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天空の その上で…
作:高村 恵美



切なる、願い-02(90)


「頼む、俺は本気だ」
 突然の皓の申し出に、遙は軽く瞳を眇めると、即座に首を左右へと振って拒絶する。
「悪いが、それは無理な相談だ」
 予期せぬ返答に、愕然(がくぜん)とした表情を浮かべた皓の状況を、遙は冷静に手繰り寄せる。
 力を込めた薄い碧の瞳に、透かし見るは幼い皓を取り囲む、全ての背景。

 ――この少年を突き動かす衝動は、恐らく孤独が(もたら)した淋しい心の悲鳴なのだろう。
『頼むから、誰か俺を愛してくれ』
 孤独のうちに叫び続けた言葉は、絶望と言う名の(もと)に膝を付き、少年に沈黙を強いた。
 だが屈服を知らぬ、若く強い精神(こころ)だけが未だ(あらが)い、見えぬ血を吐き流す。
『誰かに必要とされたい、誰かに受け入れられたい』
 それは願いと言うよりも余りにも切ない、少年のたった一つの想い――
 出来る事なら、その孤独な背中を、危うく(きし)む精神を、現在(いま)()ぐにでも救っては、やりたいが。
 ――けれど。啓示された道は、ただひたすら真っ直ぐに。 ……だから。
「私はお前を連れては行けない」



「何故だ?!」
 まさか当の相手から出立(しゅったつ)を断られる場合が有るとは、皓は想像すらしていなかった。
 共に旅をするに当たって、人並み外れた強さは充分に戦力として買われると、そう踏んでいたからだ。
 しかもどこにも居場所が無いと皓が必死で訴えているにも関わらず、遙は何故か始終ふんわりとした微笑みを浮かべたまま、真剣に耳を傾けようとすら、してはくれなかった。
「お帰り。いまはまだ家族の元へ」
「だが!」
 尚も言葉を続けようとする皓に、不意に遙は(かお)から笑みを消すと、真顔でゆっくりと、こう告げた。
「皓、残念だが、お前はまだ余りに若過ぎる」
「何故俺の名を?!」
 名乗った覚えの無い俺の名前を、どうして初対面のお前が知っている――?
 驚愕を隠せぬまま質問した皓に、遙は答える事なく再び微笑むと、更に言葉を繋いだ。
「私は全てを見通す事が出来る者、だからだよ」
「どう言う意味だ?」
 年齢が共に旅立てない正当な理由になるとは思えない。 皓の強力(ごうりき)は成人した大人にも匹敵するからだ。
 それに、遙は一体俺の何を知っていると言う?


 重なる疑問に答える声は、遙が口を開くより早く、横合いから木々を掻き分けて現れた人物に因って遮られた。
「それ以上、遙を困らしてくれるな」
(いつき)
 遙に斎と名を呼ばれた人物は、背が高く、全身に程好(ほどよ)く筋肉をつけた男性だった。
 腕に相当な覚えが有るのか、黒禽が棲息しているこの森を、斎はどうやら素手で歩き廻っていたらしい。
 手には何一つ武器らしい物を持たず、代わりに肩の中ほどまで伸びた金髪の間から、背中に負った大きな剣が見えた。
「遙、森に有る障穴は全て閉じ終えた」
 さり気に皓と遙の間に割って入ると、わざとだろう、斎は自分の広い背中を利用して、遙の姿を皓の視界から、完全に隠してしまう。
「そうか。ご苦労だったな」
 斎の背中越しに聞く遙の口調は幾分和らいで、笑顔が零れている事を皓に想像させた。
「……」
 何故だろう。斎に阻まれて遙の笑顔が見れなかった事に、皓は微かな苛立ちを感じる。
『なんだこいつ』
 自分に見向きもしない態度も勘に障って、斎の逞しい背中を、皓は無言で睨みつけた。
 その視線を感じたのだろうか。 ふと斎がくるりと身体の向きを変え、皓と向き直る。
「皓、と言ったか」
「ああ」
 此方を見据える斎の瞳は、海底を思わせる深い青色で、溜息を誘うほど綺麗な色見を帯びている。
 全体的に、何処となく遙に似た印象を感じさせる斎の顔立ちは、二人は兄弟なのだろうか? と皓に想像させるほど、近しいものだった。

「お前を屋敷へ連れて行くには、時期がまだ早いようだ」
「屋敷?」
「将来お前が遙の名の意味を知り、それでもまだ遙と行動を共にしたいようで有れば、改めて屋敷へと訪ねて来るが良い」
「遙の名前の……意味?」
「そうだ。お前は遙の名すら、現在まで知り得なかったのだろう? そんな人間を屋敷へは、連れ帰れない」

 何故に遙の名前の意味を知る必要が有るのだろう。
 俺が知らなかった遙の名とは、そんなに重要な意味を持つと言うのか? 
「名前を知ろうが知るまいが、そんな事が出立(しゅったつ)の条件になるなんて、おかしいだろう!」
 他人の名前なんて、余程自分に関りがない以上、誰だって記憶なんかしていない!
 そんな条件が正当な理由になる訳がないだろう? 少なくとも俺は絶対認めない!
 猛然とくってかかる皓に対し、斎は真剣に取り合おうともせず、言葉を継ぎ返した。
「ならばこう言うべきか。皓、確かにお前は人の世では強いだろう。が、屋敷に在っては違う」
「何っ!?」
「我々の強さから(かんが)みて、皓、お前はまだ酷く弱い」
「……!」
「お前一人なら、そこに斃れている黒禽を殺せたか? 一回り小さい黒禽ですら、二人がかりでやっと始末を付けたのでは無かったか? だが遙はどうだ」
「……」
「遙が意図も容易く黒禽を斃した様を、お前はその眼で見ていたのだろう?」

 斎の口から淡々と重ねられる言葉は、(いず)れも真実ばかりで、皓には何一つ言い返せる材料が存在しなくて。
「……」
 噛み締めた唇の痛さより、拒絶された想いが胸を塞ぎ、一瞬何もかもがどうでも良くなったのは、事実だ。
 どの道、俺に救いは無い。遙は中途半端な強さの俺を見限り、追い払いたいだけだ。 だったら。
『俺は誰にも負けないくらい、強くなる』







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