天空の その上で…(26/180)PDFで表示縦書き表示RDF


天空の その上で…
作:高村 恵美



壮絶(26)


 取り敢えず瞭をその場から遠ざけ、誰にも侵入出来ぬよう遙は一人周囲に結界を(こしら)える。
 要の記憶には著しい偏りがある。
 恐らくは來に因って封じられたであろう、最も忌まわしきあの記憶が完全には戻っていない。
 全てを知る鍵は其処にあると考えた遙は、要を起こす事なく慎重にその場に横たえると、己が額を要の額に合わせ、
深く精神を同調させる。

 ――――気を失った要の心の奥深く。
 本人ですら把握できない暗い記憶の深淵へと踏み込んで、遙はあの日の記憶を要の心から直接探る。
 閉ざされた精神の深い闇。
 捉えた記憶の断片を再現させると同時に、遙は要から意識を切り離し、出来る限り広い視野での追尾体験を試みる。

 


「綺菜―っ!」
 誰? 頭の中が薄く膜を張ったようではっきりしない。私を呼んでいるのは……
「要っ!」
 要の姿が眼に入った瞬間、それまで曖昧だった綺菜の中で全ての時間が動き出した。
「おや? 人払いをした筈だったが、まだ生き残りが居たのか」
 (たの)しそうに呟いた(らい)がつと見遣った場所には、恐らく元は人間で在ったはずの赤い小さな塊が、
(いく)つもその場に散乱していた。
「ぐっ……」
 その余りの無残な光景に思わず喉が小さく鳴る。
 反射的に顔を背けた綺菜に、來は変わらぬ笑顔で優しく微笑みかけた。

「お気に召さなかったのかな?」
 残酷に村人の命を奪っておきながら、不思議そうに平然と問う來の声音に、背筋が寒くなる。
 私は……もしかしたら私は『願う』相手を間違えたのかも知れない。神は神だが、この男は――――
 異質の者に対する恐怖から、綺菜の身体は自然と震え出した。
「さて、あの少年はどうしましょうか」
 口調だけは優しいが、來が生き残った要に容赦の無い行動を取る事は、容易に想像がついた。
「……逃げ……て。逃げて要!」
 揺れる大地の上を何度も転がりながら、それでも必死で此方へ近づいて来る要の姿が見える。

「知り合いですか?」
 どこか楽しげに問う來に、必死で(すが)りつく。
「お願い助けて。要は私のたった一人の弟なの」
 私が護りたかった唯一の人物。とうとう最後となってしまった、自分のたった一人の家族。
 孤独と飢えに(さいな)まれる(ほこら)の中で、私が辛うじて正気を保っていられたのは、要の存在が
常に心の中に在ったからだ。
 時に意識が朦朧(もうろう)となっても、頭の片隅では、常に弟で有る要の事を考えていた。
『私は要を置いて先に逝くけれど、せめて要だけは、幸せになって欲しい』
 それだけを何度も想い、切に願った。……それなのに私自身が要を。

「今回の件に要は何の関係も無いわ。助けてあげて」
 私の命なら今直ぐ貴方に捧げるから、だから要だけは助けてあげて。
「そうですか」
 必死の懇願さえ最後まで言わせず、來は綺菜の言葉をぴしりと遮った。
「貴女の大事な身内、ですか」
 優しげに呟いた來の言葉に少しだけ安心した瞬間、彼はより一層深く微笑むと、こう答えた。

「貴女の願いは、聞き届けられた」
「えっ?」
 (すが)りついた綺菜の手をとって、更に自分に引き寄せながら、來は優しく繰り返す。
「願いを(たが)える事は出来ない」
 飽くまでも優しい微笑み。見惚れるほどの完璧なその微笑みに、何故か悪寒が止まらない。
 恋人のように甘く優しく、耳元で。……けれど残酷に、來は囁いた。
「彼も、村人なのでしょう?」
 ……來の言葉の意味が把握(はあく)出来るまで、綺菜はただ馬鹿みたいに口を開けたままだった。


 ドーン!

 地の底から突き上げる様な振動に、我に返った綺菜が見たものは、信じられない光景だった。
「始まったようだな」
 小さな笑い声を上げて來が示したその先、ひび割れた大地を押し退け、御神木の根元から巨大な水柱が天高く立ち昇る。
 突然の出来事に綺菜が悲鳴を上げる暇もなく、村の至る箇所で同じ現象が、競うような勢いで始まった。
 驚き逃げ惑う人々を簡単に(さら)い、巻き込んで流れる水の勢いは凄まじく、かつての村の象徴であった御神木さえも、
その木に(すが)る要ごと、ゆっくりと(いや)な音を立てて、(かし)ぎ始めていた。

「うわっー!」
 要の絶叫と、巨大な御神木が押し寄せる濁流についに耐え切れず、その身を任せたのは、どちらが先だっただろう。
「綺菜!」
 叫ぼうとした要の喉は、音を立てて流れ込んでくる水にその場を奪われて、声にもならない。
 土塊や岩をも巻き込み、荒れ狂う濁流の中、自分がまるで木の葉の様に奔流される様を、要は全身で感じていた。
 激しい水の流れに飲まれまいと、要は掴んだ縄に更に力を込めたが、大木自体が激しい流れの中、小枝のように回転と浮上を繰り返す。
 天地すら正確に把握できない状態に、幾度となく意識を手放しかけて。
 朦朧(もうろう)とした状態の要を、不意に凄まじい衝撃が襲った。

「?」
 それは偶然が引き起こした現象だったのか。
 流された大木は水中に一瞬深く沈みこんだ際、村の象徴で有った大鳥居にその枝を絡ませ、奇跡的に動きを止めた。
 けれど押し寄せる濁流にそれ以上抗う術もなく、大木は大鳥居と共に非常に緩慢(かんまん)な動きで、その身を水中へと沈めていく。
(これまでか)
 自身と水上との距離がどんどん遠くなるのを、要は薄れいく意識の中で確認していた。
(綺菜……)







ブログ

アビ





ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう