第二章 驚愕
風太は、店内へと続くドアを見つけると、音を立てないように慎重に開けた。
店内は薄暗い上に棚が多いせいでみとうしが悪くはあったが、ゾンビがいる気配はなかったので後ろにいる月姫に合図を送りながら店内へとはいって行った。
店内は自営業というのもあってそれほど広くはなかったが、それでもコンビニ程の広さはあった。
しかし、店内はなぜか荒らされた形跡はなかった。
「行きましょう」
風太が先に入り、月姫がそのあとに続いた。
そのまま入口に向かうかと思いきや、風太はなぜかカウンターのほうへと近づいていき、カウンター近くにあったショーケースをみると、いきなりそこにピッケルを振り下ろしてショーケースを破壊した。
ガラスの割れる音が店内に響き渡った。
「なにしてるの!」
月姫は風太に対して声を荒げたが、風太がショーケースから取り出したものを見て目を見開いた。
風太の手にはサバイバルナイフが握られていた。
「これ前から欲しかったんです」
「・・・先に言ってよね」
風太はナイフをベルトの後ろに挟んだ。
気を取り直して二人は店の出口へと向かった。
しかし、店の出口はシャッターで封鎖されていた。
風太は仕方なくシャッターを少し開けて外の様子を確認した。
隙間からみた外の景色は常軌をはるかに逸しているものだった。
車は壁という壁に激突しており、中には黒煙を上げているものまであった。
道路は無数の死体や瓦礫で埋め尽くされていた。
頬を冷たい汗が伝っていくのを感じながら、風太はさらに周りを見渡した。
偶然にもゾンビの数はそれほど多くなく、目に見える範囲に数匹いるだけであった。
外に異常がないのを確認すると、風太は一気にシャッターを開けた。
「ひ・ひどすぎる・・・」
あまりの光景に月姫は二の句が告げられなくなってしまった。
二人は外に出ると都庁を目指して歩き始めた。
都庁になら、警察もしくは自衛隊などが配備されていると考えたからである。
そして、そこで保護してもらおうと考えていた。
二人は周囲を警戒しながら歩いた。
途中道端にゾンビを見つけるが、幸いにも道幅がある程度広い場所だったため、その場を走り抜けることで戦闘を回避することができた。
そういうことを何度か繰り返しながら進んでいった。
三十分ほど歩いているといつの間にか大通りにでる交差点へとさしかかった。
交差点の上にある標識をみると、都庁はこの交差点を左に行くらしい。
その時風太の耳になにかが爆発したような音が聞こえた。
「ん?」
「どうしたの?」
「銃声が聞こえなかった?」
二人は耳を澄ませる。
すると、自分たちの向かおうとしている道のほうから銃声が聞こえてきた。
「もしかしたら警察か自衛隊が救援に来たのかも!」
「行ってみよう!」
二人は走って曲がり角に向かった。
しかし、二人はこの大通りで敵はゾンビだけではないことを知ると同時に、自分たちの平和な日常はすでに崩れ去ってしまっていることを知らされることになる。
交差点を左に曲がった瞬間に飛び込んできたのは今までで一番悲惨な光景だった。
そこにいたのは殺意を丸出しにしてゾンビを襲っている人たちの姿だった。
彼らの目は狂気と殺意に満ちており、ゾンビ一体に対して数人がバットや鉄パイプでめった打ちにしており、中には散弾銃やドスを持っている者もいた。
そして彼らに共通しているのはただ一つ、生き残るためにゾンビを殺しているのではなく、ゾンビを殺すことに快感を見出していることである。
二人はその光景をただ茫然と見ていることしかできなかった。
呆然としていた時、ふとゾンビの頭をバットで殴っていた一人と月姫の視線が合った。
月姫はその顔を見て驚愕した。
「え・・・トモ・・コ」
「え?」
そこにいたのは、はぐれて行方が分からなくなっていた友人の変わり果てた姿だった。
「トモコ!」
月姫は叫びながら友人の元へと駆け寄って行った。
その時風太は突然、なにかとてつもない不安に駆られた。
ゾンビに対して異常なまでに攻撃を繰り返す人々、まるで猛獣が獲物を探す時見せる鋭い目つき・・・
風太は不安が最高潮に達したと同時に走り出した。
「月姫さん!」
「え?」
月姫はその声に反応して立ち止まった。
風太は月姫を抱きかかえると、すぐさま横に飛んだ。
「な・なにす・・・」
何か言おうとした月姫の顔のそばをなにか金属のようなものが通り過ぎていった。
「え?」
地面にぶつかって甲高い金属音を立てたのはトモコの振り下ろしたバットからだった。
月姫は、そのバットを見て戦慄した。
「死ね・・・シネシネシネー!」
トモコと呼ばれた人物は大声で叫び声をあげながら再びバットを振り上げると、
月姫めがけて振り下ろした。
とっさに風太はバットを両手のピッケルで受け止めると、トモコの腹部に前蹴りを放った。
「ガハッ!」
風太の前蹴りをモロに受けたトモコは軽く吹き飛んで仰向けに倒れた。
「立って!」
呆然としている月姫を無理やり立たせると、手を引きながら風太は反対方向に向かって走り出した。
「どうして!なんで襲ってきたの!なんでよ!なんで私だってわからないの!?」
「月姫さん・・・」
風太は何か声を掛けようと振り向いた。
「おい!まだいたぞ!」
その声に反応して、声のしたほうをみた。
するとこちらに向けて散弾銃を向けている人の姿が目に飛び込んできた。
風太はあわてて脇道にそれた。
そして、月姫の体が脇道に入った瞬間発砲音が聞こえ、それと同時にすぐそばにあった電柱の一部が吹き飛んだ。
二人はそのまま走り続けた。
そして、周りに人がいなくなったのを確認するとようやく走るのをやめた。
二人は汗だくになっていた。
「だ・・・大丈夫ですか?」
風太は息を切らしながら聞いた。
月姫からの返事はなく、ただ肩で息をしながらうつむくばかりだった。
暫くして、無言だった月姫の肩が小刻みに揺れだしたと思うと、突然風太に抱きついて大声で泣き始めた。
「どうして・・・どうしてなのよー!」
風太は驚きながらも、月姫を左手で抱きよせ、右手で優しく月姫の頭を撫でながら泣きやむのを待った。
その光景はまるで泣きじゃくる娘をやさしく慰めている父親を連想さ
せるものだった。
同時刻、都庁ヘリポート
ヘリポートに一機のヘリが駐機してあった。
そのヘリは迷彩柄で、機体側面には日の丸と陸上自衛隊の文字が刻印された大型輸送ヘリCH-47チヌークであった。
その、後部ハッチから機内へとこの国を動かす総理大臣や幕僚が乗り込み、全員が乗り込んだところでヘリは前後に付いているメインローターがすさまじい風を発生させながら発進した。
「このまま洋上の空母へと向かってくれ」
「了解しました」
ヘリに乗っている初老の男性、現総理大臣である中谷健三がパイロットに指示をだすと、ヘリは速度を上げながら目的地へと向かった。
「今現在、わが国全土で謎のウイルスによるバイオハザードが発生しており、北海道、九州、沖縄以外は完全に無法地帯と化しています」
同乗していた自衛隊員の報告に中谷は頭を抱え込んだ。
何の前触れもなく広がったウイルス災害はわずか数時間で日本全国に広まり、瞬く間に感染者を増やしていった。
ウイルス感染罹患者数は国会議事堂を破棄し、政府機能を一時移転することを決定する直前の報告ではすでに300万人を超えているとのことだった。
しかし、今現在においても感染者の数は爆発的に増えていることは確実であった。
感染し、死んだ者は「ゾンビ」となって手当たり次第に人間を襲うことでウイルスをばら撒いているからであった。
「総理、どのような対策を行うおつもりですか?」
外務大臣である小木曽勇太が総理に質問した。
「とにかく各主要都市に自衛隊を派遣し、治安の安定と、生存者救出に全力で当たれ、それと、アメリカ軍に協力要請を打診して自衛隊と共同で作戦を行うよう手配をしてくれ」
中谷の命令に防衛省長官の海藤スグルが言葉をはさんだ。
「万が一、治安の安定化が不可能となったらどうしますか?」
その言葉にほかの者たちも総理に視線を集中させた。
中谷はしばし黙考すると、口を開いた。
「その場合は、先にあげた三つの地域以外の主要都市すべてに戦略ミサイルによる滅菌作戦をアメリカ軍に要請する」
その言葉に、その場にいる全員が驚愕した。
「しかし、それは・・・」
「私とてこんな手は使いたくはない、だが我が国の未来のためなのだ」
その言葉に全員が沈黙する。
やがてヘリは洋上に浮かぶアメリカ軍所属の空母「マットレイ」に到着した。
この空母が臨時の政府機能を維持する拠点となった。
一方都庁では臨時の作戦司令部が設置されていた。
都庁の外では、チヌークによって車両や弾薬が運び込まれており、さらにチヌークから次々と隊員が降りてきた。
隊員の中にアメリカ兵は一人もいなかった。
首相が政府機能の中枢をつかさどる国会議事堂のある東京をとりもどすのは是が非でも自国の自衛隊に任せたいとアメリカ軍の司令部に掛け合ったため、東京には自衛隊だけが配備されることになった。
また、都庁最上階のワンフロアには通信機からレーダー装置など、作戦遂行に必要な機材が運び込まれ、オペレーターがそれぞれの仕事に就いていた。
「澤田一佐、通信機にレーダーそれと武器弾薬と車両の搬入および設置が完了しました」
一人の隊員が敬礼をしながら、今回の作戦の指揮を執ることになった澤田幸一1佐に作業完了の報告を行っていた。
「わかった、では作戦内容と開始時刻を各小隊長に伝えてくれ」
「了解しました」
報告に来た隊員はもう一度敬礼をすると、その場を離れていった。
「・・・この作戦は是が非でも成功させねば」
澤田のつぶやきに気づいたものはいなかった。
ようやく落ち着いた月姫は、自分が風太に抱きついているのに気がついてあわてて体を離した。
「ご・ごめん・・・」
月姫の顔は真っ赤になっていた。
「い・いいですよ、き・気にしないで」
同じように顔を赤くしていた風太が何気なく腕時計で現在の時刻を確認すると、時刻はすでに六時を回ろうとしていた。
風太はそこでようやく周りが暗くなってきていることに気がついた。
「月姫さん、今日はどこかの建物に隠れて休みましょう、そろそろ夜になります」
夜になれば周りが暗くなって、ゾンビが来ていても気がつかない可能性があるからである。
月姫もその意味がわかったらしく、うなずいた。
二人は急いで身を隠せる安全な場所はないか探し始めた。
三十分ほど探すがなかなかいい場所がみつからず、さらに周りが徐々に暗くなってきていることもあって二人は焦ってきた。
その時、二人はメゾネットを発見した。
メゾネットとは一戸の内部が二階にまたがる構造をした中高層住宅のことである。
さらに幸運なことに、そのメゾネットは小さな庭付きのもので、周りをコンクリの塀で遮られていたため、ゾンビの侵入を防ぐのに適していた。
二人は早速メゾネットへと走って行った。
しかし、入口付近にはゾンビが五体ほどおり、完全にメゾネットへの進路を阻んでいた。
風太は少し考えた後、リュックから手製爆弾を一つ取り出すとマッチで2B弾の着火部分を擦って着火すると、ゾンビの群れの中心へ投げ込んだ。
爆弾は放物線を描きながら飛んでいき、狙いたがわず中心へと落ちた。
そして約十秒後、2B弾が爆発すると同時にオイル缶とガスボンベを誘爆させた。
爆発の衝撃でゾンビは吹っ飛んだものの二匹は他のやつらが壁になったせいか殺せなかった。
しかし、地面に倒れていたので二人は起き上がりざまを狙ってピッケルを振り下ろして頭を貫いて絶命させた。
メゾネットの庭部分にゾンビはいなかったため、二人は中に入って鉄製の小さな扉を閉め、さらにその近くにあった棒をカンヌキ代わりに取っ手部分に差し込んで鍵をすると、メゾネットの玄関へと向かった。
ドアを開けようとするが案の定鍵がかかっていた。
「どうします?」
「う〜ん・・・周りに予備のカギが隠されてないか見てみましょう」
「そうだね」
二人はかすかな望みを抱いて鍵を探し始めた。
すると、以外にも玄関近くに置いてあった植木鉢の底の部分に鍵が隠されていた。
「なんてベターなところに・・・」
「まぁまぁ・・・」
二人はあっけなく見つかったことにあきれつつも家の中に入って鍵を閉めた。
家の中は生活に必要なもの以外は置いていなかった。
「どうやらここの人は豪華にもここで一人暮らしをしてたみたいですね」
「そのようね」
二人は二階部分へと移動した。
二階のベランダから外を見てみると、すでに周りがほとんど見えないほど暗くなっていた。
暗くなってしまい部屋の様子が分からなくなってきたので、部屋の電気のスイッチを押してみると、幸運にもまだ電気が通じているらしく、電灯の光が部屋を照らし出した。
二階も一階同様殺風景な部屋だった。
ベッドとテレビ、それにソファーとタンスに本棚以外何もなかった。
二人はテレビの電源を入れてみた。
そこで放送されていることに二人は自分の耳を疑ってしまった。
『本日、政府は洋上の米軍所属の空母「マットレイ」へと政府機能の移転を発表しました。また、この生物災害は日本全土に蔓延しており、それに対する具体的措置はいまだ採られておらず・・・』
「そんな・・・」
「日本全体がこんな状況なんて・・・」
二人につらい現実がのしかかった。
しかし、途中の放送に二人は希望を見出した。
『・・・です。最後に、この事態を収拾すべく自衛隊とアメリカ軍が各県の主要都市に配置され、治安回復及び生存者の救出が行われています。』
二人はそれを聞いて全神経を耳に集中させた。
北海道から徐々に南下してきて、ついに東京都の軍の配置場所が発表された。
『東京都は都庁に臨時の司令部を設置しました。東京にお住まいの方は・・・』
それを聞いた瞬間、二人は飛び跳ねて喜んだ。
自分たちはいま、その場所へ向かっている。
二人は嬉々としながら一階に下りて簡単な食事をすると明日の行動計画を立てることにした。
「明日は一気にここから都庁まで行きましょう」
「それはいいけど、どうやっていく?」
「確かこの先は大通りへと繋がる道があるから、そこから大通りに出て真っすぐ行けば都庁につけます」
「でも、もし今日みたいな人たちがいたら・・・」
二人はそこで黙ってしまった、長い沈黙がその場を支配した。
しかし、風太にあるアイディアが浮かんだ。
「月姫さん、車運転できます?」
「できるわよ」
「なら、明日この付近に止めてある無事な車を見つけて、それに乗って都庁に行きましょう」
「でも鍵は?」
「大丈夫!車なんて鍵の部分の配線を少しいじればすぐに動きますから!」
「出来るの?」
「三回ほど試したことがあって、全部成功しました」
何か物騒な技術を持っている風太に、月姫は冷たい視線を送った。
風太はそれを受けて気まずい気分になった。
「と・とりあえず今日はもう寝ましょう」
「そうね」
二人は電気を消すと、二階に移動した。
月姫はベッドで、風太はソファーで横になって寝ることにした。
「風太君」
「はい」
「絶対に生きてこの街をでようね」
「はい・・・」
そのことを確認し合うと、二人は深い眠りへと落ちて行った。
かすかな希望をその胸に抱いて・・・・
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