Another Episode3 バレンタインデーの悲喜劇 前編
「はぁ、はぁ、はぁ……」
放課後、校内廊下
視界が外から放たれる夕焼けの明かりに眩しさを覚えながらも
俺、伝馬和弥は誰もいない廊下を一人荒々しい呼吸音、留まる事をしらない
心臓の鼓動を感じながら、壁に寄り添い身を休めていた。
「体が、体が信じられないほど重い」
両手、両足が鉛を付けている様な感覚が襲う。
最近アメリカ時代に比べて、雲泥の差くらい体力が出来てきた俺だったのだが
今日の疲労度は半端ではない。
もう、限界は当の昔に超えている状況であった。
「なんでこんなことに……」
悲痛を込めた叫びが言葉して洩れてくるも
俺は心の中では何でこんな事になったか、ある程度はわかってはいた。
今日は2月14日、バレンタインデー
乙女の一大イベントであり、俺にはもっとも縁のない、そう思っていた日
しかし、現実に今俺は窮地に立たされている。
対策のしようはあった。ただ、俺が忘れていただけ……
今頃悔やんだとしても、何もかも物事は進んだ後、悲しい事に
俺は輝かしい夕日に目を向けながら、今日一日の事を振り返る。
悲劇の始まりは朝、いつもの5人組とではなく
一人で学校に向かっていた瞬間から、この物語は始まりを迎えていたのかもしれない。
いつもよりもほんの少し遅い時間帯……
今日も、何も変わらない平凡な一日が過ぎていくだろうと能天気な甘いことを考えながら
通学路を少し早歩き気味に歩いていた所から、物語は開幕する。
「よぉ!伝馬、おはよう」
通学路
コートを羽織り、吐く息は白くなり、道の隅に残る雪の欠片を眺めながら
俺が冬の訪れを感じていると後ろから誰かの声が聞こえてくる。
視線を向けるとそこには、我が扇山高校の制服を身に纏った男子生徒が一人
それは、見たことのある顔でコンマ何秒の思考ののち
我がクラス、2-Cの生徒であることを認識する。
俺は生徒に答えるように、腕をあげ
「よう、おはよう。さいと……佐藤」
「何で直した?おい、途中まであってたのに何で直したのぉぉ!!」
相変わらずのツッコミだ
さすがは伊達に我がクラスでの志村○八と呼ばれてはいない。
プロ芸人も真っ青の返し方だ。
「まぁ、いつもの事だからいいけどさぁ……一回ぐらいはちゃんとフルネームで
読んでもらわないと、読者さん覚えてくれないじゃん!俺の名前」
大丈夫だ、佐藤。
数少ない男キャラの一人だ。地道に頑張れば、いずれレギュラーになれるさ
正直、俺達何を話しているか訳分からん状態ではあるが……
そんな調子でいつものノリをこなしつつ、俺達は一緒に学校へと向かっていく。
学校へ向かう道のりの中、昨日のテレビなど本当に学生らしい会話に
花を咲かせながら、校門まで数百メートルと迫ってきた頃
ある話題を佐藤は俺に振ってきた。
「そう言えば、今日はアレの日だなぁ。どうよ、伝馬?もらえる予定とかあるの?」
「アレの……日?」
唐突に佐藤から切り出された話
俺は当初、アレと言われてすぐに頭に浮かんでくるものはなく
疑問符が頭の中に埋め尽くされる。
「今日、何かあるのか?」
「……おい、真面目に言ってるのか?アレだよ、アレ!男にとっても、女にとっても
重要な行事な奴だよ。知らないわけないよな?」
佐藤は信じられないと言った表情を俺に向ける。
そう言われても、分からないものは分からないのだ。
とにかくまず、今日が何日であるかを考える。今日は2月14日
その日のめぼしい行事と言えば……
「……あっ!」
「おっ、やっと思い出したかよ。忘れちゃダメだぜ?今日は何って言ったって―――」
「煮干しの日だな!」
「そう、そう。ちょっと無理がある語呂合わせで、煮干しの普及を図るために
平成六年に全国煮干し協会が制定したって、違うよぉぉぉ!!」
おおっ!惚れ惚れするほどノリツッコミ
一応ツッコミキャラである俺とはレベル違いは明らかだ
……で、違うみたいだが何なんだ?
