダメか?」
「だぁめ! もぅ、さっきから言ってるでしょ」
そっと優しげに語る男に対し、ディエヴスはゆっくりと首を横に振って答える。
「俺はどうしてもこのままでイキたいんだが……」
「イカせると思う?」
「が、我慢が……」
「えぇ~っ!? そう言われてもなぁ……」
聞けば「男同士で何を言ってんだコイツらは?」と首を傾げられたり、脳内に桃色展開(腐)が描かれる会話をするディエヴスと男性の神。この場面だけを見た者に補足説明をするならば、現在ディエヴスは目の前に立つ男を自分のとある世界に降ろすため、男に対してある制限をかけようとしている最中だ。
「いや、つーかさ。ホラ、最近よくあるだろ? 神様からチートスキルをもらってうんぬんかんぬんとか。俺もそんな状況に憧れるワケさ」
「それなんのラノベ? そもそも、キミ……神様だよね? 論理破綻してね?」
比較的穏やかに提案をする男に対し、ディエヴスは至極まっとうな意見を述べる(注:特にライトノベルと述べるをかけているわけではない)。
「イマイチ理解していないみたいだから言うけど、キミは『神様』なんだよ。何もしていないように感じているけどね。神としての力、まぁ分かりやすく『神力』とでも言おうか。その力をもし保ったまま降りたら……それこそデコピンで山が抉れることだってあり得るんだからね?」
「……マジ?」
予想の斜め上をいくディエヴスの発言に、男は頬を引き攣らせつつ訊き返す。その問いにディエヴスはゆっくりと首肯し、さらに話を続けた。
「そうだよ。逆に言えば、それぐらい神力は絶大なる力を持ってるってことなんだよ。キミのちょっとした何気ない動作でボクの管理する世界がガラリと変わり得る。そんなことは管理者として到底容認できるワケもないでしょう? よって、キミがボクの世界に降り立つのなら、当然その力に制限を付けさせてもらう。これでもまだ意志は変わらないかい?」
最終確認だ、と言わんばかりにディエヴスは真顔でじっと男の目を見つめたまま問いかけた。その問いに対し、男は一も二もなく頷いて答えた。
「あぁ、それでも頼む」
ここに神同士の契約が成立し、「神が別の神の管理する世界に降りる」という前代未聞な物語が幕を開けたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それじゃあ、これを付けてよ」
行き先の世界について一通り話を済ませ、最終確認を取ったディエヴスは男に十個の指輪を手渡した。
「これは?」
「その指輪は『神帝の指輪』というボクが作ったものさ。主な能力は神たるキミの力を制限することと偽装だね。行く先々でキミの正体がバレると非常に厄介でしょ?」
「まぁな。確かに行く先々でよく知らん人から崇め奉られるのは御免被りたいな」
ディエヴスの指摘に同意した男は、仕方がないとその指に指輪を嵌めた。宝石も何も嵌められていない単なる銀色の指輪だったが、ジャラジャラと煌びやかな宝石を身につける趣味もない男にとっては、このシンプルな指輪の方が落ち着いた。
そして全ての指輪を嵌め終えると、男の前に一つのウインドウが出現する。
『神帝の指輪の効果により、基礎能力値に制限がかけられています』
その下にあるOKボタンをタッチすると、ウインドウは音もなく消えた。
「さて、これで準備は終わりだな」
「大体はね……っと、そうだ」
男と共にウインドウが消えたのを確認したディエヴスは、「忘れるところだった」とある物を渡した。
「……? これは?」
手渡された物を見た男の口から疑問が発せられる。その手に収まっていた物は、大粒の種だった。
「これはキミの行動をサポートするものさ。芽吹けばどういったものかが分かるよ。キミの魔力を込めて地に埋めれば、すぐに芽吹くから」
意味深な言葉を告げるディエヴスに首を傾げて見せる男だったが、「まぁ嵩張るようなものでもないし……」と素直に受け取った。
「んじゃ、これで準備は完了だね。あとは……ほいっと☆」
軽快な掛け声と共に、ディエヴスはどこからともなく取り出した杖で男のそばに扉を出現させる。
「この扉を潜れば目的地はすぐそこだよ」
「あぁ……」
じっと現れた扉を見据え、これから訪れるであろう様々な出来事を思い描く男の心には、ふつふつとこれまでにないやる気が湧いてきていた。
「気をつけてね」
扉を開けようとしたその時、微笑んだディエヴスが男に声をかける。
そのどこか悲しみが宿った声音に、男の手がピタリと止まった。
(あぁ、そうか……俺はもう)
――この場所に来ることはほとんどないんだ。
瞬間、男の中に言い知れぬ物悲しさが心に芽生えた。これまでどれぐらいの歳月を過ごしてきたこの場所も、時に他愛もない話で盛り上がった他の神たちともおいそれと会うことは難しくなるだろう。
そして、自分の無茶なお願いを聞いてくれた目の前の小さな男の子にも。
けれども、だからといって歩みを止めることを男は是としなかった。扉の向こうにはこれまで男が経験してこなかったであろう新たな世界が広がっているのだ。新しい世界、新しい景色。そして経験。それは男が切に願っていたものなのだから。
「……ありがとな」
だから、せめて最後に礼ぐらいはしておこうと男はややぶっきらぼうに口を開く。その感謝の言葉に、ディエヴスはただ首を横に振りつつ、にっこりと微笑んで優しく答えた。
「ううん。こっちの方こそ感謝したいぐらいだよ。キミのように神でありながら『他人の世界に行ってみたい!』なんていうのは初めてだからね。ボクも楽しみなんだよ。キミが向こうでどんな人と触れ合い、どんな経験をするのかをね。遠くからだけど、見ているからね」
ディエヴスの「見ているから」という言葉に、ふっと相好を崩した男は「そうだな」と頷いて扉を開けた。
男が扉の向こうへと歩み始めるその背に、ディエヴスはそっと「行ってらっしゃい」と小さく呟くのだった。