Another Episode7 ひいなあそびとも言うらしい
雛祭り……別名ひいなあそび
雛祭りと言えば、3月3日の上巳の節句に
男雛と女雛を中心とする人形を飾り、桃の花を飾って、白酒などの飲食を楽しむ節句祭り
女の子のすこやかな成長を祈る年中行事として
日本古来から伝わる伝統的なもの。
そう、祭りの日が過ぎた後も雛人形を片付けずにいると
結婚が遅れるという俗説がある、あの祭りである。
ちなみにそれは昭和初期に作られた迷信であり
旧暦の場合、梅雨が近いため、早く片付けないと人形にカビが生えるから
と言うのが本当の理由だったりする。ちょっとしたトリビアである。
とにかく、男にとってはこれと言って何も無い一日
だけれども、女の子にとっては特別な一日
そんな3月3日……雛祭り
今回はそんな女の子の日のお話
少年な、けれども乙女な人物の物語である……
始まりは唐突だった……
何の前触れもなく、一瞬にして私の目の前に
その触れたくない現実が舞い降りてきた。
「皆で雛祭りパーティーしない?」
ある日の昼休憩の時
飛鳥が何の脈絡もなく、そう私達に向け言葉を述べた。
最初私、綾月蓮は何のことか頭の中で上手く整理がつかず
完全に意味を把握仕切れなかったが、数秒の思考の後
ようやく飛鳥が放った言葉の意味を私は理解した。
それと同時に嫌な感情が、浮かび上がってくるも感じずにはいられなかった。
「そういえば、もうすぐ三月三日……雛祭りですね!」
思い出すかのように奏が言葉を述べる。
そう、三月三日は雛祭り……
誰もが知っている伝統的な行事であり
一年に一回、女の子だけの特別な日。
女の子だけの……特別な……
「そう!それでねぇ、私達で集まってちょっとしたパーティーとか
出来たらなぁ〜って思ったんだ!皆、どう思う?」
飛鳥が目を輝かし、私達に向け視線を送る。
まだやるとも決まってない段階だというのに
もう飛鳥のやる気満々な雰囲気が、否応にでも私に伝わってくる。
良くも悪くも飛鳥の思考は、数年間付き合ってきた私達にとっては
考えることもなく単純であり、読みやすいものであった。
「そうですね、確か三月三日は部活もちょうどありませんし、私は賛成です」
「私は聞く必要もないだろう?賛成だ。そう言えば、泉もそれまでにはこっちに帰ってくる
とか言ってたからな……誘っておこうか?」
「本当に?やったっ!久しぶりに泉ちゃんと会えるよぉ!」
泉の帰還に体全体で喜びを表現する飛鳥
余程嬉しかったのだろう。あの時、アメリカで別れた以来
電話、手紙などのやり取りは私達全員でしていたものの
やはり本人に会えるというのは、飛鳥を含めここにいる全員が嬉しい事だと思う。
私だって学校と言う場でなければ、跳ねて喜んでいたはずだ。
でも、私の頭の中は泉のことなど考えている余裕などなく
己の思考は一点、そのある事に私の意識は奪われてしまっていた。
「―――っちゃん、蓮ちゃん!」
「……えっ?」
フッと誰かに呼ばれている気がして、下に向けていた視線を正面へと戻す。
そこには心配そうな顔で私の顔を見つめる飛鳥の姿が視界に移った。
「どうか、どうかしたの?蓮ちゃん。さっきからいつもと違って静かだし……
体の調子とか悪いんじゃ」
か細く、消え入りそうな声で飛鳥が私に向け、言葉を放つ。
飛鳥はとても周りの変化に気づきやすい人間だ。ちょっとした変化でも見逃す事はない。
彼女は感覚的に通常の私とは違う、ちょっとした違和感に気づいたのかもしれない……
「……あっ、大丈夫よ。ちょっと考えごとしてただけだから。雛祭り……
雛祭りパーティーの話だったわね、私も良いと思うわ!」
私はそんな飛鳥の心配そうな視線に、瞬間的に気づき
明るい自分を、いつも通りの自分を私は演じる。
飛鳥を悲しませないために、飛鳥を不安にさせないために
そして、何よりこの内なる思い……醜い己の感情を悟られないようにするために
必死に自分の気持ちを心の奥のほうへと隠した。
「おっ!蓮ちゃんも賛成?それじゃ、決まりだねぇ!」
「そう言うことなら、次は準備の話ですね!場所どうしましょうか?」
「それなら私の家にしよう。場所も雛壇も全て揃っている!」
「すご〜い!沙希ちゃんすごいよぉ!それなら後は…………」
……………目の前には嬉しそうに話し合う飛鳥、奏、沙希の姿
私はその様子を何処か遠くを見るような、物悲しそうな視線で彼女達を見つめる。
私の瞳に映るのは、何処から見ても女の子達の楽しげな雑談
学校でも良く見られる何の珍しさもない、普通すぎる光景
でも、その光景の中に私は……綾月蓮は、私という存在は含まれているのだろうか?
