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天空の その上で…
作:高村 恵美



転成(55)


『遙、彼女の魂はお前の血に()って(けが)れた。幾ら遙でも穢れた魂を、天には還せない』
 寂しげに、けれど巫女として、村人の魂の浄化を静かに見守る綺菜を指して、いつ戻ってきたのか、隠形したままの黎が、
そっと遙の耳元で囁く。
「解っている」
 黎に言われる迄もなく、綺菜の魂が穢れた理由は、遙が一番良く知っている。
 そして綺菜自身も、最早自分の魂が還る場所が無い事を、充分理解しているのだから。

「綺菜、良くお聞き。來と私に因って二重に穢れたお前の魂を、浄化させる事は、どうあっても不可能だ。
……残念だがお前の魂は、天に昇る事は叶わない」
 遙は新たな涙に濡れた綺菜の顔を直視する。
 自分が犯した罪を受け入れようとする綺菜の、気持ちを思うと胸が痛い。
 まだ若いこの娘の運命を、イエンの沢山の人々を、どうして自分は救えなかったのだろうか。
 血を浴びた事に関して、綺菜には何の落ち度も無い。
 穢れのない綺菜の魂を穢したのは、他ならぬ自分と、來なのだ。
 裁かれるのは(むし)ろ、自分達でなければならないのに――

「綺菜、私は――」
 無意識に、遙は強く唇を噛み締める。
『遙?』
 何事かを激しく迷う遙に黎は危惧を抱きながらも、詠唱を開始するように、遙を促した。
 幾ら遙と言えど限界は、在る。これ以上要らぬ力を使えば、遙とて意識を保つのは難しいだろう。
 そう判断すると黎は、遙の負担を僅かにでも減らす為、自らが補佐に回る。


 
 溢れる陽光の下、黎の風を受けて、遙の詠唱が(おごそ)かに、流れるように始まった。
「……(これ)より私によってお前の魂魄は人の(ことわり)を外れ、私に帰属する事になる。
綺菜、その罪深き魂よ。お前の魂魄は人の輪廻から外れ、再び人の道に戻る事はない」
 本来ならば、穢れた魂は永遠の煉獄(れんごく)に繋がれ、二度とこの世に生を受ける事は出来ない。
 けれど。
「……だが、綺菜よ」
 淡い光を放つ遙の掌が、ゆっくりと綺菜に向けられる。

 引導を渡すだけならば不必要なはずの遙の『力』が、何故か不意に不安定に揺らぎ始める。
『遙? 禁忌を犯してはならない!』
 厭な予感を感じて黎は咄嗟に口を挟むが、不安定な『力』の波動は薄らぐ事なく、次第に凝縮し、それに伴い
遙の濃い碧色の瞳が、薄い光を帯びた淡い碧へと変化する。
 詠唱を止めさせる為に顕現(けんげん)した黎を強引に無視した遙は、続きの言葉を再び風に乗せる。
「何一つ自由を縛られる事無く、大空を翔けられる純白の翼を、お前の背に授けよう」

 遙の言葉通り、綺菜の背に曇りのない、眩しい程の白く大きな翼が陽炎(かげろう)のように現れる。
 それは先ほど闘った時に現れた黒い翼とはあまりに対照的な美しさで、綺菜は瞳を(みは)る。
「その翼はお前が持つ本来の魂の色」
 顕現した蜃気楼の翼を、実際の翼として綺菜の背に固定する為、遙は更に力を振り絞る。
「イエンより解き放たれ、自由に大空を翔けると良い」
 この世界で最も愛に溢れたフェイとなって、何一つ束縛される事なく、自由に――
「有難う……ございます」

 お礼を述べる意識が、そして声を出せる喉が、自らに存在する間に貴方に心からお礼を言いたかった。
 背に徐々に圧し掛かる翼の重さが、人ではなくなる象徴のようで、綺菜は頭を垂れたまま、なお一層強く瞳を閉じる。
「……最後に要が常に傍らに寄り添えるよう、二人を(つがい)とする」
「!」
 思わず頭を上げた綺菜に、要は黙って優しい笑顔を返すだけで、何も言わなかった。
 遙はそんな綺菜と要を見つめると、深く頷いた。
「人と比べ、儚く短い生だが、今一度遣り直すと良い」
 そして口には出さずに、胸の内だけで、密かに囁かれた言葉。
『要、そして綺菜よ、今度こそ幸せに――』

「遙!」
「黎、これは転生ではない」
「然し」
 反論しようとした黎は、遙の現在までに無い、(まれ)に見る強い視線に真正面から射竦(いすく)められ、言葉を失う。
「良いな、黎。全て私が決めた事だ」
 高圧的な物言いに、その圧倒的な存在感に、遙に魅了された己が所詮逆らえるはずもなく、黎は半ば無意識に、頭を垂れた。







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