CODE:HOLY(3/4)縦書き表示RDF


CODE:HOLY
作:比奈



EPISODE3「今にも落ちてきそうな空の下で」


HOLYの予告通り、蓮次の訓練は血反吐を吐くようなものにはならなかった。彼の訓練は基礎中の基礎。
プログラム解析、構築の復習。様々なクラッキングテクニックの習得。銃火器の基礎訓練。変わったもので、電磁波を用いたジャミングのオリジナルシステムの開発などだった。
毎日HOLYの指示の元、それらをこなし、日々はただ過ぎていった。
その間、世間でCODE:HOLYの名を聞くことはなかった。そして、ガブリエラの生活にも、なんら不審な点は見られなかった。時折出る買い物は、必ず蓮次を同伴させたし、ある時は、蓮次ひとりに買い物を頼んだ。
訓練に用いるCOMは、全てHOLYが普段用いている、彼女の私物を使用した。その中にすら、CODE:HOLYに繋がる情報は、一切含まれなかった。
何の変哲もない日常。いや、暗殺者の助手として過ごす日々が変哲もないと言えるか分からないが、それでも日常として時間は過ぎ、肝心な潜入捜査は完全な手詰まりだった。

その日も、蓮次はひとりガブリエラの使いでビートル5000を駆り、郊外のモールへと買い物に訪れていた。
メモを元に、彼女の好物を物色しながら店内を回った。一口にプリンと言えど、様々なメーカーから様々なタイプのものが販売されている。蓮次は彼女の最も好きな種類を、既に熟知していた。
買い物を終え、蓮次は吹き抜けのホールのベンチに腰掛けながら、ソフトクリームを堪能していた。
「調子はどうだ?」
蓮次の背後から、突然低い声が彼に話しかけた。
「特に何もないっす」
何事もないように、蓮次は応えた。
彼の背後に座った男。蓮次と違い、決してオシャレとは言えないスーツに、だらしなく結ばれたネクタイの中年黒人男性。蓮次の直属の上司、警視庁捜査課第十三係所属の警部補、ロナルド・ネルソンだった。
「毎日毎日同じことの繰り返し。そっちは何か分かりました?」
「同じく、大したことはない。一応、例の場所に置いておく」
「了解」
蓮次が応えた時には、ネルソンの姿は既に人ごみの中に消えていった後だった。
蓮次はソフトクリームをたいらげると、コーンの紙くずをゴミ箱に捨てにいった。くずを捨てると同時に、ゴミ箱の内側に張り付いていたミニチップを取り出した。

車に戻り、蓮次は早速チップを携帯に差し込んだ。
親愛なる日記様。という題名のブログが画面に展開された。CODE:HOLY及びガブリエラ・ハジェンズに関するレポート。親愛なる日記様、という題の意味はそれだった。
以下、本文
今日は待ちに待った乗馬試験の日。私の相棒は栗毛の可愛らしい牝馬、サニー号。私達はこの日の為に一生懸命練習を重ねてきたの。これから・・・・

取り留めのない日記が延々と続いていく。蓮次は頭の中で暗号を置き換え、その日記を読み進めていった。
小難しい暗号の割には、内容は実に陳腐だった。蓮次の入手したCODE:HOLYの本名、生まれ、過去。それらが実在の人物、ガブリエラ・ハジェンズ本人であった。という分かりきった報告に過ぎなかった。その情報からは、彼女の空白の経歴、過去の犯行及び、これからの犯行については何も引き出せなかった。
暗殺者の逮捕は現行犯が基本だ。一流になればなるほど、物的証拠や状況証拠を残さない。例えば今回のように、容疑者を特定出来たとする。ガブリエラ・ハジェンズの逮捕状をとって家宅捜索を行ったとしよう。そこに容疑者を暗殺者だと決定付ける何かを、果たして発見出来るだろうか?事件発生時、容疑者が現場にいたことを証明出来るだろうか?答えは否。実際、半月も潜入捜査を行っている蓮次ですら、彼女の口から自らが暗殺者CODE:HOLYだという台詞を聞かされただけで、確固たる証拠は何ひとつ掴めないでいる。潜入後に起こった事件ですら、彼はガブリエラが事件の起きた時間に本当に家にいなかったのかも分からないのだ。もしかしたら、彼女がCODE:HOLYだという台詞すら、ブラフかもしれない。
仮に彼女の証言だけを元に逮捕したとしよう。だが、結局は自白のみが根拠の逮捕。証拠不十分で釈放がオチ。そうすれば、もう二度と潜入捜査は叶わない。
重要なのは、蓮次がCODE:HOLYと共に現場に赴くこと。現行犯で逮捕するしか暗殺者を立件する術はないのだ。
「三ヶ月・・・か・・・・」
蓮次は車の外にでて、セブンスターに火を付けた。


