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天空の その上で…
作:高村 恵美



訓諭(25)


「綺菜、この花の名前、知ってる?」
「なんて花?」
 アビが咥えてきた花。よく見れば点々と辺りに散らばって咲いている。
 綺菜にも良く見えるようにと、僕は花を摘み足してから、手渡した。
「? 綺麗な花ね。でも急にどうしたの?」
「この花の名前は赤導。別名を水の園って言うんだ」

 アカシルベ。
 赤い導きと書くこの花は、その名の通り目立つ赤色をしており、自らの存在を主張して、人をある場所へ導くとされている。
 赤いとても綺麗なこの花は多大な栄養を必要とする為に、肥沃(ひよく)な土地にしか咲く事が出来ない貴重な種だ。
 それが満遍(まんべん)なくイエンのそこかしこに咲いている。
「この村の何処が肥沃だと言うの! 生贄を捧げる前まで、ここの土地は痩せこけて穀物すら
満足に実った例はなかったのよ?」
「……違うんだ。綺菜、違うんだよ」

 ――――そうだよ。僕の中でやっと答えが見つかった。
 だから遙は最初この土地に、イエンに『奇跡』を(おこ)す事を、頑なに拒んでいたんだ。

「赤導が何故水の園と言う名前を持つか、知ってる?」
「ううん」
「この花の根は地中深くに有る水を汲み上げる能力に優れているからだよ」
 例え砂漠で立ち往生しても、この花さえ見つければ必ずその場所から水が出ると伝えられる赤導。
 不安げに揺れる綺菜の眼を見て、僕は一瞬言葉を失う。真実を告げたら綺菜が傷つく事は解り切っている。
 傷付く綺菜の顔は見たく無いし、傷つけたくも無い。

 ……だけど僕は『瞭』だから言わなくてはいけない。

「つまりこの花が咲いている場所には、水脈が有ると言う事を表しているんだ」
 青ざめた綺菜の顔を、僕は正面から受け止める。
「よく見て綺菜。この花の咲いている場所を」
 綺菜の視線が赤導の花の道を、殊更(ことさら)ゆっくりと辿(たど)る。
 赤い花の道は村の中心である御神木(ごしんぼく)の真下を横切り、掘削途中のまま手付かずになった井戸の傍を通り過ぎる。
 その小さな花の道は途切れる事なく続き、田畑を越え、やがて村外れまで細々と、だが確かに続いていた。

「どうしてだよ!」
「え?」
「たった半年で良かったのに。死に物狂いでこの土地を耕せば、村は豊富な地下水脈に恵まれる仕組みだったんだ。
なのにどうしてそれが出来なかったんだよ!」
「!」
「村人総出で掛かれば数ヶ月も掛からなかった筈だ。例え運悪く花の言い伝えを知らなくても、
諦めずに真面目に土地を耕していれば、いつかは水脈の浅い場所に行き当たり、大量の水源が
確保出来た筈なのに」
「水が、有ったって事? ……この土地に?」

 ――――僕が知る限り、遙は必ずしも優しい神では無い。
 祈りを捧げる村人に求めるのは供物や生贄ではなくあらん限りの努力だけだ。
 そして必ず努力の上で『奇跡』が起きる様に、遙はいつも村のどこかに、何らかの仕掛けを施しているのだ。
「どうして?」
 激しい怒りの感情が混じった綺菜の声に、違和感を覚えた僕は、顔を上げる。
 全てを知った綺菜の怒りの矛先(ほこさき)は、当然、するべき努力をしなかった、イエンの村人に向けられるものだとばかり、
思い込んでいた。
 けれど振り絞る様に発せられた綺菜の言葉に、僕は思いがけない自分の勘違いを知った。

「何て酷い事を。どうして私達に神様(はるかさま)はその事を教えようとしてくれなかったの?! 
解っていたなら、皆がそれを知っていたなら、助かった人も沢山いたのに!」
「綺……菜?」
 一瞬、僕の頭の中が真っ白になって、綺菜の発した言葉の意味が、良く理解出来ない。
「たった一言、水が出ますって、私達に教えてくれれば良かったじゃない!」

 水が出る事が解っていれば、迷わず皆で井戸を掘っただろう。田畑だって毎日耕したに違いない。
 豊富な水と作物さえ有れば、沢山の幼い命は奪われずに済んだ。……なのに。

「許せない……。私は絶対に許さない! (いく)ら生贄が欲しいからって、神様だからって、其処まで私達を
(もてあそ)ぶ権利は無い筈よ!」
「違っ……」
 遙は生贄を求めた事なんて誓って一度もない。益して命を軽んじた事や、弄んだ覚えなんて一度も無い。
 確かに雨を降らす事くらい、遙になら造作も無い事だっただろう。
 綺菜の言うとおり、幼き命が消えるまで待つ必要は無かったかも知れない。
 けれど僕達の『奇跡』だって限りは有る。
『願い』が複数同時に重なれば、どうしても緊急性の高い方から叶えていくしか方法はないのだから。

 イエンの場合、解決方法は最初から用意されていた。井戸を掘ると言う時間も沢山有ったはずだ。
 彼等自身に出来る限りの努力を求める為に、多分遙はイエンの『願い』を後回しにしたのだろう。
 何処かで彼等が己の過ちに気付くだろうと期待して。
 けれど彼等は最期の一人が亡くなるまで、とうとう何も行動を興そうとはしなかった。

 他の件に懸かりきりになっていた遙は、多分この時点で初めて、イエンの民達が引き起こした愚かな結果を知ったのだろう。
 真相を知った遙は予想外の結末に自らを責め、二度と同じ過ちを双方が繰り返さぬよう、イエンに『奇跡』を興したのだ。
 ――――けれど遙の想いは届かず、逆にイエンには生贄を捧げる習慣が出来てしまった。
 彼等だけに限らず人間は遙に『願い』さえすれば必ず叶えて貰えると、思い込んでいる。
 叶えて貰えないのは、遙の眼に『願い』が映っていないだけだと、眼に留まる方法を考える。
 僕等が本当に考えて欲しいのは、『願い』が眼に留まる方法ではなく事態の解決方法だ。

 実際遙が本気で力を使えば、ほんの数分で済む『願い』も数多く、叶えてしまった方が僕等自身が楽な場合も有る。
 でもどんな場合でも、遙は必ず先触れを示し、手間隙をかけて彼等自がより良い方向へと導く為の、手助けをしようとする。
 そんな遙に、僕もうんと小さい時にどうして滅多に『奇跡』を興さないのか尋ねた事がある。
 その方が簡単だし、感謝もされるのにと言う僕の意見に対し、遙は困った様に微笑むと「何の努力もなしに
『願い』ばかり叶えると、人間は何時しか駄目になってしまう、弱い生き物だからだよ」と、
当時の僕には難しい答えをくれたのだ。

 ――――でも現在なら僕にだって遙の言葉の意味は、解る。
「聞いて。綺菜は奇跡の意味を勘違いしてる」
 真っ直ぐに綺菜の瞳を見つめて、僕はゆっくりと、けれど確かな意思を(にじ)ませながら、慎重に言葉を紡ぐ。
 傷ついて、頑く閉ざされた綺菜の心に、僕と遙の気持ちが少しでも伝われば良いな、と期待して。







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