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天空の その上で…
作:高村 恵美



再往(16)


 僕は、誰もが進んで巫女になっているのだと、思い込んでいた。声が綺麗だから、素質が有るから。
 そんな理由で他人に運命を義務付けられ、強制的に巫女にされていたなんて、僕は考えもしなかった。
 ましてや命さえも失うとは――

 遙はこの事実を、本当はどこまで知っていたのだろうか?
 僕達は人間が思うほど、決して万能ではない。願い事は毎日毎日、星の数ほど僕達の元へと届けられる。
 その全てに耳を傾ける事は到底出来やしないし、同時に叶えなきゃいけない願いだって、沢山有る。
 その結果、叶えられない願いだって必ず出てくるし、叶えるべきではない願いに至っては、幾らお願いされても、
どうしようもない。
 彼等の沢山の『願い』を一つ一つ全て把握するのは、流石の遙でも不可能だ。

 けれど彼等は『奇跡』を求め今日も祈りを欠かさない。自分達の願いが遙に届くように、一心不乱に祈り続ける。
 他所とは違う趣向を凝らし、少しでも早く遙の眼に留まるように。
 ……例えどんな代償を払ってでも、遙の眼に自分達が映り、『奇跡』を起こして貰えさえすれば構わない。

 ――――そう例え生贄を支払ってでも『奇跡』が起こるなら構わない――――

『ねぇ瞭。本当にイエンは、自分達で出来る限りの事をした上で、奇跡を願ったのだろうか?』
「遙ぁ」
 綺菜の心からの叫びを聞いたあの日から、考えが容易に(まと)まらずグルグルする。
 僕等は唯『願い』に対して応えを返すだけで、それを『奇跡』にまで高められるかどうかは、
応えを受け取った側の努力の結果だと、現在迄考えて来たのだけれど。

 僕等のしてきた事は過ちだったのか、それとも正しい事なのか。
 同じ問いが頭の中から出て行かないばかりか、考えすぎて吐き気まで催してくる。
 整理が付かない僕の頭で唯一解っている事は、僕の胸の中が遙に逢いたい気持ちで、一杯になってしまった
という事だけ。
 考えて見れば、遙とこんなに長い時間離れた事なんて、一度も無かったんだ。
「逢いたいよ遙……」




「瞭?」
 イエンの村から例の唄が止むのと同時に、その呪縛から大量に解放された魂が、空へと昇って来るのが、
遙にも確認出来た。
「おいで」
 その還ってきた魂の一つ一つに、祝福と安らぎを与えながら、彼女達の小さな囁きに耳を傾ける。
 イエンについて必要な情報を一通り仕入れ終わる頃には、全ての魂の浄化も終え、大凡(おおよそ)の現状が、
遙にも把握する事が出来た。
 先ほど帰ってきたアビから聞いた報告と照らし合わせてみても、瞭はこちらが想像したより、
随分と良い働きをしている。

 瞭のお陰で停滞していたイエンの問題は一見順調に進んだようにも、見受けられる。
 けれど、胸を占めるこの不安な気持ちは一体何だろう。
『瞭……私の声が聞こえるか?』
 意識の奥底へと深く潜るとイエンに居る瞭に向かって『呼び』かける。
 本当に全ての問題がイエンから解消されたのなら、この声は必ず瞭に届く筈だが、願う声は聞けなかった。
「……応答なし、か」

 まだ何も終わって無いとしたら? 否、一部の魂が解放された為に、全てが動きだしたとしたら?

 遙の緊張感がアビにも伝わるのだろう。何時になく足元に(まと)わりついて離れようとしないアビを、
危うく踏みかけて、遙は苦笑とともに抱き上げる。
「キュイィー?」
 アビの問いかけにゆっくりと頷くと、硬い声で遙は呟いた。
 瞭がいる現在(いま)なら。そして瞭が遙を『呼んで』いるなら、イエンに降りることは可能だ。
「降りるぞ。イエンへ」





 あんまり僕がメソメソしていたからだろうか。
 ふと見上げた空の色は綺麗な赤紫色に染まって、まるでいつも遙が下界へ降りる時の様子に、そっくりに見える。
「へぇ……。普段でもこんな空になる事が有るんだ」
 何だか遙に励まされた様な気分になると、瞭は奥歯に力を込めて、溢れそうになっていた涙を、寸での処で食い止める。
「僕は泣いちゃ駄目だから」
 僕が泣くときっと遙に伝わる。そして遙の手を煩わせてしまう。それだけは避けないと。

 だって僕は、遙を護るんだから。

 遙は確かに強い。けれど同時に信じられない位に脆い処が存在しているのも事実だ。
 だから僕が遙を護らないと、きっといつか遙は壊れてしまう。
 早く強く大きくなって、遙が安心出来る様な男にならなければ。その為には……
「頑張るぞー!」
 大きな声で空に叫ぶ。
『やっぱり先ずは気合からだよね!』自分の考えに満足して、瞭は更に大きな声で空に叫ぶ。
「遙っ――僕、頑張るからね!」
 決意も新たに(きびす)を返した瞬間、僕の眼に飛び込んで来たのは。
「遙……?」

 空からゆっくり降りてくる、遙の姿。
 夕日に髪が透けて淡い金色となり、いつもの遙とは少し違う、儚い雰囲気を漂わせる。
 白くて細い身体に、普段まとっている薄い衣が風に揺るりと(たな)びいて、天から差し込む無数の光の束が、
まるで遙の背に本当の羽があるかの様な錯覚に陥らせる。
 その様子が余りに綺麗で、思わず見惚れて固まった僕自身とは別に、自分が降りる真下に僕が居るとは、
流石の遙も予想外だったのだろう。
 完璧に整った白磁の(かお)には、少し驚いた表情が浮かんでいる。

「瞭? どうした?」
 遙はまるで体重を感じさせることも無く、ふうわりと地面に足を着けると、動かない(動けない)僕に
優しく微笑んでみせた。
「遙」
 何をどう言えば良いのか、どう説明すれば良いのか、胸に色々な感情が込み上げて言葉に詰まった僕は
『大丈夫だよ』と遙に無言で頭を撫でられて。

 ――――結局、泣いてしまった。

 一通り(少しだけだけど)泣いてすっきりした僕は、遙の手を引いてイエンに戻る事にした。
『要や綺菜に遙を紹介するのは少し自慢かも〜』
 と浮かれている僕には、遙がイエンに降りて来る事にどう言った意味が有るのか、まだその時は考えも
浮かばなかった。







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