「大丈夫ですかね?日野の奴」
通りを挟んだ立体駐車場から双眼鏡を覗きながら、小柄な白人の男がネルソンに話しかけた。日野蓮次の同僚、第十三係所属の刑事ゲーリー・ウッズだ。
「あいつは、大丈夫だ」
ハイライトをふかしながら、ネルソンが応えた。
「あいつ、もしかしたらHOLYにいかれちまってんじゃないすかね?」
「無用な詮索だ。あいつのことは俺が一番分かってる。あいつは俺達の誰よりも暗殺者を憎んでいる。信じていればいい」
懐から携帯灰皿を取り出すと、大事そうに根元まで吸い尽くした吸殻を放り込んだ。
ウッズを残し、ネルソンは駐車場の闇に消えていった。



次の日、ガブリエラは蓮次を伴い外出した。今回は普段の生活必需品の買い出しとは違っていた。彼女は珍しく、蓮次を遊園地に誘った。
旧香港にある、キャラクターテーマパーク。数百年前から続く、世界的キャラクターテーマパークだ。
園内をはしゃぎながら歩き回るガブリエラは、年頃の女性そのものだった。様々な乗り物に乗り、お菓子を食べ、ショーを見た。ガブリエラにせがまれ、蓮次もねずみのキャラクターの耳付き帽をかぶらされたりもした。一日中遊び通し、ふたりが帰る頃には、日もトップリと暮れていた。
帰りの車の中、ハンドルを握る蓮次は、自分の耳を疑った。それは、ラジオのニュースだった。
「今日、午後三時頃、旧香港の遊園地内で、KYOTOエレクトロニクス第三研究室所属の研究員、イヴァーナ・トラスコット氏が暗殺されました。被害者は休暇のために同施設を訪れていたと見られ、予告状と手口から、暗殺者CODE:HOLYによる犯行と断定されております。予告状が送付されたため、同氏は複数のSPを警戒にあたらせておりましたが・・・・・」

「ガブリエラ、これは・・・」
「これも蓮次君には関係ない仕事。だから気にしちゃダメよ」
蓮次は奥歯を食いしばった。どういうことだ。今日は一日中ガブリエラと一緒にいたじゃないか。午後三時ごろ?HOLYの手口からして、犯行時刻は死亡時刻の約30〜60分前だろう。午後二時台の記憶を、蓮次は必死に探っていた。
その時間は、昼のパレードの真っ只中。ガブリエラは確かに自分と一緒にいたはず。だが、あの人ごみ。もしかしたら、あの人ごみの中に被害者がいたのかもしれない。
蓮次は自制心をフルに働かせて口を開いた。
「さすがはCODE:HOLYだな。全然分からなかったよ」
「・・・・・・・」
ガブリエラは口を閉ざしたままだった。


マンションに帰っても、蓮次の気分は曇ったままだった。
一体いつだ?
犯行もそうだが、彼女はいったいいつ仕事を請け負った?彼女はいつ、どういった方法で、誰から暗殺の依頼を受けているんだ?
それすらも、彼には理解出来なかった。ガブリエラの入浴中に、蓮次は彼女の部屋を調べようかとも考えた。だがそれは出来なかった。そんな危ない橋は渡れない。やるなら、もっと慎重に、計画を立てなければ。
「お待たせ、蓮次君。お風呂どうぞ」
ガブリエラがバスタオルで髪を拭きながらリビングにやってきた。
「ああ」
蓮次も自室から着替えを取ると、浴室へと消えていった。
髪を拭きながら、ガブリエラは携帯を取り出した。
キッチンのゴミ箱へと近付くと、中から昨日食べたプリンの蓋を取り出した。ソファに座り、携帯のカメラで蓋に印刷されたバーコードを撮影すると、画面にはとあるサイトが映し出された。それは、プリンメーカーのアンケートサイトだった。
そのBBSにガブリエラは書き込みを行った。
「おいしかったです!」
書き込みを終えると、URLを削除し携帯を閉じた。キッチンへ移動し、再び蓋をゴミ箱に戻すと、ガブリエラは冷蔵庫からお茶を取り出して口をつけて飲んだ。
これで明日の朝には、彼女の口座に何度もマネーロンダリングを重ねた数百万の金が転がり込んでくることになる。
ガブリエラはドライヤーで髪を乾かし始めた。


