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Elvish  作者: ざっか
外伝一
27/117

おまけとつなぎと


 見蕩れていた。

 上品な造りの玄関も、木造の室内を照らし出す美しい光球も、少女の存在の前に霞んでいるようだった。窓の向こうに浮かんでいる夜月すら、まるで目立たないほどに。

 

 これほど美しいひとを見るのは生まれて初めてでは無いだろうかとルネッタは思い――即座に考え直した。二度目だったからだ。

 なにしろ一度目は彼女の姉で、つまり二度目は彼女の妹であり、


「あのー」

「……っ!? ご、ごめんなさい」


 勢い良く頭を下げた。何が失礼に当たるのか、考えられるほどに頭は動いていなかったけれど。

 ルネッタはゆっくりと顔を上げて、再び彼女をまじまじと見る。

 本当に、良く似ていると思う。

 

 透き通るように白い肌、絹糸のように滑らかな金髪。彫刻のような完璧さを持った鼻梁。

 違いがあるとすれば、目だろうか。

 鋭さを持った姉に対して、彼女のそれは優しく丸い。柔らかそうな唇に、人好きがする雰囲気も伴い、まさしく物語の妖精だった。

 

 彼女は、白いワンピースを軽くはためかせて胸を張り、


「わたしはセラヴィア・レム・ベリメルスです。よろしくお願いしますね、ええ、と……」


 こちらの名前を待っているのだと気づくのに、しばらくかかってしまった。


「ルネッタです。ルネッタ・オルファノ。よろしくお願い致します、セラヴィアさま」


 彼女――セラヴィアは盛大に眉をひそめた。


「母や姉と違って、わたしは何者でもありません。様、はやめてもらえると助かります」


 ――そんなこと言われても。

 仮にも領主の娘なのだ。国も種族も違うとはいえ、ルネッタからすれば果てしない身分の差があるように思えてならない。

 

 口を尖らせ、眉を八の字にして、セラヴィアはこちらの言葉を待っているように見える。

 思い切った。それはもう、振り絞るほどに。


「ええ、と……セラ、ちゃん?」


 その言葉を聞いて、セラヴィアは満足げに微笑んだ。


「よろしくね、ルネッタさん」


 笑顔。笑顔、だ。気をしっかり持っていなければ、どうにかなってしまいそうだ。


「ああ、セラちゃんっ!」


 隣の彼女は、駄目だったらしい。

 両手を頬に当てて、目をこれでもかと輝かせて、エリスは早口でまくし立てる。


「今日こそ! 今日こそ私と一緒に寝ましょうね!」

「あっはっは……お断りします」

「なぜっ」

「無事に朝を迎えられ無そうですから」


 ぷんぷんと詰め寄るエリスを、脇から伸びた手が押し留めた。綺麗な白い指は、そのままエリスの額まで優しく進むと、


「いっ……いだいいだいいだいですっ」

「うちの妹を邪な目で見るな。握りつぶすぞ」


 団長副長のじゃれあいも、だいぶ見慣れてきたと思う。

 骨がミシミシと音を立てていたりもするけれど、これくらいの積極性が無いとエリスは満足しない――と考えることにしたのだ。そう外れては居ないだろう。

 

 同じように見慣れているのか、セラヴィアは軽い苦笑だけで済ますと、


「本当は料理でおもてなしでもしたいのだけど、今日はもう遅いし……少し疲れちゃって。明日の昼ということで良いですか、ルネッタさん」

「いえ、その、あの、えと……ありがとう、ございます」

「そんなに緊張しなくても良いですよー」


 そう言って、彼女はぐいっと近づいてきた。

 光り輝くエメラルドの瞳が、ルネッタの全身を撫でるようにぐるぐる回る。

 ――え? え?

 にまり、とセラヴィアが微笑んだ。


「なるほど」


 彼女は、そのまま取っ組み合っている二人へと顔を向ける。


「これは方向転換が必要だねー副長」


 ぴたり、とエリスの動きが止まった。

 やたらと神妙な顔つきで黙る副長に、セラヴィアはくすくすという含み笑いを投げる。

 

 イマイチ理解できず、ルネッタはきょろきょろと視線を泳がせた。丁度ルナリアと目が合ったが、逸らされてしまう。

 ――ええと。

 答えを考える暇は、もらえなかった。セラヴィアはくるりと背中を向けて、


「じゃあ部屋に案内しますね。ルネッタさんと話してみたいけれど、それは明日に」


 


 戦の後。

 晴れてルネッタは無罪放免となった。境界を越えた人としての罪、そして霊決における相手の殺害。どちらも不問とされ、その上第二級の市民権まで許されたのだ。

 

 とはいえ、あくまでも形式上の話ではある。聞けば第二級は職業選択の自由から、王側への土地の購入権まで認められるはずだったが、現実的にはどちらも未だ不可能だろう。ここまでやってきた道中においても、フードを脱ごうとは思えなかった。

 

 戦いの被害は大きかった。第七騎士団の、実に三分の一近くが命を失った計算になる。兵員の穴埋めから可能な限りの遺族への連絡まで、団長達の仕事は山積みだ。

 

 もっとも、何よりも大事なのは生き残った兵への労いだという。多少の報奨金は出るが、とても贅沢できるほどでは無いらしい。結局与えられるものはと言えば、休暇くらいになってしまう。

 

 今までの歴史上、ダークエルフが間をおかず侵略してきたことは無いのだとか。最低でも数ヶ月、時には年に届くほど。獣の補給では無いかと考えている者も居るらしいが、真相は闇の中だ。

 

 とにかく、次の戦までは時間がある。後の激務を考えて、団長と副長、そしてルネッタは休みを取らせてもらうことになった。業務はジョシュアとガラムに任せて、後に交代するらしい。兵達にも、半数ごとに長めの休暇を与える予定だ。

 

 ルネッタ達は王都から高速馬車に乗り、ルナリアの家へと向かった。付き添って良いのかと聞いてみたりもしたが、置いていける状況ではなく、もちろん問題など無いと言ってもらえた。

 

 途中、急に彼女は馬車から降りて、猛烈な速度で駆けていってしまったりもしたが、とにかく無事に屋敷にたどり着いた。

 

 時刻はとっくに深夜を回っているが、馬車の中や途中の旅籠でたっぷりと睡眠を取ったので、そこまで眠いわけでは無い。

 

 風呂に入り、借り物の寝巻きに着替えて、ルネッタは大きなベッドに腰掛ける。

 

 床は赤茶の絨毯だが、壁は木がむき出しだった。数本の剣が掛けてあり、刀身は全て漆黒だ。残りは大きなテーブルと椅子くらいなもので、ベッドも一つしかない。聞けばルナリアの父親の部屋だというが、もう長いこと帰っていないらしい。


「ふぬぬぬぬぬ」


 奇妙な声で呻くのは、エリスだ。借りた服が小さかったらしく、胸は形が丸分かりで、下は太ももが丸出しだった。

 もっとも、不機嫌なのはそれが理由では無いだろうけれど。

 

 彼女はのっしのっしとベッドまでやってくると、ルネッタの隣に勢い良く腰掛けた。


「今日こそ! 今日こそはセラちゃんを抱きしめたままフンフンしたりすりすりしながら朝まで過ごそうと思ってですね、その期待で胸いっぱいになりながら遠路はるばるやってきたわけですよ。ねえ?」

「は、はぁ……」


 同意を求められても困る。

 もっとも。

 その気持ちが、まるで分からないわけでも無い。


「本当に可愛いですもんね、あの子……」


 なぜかため息が出た。嫉妬、とは違うと思う。そんな感情を抱けるような相手ではない。真面目に差を考えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどだ。

 