女の子と言う枠組みに入り込めているのだろうか?
私は雛祭り、この行事に参加しても良いものだろうか?
私は、私は………仲間はずれじゃ、ないのだろうか?
頭の中が混乱していく。
雛祭り……たかが一つの行事が私をこんなにも悩ませ、苦しませる。
私は頭の中、結論が導き出せないまま
その光景を、私は距離を……心の距離を一歩、離した場所で眺め続けていた。
「……馬鹿ね、私って奴は」
三月三日、雛祭り当日
私は今、街から少し離れた場所にある公園……人っ子一人いない公園で
一人ベンチに座り、空を眺めていた。
視界には無駄に天気の良い空の風景が瞳に映りこみ
雲ひとつない綺麗な空が、妙に私の気持ちに嫌悪感を感じさせる。
「何やってるのかな……私は。逃げたってどうにもならないって言うのに」
独り言が勝手に口から洩れ、更に私の思いを害していく。
そう、こんな自分が嫌いになるが今、私は逃げ出している。
雛祭りと言う、たった一つの行事に対して
怯えるように、目を背けるように……
「本当に馬鹿……馬鹿すぎて、自分が嫌になっちゃう」
雛祭り……それは女の子が祝福される特別な日
そんな日に私は、忘れていた現実を思い出し、再び直面してしまい
その真実に目を背けるように逃げ出してしまっていた。
それは明らかすぎる彼女達との決定的な違い
越える事のできない壁のことを……
―――自分が、男だという事実を
私はわかっているつもりでいた。
すべてを理解して、すべてを背負って
仕方が無い……そう、分かった上で己の意思を貫き、行動する。
そうしているつもりだった。
昔も、今も、これからも……
でも……違っていたのだ
私の覚悟は一つの行事と相対しただけで
こんなにも脆く、儚く崩れ去るほどの弱いものなのだったと
否応にでも私は気づかずにはいられなかった。
でも、それだけではなくて……
「……皆、雛祭りパーティー。楽しみにしてたのに、私一人約束破っちゃって
本当最低な人間。友達、失格だわ」
時計を見ると、パーティー予定開始時刻から
もう二時間の時が過ぎ去っており、自分が逃げたという事実が
改めて私の中で認識されていく。
フッと脳内に思考を巡らせると、皆の悲しそうな姿が目に浮かび
信じられないほどの罪悪感が己の体を蝕んでいく。
「なんで……なんで私は、こんな友達を裏切るようなことを……」
空を眺め続けた私の瞳が滲み、視界が霞んでいく。
瞳には涙が……悲しみ、苦しみ、怒り、悩み様々な感情が入り混じった涙が
ゆっくりと私の頬を撫でていく。
友達への裏切り……それは今頃になって気づく痛みと後悔
「やっと、やっと出会えた……私を本当に理解してくれる大切な……
とても大切な友達、だったのに!」
虚空に向け、感情に赴くまま私は叫ぶ。
こんな中途半端な私を友と認めてくれた大切な友達
離してはならない、失ってはならない
外見だけではない私、綾月蓮そのままを見てくれた特別な存在
だから、今すぐにでもパーティーに向かえば……
そんな思いも浮かんでくるが、再び思い出した越える事のできない壁が
私をこの場から動かす事を許さない。
ここに留まり、友達を裏切っている事に怒りを感じる私
だけれども彼女達と私の大きな違いが壁となり、己の意思を鈍らせて一歩が踏み出せない私
こんな二つの思いが、己の心の中で入り混じり
何も行動することの出来ない自分が今、そこにいた。
まだ春とは言えない、冷たい風が私の体に降り注ぐ。
「……寒いわ、とても寒い」
私の体が、私の心が……凍えるように冷たかった
体中の震えが留まることをしらず、更に気持ちが沈んでいく。
嫌な感情が沸きあがってきて、嫌な思い出が蘇ってくる。
幼き頃、虐められた記憶……
殴られ、蹴られ、無視をされ、中傷を浴び、睨まれ、蔑まれた日々……
周りが私に向けるのは同情すらない、非難の視線……
怒ることも、泣くことも忘れ、ただ呆然と過ぎていく時間……
封印したはずの嫌な記憶が、消し去りたい暗黒の思いが
私の頭の中にチラつき、私を狂わせていく。
「寒い……寒いよぉ……」
もうあの時には戻りたくはなかった。
私は温もりと言うものを知ってしまったのだから……
和弥が、飛鳥が、蓮が、奏が、沙希が、泉が……
生きることの喜びを、生きていると感じることの出来る瞬間を
頑張る事の意味を、好きっていう感情を、友達と言う暖かさを
