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天空の その上で…
作:高村 恵美



奇跡(24)


 ――それから? 何も思い出せない。綺菜は、俺は? 村は一体どうなったんだ?
「要? どうした?」
 尋常ではない要の様子に、真っ先に反応したのは遙だった。
「遙、俺は……俺」
 喘ぐように荒い息をしながら、要は盛んに瞬きを繰り返す。

 一度に色んな記憶が甦りすぎて、頭の中が激しく混乱して、事を処理しきれない。
「要、大丈夫だ。いいか、落ち着くんだ」
 全身で震えだし、不意に頭を抱え込んだ要を遙は強引に引き寄せると、いつもの碧の瞳ではなく、鮮やかな紅い眼で、
要の瞳を深く覗き込んだ。
「!」
 遙に瞳を覗き込まれた途端、要はまるで糸が切れたかのように、不意にそのまま遙の腕の中で意識を失った。


「要!」
 思わず要に近寄ろうとした瞭は、(しかし)し片手を上げた遙にその動きを強制的に(はば)まれて。
 急な展開について行けず、瞭は何が何だか解らないまま、そんな二人を呆然と見比べるしかなかった。
「……遙?」
 問い質そうとした瞭の言葉を遮って、遙は強引に自分の言葉を、口にする。
「瞭、悪いが綺菜と二人で、散歩にでも行って来てくれないか?」
「えっ?」
 片手に意識の無い要を抱えたままなのに、まるで何事も無かったかのように、遙は平然と瞭に話しかける。

『僕に説明する気は無いのかよ!』
 思わずそう反論しようとして、けれど遙の有無を言わせぬ迫力に負けた瞭には、素直に頷くしか道はなくて。
 (まれ)にだが、共に行動しているにも関わらず、遙は(がん)として相方に前後の経緯を説明しようとしない時が有る。
 そんな時は幾ら粘っても時間の無駄だと言う事を、既に瞭も過去に何度か経験していた。
 だから悔しくても、遙の指示通り行動しなければ何ひとつ始まらなくて。

「……解ったよ」
 この期に及んでも僕は子供扱いで、遙に信用すらして貰えないなんて。
 聞きたい事は沢山あるのに、質問すらさせてくれない遙の態度に、腹の底から怒りが込み上げる。
「ああ、アビも必ず連れて行け」
「キュッ!」
 アビなら居ないよ、と瞭が答えるより早く、聞き慣れた鳴き声が機嫌良く遙に返答した。
「瞭を頼んだぞ、アビ」
「キュッ」
 いつの間にか足元にいたアビの調子良さに、瞭は内心ムッとしながらも、その場を後にする。
 戸口に出る瞬間、瞭は段差に(つまづ)いたフリを装って、アビのお尻を軽く蹴飛ばし、この苛々を
帳消しにしたのだった。



「綺菜」
「何? 瞭。あらアビも」
 気を利かせて外に居た綺菜に、適当な理由を告げて、僕等は並んで村を歩き出した。
 相変わらず曇り空の下自生植物はたわわに実り、逆に荒廃した田畑が更に広がり続ける村の様子に、
僕は軽く眼を(すが)めた。
「ねぇ綺菜」
 そもそも村人は最初に何を願ったのだろう。
 何がきっかけで遙に生贄を捧げるようになってしまったのか。
 イエンの現状からは何も見えて来ないし、何も解らない。
 僕の問に綺菜は少し考えた後、長老から聞いた話だけれど、と教えてくれた。

 ――――昔々イエンには作物が実らない、荒れた土地しかなかった。
 痩せた土は大層固く、掘り起すには並々ならぬ努力が必要だった。
 周囲を山々に囲まれたその特殊な地形故に、太陽は容赦なく降り注ぎ、村はいつも水不足に喘いでいた。
「イエンが……暑い?」
 綺菜の言葉に僕は首を傾げる。
 今日のこの空模様もそうだが、少なくとも自分がイエンに滞在しているこの数日間、一度も陽光が地面に届くほど、
空が綺麗に晴れた記憶は無い。

「当時のイエンは灼熱の日差しが照りつける、暑い土地だったと聞いたわ」
 僕の表情に気付いたであろう綺菜が、言葉を補足する。
「井戸を掘ろうとした人はいなかったの?」
「そうね。何人かは居たわ」
 水が出るか出ないか解らない。そんな井戸を猛暑の中で掘る事自体、自殺行為だと大半の村人は非協力的だった。
 本来多人数ですべき大仕事を誰も進んで手伝おうとはしなかった為、一人一人に圧し掛かる作業は過酷を極め、
計画そのものが頓挫(とんざ)せざるを得なくなった。

「結局何年経ってもイエンに井戸が出来る事は無かったのよ」
 各所に複数掘られた井戸は、どれも水が出る前に、掘削作業を中止してしまった。
 けれど日照りは容赦なく続き、いよいよ深刻な事態に差し掛かった時に、村の中に我が子を犠牲にして、
雨乞いをする者が現れ出した。
 彼等の中には田畑を耕す事を諦めた世捨て人が多く、家族を食べさせるのも自力では困難だった。
 そこで神様への貢物として、我が子を差し出したのだ。

「一種の口減らし、ね」
 幼き子供を神様へ捧げると言えば、村人に同情はされても責められはしない。
「全ては不毛なこの土地を救う為、村の為だと自ら罪の意識を封じ込め、親達は心からそう信じ込んだそうよ」

 一方ある日突然親に()てられた子供達は、静寂が住まう奥深い森の中で、寂しさと不安の余り、
自分を慰めるために声を出し、思いつくままに喋りだした。
 願いと希望が込められたその言葉の羅列は、他の子を巻き込み、いつしか明確な意味を持つようになった。
 誰が最初にその言葉を音に乗せたのかは、結局現在いまでも定かではない。
 けれど、音として唄われ出した言葉は、生贄にされた子供が最期の一人になるまで唄い継がれ、決して途切れる事は
無かったと言う。

 ――そして遂に最期の一人が神に召された時、とうとうイエンに雨は降った――
 もっと早くに雨さえ降らせてくれれば、犠牲者は少なくて済んだかも知れない。
 けれど無慈悲な(はるか)は、最期の一人まで、その身を所望されたのだ。

「じゃが、その代わりに『願い』通り雨は降り、村中に作物が自生すると言う『奇跡』まで戴けた。
『奇跡』が興ったのは、あれだけ生贄を捧げたからに違いない」
「これからは定期的に貢物を捧げねばならんじゃろう」
 最初の奇跡が確認出来た晩、長老は皆を集めてこう言った。
「良いな村人よ、全ては村の為。 これからは巫女を幼き内から教育し、立派な唄が詠唱できるように、
村を挙げて教育していかねばならん。これは村人の義務だ」と。
「全ては貪欲な神に、奇跡を興して貰う為だけに」
「そんな……そんな事って」

 遙がイエンに直ぐに雨を降らさなかったのなら、そうする理由が何か有ったからだ。
 怒りに拳が震えそうになるのを、奥歯を噛み締めて必死で我慢している僕の傍に、それまで黙って
綺菜の話を聞いていたアビが、不意にその場を離れると何かを(くわ)えて戻ってきた。
「キュッ」
 これ見てと言わんばかりに咥えていた花らしき物を、僕の足元にポトリと落とす。
「ア……ビ?」
 こんな時に何を、と言おうとして僕はアビが運んできた花を手に取ると、驚きの声を上げた。







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