「CODE:HOLY、約束の一ヶ月だ」
ある朝、普段通りにガブリエラの作った朝食をふたりで食べながら、蓮次はCODE:HOLYに向かって言った。
食事の手を止めずに、HOLYは蓮次に微笑んだ。
「そうだね。一ヶ月間お疲れ様。だいぶよくなったね。じゃあ、今日から仕事の準備に入ろうか。だけど、ご飯の後でいいかな?」
蓮次も頷き、ハムサンドを口に運んだ。
朝食を済ませると、HOLYの指示でふたりは外に出た。

東京。旧新宿区歌舞伎町。
現代東京で最も治安の悪化が著しい、悪鬼達の巣窟だ。その歌舞伎町のはずれ、明らかに怪しい植物や、ウイルスチップ、ポルノデータソフトなど、まとまりのない露店や小売店の並んだ路地。その中のビルのひとつ、吐瀉物が乾燥してこびりついたこ汚い壁の脇にある階段。HOLYに連れられ、蓮次も地下の闇を目指して降りていった。
階段を降りてすぐの鋼鉄の扉。まるで金庫の扉のような作りのドアを押し開けると、そこには想像していたよりもずっと明るい空間が広がっていた。
そこは古書店のようだった。現代では珍しい、紙を使った書物。壁中を埋め尽くした本棚の中には、いつの時代のものなのかも分からない本が、ところせましと並べられていた。
その店内を物珍しそうに見渡す蓮次を尻目に、HOLYは奥のカウンターに居座る老人の元へと真っ直ぐに歩を進めていった。
「いらっしゃい」
しゃがれた声の老人に、HOLYは尋ねた。
「あれ、用意できた?」
「もちろん」
老人はポケットの中から、一枚のデータチップとハンディCOMを取り出した。HOLYはそれらを受け取ると、そのCOMにチップを挿入した。ほんの数十秒、画面を確認すると、チップを抜き取り、COMと一緒にポケットから取り出した札束を老人に手渡した。
その足で、露店に並べられた横流し品のハンディCOMを現金で購入し、ふたりは車に戻った。
HOLYの運転する車の中で、蓮次は先ほどのチップとCOMを手渡された。
「中身、チェックして」
蓮次は指示通りに、COMにチップを挿入した。
「これは・・・・」
蓮次の目に飛び込んできたのは、どこかの建物の設計図、及びシステム配線図だった。
「KYOTOエレクトロニクス東京支社の見取り図よ」
HOLYはこともなげに言った。
KYOTOエレクトロニクス東京支社。首都京都の中心にそびえる本社に次ぐ、同社第二位の巨大ビルにして、地球第二位の規模とセキュリティを誇るモンスタービルだ。
「その見取り図と配線図を完璧に暗記して、その後私が指定した箇所のシステムのブレイク方法を完璧にマスターして欲しいの」
「全部?」
「そう」
蓮次はHOLYに目をやった。彼女は真っ直ぐ前だけを見据え、蓮次には見向きもしなかった。
「なぁこの仕事、一体誰を狙うんだ?」
HOLYは答えなかった。
「今回も関係ない、か?それはないだろう。この仕事に関しては俺達はパートナーなんだ。俺だって、目的が何なのか知らなければ、いい仕事が出来ないだろう」
「・・・・・そうね」
HOLYは間近に見えた、ファミレスの駐車場に車を着陸させると、エンジンを切り、蓮次の目を真っ直ぐと見つめた。
「二ヵ月後、KYOTOエレクトロニクス東京支社に重要人物が視察に来るの。普段は本社勤務で、本社の外に出ることは滅多にないその人物が今回の標的よ」
「それって、まさか・・・」
「そのまさか。KYOTOエレクトロニクス代表取締役社長ウィリアム・クドー」
KYOTOエレクトロニクス代表取締役社長ウィリアム・クドー。
地球最大の企業である同社の実権を握る人物であり、実質的な地球の支配者。強化ソーラーシステムの設置という、大偉業を成し遂げた先代にコンプレックスを抱き、自らの代での地球の独立及び再生の達成に異常なまでの執着を見せる、超強権派の独裁者である。
「ウィリアム・クドー・・・」
蓮次は絶句した。大きな仕事。大きいなんてもんじゃない。これは、国家転覆級のテロ行為だ。それだけじゃない。今までかろうじて保たれてきた三大勢力のバランスが一気に崩れかねない。そうなれば、全面戦争の危険すら出てくるのである。
「そんな、誰から・・・」
「それはダメ。いくらパートナーでも、クライアントに関しては明かせない。分かるでしょ?」
HOLYの言うことも最もだった。警察官にも守秘義務がある。暗殺者にも、暗黙の守秘義務があって当然だ。依頼人の情報漏えいは、自分の命や仕事にも関わる
「ああ、そうだった。すまない、変なことを聞いて」
「気をつけてね」
「だが東京支社に、社長御大が標的か。ふたりで足りるのか?この仕事」
蓮次は頭の裏で腕を組み、遠くを眺めながら彼女に尋ねた。
「大丈夫よ、心配しないで」
彼女はキーを回しエンジンをかけた。
「無理でも、あんたは死なない」
エンジン音に紛れて彼女がそう呟いたのを、蓮次は聞き逃さなかった。