全部、全部教えてくれたから
だからこそ、人一倍に失うことを私は恐れていた。
いつも心のどこかで、恐怖心を感じずにはいられなかった。
こんなちっぽけな私を、誰からも嫌われていた、変わっている私を
いつか捨てられるのではと言う思いを、持たずにはいられなかった。
もう……一人はイヤダ
幾つもの負の思いが重なっていき
私という存在が押しつぶされそうになっていく。
過去の記憶が私を、僕を壊していく。
温もりが、温もりが欲しかった。
私という存在を包み込んでくれる温もりを……
こんな自分でも、情けないくらいちっぽけな自分でも
優しく手を差し延べてくれる暖かい温もりが……
「やっと、蓮ちゃん見〜つけたっ!」
ソッと舞い降りてきた。
「……ぅわ」
感じる確かな人の暖かさ
包み込むような優しいその抱擁は、震えていた体を
凍えていた心を少しずつ癒していく。
「あっ、飛鳥!?」
私はその暖かさに心安らぎながらも、数秒後
思い出したかのように後ろを向き、私にくっ付いている飛鳥に向け視線を送る。
「すっごく疲れたよぉ。でも、ちゃんと見つかってよかった、よかったぁ!」
そこには少し疲れた顔を浮かべる飛鳥の姿が
走ってここまで来たのか、額に少しばかり汗の跡が見える。
「なっ、何で飛鳥がこんな所に?」
「……えっ、何言ってるの?蓮ちゃん。蓮ちゃんを迎えに来たに決まっているでしょ!」
当たり前かのように、飛鳥は私に向け言葉を述べる。
逆に私の方がいきなりのこの状況にうまく頭が回っていない。
なぜ……私は逃げ出したのに、どうしてここに飛鳥が……
私の頭の中には疑問符しか浮かんでは来ない。
「どうして、どうして私なんかを迎えに……」
私の中では当然の疑問であった。
完全なる遅刻、裏切り。怒られることは覚悟していたものの
まさか迎えに来るとは、予想外にもほどがあった。
飛鳥はその言葉に一瞬きょとんとするも、すぐにいつもの笑顔に戻り
「だって皆で雛祭りパーティーしようって約束したでしょ。一人でもいなかったらダメ……
私達5人の雛祭りパーティーなんだからっ!」
自信満々にそう私に向け、飛鳥は言い放った。
「……5人、全員?」
「そうだよっ!蓮ちゃん。私に、奏ちゃんに、沙希ちゃんに、泉ちゃんに」
一人、一人指折り数えて名前を呼んでいく飛鳥
4人の名前をゆっくりと読み上げた後、視線をこちらへと向けて
「最後は蓮ちゃん!これで全員だよっ!」
私の名前を飛鳥は少し大きめの声で述べる。
そして、私の心を見透かしたかのように
「蓮ちゃんは何があったって私の友達……私達の大事な友達だよ」
優しい笑みを向けながら、彼女はそう言葉を放つ。
その瞬間、心の奥底に眠っていた長年凍りついた時間が
己の隠してきた思いがゆっくりと溶け出していくのを
私は感覚的に感じていた。
「そうですよ、蓮さん。私達は友達……何も気にする必要なんてないじゃないですか
一緒にパーティー楽しみましょう!」
「うむ、奏で言うとおりだ!蓮は余計なことを考える必要はない友達なのだから
気にせず楽しもうじゃないか!」
「そう、そう。今日の日のために蓮ちゃん専用の着物仕立ててきたんだよ!
私達と一緒に行こう……友達なんだから♪」
気がつくと後ろには奏、沙希、泉の姿が視界に映る。
皆、一人として怒った顔などしておらず、優しげな表情で私の瞳を見つめる。
……そうだ、私は一人じゃないんだ
私は今になって、そのことを再認識させられる。
昔を引きずる事など、元々から何一つ必要ないのだ……
自分は過去でもない、未来でもない今を一生懸命生きているのだから
いつまでも過去の闇に捕らわれていてはいけない。
一歩を踏み出す時、過去を振り払う瞬間
すぐに何とかなるとは言えない
急に私が強くなる訳がない、急に何かが変わる訳でもない
だけど必要なのは……立ち向かう心
自分を変えるちょっとした勇気……
「……そう、よね!こんな特別の日なのに、暗くなっていても
どうしようもないわよね!楽しまなくちゃ損だもの!」
昔とは違う、持つことの出来なかったものが今、ここにあるのだから
私はそれを信じて突き進むだけ……
「さぁ、行きましょう!」
勇気に、支えになってくれる仲間が、友達が私にはいるのだから……
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