 だったらこの気持ちはなんなのだろうとルネッタは思う。

 俯いていると、突然ぷにっと頬をつつかれた。顔を向ける。エリスの表情は、なぜか申し訳なさそうだった。


「純粋な造形美でセラちゃんと張り合うのは誰でも厳しいですけれど……あなただって十分かわいいと思いますよ?」


 ――ええ、と。

 とてつもなく、恥ずかしいことを言われている気もする。けれども、それ以上に単なるお世辞に聞こえてしまって――返事も出来ずに、ルネッタは再びため息をついてしまった。


「むっ」


 エリスの声。動く影。揺れる視界。


「ていっ」

「ひゃああああっ!?」


 飛び掛ってきたエリスの勢いそのままに、ベッドの上をごろごろと転がる。上下が二回入れ替わって、壁にぶつかりようやく止まった。


「いたい、です」

「……ちょっと加減を間違えましたね」


 仰向けに寝転がるルネッタに、覆いかぶさるようにエリスが動いた。

 膝を立てつつ、左右の手でルネッタの頭部を挟みこむような体勢だ。彼女の長い赤髪に、頬が少しくすぐられる。

 強い瞳で、エリスが言う。


「謙遜も行き過ぎれば嫌味ですよ。あなたはずうずうしくなるくらいで丁度良い。何より、私が下らぬ世辞を言うように見えますか?」


 ルネッタはぱちくりと瞬きをしてから――ゆっくりと顔を左右に振った。

 投げ出されていたルネッタの手に、エリスの手がそっと重なる。握り締めてくる五本の指を、少し強く握り返した。

 

 エリスが微笑む。紅い瞳の中に、自分が見える。心臓が激しく高鳴って、互いの距離が、顔と顔が、だんだんと近づいて。

 ――いい、の、か、な。

 

 自分は女で。彼女も女で。薄く、そして柔らかそうな唇から、光る舌が僅かに見えた。

 ――いい、か。

 

 力を抜いて、受け入れるように瞳を閉じる。彼女の吐息が、ルネッタの唇を僅かに震わせる。もう少しで――。

 がちゃりという音。木が軋む。ルネッタは驚き目を開いた。弾かれたようにエリスの顔が離れて、二人そろって扉を見る。


「エーリス、良いものをもらってき、て……やっ……た、ぞ……と」 


 部屋に入ってきたルナリアは、そのまま固まった。

 エリスはしばらく彼女へと視線を注ぎ――無言のままに、姿勢を元に戻す。右手で優しくルネッタの頬を撫でて、唇をゆっくりと、


「続けようとするな!」


 どん、と床を踏みつける轟音が、屋敷中に響き渡った。

 エリスはため息をついて、顔を左右に振った。のそりのそりとルネッタから離れて、ベッドの隅に腰掛ける。


「なんですか、もう。ノックはマナーですよ」

「な……なんですかだぁ!?」


 ルナリアは大股で進むと、部屋にあったテーブルに持った瓶を勢い良く置いた。顔は少し赤く、肩は僅かに震えている。

 どう言い訳すれば良いのか。そもそも言い訳が必要なのか。もうまともに頭を働かせる余裕さえ無く、ルネッタはベッドに横たわったまま動けない。

 

 上ずった声で、ルナリアが言った。


「おま、おまえっ……お前ら、さっきのはっ……ど、どういうっ」

「どうもこうも、いつもどおりですよ。い、つ、も、どーおーり」

「いっ……」

「んふふふ」


 エリスはくるりと振り返って、こちらへと両手を伸ばしてきた。


「ひゃっ」


 あっという間に持ち上げられて、彼女の膝に乗せられた。しかも向かい合わせの体勢で、抱き合っているという表現がふさわしい。

 エリスの両手が背中に回って、


「ん~~~~っ!」


 強く、強く抱きしめられる。彼女の大きな胸に沈みこむようで、匂いの全てが彼女で満たされる。少し痛くて、その五倍は気持ち良い。思わず、口から吐息のような声が漏れてしまった。


「ほうら、いつもどおりじゃないですか」

「な……」


 エリスの力が緩んで、優しく肩を起こされる。ふにゃふにゃに砕けていた腰を必死に正すと、再びエリスに持ち上げられた。半回転、そのまま脇に座らせられる。ルネッタの頬を撫でて、エリスはベッドから立ち上がった。

 

 絶句したままのルナリアへと彼女は近づくと、


「良いですか団長、良く聞いてくださいね?」


 なんだ、と言おうとしたのだと思う。ルナリアが口を開く、まさにその瞬間に、エリスが動いた。

 言葉を待つルナリアにあっという間に密着すると、その左頬に、深い口づけをした。

 

 一瞬、時間が止まったかと思った。あっけに取られるルナリアを機だと考えたのか、エリスは離れるどころか舌を出して、彼女の頬をぺろりと舐めた。


「…………ぃ!?」


 ぶん、と空を切る音。巻き起こる風。振るわれた拳。エリスは一瞬前に、後方まで飛んでいた。

 両手を頬に当てて、まさしく恍惚といった表情で、エリスが呟いた。


「ごちそうさまです」


 拳を振りぬいた体勢のまま、ルナリアは動かない。顔は真っ赤だ。あまりにも、真っ赤だった。

 ルナリアは細かく全身を震わせ――そのまま踵を返して、部屋から出て行ってしまった。

 

 一瞬本気で怒ったのかと思ったが、付き合いの長いエリスが何の心配もしていなさそうなので、大丈夫なのだろう。たぶん。きっと。

 エリスは未だに頬に手を当てたまま、くねくねくるくると動いている。

 さすがに少し呆れて、ルネッタは言った。


「絶好調ですね」

「そうですか? そうかもしれませんね。んふふふふふ」


 心から幸せそうな声音で返すと、エリスはテーブルへと近づいた。置き土産の瓶を手に取る。


「これはっ!」


 声が、更に弾んだ。テーブルの隅にあったグラスを二つひっくり返すと、瓶の口へと手を当てる。

 ぽん、と心地よい音が響いた。素手で引き抜いたらしい。

 

 二つのグラスに、琥珀色の液体が注がれた。それを両手に持ってエリスがこっちにやってくる。


「西方のお酒なんですけどね、保存が非常に面倒でして。挙句衝撃にも弱いので、こちらに来るころには恐ろしい値段になってしまうのですよ」


 ルネッタの隣へと腰掛けて、進めるようにグラスを掲げる。


「剣闘をやっていたころは好き放題飲めましたけど、今はとてもとても」

「……やっぱり、私も飲むんでしょうか」


 にこにこ笑顔のまま、エリスが頷いた。


「ここは寝室。これはベッドですよ? 何の問題がありますか」


 あらゆる要素が、引くだけ無駄だと言っている。

 ルネッタはおずおずとグラスを手に取ると、僅かな量を口に含んだ。滑らかな舌触り、濃厚な甘さ。僅かな引っかかりさえ感じることなく、液体は喉を滑り落ちて――火が喉を焼いた。




「へへ、えへへへへ……」


 視界はどこかぼんやりしていて。おなかのあたりがあったかくて。浮かぶようなからだが気持ちいい。

 

 でも何よりも気持ちいいのは左腕だ。しっかりと肘を組んで、指は一本一本隙間をあわせるように握り合って。すべすべでつやつやで。


「だ……大丈夫ですか?」


 エリスがへんなことを言う。こんなに良い気分なんだから大丈夫に決まっているのに。

 彼女の肩に頭を乗せて、くりくりと擦る。何かが伝わってくる気がして、よりいっそうしあわせなかんじがする。

 

 右手のお酒を更に一口。


「おいしいですねぇ……へへへへ」

「そろそろお酒、辞めましょうかね」

「えー……なんでですかぁ?」


 少しからだを伸ばして、エリスの顔を近くで見る。頬は僅かに赤いが、瞳に比べればまだまだ。

 彼女はなぜか困っているように見えた。なんでかはちっとも分からない。そんなことより。

 

 ぼむ、と顔をエリスの胸に乗せた。沈み込むように柔らかくて、落ち着くように暖かい。吐き出した吐息がくすぐったいのか、エリスは細かく身じろぎしている。

 エリスの声音は、どこか妙だ。


「……こう、消極的な娘がひっくり返ると、どうして良いか分からなくなりますよね」

「ぅえ?」


 なんの話かさっぱり分からない。分からないからもっとくっつく。右手のお酒がちょっと零れた。エリスの寝巻きに染みが広がる。

 お酒。

 ルネッタは顔を近づけて、染みの部分をぺろりと舐めた。


「んんんん!?」


 エリスが妙な叫び声を上げる。もう少し待って欲しい。あとちょっとで綺麗になるのに。

 頭をつかまれ、引き上げられた。視線が交わる。彼女の顔は妙に赤い。


「エリス、さん」


 自分の声が変なかんじだ。なんだか熱い。すごく熱い。

 エリスは――ルネッタを急に引き剥がすと、ベッドから立ち上がった。

 足早に離れていく。先には洗面台。


「あー……どこいくんですかぁもう……」


 暖かさが消えた。柔らかさも消えた。彼女の匂いも離れてしまった。寂しい。

 だから残った酒を口に入れた。


「おいしい、です」


 視界が勢い良く回って、ルネッタはベッドに倒れこむ。

 意識は、そこで途切れた。




「ぬおおおおお……」


 目が覚めて、最初にルネッタの口から漏れたのは、まさしく苦悶の雄たけびだった。

 頭が痛い、などという生易しいものでは無い。耳から打楽器でもねじ込まれて、絶えず全力で叩かれているような錯覚を覚えた。

 

 体が重い。動くとさらに頭痛が増す。吐き気も強烈だ。


「み、ず……」


 このまま寝ていたいが、飲まないと死ぬ気がする。這いずるようにベッドから降りて、ふらつきながらも立ち上がった。


「おきましたね」

「ひゃ」


 背後から声がした。振り返ると、部屋の隅に置かれた椅子に、エリスが膝を抱えて座っていた。顔色は、正直言って良くない。


「もう起きていたんですね」


 とはいえ今の時間は分からないのだけど。

 返事が無い。もしかしてと思い、ルネッタは尋ねた。


「寝てないのでしょうか」


 エリスの瞳が、じ、とこちらを見つめて――ぽつりと言った。


「あのまま一緒に寝ると、どうなるか分かったものではありませんでしたからね」


 言葉の意味が、いまいち理解できない。何しろ飲んでからの記憶が飛んでいる。

 けれども、まったく想像つかないわけではない。


「あの……わたし、何かまずいことしましたか?」


 答えず、エリスは椅子から降りた。指で座っているように指示をして、グラスに水を入れてくれる。

 手渡された。エリスは、なぜかこちらを見ずに、


「まずくは無かったですよ、ええ。ちょっと予想外だっただけです」

「はぁ……」


 とりあえず水を飲む。生き返るようではあったが、頭痛は消えない。


「なんとかしましょうか」


 そう言うと、エリスがベッドに座った。自分の白い太ももをぺんぺんと叩く。頭を乗せろ、ということだと思う。

 ルネッタはおずおずと動いて、エリスの脚へと横たわった。頬で感じる彼女の肌は、ひやりと冷たい。

 エリスの手がそっと頭を撫でる。その度に、軋むような頭痛が少しずつ楽になっていく。


「ほぅ」


 気の抜けるような音が口からもれてしまった。撫でられるのは本当に心地よい。

 太ももの上で頭を少し動かすと、なぜかエリスが息を呑んだ。


「あの、どうかしました?」

「……いいえ」


 彼女の手がするすると動いて、頬を揉まれた。くすぐったくて笑い声が出る。もうすっかり頭痛も消えて――。

 ドアをノックする音が聞こえた。

 エリスが言う。


「どうぞー」


 ドアを開けて入ってきたルナリアは、こちらの様子を見て頬をわずかにひくつかせた。

 彼女はいつもと服装が違う。やや大きめなシャツと、細いズボン。白い服であることは変わらないが、刺繍が無い。造りも頑丈そうに見える。これが普段着なのだろうか。

 

 ルナリアが言う。声は、少し硬い。


「エリス、休暇は終わりかもしれん」

「どうしたのですか?」

「呼び出しだとさ」


 ルネッタの頬を揉み続けていたエリスの手が、止まった。


「相手は? いえ、そもそも呼ばれたのは誰なのです」

「呼ばれたのは私。そして、ルネッタだ。ついでにお前も来て良いとさ」


 ルナリアは続ける。


「相手はアンジェ・レム・ライール。古老の一人で、私達の後ろ盾で」


 彼女は、そこで一度言葉を切った。


「つまりお前が大嫌いなあいつだ」

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