Another Episode9 いつか旅立つ君達へ
三月……それは別れの季節
少し前まで、一面を包み込んでいた白い雪は
今となっては跡形もなく消え去り、目の前に移るものは
僅かな春の温かみを感じ、芽吹きだした新たな命……
空を見上げれば、誰一人として文句の言いようがない
晴れ晴れとした空が視界全体に広がっている。
澄んだ風も、流れゆく雲も皆綺麗で
旅立つ人達を、それぞれの門出を祝福してくれているようで……
「卒業……か」
そんな言葉が、俺の口から自然と洩れてくる。
視線を横へと向けると、そこには『扇山高校第54回卒業式』
と書かれた看板が瞳の中に映り込み
そこら中で写真を取り合う生徒、涙を流し別れを惜しむ生徒
先生に向け感謝の言葉を述べる生徒、様々な姿が己の視界に入り込んでくる。
今日は卒業式……
俺が先生になって、初めて体験する生徒達の別れ
授業だけとは言え、一年という月日を、時間を共有してきた人達
今日がこの生徒達と過ごす事の出来る最後の一日……
今、俺の心には無事に送り出した安堵感
もう一緒には同じ日々を過ごせない寂寥感が襲ってくるも
「呆気ないものだな……卒業式と言っても」
そう感じずにはいられなかった。
卒業証書……そんな紙切れ一枚を渡されて、彼らたちは旅立たなければならない。
もう少し高校生でいたい、ここで過ごした人達ともう少し一緒にいたい……
そんな願いも叶うことなどなく、彼らは今日と言う日を持って
前へと、一歩を踏み出さなくてはならない。
それがどんなに大切な日々だったとしても、辛い別れになったとしても
愛しくて、愛おしくて仕方が無い気持ちに駆られたとしても
「伝馬先生、今までありがとうございました!寂しいけれど……頑張ります!」
「バイ、バイ!先生。一年間だったけれど、楽しかった。もう、先生の授業受けれないなんて
ちょっと悲しいけれど、大学行っても頑張るから!」
「伝馬!俺らより年下の先生なんて、最初はビックリしたけれどあんた良い先生だったぜ!
俺も一生懸命頑張るから、先生も頑張れよっ!」
彼らのように振り返ってはならない、目の前の現実に目を背いてはならない
それがどんな苦しくても、これからどんなに辛くなろうとも
前を、目指すべきものへと突き進むために……
「……おうっ、皆も頑張れよっ!」
俺が出来ることは笑顔で見送る事だけ……
だけれど、不意に俺は思う。
――――来年、俺は今日と同じように笑って見送ることができるだろうか
………と
人とはその人物と過ごした分だけ、悲しみを知る。
長い間一緒にいれば、いる分だけその人を愛しく感じ
それと同時に、深い悲しみを……寂しさを知る。
今、終わる事のない皆と過ごす日々も必ずいつか終わりを告げる。
それは変える事の出来ない、確固たる真実。
みんなと一緒に過ごす他愛もない日々
夢を語り合い、希望を信じ
共に競い、悲しみ、怒り、喜び、楽しさを皆で共有し
絶望に打ちのめされても、諦めたい気持ちに傾きそうになっても
支えてくれる仲間がいる、友がいる
そんな楽しくて、輝かしい宝石のような大切な日々……
だけれども、永遠ではない限られたこの時間
俺は、俺はその時笑顔でいられるのだろうか?
我慢できず、泣き出してはいないのだろうか
いつか旅立つ君達へ、贈る言葉を俺は言えているのだろうか
「俺は、俺は………」
様々な思いが錯綜していく。
先生である自分、17歳の子供である自分
使命が、己の欲が頭の中を行き交い
俺の心を乱し、悩ませ、苦しませる。
心の片隅にしかなかった迷いが、己の思考を狂わせるように蝕んでいく。
生まれてしまった恐怖。目を背けていた暗闇……
今の自分にはどうすれば良いか分からなくて、心の動揺を隠し切れなくて
でもだからこそ、あの人の顔が、あの笑顔がフッと蘇り
もし、こんな時あの人だったら、いつもの慈愛に満ちた笑顔で
根拠もない言葉を……
あの時言った、懐かしい言葉を俺は思い出していた。
「あっ、お〜い!カズちゃん一緒に帰ろうよぉ」
「和弥、この頃生徒会で忙しかったら久しぶりに私達と一緒に帰りましょう」
「でっ、でも和弥さんお忙しいんじゃ……」
「大丈夫だ、奏。今日は卒業式。これから先生達は卒業祝いのため居酒屋へと行く訳だが
和弥は未成年、もちろん酒は飲んではいけないのだから当然キャンセル!フリーな訳だよ」
「まぁ、どんなことがあろうとも意地でもカズくんは連れて行くけどね♪今日は飛鳥ちゃんの
家のお店、百華屋でお昼でも食べよ!もちろんカズくんのおごり♪」
学校前の入り口
卒業式終了後、5人は卒業生達が行き交う道の中
探していた彼の後姿を、この瞳で捉える。
私達5人の声に気づいたのか、彼はゆっくりとこちらに体を向け
「……おう、お前達か。確かに仕事はないからな、一緒に帰るか」
何時とは、少し違う雰囲気に身を纏った彼の姿が私達の視線に映り込む。
言葉では上手く表せないが、何かが変わっていた。
彼の瞳が、彼の表情が少し前より、大人びいた
そんな風にも見える。
「かっ、カズちゃん……どうかしたの?」
そんな中で、飛鳥が耐え切れなくなったかのように
彼に向け言葉を送る。
「……何にもないよ、ただこれからは一日を大事に、大事に生きて行こうって思ってな」
彼の言葉は余りにもありふれた言葉
だけれど、彼女達はなぜかその言葉が妙に重く感じられた。
何かを決意したような、強い思いを……
「じゃあ、飛鳥ママにも久しぶりにあいさつするために、百華屋でも行くかっ!
泉の言うように、俺のおごりで!」
彼は歩き出す。
その顔は先ほどの悲しげな顔ではなく、彼には珍しい満面の笑みで
「……えっ!ちょっと待ってよぉ、カズちゃん!置いてかないでぇ」
「かっ、和弥が奢るだなんて……風邪引いてないでしょうね!」
「2人とも、走っちゃダメです!危ないですよ」
「今日は雪か、それとも雷なのか……」
「我が妹ながら、信じられない事態だよ!」
その彼の後姿に向け、彼女達は走り始める。
そして彼女達もまた、その表情は微笑みを絶やすことなく
彼に向け笑顔を送り続ける。
確かにこの時間は永遠ではない、二度と戻る事のできない限られた場所
それは悲しくて、失いたくない大切なモノであるが
あの人は彼に向け、こう言っていたではないか
『人間はね、うれしいことやかなしいことを繰り返し、そうやって歳を重ねていくものなの
出会いが人を成長させ、別れもまた人を成長させる。別れは憂うことではない
嘆くことではない。いつか悲しみも苦しみも全部越えて、良かったと思える日が必ず来るはず
だから……私はいつでも笑顔でいるの♪』
彼の答えとなりうる言葉を……
冷たい、だけれど少し暖かい風が吹いている
春の息吹を感じさせる風が……
三月は別れの季節
でも、四月は出会いの季節
別れの後には出会いが
新たな出会いが待っているのだから……
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