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天空の その上で…
作:高村 恵美



仄暗い、闇の中で-01(84)


「考えろ!」
 恐怖のために挫けそうになる精神を叱咤しながら、皓は暗く狭い森の中を縦横無尽に逃げ惑う。
 唯一の武器である刃は、先程の黒禽との戦闘で刃毀(はこぼ)れを起こしてしまっている。
 手にした武器がこんな状態では、恐らく黒禽に傷一つ付ける事すら(かな)わない。
「何か、何か手が有るはずだ」
 焦る気持ちが冷静な判断を生める筈もなく、次第に皓は心身ともに追い詰められていった。


「ここは!?」
 逃げ(まど)う内にいつの間にか方向感覚を失っていたのだろう。
 足元に転がる物体は、先程皓自身が(たお)した黒禽に間違いなくて。
 そして無意識に見据えた視線の先、大木に大きく真新しい血痕が一つ。
「!」
 恐れていた少年の身体はそこに既に無く、残された大量の血溜りだけが残酷な事実を告げていた。
「えー俺? 俺の名前はねー」 嬉しそうに笑った彼の名前さえ、聞く暇が無かった。
 ――胸の奥が痛い。喉が引き()るよう熱く渇いて、辺り構わず叫びたいのに声が出ない。
「……」
 硬く握った拳が震える。戦慄(わなな)く唇が、忙しなく空気を求める肺が、ついに堪えきれず悲鳴を上げる。
 けれど皓の心の叫びは音になる寸前に、再び森中に響いた鈴の音によって掻き消された。


 シャアーーン シャララーン  

 幾重にも重なるその音は、澄み切った高い音で(よど)んだ空気を切り裂き、確実に黒禽の聴覚を刺激する。
 皓の間近まで迫っていた黒禽は、聞こえた音色に対し猛烈な嫌悪感を覚えるのか、何度となく執拗に(くちばし)を打ち鳴らすと、音の鳴ったと思われる方角へと向かい、再び天高く翼を広げ飛び立っていく。

「くそっ」
 まだ逃げ遅れた奴がいるとは頭の隅にも考えていなかった事に悪態を付きつつ、皓は音の発生源を必死に探る。
 森の中を反響しながら聞こえたそれは、少し開けた場所で木々越しに確認する事が出来た。
 こちらに背を向けた人物が左手に持った何かを空へ振りかざす度に、澄んだ高い音が広く周囲へと木霊こだまする。
「お前何を?!」
 黒禽が間近にいる事を、恐らくこの人間は気づいていないのだろう。
 警告のつもりで発した皓の言葉に、驚いたような様子でその人物は振り返った。

「早く逃げ――」
「しーっ」
 慌てるまでも無く、こちらを見遣ると唇に手を当て、黙っているように促したその容貌に、皓の呼吸が思わず止まる。
 闇夜にも鮮やかな黄金の髪を(まと)った姿は(たと)えようが無い程美しく、皓は一瞬でいま置かれている危機的な状況を忘れるくらいに、魅せられた。
「私の眼を見て」
 言われ反射的に返した視線が、相手の燃え盛る焔のような紅眼と絡まった瞬間、皓の自由が知らず奪われて。
 仄暗い闇夜に鮮やかに浮かぶその姿態に、軽い違和感を覚えつつも、頭の奥が痺れた様な感覚で満たされ、深く物事を考える事が出来ない。

「良い子だ」
 小さく囁き、薄く瞳で笑うその姿は、皓よりも十歳くらいは上だろうか。
 白くゆったりとした服を身に(まと)い、流れる金髪は肩を少し超えた辺りで、無造作に断ち切られていた。







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