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天空の その上で…
作:高村 恵美



偵察(12)


 要の思いもかけない言葉を聞いたその夜、瞭は真夜中の偵察を決行に移す事にした。


少し頭が痛いからと早めに休ませてもらい、深夜になると性懲りもなく隣で腹を見せて熟睡しているアビを、
叩き起こす。
「アビ、起きて、起きてったら!」

 昼間一匹でどこかへ出かけていたアビは、こんな時でも中々起きようとしない。
「聞いて欲しい事が有るんだ。アビ、起きて」
 けれど寝惚け(まなこ)のアビを引き連れてでも、どうしても確認したい事が、僕には有った。
 それはイエンに降りて直ぐに気付いた、ある現象――――
 屋敷ではあれ程クリアに聞き取れていた唄声が、此処では全く聞こえないという事実。
「どうしてだと思う?」
 ずっと心に引っかかった疑問。祈りは村中に響き渡っているものとばかり考えていた。

 ただ単に祈祷を止めたとも考えられない事は無いが、信仰厚いイエンで、それはあり得ないないだろう。
 事実、屋敷にもほぼ連日のように、イエンからの唄声は響いていたのだから。
 けれど、この地に降り立って以来、僕は一度も実際の音として、イエンの唄声を耳にした事がない。
 それに巫女らしき少女の姿を一度も見かけた事が無く、在るべき(ほこら)も村には見当たらない。
「せめて、唄が聞こえたらな。声を頼りに場所だけでも特定できるのだけど」
 肝心の巫女の居場所が判明しなければ、彼女達の真意を聞く事すら出来ないままだ。
 事を簡単に考えていた僕は、ここに到って(ようや)く、自分の甘さを認識した。

 昼間要は綺菜のお陰で、僕には珍しく村人の監視が付いてないと言っていたが、それは違う。
 要が気付かないだけで、村人はいつも必ず僕の行き先や行動を、常に眼の端で捉えているのだから。
 要や綺菜と挨拶を交わす笑顔の奥で、此方を窺う暗い視線を痛いほど僕は感じる。
 不思議な事にその視線は、稀に綺菜や要に向けられている事も有った。
「やっぱ僕と一緒に居るせい、だろうな」
 綺菜や要と行動を共にせざるを得ない状況下に置かれ、常に誰かに監視されている以上、
昼間では行動出来る範囲が限られてしまう。
 けれど幸い今宵なら、満月故に地表も明るく、見通しも利きそうだから。

「今夜中に巫女か祠、せめてどちらかの存在を確認しておきたいんだ」
 焦る僕の気持ちとは裏腹に、後ろ足で床に座っていたアビの眼がとろん、と揺らぐ。
「アビ、ちゃんと起きないと置いてくよ?」
 時々僕を置いて何処かへ出かけているアビに、お返しとばかり半ば本気で脅しをかける。
「キュー?」
 まだ寝ぼけ眼のアビを抱き上げると、自分の目線の高さまで持ち上げた。
「誰にも見つからない、二人だけの秘密だよ?」と声を潜めて、長い耳に囁きかける。
「!」
 アビは僕の言葉の意味を理解した途端、早く行こうとよとばかりに、抱き上げた腕から器用に擦り抜けて、
窓際へと駆け寄った。
「うん。アビも良く解ってるよね!」
 何処か興奮気味の僕に、アビも得意そうに尻尾を振って、短く鳴いて見せる。
 こんな状況下で不謹慎だけれど、隠れて行動するのって何だかわくわくするのは、共通の感情みたいだ。

 やはり秘密の冒険ともなると窓からの出入りは外せないだろう、と言うことで。
 開けた窓がガタン! と予想以上に大きく鳴ったけど、この際聞こえなかった事にする。
 僕とアビは仲良く並んで、静かに窓から冒険へと旅立った。



 夜のイエンは当たり前だが、驚く程ひっそりと静まり返っていた。
 真っ暗な空に瞬く星は(にじ)んで薄く、月明かりですら、地表にその淡い光を辛うじて届けるのが精一杯な、
そんな晩だった。
「ここまで来ればもう見つかる心配は無いね」
 僕はすっかり小さくなった綺菜と要の家を、振り返る。
 肩越しに仰ぎ見たその家は、薄ぼんやりとした明りの中、酷く(はかな)げに見えた。
 綺菜達の家に関わらず、月明かりに淡く照らされ、密やかに(たたず)むイエンの村は、
何処からともなく立ち込める霧の中、まるで水中を漂うかのように、その存在自体を不安定に滲じませる。
「……霧の所為かな?」
 辺りを覆う霧は少しずつ、だが確実にイエンの村全部を、その配下に治めつつあった。
「それにしても凄い霧……。この霧は一体何処から発生しているのかな?」

 イエンの村自体には大量の霧を生み出すような水場は何一つ存在しない。
 擂鉢状(すりばちじょう)の地形故に湿気が溜まり易いのは確かだが、イエンを囲む近隣の村町にも、
イエンの土地にまで影響を及ぼす程の水源は、僕が確認した限りでは、存在しない。
「キュ、キュイイ、キュッ」
 足元でアビが僕の呟きに対して、何か返答しだした。
「うーん。ごめんアビ」
 一生懸命何かを訴えるアビに僕は素直に謝る。遙と違って、僕にはアビの言葉は唯の鳴き声にしか聞こえない。
 こんな時遙なら、アビが何を伝えているのか、理解出来るのだろうけれど、鳴き声を言葉として捉えられない
僕とアビの間では、細かな意思の疎通は難しい。
「キューッ」
 心持寂しげに項垂(うなだ)れたアビを、苦笑と共に抱き上げる。
「行こう」

 乳白色の地面を掻き分けて、アビと僕は村の中心目指して、歩を進める。
「何だろう、この感じは?」
「キュ?」
 歩けば歩くほど漂う違和感。霧に埋もれる村。幾ら夜中とはいえ静かすぎやしないだろうか? 
 寝静まったイエンからは、人の姿どころか、人の気配すらしないような気がして。
 まるで僕達二人だけがイエンに存在しているような、そんな不思議な感覚に襲われる。
「ウッキュー」
 アビも同じ感覚なのか、寂しげに僕の頬に自分の体を擦りつけた。その暖かい温もりに、言い知れぬ不安感から、
どこか萎えかけていた僕の気持ちが、再び燃え上がる。


 ――村の中心。遠くからでもその存在を確認出来るほど大きな鳥居と、それより尚、天高く(そび)える巨大な御神木(ごしんぼく)が、
僕等の視界一杯に広がる。
「…凄いね」







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