第三章 光
早朝、都庁前はものものしい雰囲気に包まれていた。
自衛隊員全員が89式小銃で武装し、彼らの背後に89式偵察警戒車や73式小型トラック改に73式中型トラックが停車しており、上空には戦闘ヘリAH−1Sと観測ヘリコプターが旋回しながら地上の監視を行っていた。
ちなみに、89式小銃は現自衛隊の主力ライフルで、口径は5.56ミリ弾を使用する。
64式よりも口径が小さいため命中率が高く、軽くて取り回しがいいのが特徴である。
全員の顔には不安や恐怖が入り混じったような表情が浮かんでいる。
全員が直立した状態なのを確認すると、現場指揮を行う近藤一尉がマイクを使って全員に作戦内容を再度通達する。
「これより十分後の午前七時丁度に作戦行動に入る!任務は都庁を中心とした半径二十キロ圏内を巡回しながら生存者の救出及び都庁周辺の治安回復を行ってもらう。万が一怪物に遭遇した場合はいかなる手段をとってでもそれを殲滅せよ!以上だ!」
そして、話が終わると同時に左腕に付けているGショックが作戦開始時刻になったことを告げた。
「作戦開始!」
『了解!』
全員が敬礼をすると、それぞれの班に分かれて作戦行動を開始した。
ベッドで寝ていた月姫の顔を朝日が照らし、その眩しさによって目が覚めた。
部屋の時計を見てみると、八時を回ったところだった
月姫はベランダに通じる窓を開けて外を見てみると、太陽が何事もなかったかのように地上を照らしていた
その時、下から何か音がするのに気づいて視線を下に向けると、そこには生者を求めてさまよい歩く大量のゾンビがメゾネットの前に集まっていた。
月姫は急いで風太を起こしに向かった。
「起きて!」
「ふご〜」
「起きなさい!」
「ん〜もうちょっと〜?」
「いい加減目を覚ませ!」
月姫の鉄拳が風太の頭に炸裂した。
「ほがー!」
情けない声を上げながら風太は目を覚ました。
「どうしたんですか?」
「ゾンビが家の前にたくさん集まってるのよ!」
それを聞いたとたん風太はいそいで窓から外の様子を確認した。
「まずいですね・・・」
「爆弾で何とかならない?」
月姫はリュックから爆弾を取り出して見せた。
風太はしばらく考えるが、ゆっくりと首を横に振った。
「あれだけの数になるとこいつじゃちょっと・・・」
ガスボンベにオイル缶をくくりつけた即席爆弾の威力はたかが知れている。
二人は必死になって脱出方法を考えた。
しかし、なかなかいい案が浮かんでこない。
ふと、風太は道を徘徊しているゾンビを見た。
ゾンビは数こそはいるものの、道路いっぱいに広がっており、また右に行くほどゾンビの数は少なくなっていることに気がついた。
「月姫さん、やっぱり爆弾を使いましょう」
「でも、これじゃ威力が・・・」
「なにも全部倒さなくてもいいんです。幸運にも都庁につながる道のほうはゾンビがあまりいません」
月姫も窓から外を覗いてそれを確認した。
「確かに、いいわそれでいきましょう」
二人は外へ出るべく玄関へ向かった。
その頃、二人のいるメゾネットから東に約五キロほどの地点に自衛隊の小隊が作戦行動を行っていた。
小隊長である近藤三尉はジープに乗りながら注意深くあたりを見回していた。
彼らは住宅地に程近い大通りで周囲の警戒を行っていた。
彼の小隊は主に生存者の救出任務が優先事項になっているため、中型の輸送トラック二台と近藤の乗るジープが軽装甲車に守られるように走っており、その周りを二十人の自衛隊員が89式小銃を注意深く左右に走らせながら付添い、またAH−10攻撃ヘリが定期的に小隊の上空を通り過ぎて行った。
部隊の半数は住宅地に向かい、住宅地周辺で拡声器などで呼びかけながら生存者を捜しており、その声に反応して出てきた住民を救出し、トラックのいる大通りまで誘導し定員ぎりぎりまでトラックに載せると、司令部まで小隊全員でトラックを護送し、また任務に戻るということを繰り返していた。
声に反応してゾンビも大量に出てくるが、隊員たちの一斉射撃や装甲車からの機銃掃射によってことごとく殲滅していき、対応しきれないと判断すれば上空のヘリによる機銃及びロケット弾による援護射撃で殲滅していった。
