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無言巡礼二人旅
作:さすらい物書き



第一話 揺れる、船



 船の甲板に出ると強い海風がぼくの髪や衣服をはためかせた。きつい日射しで、意識がもうろうとしてくる。だだでさえ船酔いで具合が悪いというのに……。暑いけど、冷や汗で身体は湿っている。

「ジリン、平気?」
 船室で横になっていたぼくを呼びに来たルグレアが、心配そうにのぞき込む。「あんまり平気じゃない」と答えて、苦笑いをした。

 まぶしい……。頭上高くで、海鳥の声が聞こえる。
 ゆっくりと揺れる船の甲板を、頼りない足どりで歩く。

 船首には、この船に乗っている7人のうち、ぼくとルグレアとユニを除く4人がすでに集まっていた。

 軍の将であり、イディンブラの若き英雄と呼ばれるベイセン王子は、薄手の紺色のローブをまとって強い日射しから身を守っていた。
 長身のその立ち姿はいつも背筋がまっすぐで、頼もしくも優雅なたたずまいだ。知略家なのに、剣の腕もすごい。たぶん、ヨルムさんの次に強いのはベイセン王子だろう。

 ベイセン王子の参謀役であり、解放軍の軍師でもある老騎士レジムラジさんは、いつものいかつい鎧を脱ぎ、襟の高い軍服を着ている。
 今日も、髭は丁寧に剃られていて、髪型も整っている。けっこうな高齢と聞いているけど、とてもそうは見えない。先の大戦まで現役で戦っていたらしいし、腕とかすごく筋肉があって恐いくらいだ。

 ぼくらの恩人であるヨルムさんは船べりに腰かけ、剣の手入れをしながら遠くを見ていた。

 ぼくとルグレアの先生であり保護者でもあったラニーヴァの最高司祭フンブッセ先生。この旅がはじまってから一度も髭を切っていないから、レジムラジさんとは正反対で、顔中髭だらけになっている。
 フンブッセ先生がぼくらに声をかけてきた。

「ジリンとルグレアは船旅は初めてじゃったかな? じきに慣れる。あいにく船酔いの薬は持ってきておらんかったからな」

「いえ、大丈夫です……」
 ぼくは答えた。その声は我ながらとても大丈夫そうには聞こえなかった。

「しっかりしてよね。他のみんなと合流するまでは、私たちがベイセンさまの数少ない軍勢なんだから」とルグレアにぴしゃりと云われた。
 軍勢とは大げさな……と思ったが、もちろん声には出さなかった。

「お呼びですか、ベイセン様?」

 後ろから声がした。
 ユニだ。
 修道士が着るという白いワンピースが、可憐な彼女にはとても似合っている。
 日に焼けたのか少しほほと鼻の頭が赤い。
 帽子がわりに、頭に布を器用に巻き付けている。

 布からのぞく綺麗な栗色の髪の毛が、太陽の光に透けてはちみつ色に輝いて見えた。

「みんなそろったみたいだね」
 ベイセン王子が、良く通る澄んだ声で云った。
 いつも思うけど、ベイセン王子の声はどんなところにいても良く聞こえるのはなんでだろう?
 かっこいいと、思う。

「集まってもらったのは他でもない。今度のことについて相談――というかお願いがあってね」

 ベイセン王子はみんなの顔をゆっくりと見渡しながら話し始めた。

「今、ぼくたちは魔道都市ラニーヴァを目指している。クーヌーの港で残してきた他のみんなとも、ラニーヴァで合流する予定だ。ラニーヴァに着いたあとも、おそらく戦いが続くだろうとぼくは考えている」

 ベイセン王子の口調は落ちついていた。

「このあと、ぼくたちにどのような展開が待っているかはわからない。ディオーシュは、自分のことを大陸の支配者と名乗り、刃向かう者は誰とて容赦なく叩きつぶすとぼくに云った。そして、世界を間違った方向に進ませないためには、一度世界を破壊しなくてはならないとも云った。彼にこれ以上、この大陸を蹂躙させておくつもりはない」

 海風が、ベイセン王子の銀髪をなびかせる。

「ぼくは、祖国イディンブラを解放するつもりだ。そのためにも、これからもみんなには力を貸してほしい」
 ベイセン王子の真摯なまなざしは毅然としていて、その言葉は力強かった。

「そこで――ジリン、ユニ。君たち二人に折り入ってお願いがあるんだ」

 ベイセン王子が、ぼくと、ぼくの隣に立つユニをまっすぐに見た。

「単刀直入に云う。司祭になってほしい」

 船が、ぐらりと揺れ、ぼくは倒れそうになった。

「司祭……ですか?」
 ぼくは聞き返した。ベイセン王子がうなずく。
「そう、司祭だ。司祭には、魔道士や修道士の力に加えてさらに強い魔力と、聖なる力が宿り、書物や杖に封じ込めた大いなる力を自由に操ることができるようになる。――失礼、これは君たちの方が専門だった。いまさら説明は必要なかったね」
 ベイセン王子は、夕食の献立を話し合うときのような気楽な口調で尋ねる。
「どうだろう、ジリン、ユニ。司祭になってくれないか」

 ベイセン王子はぼくらを見つめている。

 司祭……。魔道士である以上、いずれ司祭への道を目指すことにはなるだろうと思ってはいた。だけど……。

「……はい。いつかは目指したいと思っていましたし、少しずつですが、そのための勉強もしています」
 ぼくはとりあえずそう答えた。

 ユニは、きょとんとした表情で、何も答えずベイセン王子を見つめている。

「二人には、とても期待しているんだ。イディンブラを解放する戦いには、優秀な魔道士と修道士の力が不可欠だとぼくは考えている。だからそれまでに、ジリンとユニには司祭になって帰ってきてほしいんだ」

 ぼくは、ベイセン王子が出会った頃ぼくに云った言葉を思いだした。

(ジリン王子――世の中には、剣や槍だけでは救えないことがたくさんある。あなたの力が必要とされるときが近いうちに訪れると思う。だから、精一杯がんばってください――)

 ベイセン王子の話を、フンブッセ先生が引き継いだ。

「ジリン。ユニ殿。魔道士や修道士が高位の職位である“司祭”になるためには、通常は長い修業を経て司祭として認められるか、力のある賢者や大司祭にその者の持つ神聖力を目覚めさせてもらうかの二つの方法があるというのは知っているね? ただ、今わしたちには頼るべき賢者も大司祭もおらん。長い修業を行う時間も、ない」

 フンブッセ先生は一度言葉を切った。

「だが、短期間で、司祭としての修業を行うことができる方法が、一つだけある」

「――“無言巡礼”のことですね?」
 ユニが、そう云った。


 船が、大きく揺れた。














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