第二話 「戦力になってくれ」
「――“無言巡礼”のことですね?」
ユニがそう云った。
“無言巡礼”――?
「そのとおり。巡礼とは、司祭たちが生涯の中で一度は行うように定められている、聖地や霊場を参詣して回る旅のことじゃ。それを、言葉を一度も発せずに、歩いて巡礼する。それが“無言巡礼”じゃ」
“無言巡礼”……確かに、ラニーヴァにいる頃聞いたことがあるような……気がする。
でも、言葉を発さずに、見知らぬ土地で旅なんて、できるはずがない……!
「フンブッセ司祭のおっしゃる“無言巡礼”を行えば、その聖地、霊場の聖なる力や加護によって、司祭に昇格することが可能になるそうだね」
ベイセン王子が続ける。
「この“無言巡礼”の旅を、三十日間で行ってきてほしいんだ。そして、ひと月後には二人には司祭として我が軍に参加してもらいたい」
「三十日――」
「急な話でとても心苦しいんだけど、今からすぐに準備に取りかかって、明日には旅だってもらいたい」
ベイセン王子は真顔でそう宣言した。
「――戦力になってくれ」
ぼくは、目を白黒させることしかできなかった。
ぼくと妹のルグレアは、ラニーヴァの修道院で、フンブッセ先生のもと、修業をした。初級的な魔道書を読むことくらいならそのときにできるようになった。
フンブッセ先生は、魔道の力を戦争に使うのは好まなかった。できるだけ使わぬようにと教えられた。でも、ぼくらは戦争に巻き込まれた。自分の命を守るためには、戦わなくてはならない。そして、ぼくが持っているのは、魔道の力くらいしかなかった。
「行ってきてくれるかい?」
ベイセン王子が尋ねる。
先に、ユニが答えた。
「……わたし、ベイセン様やみんなと一緒に戦いたいです」
けれんみのない声だった。
「修道士としての修業もまだまだです。ひと月で司祭にだなんて、とてもなれそうにありません」
ユニの言葉はしかし、必死の抵抗という感じはしなかった。
「ユニ、わかってくれ。ひと月後、ぼくには君の力が必要になる。軍のみんなにも、争いに苦しむ人々にも、ユニの力が必要になる。その来たるべき決戦のときのために、行ってきてほしいんだ」
ベイセン王子は、静かだが力強い声でユニを説得する。
ぼくは――迷っていた。というより、これまでは、ルグレアやヨルムさんやみんながいたから旅ができていた。それが、ぼくやユニみたいな若輩者が、いくら戦場ではないとはいえ二人きりで旅をすることになるなんて……
「あっ……」
(二人きり――)
「あの、ベイセン様。無言巡礼の旅は、ぼくとユニの二人だけで行かなくてはならないんでしょうか? 誰か、お供や護衛の方はついて行ってもらえるんでしょうか――?」
ぼくは尋ねた。
「二人きりで、行ってもらいたい。ここにいる面々には、これからの戦いを頑張ってもらうから、君たちに同行はできない」
ベイセン王子はきっぱりと云った。
「そうです……よね」
がっくりくると同時に、ぼくはこれまで感じたことのない気持ちが胸の中に生まれるのを感じた。
「…………」
ユニ。
彼女と二人きりで、旅をする。
――いやいや、そんなことで簡単に了承できるような次元の話ではない。一瞬、二人きりの旅という云い回しに、見当違いなトキメキみたいなものを感じてしまったりはしたけど――。
錯覚だ。
実際は、苦しい修業の旅だ。
「ベイセン王子。ぼく、自信がありません。もう少し、時間をいただけませんか?」
声が、かすれていた。でも、勇気を出してそう答えた。
ベイセン王子はそんなぼくの言葉を聞いても、表情を変えなかった。
隣にいたルグレアが、怒ったような口調で云った。
「……ジリン。わたし、行ってきてほしい。心配なのは、とっても心配だけど、でも、ここで頑張らなきゃ、ダメだよ。巡礼の旅を頑張って、強くなって帰ってきてよ」
フンブッセ先生も云った。
「ジリン。進む道を“正しい”と思わなければ、百の迷いがわいてくるものじゃ。逆に、進む道を“正しい”と思う気持ちさえあれば、百の山を越えることも可能となる。己の心次第じゃぞ」
力強い声だった。確かに、そうなのかもしれない。だけど――
「……わかりました。ベイセン様。わたし、司祭になる修業の巡礼、行って参ります」
ユニが、そう答えて、みんなを見わたした。
みんなは、ユニを見てうなずいている。
そして、ぼくを、期待と心配の色をうかべた瞳で見つめる――。
だけど――
確かに、そうかもしれない。
だけど――。
――その道が正しいかどうかは、誰が知っているんだろう。
誰に聞けば教えてくれるんだろう――
明日の朝、ぼくとユニは、司祭になる修業のため、無言巡礼の旅に出ることとなった。
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