その夜、蓮次はベッドに寝転び、じっと携帯をいじりまわしていた。
報告用チップを差し込んだその携帯の画面には、またあの妙なブログの画面が映し出されていた。
親愛なる日記様。
蓮次の捜査はここへきて大きな飛躍を迎えた。CODE:HOLYが行ってきた中で過去最大の仕事。いや、暗殺史上、過去最大といえる大犯罪。
もし今、絶対的な支配者を失えば、その座を狙った新たな支配者候補の乱立、抗争は目に見えている。そしてその混乱に乗じて国連、火星連合が一気に統制に乗り出してくる可能性もないとは言えない。
その混乱を引き起こす元凶となり得る暗殺の情報を、ついに掴んだのだ。
蓮次は意気揚々と、報告書を作成していた。
今現在の状況では、具体的な日時や場所は説明されてはいない。だが、標的さえ分かれば、第十三係は充分な対策がとれる。ガブリエラは準備期間に二ヶ月を充てている。それだけあれば、第十三係にとっても万全な準備期間となる。
流れは完全に蓮次達に傾いていた。
ご機嫌にセブンスターをふかし、複雑な暗号を駆使しながら下らない日記を綴っていった。
ガブリエラの台詞を何度も反芻し、正確な報告を心がけた。彼女の言葉の意味を考え、曲解をしないよう。
報告の最後の一文を書き終えた時、蓮次は大きな満足感を覚えた。と同時に、とても複雑な気分に襲われた。
蓮次はベッドから立ち上がると窓辺に近寄り、不夜城東京を見下ろした。
なんだろう、この気持ちは。何かが引っかかる。その原因を、蓮次は本当は理解していた。
しかし、彼の中の刑事としての日野蓮次が、その理解に霧をかけていた。
ガブリエラが最後に呟いた一言。
その言葉を心の中で繰り返してみた。
そして強く首を振った。あの言葉に意味はない。自分を仕事のパートナーとして見た時に出た台詞だ。心身の保障の一部。彼女の意図はそれだけだ。
蓮次はカーテンに手をかけ、淀んだ街の景色を遮った。
チップに報告書を保存して、携帯から引き抜いた。
再びベッドに腰かけると、灰皿に吸殻を押し付けた。何か満足しない。すぐにもう一本口に運ぶと、火をつけた。
携帯を枕元に放り出し、深く煙を吸い込みながら、掌に乗せた小さなチップをじっと見つめた。
これでいい。このチップをいつものゴミ箱に貼り付ければ、全てが終わる。暗殺なんてさせない。もう、自分の両親や妹のような不幸な人間は生み出さない。もう、自分のような思いを誰にもさせない。
その為に、蓮次は刑事になったのだ。
自分の行いは正しい。これでいいんだ。
チップをネクタイの裏側に差し込むと、明かりを消して蓮次は床についた。
これでいいんだ。これで。












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう