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天空の その上で…
作:高村 恵美



技量(49)


「くうぅっ! 流石に普通に戦うと勝てないか……」
 矢継ぎ早に射たところで榮の持つ(こん)は、その長さを存分に生かした動きを恭に見せつけて、(ことごと)く自分が放った矢を、
地面に叩き落としていた。
 何処から飛来するか判らない矢を、細身の棍一本で叩き落とす榮の腕前は、此方の想像以上の凄さだ。

「仕方ないねぇ。……そろそろ本気でいくかなぁ」
 恭は(おもむろ)に矢筒から複数の矢を抜き取ると、器用にそれらを束ね、榮目掛けて、何と一斉に放つという暴挙に打って出た。
「数打てば当たる訳じゃないですよ。……気でも狂ったのですか?」
 榮の言葉通り、無謀としか言いようのない放ち方をした恭の矢は当然バランスを失い、それぞれが違う方向へと(やじり)を向ける。
 それでも奇跡的に目の前に現れた一本を、榮は余裕で叩き落とし、笑みを浮かべる。

 恭の無謀な作戦は、それだけ自分が相手を追い詰めていると言う事だと、榮は密かに自分の勝利を確信すると、声を張り上げた。
「そろそろ遊びは終わりにしましょうか!」
「遊んじゃいねーけど?」
 恭の言葉に何かを感じた瞬間、視界の端を何かが横切る。
「なっ!?」
 それが何かを確認する(いとま)もなく、咄嗟に榮は身体を大きく(ひね)ると手近な樹に、その背を張り付ける。

 前後左右から榮を囲むように飛来したそれらは、先程まで榮が(たたず)んでいた場所に深々と突き刺さり、その存在を主張していた。
「遊んでる訳じゃないって言っただろー?」
 間延びした恭の声が、薄暗い森の何処(いずこ)からか、反響しながら聞こえる。
 複数の矢が相手では流石に全て避け切れず、何本か僅かに掠った箇所から、自らの薄い血が(にじ)むのを確認した榮は、唇を噛み締める。
「……一体、どうやって?」

 混乱しかけた頭を必死で整理しようと、榮は樹に背を預けながら考える。
 まず複数の矢を射れる事自体が有り得ない。第一あれが先ほど一斉に放った矢だとしたら、此方に届くまでに時間差が有り過ぎる。

ヒュッ!!
 風を切る音と同時に自分の頬を際どく掠めた矢が、耳朶(じだ)ぎりぎりの位置で、樹に突き刺さる。
「……」
「隠れても無意味だって言ったよなー」
 頬から流れ出る血を掌で軽く拭うと、榮は真隣に刺さった矢を、苛立ち(まみ)れに引き抜こうとして、手に掛けた。
「!」
 (しか)し手を触れた瞬間、それはボロボロと砂を掴むように端から崩れ、原型を留める事なく、全てが消えていく。
「――そう言う事ですか」
「うーん? 何が?」

 もっと早くに気付くべきだったのだ。
「貴方のこの矢は、本当は矢ではないのでしょう。この矢は貴方の力を、形として具現化しただけに過ぎない」
 だから此方が隠れようと隠れまいと、恭は正確に狙った場所を射抜く事が出来るのだ。
 どれだけ無作為に、そして無造作に矢を放っても、恭が当たると心から信じれば、その矢は必ず目標物に向かって飛来する。
 障害物を巧みに避けながら、狙った位置に寸分違わず、確実に飛来するそれは、恭の『力』そのもの。

「どうやら貴方を甘く見過ぎた様ですね……」
 恭の位置さえ把握出来れば、まだ勝ち目は有るかも知れない、と考え榮は無意味に喋り続けるが、こんな時に限って恭は一切返事を返さない。
 薄暗い森の中、恭が何処に潜んで居るかすら中々特定出来ない事に、ここにきて榮に急速な焦りが生じ始めていた。
「無駄口叩く暇が有ったら、さっさと逃げた方がいいよん」
 言葉通り、又しても複数の矢が周囲から突然飛来すると、榮に容赦なく襲いかかる。
「面倒な!!」

 狭い森の中、己の不利を悟ると榮は素早く身を翻し、何とか広い場所に恭を誘き寄せようと模索する。
(隠れる場所さえなくなれば、所詮弓遣いなど相手にもなりはしない)
 榮はそれと気付かれぬ様、逃げるふりをして巧みに恭を、森の外れへと誘導していく。
 けれど流石に矢を射ち落としながらの移動は、鍛え上げた榮の息を上げ、体力を削り取る。
 このまま無事に森を抜けるのは幾ら自分でも至難の業だ。
 けれど森の中程に見えた、小さな石が散乱する空間。
 足場は悪いがあそこまで恭を誘い出せれば取り敢えず上等だろう。

 追われ逃げ惑うフリを装い続けながら、榮は慎重に、然し迅速に、恭を目的の場所まで誘き寄せる事に成功した。
「しまった!!」
 開けた場所へ出た榮の姿が追って来た恭にも確認できたのだろう。
 慌てたような恭の声音に、今度は榮が高らかに宣告する。
「出て来たらどうですか?!」
 周囲をぐるりと囲む森に向って、榮は声を張り上げる。
「それとも、貴方は隠れる場所がなければ戦えないような、臆病者ですか!」
(うるさ)い!!」
 癇癪(かんしゃく)を起こしたらしい恭の喚き声が、周囲を移動しながら響き渡ると、榮の真逆の位置から観念したように、
恭がその姿を(つい)に現した。
 さほど広くはないその場を挟んで、恭と榮は互いに真正面から(にら)みあう。
「ちっ! (まま)よ!」

 ――極限状態の中、我慢出来ずに先に動いたのは恭の方だった。


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