近藤率いる部隊は三度目になる救出活動を行っていた。
「隊長、こんな状態で治安を回復させることはできるのでしょうか?」
隣でジープを運転していた隊員が聞いてきた。
「わからん」
近藤の頭には事件が起きてすぐの光景が頭に浮かんでいた。
事件当初は町から脱出しようとする人々ですべての幹線道路が車や人であふれかえっていた。
また、空港や港にも人が殺到したが、警察がSATや機動隊を配置して、重要人物や空港及び港の作業員など以外の人間の立ち入りを徹底的に規制した。
また、感染拡大を防ぐために各主要道路や橋等に検問を設置し、都から罹患者がでないようできる限り検査をしながら都民の誘導を行っていた。
だが、それは無意味だった。
検問や規制の行われた時点でウイルスは全国に蔓延していたため各検問所の近くにまでウイルス罹患者が到達したのをきっかけに罹患者が急増し、警官隊や市民は成すすべなく次々と餌食となっていった。
空港や港でもウイルス罹患者の増大に伴いその機能を完全に維持できなくなり、SAT及び機動隊も最後まで奮戦するも数に圧倒され壊滅。
東京はたった一日で死者の町となっていた。
取り残された住民は家に立てこもり、恐怖と闘いながら救助が来るのを待つ以外に生きる方法は残されていなかった。
また、洋上の「マットレイ」からの情報によると、今までの感染スピードを参考にしたウイルスの拡大シミュレーションを行ったところ、このままでいくと一両日中には感染者数は500万人に達するという結果が出ている。
そのようなことから、近藤の頭の中には治安が回復する見込みはないという考えで一杯であった。
その時、近藤の無線に部下から連絡が入った。
『三尉!住宅地にて生存者を十名確保しました!他にはこの地区にはいないようです!』
「よし!急いで部隊のいる地点に来てくれ、合流後トラックを司令部に護送する!」
『了解!』
近藤は無線を切ると立ち上がって周囲の隊員に指示を出した。
「全員聞け!今この地区最後の生存者がこっちに向かっている!よって今より第一級警戒体制を発令する、全員気を引き締めろ!」
『了解!』
隊員たちは一度敬礼すると、再び周囲の警戒に戻った。
それから約十分ほどして救出に向かっていた部隊が生存者を引き連れて帰還した。
「近藤三尉!ただ今戻りました!」
「うむ!被害状況は?」
「西村と岸部がゾンビにやられました・・・」
隊員の顔には悔しさと悲しみがありありと浮かびあがっていた。
近藤は隊員何か言おうとしてやめた。
今はそっとしておくことが一番だと判断したからである。
「そうか・・・だが君たちや生存者が無事でよかった。よし、生存者をトラックに載せていったん司令部に戻り補給と生存者の引き渡しをした後、今度は西へ五キロいったところの商店街に向かうぞ」
「了解!」
隊員の敬礼に返礼すると、近藤は他の部下に命令を与えるべくマイクを手にした。
風太と月姫は外に出た。
ゾンビたちはカンヌキの刺さっている扉に阻まれて中に入ってこなかった。
二人は都庁の方向へ壁伝いに行ける所まで行き、風太が壁ごしに外をのぞいた。
自分たちの行きたい方向にいるゾンビは約十体ほどで残りはすべて反対側にいた。
それを確認すると風太は月姫に合図を送り、二人は壁の縁によじ登ると慎重に都庁に向かうべく進み始めた。
当初は爆弾を使うことになっていたのだが爆発の音でゾンビを呼び寄せる可能性が出てきたため、壁伝いに移動することにしたのである。
二人の足元にゾンビが腕をうえに伸ばしながら寄ってくるが、掴みかかってはこずひたすら二人に付いていった。
「ねぇ・・・このままじゃまずくない?」
「そうだね・・・どうしよう・・・」
二人はとりあえず、壁から降りて再び作戦を練ることにした。
壁から降りてすぐに周りを見渡すが、ゾンビや狂った人間は見えなかったためひとまず安心できる状態になった。
そしていざ作戦を練ろうとしたときあるものが風太の目に映った。
「ん・・・あ!あれは!」
視線の先にあったのは一台の4WDであった。
二人は早速車に近づくと状態を確認した。
特に目立った故障はないようだった。
だが、カギがかかっていて乗り込むことができなかった。
