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教授の疑問符
作:柳岸カモ


教授の疑問符


教授の抱えるいくつかの疑問と、その生活の記録。




いつものことだ。
その日も教授は死んだ魚のような目で、ページの中のおびただしい文字列を、うように追っていた。



はずだった。が、いつのまにか午睡に落ちてようとしていた。(それはけして珍しいことではない。)
視界の不鮮明さ。それを教授は自分の感受性の豊かさから起こるものと疑わない。
睡魔を打ち砕こうと、ぺしぺしと両の頬をたたく。そうした行為をする自分を少し恥じらいながら。
それが教授の日常の、一端であった。



重い腰をあげ、教授は立ち上がった。これから授業なのである。自分の授業に微弱でない誇りと自信を持っている教授は、デスクの側にある紙袋をもちあげ、自分の部屋を後にした。



授業を終え、けだるい空気の中を歩きだす。
しかし、
「午睡のあとではろくな講義などできまい」
ふっと思うと教授はにやりと笑った。



部屋に戻ると、妙に鼻がむず痒い。



ふと足元の青いカーペットをまくると、おびただしい数の髪の毛があった。なぜ日頃動かさないカーペットの下に、ホコリや髪の毛がこんなにたまるのか、教授にはまったく理解できなかった。しかしここで理屈をこねていてもはじまらない。床に転がしてあるコロコロローラーを持ってそれらを回収することにする。 
(こいつは実に便利な掃除道具だ。)
教授は思う。
掃除機のようにプラグを差し込む必要もなければ、うるさい音もたてない。極めて原始的かつ無駄のない構造と軽量さ。まったくこの道具を考案した人には敬服する、と教授はあらたまった気持ちで思った。
「学内の隅に位置する私の部屋を掃除するには、このコロコロさえあれば事足りる。まったく素晴らしい。」
教授は一人ごちた。



部屋の清掃活動も終盤にさしかかると、部屋の中はコロコロという音だけがよく響く。
それにしても此処は馬鹿に陽が刺す。教授はまぶしさに目を細めた。
おそらくは明り取りの大きなが窓が、敷地内に広がった庭に向いてついているせいであろう。なぜこんな設計にしたのだろうか、さっぱり理解できない。教授は渋い顔をした。
年中昼夜陽が刺すのは構わないが、しかし…大切な電子機器・書籍・その他高温多湿に弱い諸々の物たちにとって、直射熱は宜しくないはずだ。そういうわけで教授は、自室のブラインドをほとんど年中締め切っているのである。
しかしさすがに年中日光に当たらないと、反対に自分が不健康になる。それはもっと宜しくない。自分のかわりはないのである。よって、学生が一時に食堂に集まる時間帯を狙って、しばしば外出することにしている。



しかし、学生というのはなぜああも学内を歩き回るのか、うむ、と教授は首を曲げた。
同じ学生と、朝すれ違い昼すれ違い夕方またすれ違う、などといったことは日常茶飯事である。
にも関わらず、ほとんどの学生は自分に挨拶しない。
すれ違う時に鋭い視線を飛ばしてくる不可思議な学生は稀にいる。
その眼光のするどさはおぞましい。
私の溺愛する猫達もまたそんな目をすることがあるが、果たして彼らもまた、猫のように自由を求め、狭い学校を彷徨い歩くのだろうか。

しかし、時に挨拶をするような学生もいる。
そういう学生は徹底的挨拶をしてくるものだ。
首を深く曲げ、蚊の鳴くような声で何かを囁き、決して目を見ない。
私は彼らの中に自分自身を垣間見るような思いである。
しかし彼らの本心などは知る由もない。
全ては憶測である。
が、何かおもしろくないのだろうということは間違いない。
つまるところ学生の挨拶態度は極端である、と常日頃から思っているわけである。

まったく、理解に窮する現象である。
 




教授がこの大学に勤務するようになってもう七年になる。
最初は腰掛程度に考えていたこの大学での生活が、思っていたより充実していることに正直驚いている教授自身であった。

きっと自分の体質にあっているのだろう。

学生のことはさておき、自分の身の安定と研究ができること、少なくともそれらが保証されていることは、充足に足る事実である。

10

こうして教授は、キャンパスで幸福に暮らしている。














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