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天空の その上で…
作:高村 恵美



それぞれの、思惑-02(93)


「出血が酷い。見てやってくれ」
 斎が指し示した箇所。
 横たわる少年の身体に走る無惨な黒禽の爪痕は、広く、深く刻まれ、その傷痕は生涯癒()える事はないだろう。
「遙」
 少年を、次いで青年の容態を言葉なく見詰める遙に、黎が事前に釘を刺す。
「解っている。これ以上余分な力は使うな、だろう」
 いつも自分が零す台詞を遙に先に言われ、悲しいかな、黎はこの先の展開が読めてしまう。
『我が何を言ったところで、結局遙は譲らない』
「だが少しだけ、治療をさせて貰うぞ」
 当然のように遙が治療する準備を施す斎の態度に、慣れているのか黎は短い溜め息を落としただけで、最早反対はしなかった。



 夜の(とばり)に囲まれた、灯火(ともしび)一つない暗い森の中。
 起こりうる奇跡を前に、風の囁きさえもが、そっと吐息を潜ませる。
 厳粛なる、静寂だけが周辺を支配する中、遙の左手にぽぅ、と淡く柔らかな光が宿る。
 光が輝きを増すにつれ、遙の濃い碧の瞳も徐々に明るさを増し、薄い碧へと色を変えていく。
 現れた(ほのか)な光はやがて眼も眩むほどの光源を放ち、少年と青年の身体を煌々(こうこう)と<照らし出した。
「本当は全て治してやりたいのだが」
 (わず)かに自嘲(じちょう)する遙の掌から生まれた光は、二人の足先からそっと、損傷具合を確かめる様に触れていく。
「済まない。可哀想だが、傷痕までは治せない」
 青年の脚は歩行の際、一生不自由を伴うだろう。 だが現在(いま)の遙では、力が足りない。
 普段ならば、全力を(ふる)って倒れた処で、斎が屋敷まで連れ帰ってくれるのだが、黎が居る手前、それは出来そうにもない。

『やれやれ』
 唇から漏れる吐息は、間違いなく黎とは真逆の意味で。
 どこか気持ちが納得出来ぬまま、遙は取り敢えず治療を終えると、斎と向かい合う。
「斎、私はこの子供を家まで届けるから、お前は――」
 片腕に抱き上げた小さな子供。 未だ意識の戻らぬ青年も、さすがにこの状態で森に放置する訳にはいくまい。
「いや捨て置いて大丈夫だ」
「?」
「この人間の身体は、たったいま脚以外は遙が全て治療したのだ。これ以上甘やかす必要はない」
 横からぴしゃりと言い切る黎を黙って遙は見詰めた後、斎を見て軽く肩を(すく)めた。
「……私は斎に頼んだつもりだが?」
 どうしてだか斎に繋いだ筈の言葉は、何故かいつも黎が途中で断ち切ってしまう。
『今宵は妙に、黎が苛立っている気がするが……私の気の所為か?』
 遙の言い分に全く耳を貸そうとしない黎の態度に、軽い不信感を抱きつつ。
 半ば諦めたように短く嘆息すると、遙は意識のない青年へと近寄り耳元へ語りかけた。

「青年よ、お前の勇敢さを私は讃えよう。お前は確かに彼と……皓と一緒に闘っていたね」
 皓の様にずば抜けた力を持つ訳でもない、只の人間(ひと)の身で。
 黒禽が標的を変えた際、お前は戦闘から離脱する事も可能だったはず。
 だが逃げる事もせず、また怯む事もなく、迷わず黒禽の後を追い続けたお前の勇気は、私が確かに受け取った。
「これをお持ち」
 足元に落とした鈴を一つ拾い上げ、そっと青年の手を開くと、掌に強く握らせる。
「この鈴はお前が皓と、そして私達と共に闘った証となるもの。戻った町でお前が英雄として讃えられるよう、ほんの少しの映像と共に、お前に私の鈴を託そう」

 そして、願わくば。

「彼の……皓の心を溶かしておくれ」
 皓が、その小さな背中に負った荷物の重さは、一体どれほどの辛さを引き連れている事だろう。
 ……本当は全部背負う必要などないのだよと、皓に囁いて上げたかった。
 だけど投げ出す荷物の選別は、本人にしか出来なくて。
「いまは果てなく遠い想いでも、信じれば必ずお前の心は皓に伝わるだろう」
 解り合えぬ想いは辛い。 気持ちを伝える言葉を紡ぐにも、限界が有ろう。
 だが。……止める訳にはいかない。だろう?
「お前も、皓がとても大切なのだね」
 激しい孤独に苛まれる皓に、どうか少しでも青年の純粋な想いが伝わりますように。

「皓……」
 見据えた遠い未来に、叶えられる彼の、切なる願い。
 けれど私は現在(いま)の時点ではまだ、貴方を抱き締めて上げる事は、叶わないから――







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