どうしたものかと考えていると、突然月姫のすぐ後ろのガラスが割れて中からゾンビが出てきた。
「きゃぁあああ!」
月姫は悲鳴を上げながら右手に持っていたピッケルをゾンビの頭に横から突き刺した。
月姫は思わずピッケルを手放して風太の後ろに回った。
ゾンビは数歩歩いたところで力尽きて倒れて、二度と動かなくなった。
「ホラーは苦手なの・・・」
「僕も・・・」
二人の心臓はバクバクと激しく動いていた。
深呼吸して二人は無理やりにでも体を落ち着かせると車の方へと急いだ。
車は赤い4WDでハッチバックタイプのオーソドックスなタイプだった。
「風太君!」
「まかせて!」
風太は運転席側に移動するとドアの取っ手に手をかけた。
が、さすがに鍵がかかっていた。
風太は仕方なく運転席側の窓をピッケルでたたき割ると急いでハンドルの下のカバーをはずして配線をいじってエンジンをかけた。
その間わずか三十秒、かなりの早業である。
自分の今の状況を忘れて思わず冷めた視線を風太に向けてしまう月姫。
そしてそれを受けた風太はどこか気まずい表情を浮かべていた。
「と・とりあえず早く行き・・・」
風太はそこで何かを考えるように頭に手をやった。
月姫は風太のそばに来てその様子を不思議そうに見ていた。
「どうしたの?」
「今思ったら・・・あれどうやって突破します?」
視線の先には道路を埋め尽くすゾンビがガレージの前にいた。
二人は気付いていなかったが、昨日の爆弾の破裂音が予想外に周りに響き渡っていたことがゾンビをここまで呼び寄せた原因となっていたのである。
それはさておき、二人は真剣に状況の打開策を考えていた。
しかし、さすがに数多すぎることもあってなかなかいい案が浮かんでこずにいた。
その時・・・
「獲物だー!」
「たくさんいるぞ!」
「ブチ殺せ!」
物騒な叫び声とともに昨日見た暴徒の集団が各々の武器を構えてゾンビの集団めがけて突撃、ゾンビも暴徒に向かって移動して行く。
『ラッキー!』
二人の声が見事にハモッた。
そうこうする内にゾンビと暴徒の戦闘が接触したのかさらに騒ぎが大きくなっいく。
月姫は運転席で待機し、風太はゾンビと暴徒の様子を見つからないように観察、そしてゾンビの数が減り、道が開けてくると一気にガレージの前の横開きの柵を開くと助手席に飛び込んだ。
荷物はすでに後部座席にまとめてある。
「行きましょう!」
風太は助手席に飛び込みながら言うが・・・
「・・・・」
月姫はハンドルを握ったまま下を向いたまま黙っていた。
「月姫・・・さん?」
「フ・・・フフフフフ」
いきなり笑い出した月姫に思いっきりビビる風太。
「行くわよ!」
そう叫ぶと、ギアをPからDに入れてアクセルを床を踏み抜く勢いで踏みこみ急発進した。
「おわ〜〜!」
風太はいきなり急発進したのでシートにおもいきり押しつけられた。
慌ててシートベルトを締めて助手席上部の取っ手を全力でつかんみ踏ん張りを掛ける。
車はガレージの前にいたゾンビを車で吹き飛ばしたり、踏みつぶしながら道路に出ると今度は猛スピードで道路を走り始めた。
「まだまだこれからよー!」
月姫は満面の笑みを浮かべながら車を運転していた。
放置された車や倒れた電柱などを巧みに避け、ゾンビはことごとく轢逃げしていくが、暴徒はさすがに引き殺すことできないので見かけても迂回するなどして避けていた。
が、車のスピードは常に八十キロ近くを維持しており、道路にはコンクリの破片などのせいで荒れているためかなり車が上下に揺らされる。
さらに、曲がり角もギリギリ曲がれるというスピードで曲がるためすさまじい遠心力が体を襲う為体が右へ左へと振られるのであった。
「月姫さ〜ん・・・ゆっくり安全運転でお願いします〜」
かなり顔を青くしながら月姫に訴えかける風太だが・・・
「まだまだよ!」
と言ってさらに無謀運転をするのであった。
「もうイヤーーーーー!」
風太の悲痛な叫びが周りに響き渡らせながら車は猛スピードで都庁へと突き進んでいった。
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