Another Episode19 思い出を繋ぐモノ
人は思い出とともに生きるものだと、勝手ながらそう思っている。
嬉しかったことや、怒りに震えたこと、悲しかったことや、楽しかったこと
その全てを包み込んで、人は何かしら絶えず変化し、成長を重ねていく。
しかし、人は忘れゆくモノ……
この手に感じた思い出をすべて、記憶に留めて置くなど不可能な話
ただ残るのは、そのとき感じた暖かさや冷たさ、痛み
それだけが心の傍に……
でも、忘れられない思い出が存在することもまた事実である。
どんなに日々が過ぎ去ったとしても、どんなに幾千の思い出を重ねたとしても
心の隅に残る、捨て去ることのできない大切な記憶
今回はそんな忘れることのできない、大切な思い出のお話
あの人と彼を繋ぐ物語……
ある日の昼休憩、昼食中沙希の何気ない一言から
ストーリーの幕を上げていく。
「それしてもカズ……カズは本当に和菓子が好きだな」
校内食堂
俺は食後に用意しておいた饅頭を、ウキウキとしながら口へと運んでいた所
沙希からそんな言葉が俺に向けて述べられていた。
「そうだよねぇ、本当にカズちゃんは和菓子ジャンキーだよぉ!好きだとは言ってもぉ
そんな毎日、毎日食べるなんてぇ、ある意味凄い……」
「確かに、ですね。本当に嬉しそうに食べてます、和弥さん。それに普段見せない
満面な笑顔ですしね」
周りからも沙希の意見に賛同する言葉が飛び交う。
ここにいる4人に目線を向けると、皆納得したような表情を浮かべており
全員満場一致の考えのようであった。
「まぁ、好きだが……これくらい普通の範囲じゃな―――」
「「「「それは絶対ないっ!!!」」」」
「さっ、さいですか……」
全力で否定される、俺
確かに和菓子好きである事実は、本当のことではある。
年に数回は食べ歩きに行くし、出来るだけ洋菓子を食べないようにするほど
和菓子LOVEな精神ではあるが……常人から考えれば、一般レベルを軽く超越していることを
何となく今、理解した気がした。
「それで前々から気になっていたことを一つ質問したいのだが、カズ。なんでそんなにも
和菓子が好きなんだ?」
先ほどの言葉が前フリであったのか、沙希は俺に向けそんな質問をぶつけてきた。
「私もぉ、私もぉ!凄く気になってたっ!教えて、カズちゃん!」
「気にはなりますよね、そこまで和弥さんが和菓子が好きな理由……」
「言われてみれば、ちょっと知りたいかもね。なんで和弥があんなにも好きなのか……
昔はそんなに和菓子好きじゃなかったはずだものね」
4人とも興味津々のご様子
たかが俺の好みの理由ごときで、ここまで盛り上がるこの光景に圧倒されながらも
俺はその様子を冷静に眺めていた。
「和菓子が……好きな理由、か」
そして、周りで4人の乙女達がいろいろとああだこうだ話し合っている中
ボソリと一言、俺は言葉を洩らす。
――――和菓子が好きな理由
それを俺は問われて、なんと自分は答えるのだろうか?
見た目?味?それともお茶と合うから?
大半の人間は、そんな和菓子本来の持ち味を理由に上げてくることだろう。
それが当たり前のことだし、食品の好みなどはそんな単純なものである。
確かにそれは俺自身、自分の好みにあっていることは確固たる事実だ。
でも、一番の理由と問われたのならば?
そう言われたら俺は迷いなく、こう真っ先に思うだろう
――――思い出
だと………
まだ、アメリカに渡米する前
小学校に入学して、それほど月日が経っていないそんな昔の思い出
俺は授業が終わった後、毎日のように遊びに誘われたとしても
妹である泉の病院へ行く予定があったとしても
絶対に必ず最初に向かう場所があった。
学校の坂道を下り、息を荒げながら走り続ける俺
汗が体中に纏わり付く苦しさを感じながらも、この時はそんなことすら
眼中になかったことを良く憶えている。
授業が終わり、かならず最初に向かう場所……
「はぁ、はぁ……ただいまっ、ばあちゃん!」
「……あら?こんなに汗かいちゃって、そんなに急いで帰ってきたのかい?おかえり、和弥」
家の横に住んでいたばあちゃんの家であった。
毎日のように汗だくで、息を荒げて帰ってくる俺を
変わらぬ笑顔で迎え入れてくれる。
それが、俺のばあちゃんだった。
元々、幼少時代親二人とも働きに出る為
必然的に俺や泉は、ばあちゃんに世話になる事が多かった。
だから自然におばあちゃん子になることは目に見えた事柄だったのかもしれない。
この笑顔を見るのが、空気をするのと同じくらい当たり前の日課であった。
「ばあちゃん、ばあちゃん!おやつ頂戴。走って、疲れちゃったよ」
「もう、和弥はいつもそうだね。困った子だ。はいはい、少し待っていてくださいね」
そうして家へと上がり、何時ものようにお菓子ねだる。
これも習慣化された事柄。ばあちゃん家でお菓子を食べる
それはここに来る一つの楽しみであり、毎回のように用意されるお菓子は
「はい、どうぞ」
「おっ……やっぱり、和菓子かぁ〜」
「今日はどら焼きだよ、文句言わずに食べなさいよ。おばあちゃんの手作りなんだから」
毎日変わることのない、和菓子であった。
ばあちゃん手作りのお菓子
味には何の文句もなく、とても美味なものではあったが
この当時は洋菓子にある種の羨望の念があったことは確かである。
でも、多少の文句言いながらも綺麗に食べきるのがお約束ではあったのだが……
「……で、和弥。どうだった?今日の学校は。頑張って勉強してきたかい?」
「……んぐ、当ったり前だろうっ!それにほら、今日帰ってきたテストっ!」
「おっ、百点じゃないか!偉いね、良く頑張った!和弥」
「うっ……とっ、当然だろ!当然。それに今日だって蓮をいじめる奴がいたから蹴散らしたし
先生の手伝いだって、いっぱいしたんだからな!」
「そうかい、そうかい。本当に頑張った、ばあちゃん嬉しいよ」
そして、ここに来れば一日の出来事を話しながら、ばあちゃんとの談笑
どんな話であっても、必ずばあちゃんはその優しげな笑みを浮かべて聞いてくれた。
悪い事をした日には真摯な態度で俺を叱ってくれ、今日みたいに良い事をした日には
俺の頭を優しく撫でて手放しで褒めてくれる。
小学校にもなって……そんな気持ちを感じたことは何度もあったが
そんなばあちゃんの手が何よりもあたたかく、心地よかった。
感じたり、思ったことなど一度もありはしなかったが
このばあちゃんと俺だけのほんの少しの時間帯、この空間
それが何よりも換え難いものになっていた
こんな他愛もない、けれど愛おしいモノへとなっていた
ずっと、これからも……永遠に続くと思っていた
だけれど、この時の俺は知りはしなかったのだ
この世に永遠なんてこと、ありはしないのだと
日々は常に進み続けているのだとは………
そして、日々は過ぎ去っていき
俺は小学校一年から二年生に上がった夏の日のこと
いつもより暑い日ざしが降り注ぐ猛暑の中
何の前触れさえなく、それは起きた。
『二年A組伝馬和弥くん、至急職員室に来てください』
昼休み、突然の呼び出しであった
周りからは「また問題起したなっ!」などの野次を飛ばされながらも
俺は身の覚えがないことを思いながら、職員室へと足を向けた。
職員室の扉を開ける。そこには自分の予想を裏切るように
我が父と母の姿が見えた。
自然と緊張感が増していく。明らかに二人の様子が可笑しいことが
小学生の俺にも理解が出来た。
二人は俺の姿を確認するや否や、ゆっくりと近づいてきて
肩を震わせながら、父が重々しく口を開き、言葉を呟き始める。
「……和弥、落ち着いて聞くんだぞ。さっき、おばあちゃんが――――」
俺の頭が真っ白になった……
その後、父と母に連れられるように俺は病院へと向かった。
呆然とした足取りで向かった先の病室
その先にはベットで目を閉じて横になるばあちゃんの姿と
大粒の涙を流しながら、叫ぶように泣く妹の姿が見えた。
ゆっくりとした足取りで、ばあちゃんのもとへと近づく。
ダラリとまるで人形のようなばあちゃんの手をソッと俺は触れた。
――――冷たい
まるで凍える氷のように冷たかった。
毎日ように、俺の頭を、髪を撫でてくれたそのあたたかさは
もう、どこにも存在してなどいなかった。
泣き声が部屋全体を包み込んでいる。
泉は何か心の枷が外れたかのように、叫ぶように泣き続けている。
泣いたこと姿など見たこともない父や母も、静かに涙を見せていた
周りにいる誰もが、涙を流し体を震わせている。
なのに、それなのに俺は……
涙を流す事などなく、ただ呆然とばあちゃんの姿を眺める
それしか出来ずにいたのだった
その後は、まるで矢のように時間は加速していった
通夜、葬式……俺は黒い服を着せられ、ただボーッとした表情で
来る人、来る人の顔を眺め続けた。
泣き叫ぶ人、感慨深そうに話し掛ける人、形式的に済ませ去っていく人
いろんな人々の姿を眺めながら、俺はジッと時間に流されるように立っていた。
喋ることもない、泣き叫ぶことも、はたまた感情すら揺れ動かない
ただ何も考えることのなく、呆然と立ち尽くすように……
形式的な葬儀が進むにつれ、周りが忙しくなっていく頃
俺は何時の前にか、この場所から自然に飛び出そうとする思いに駆られていた。
そして、自分の周りに誰もいなくなったその瞬間、この場所から飛び出していたのだった
向かった場所は、ばあちゃんの家
どうしてここに来たのか、そんなことは分かりはしない
ただ勝手に足がここへと俺を導いて来たような、そんな感じ。
ゆっくりと門を抜け、中へと俺は足を踏み入れる
「おかえり、和弥」
そんな声が聞こえた気がする。
優しい、ばあちゃんの声が……
一歩、一歩……歩を進めるたびに、ばあちゃんの声や表情が蘇ってくる。
笑い声や怒鳴り声、日々の思い出が次々と掘り起こされていくように
まるでここに、ばあちゃんがいるような感覚にさえ陥ってしまうくらいに……
台所へと足が向かう。テーブルの上に何か置いてあることに俺は気づいた。
ゆっくりとテーブルへ近づき、置いてあるものを手に……それは
「……まっ、饅頭」
あの日、ばあちゃんが俺のために用意してくれたお菓子だった。
ばあちゃんの手作りの、少し不恰好だけれど
紛れもなくばあちゃんが作った饅頭が、そこに……
俺は手を伸ばし、饅頭を一つ手に取り、口の中へと入れる。
「……おいしい」
考えることなく、洩れる言葉
いつもと同じ、何も変わることのない美味しさ
ただ単純においしかった、とても……美味しかった
また一つ手に取り、口の中へ
考える事などせず、ただ何か満たすために無我夢中で食べ続ける
一つ、また一つ、また一つと……
そして、気づかない内に……
「……あっ、あれ?」
涙を流している自分がいた
先ほどまで一粒すら流れなかった涙が、自分の意志を反するかのように
止め処なく、ただ……
「ぐすっ……ひっく……くっそ!止まれよっ!」
涙を流さなかった自分が嘘かのように、流れ行く涙
格好悪くて、叫んでみても止まりはしない。
感情のコントロールが聞かない自分に嫌気が差す。
自分の感情に怒りを覚えながら、手を止めることなくその饅頭を俺は食べ続けた。
食べて、食べて、食べまくった……
ばあちゃんが作った、その饅頭を
食べて、涙を流して、怒りに任せて叫んでみて
ようやく俺は気づいた……
――――もう、ばあちゃんはここにはいないってことを……
俺ために微笑んでくれた、優しく撫でてくれた
和菓子を作ってくれたばあちゃんはいないのだと……
認めたくなかった、認めたくないから俺は涙を流さなかった、流せなかった。
死ぬ……その言葉を理解できていなかったから
明日になれば、またばあちゃんに会える、そう思っていたから!
でも、この饅頭を食べていく内に嫌でも気づいた
俺のために用意されたこの饅頭だけが、ここにばあちゃんがいたことの
何よりの証明、生きた証だったのだから……
この饅頭だけが、唯一のばあちゃんが残したあたたかさだから……
「ひぐっ……うっ、上手い。おいしいよぉ……ばあちゃん」
涙を流しながら、顔をぐちゃぐちゃにしながらも
ゆっくりと味わうように
あたたかさを噛み締めるように
思い出を噛み締めるように
最後の一つまで、俺は食べ続けたのであった
「………っず、カズ、カズ!どうしたんだ?そんな憂いを帯びた表情をして」
「大丈夫ですか、和弥さん。顔色がちょっと悪いですよ」
沙希と奏に話しかけられ、ようやく意識がこちらへと戻ってくる
そんな質問されたのがきっかけとなったのだろうか
懐かしい、忘れる事のできない記憶が蘇ってきていた。
多少の感情の高ぶりを感じ、俺は目蓋を手で拭う。
「そういえば、どうして俺が和菓子好きだって話だったよな」
「……うっ、うん!そうだよぉ、でも言いたくないのなら無理に―――」
「問題ないよ、飛鳥。大丈夫……で、俺が和菓子が好きな訳はな……」
4人向け、視線を向ける。
少し時間を空け、あの当時を思い出すように、噛み締めるように一言
「思い出を、思い出を繋ぐ……大切なモノだから」
そう言い放った。
窓の外は青空が広がっている
この綺麗な空をばあちゃんも眺めているのかな
そんな事を想いながら、俺は一口、饅頭を口へと運んだのであった。
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