ツッコミ疲れを感じているのか、これほど寒いのに息を荒げながら
佐藤は深呼吸を数回繰り返し、落ち着いた後こう俺に向かって言い放った。
「バレンタインデー、バレンタインデーだよっ!」
やっとのことで佐藤の言いたい事に検討が付いた。
そうか、そういえば2月14日と言えばバレンタインデー
煮干しの日とか言うマイナー行事とは違う
チョコレートの年間消費量の4分の1がこの日に消費されると言われる
ギャルゲーでも、必須な一大イベント。
それを俺は完璧に頭の中から抜けていたようだ。
「そうだったな、確かに。思い出したよ、佐藤」
「そうか……それはよかった。俺は伝えるだけで中々の疲労度だが」
大声を出しすぎたせいか、他者から見ても分かるほどの疲労困憊
朝からこれで大丈夫なのかと素で思う。
「で、バレンタインデーがどうしたんだ?」
「ぅん?……あぁ、伝馬は貰う予定あるのかなって思ってよ。期待せずにクールに決めたい
気持ちもあるんだけど、内心はチョコ欲しくて堪らないのが本音じゃん?だからさぁ
伝馬はどうかなって思ってな」
少し恥ずかしそうに佐藤が俺に向けて言葉を述べる。
確かに、佐藤の言うとおりその気持ちは分からなくもない。
チョコをあげると言われて、恥ずかしい気持ちは大なり小なりあれど
完全に欲しくないと思う男共はそうはいないだろう。
俺だってマンガのように、紙袋を持参してくるぐらいまで欲しいとは思わないが
少しくらいは、正直な話欲しかったりはする。
でも現実問題貰えるかどうかいうと……
「貰う予定か……今の所はないな」
「えっ!?マジか!」
予想外、そういう雰囲気の佐藤
「本当だよ」
「そうは言っても、幼馴染の飛鳥ちゃんとかそれに生徒会長の綾月さんとか
からは貰えるんじゃないのか?」
佐藤が貰えそうな人物の名を上げる。
飛鳥、幼馴染と言う事もあって貰えないこともないかもしれないが絶対と言う
自信は俺にはない。蓮は……貰えそうだけれど、男と言う事もあり
今の所は考えを保留。
可能性はあるが、100%とは言えない。それが今、俺の心情であった。
「まぁ、貰えたらラッキーくらいで思っていたほうが良いかもしれんな」
「確かにそんなもんかもな、伝馬の言う通りかも……じゃあ、チョコの貰う予定もない者通し
一日必死に頑張ろうかっ!」
「……そうだな」
そう言って俺達は校門へと向かっていく。
いつもと少し違う登校風景、いつもと少し違う周りの雰囲気
生徒とは言え、男一緒に学校へ行くなんて何年ぶりのことだろうか
それが純粋に何だか嬉しくて、懐かしくて
今日と言う一日が、とても楽しくなりそうなそんな予感が……
「和弥、ハッピーバレンタイン!私の手作りチョコ、一生懸命作ったのよ!」
「ちょっと、蓮さん!抜け駆けヒドイですよ。かっ、和弥さん……私もチョコを……
蓮さんみたいに手作りではないんですけど、気持ちだけは誰にも負けてません!
あの、よろしかったらどうぞ」
一瞬でもしたのは、気のせいだったようだ。
「何よ、奏!私が実行しようとした校門の前で待ち伏せ作戦。今、実行中だから
渡すのなら後からでも……」
「そんなこと言って蓮さん、和弥さんに一番に渡す気ですね!そうはさせません!
それに校門の待ち伏せ作戦は昨日、私が考えた案ですよ」
「……っ!でっ、でも先に学校に来たのは私―――」
「生徒会長権限で5時に学校空けるってそれは卑怯です!!」
蓮と奏の2人が言い争いを続けている。
なんともまぁ、いつもの冷静沈着ペアとは思えないほどの子供じみた喧嘩
事情が良くは分からないが、止めるのもどうかと思うほどの他愛もない雰囲気
とは言え、止めない訳にもいかず
「とにかく、2人とも落ち着いて……」
「「黙ってて!!」」
「……御意」
すいません、無理でした。
男女平等とか世間は騒いでいるけれど、女性って昔より強くなった気がするのは
俺の気のせいなのだろうか……
その話は置いといて、俺は再び静観する立場に戻る。
数分間の睨み合いが続いていく。
すると、当たり前のごとくギャラリーが増えていき
嫌でも注目度が上がっていく俺たち。
扇山高校内で有名な「天使の歌声を持つ少女」で知られている水城奏
この学校の生徒会長である綾月蓮
そして17歳先生であり、少し前に新聞を賑わしたちょっとした有名人
俺、伝馬和弥が一同に揃っているのだ。
見る人間が増えるのも仕方が無いといえば、仕方が無い。
それに加えて、刺さるような目線……ファンクラブ呼ばれる集団の
殺気に近い感情も感じられる。
その様子を2人は分かっているか、分かっていないのか
「私は和弥を思う気持ちなら誰にも負けないの!十年の以上の付き合いなのよ!」
「私だって負けません!出会ったのは最近かも知れませんが、こんな感情が沸いたのは
初めてなんです。First Loveなんです!負ける気は一切ありません!」
「わっ、私だって始めてだもんっ!和弥が初めてなのっ!」
分かってないね、うん。何を争っているのか皆無だが気が付いてないのは分かる。
どうしようか……そんなことを真面目に考え始めようとした頃
俺はある一つの事態に気づく。
そう言えば、俺は誰と登校してきたんだ?
あまりの衝撃的な事実に忘れ去られてしまった人物
俺はその人物がいたであろう、後ろへ視線を向ける。
そこには、呆然とした顔をした佐藤の姿が……
まっ、マズイ!直感的に感じる。何か言葉を、そう思うのだが
「そうだよな。忘れてたけど、伝馬モテ男だったよな……勘違いだったよ、俺の
一瞬でも、ほんの少しでも仲間がいるなんて俺の間違いだったんだよな」
「ちっ、違うぞ、佐藤」
「いいよ、良いんだよ。大丈夫だ、心配する必要なんてないさ……でも、でもな
これだけは言わせてくれないか、これだけは言っておきたいんだ。モテナイ男を代表として」
佐藤はフッと息を吸い込み
「裏切り者ぉぉおぉ!!モテル奴なんて滅んでしまえぇぇぇぇ!!」
佐藤の内なる感情の爆発であった
走り去っていく佐藤の目には、一筋の涙が見える。
「待ってくれ、佐藤。誤解なんだぁぁぁぁ!!」
チャイムが鳴り響く……
俺はそれに合わせるように、佐藤を追いかけるため走り始める。
「えっ?ちょっと、和弥。まだ、チョコ渡してないわよ!」
「和弥さん待って!止まってください!!」
俺に続くように蓮と奏も走り始める。
バレンタインデー、本来は明るいイメージを感じさせる日
だけれど、これから降りかかる事態は悲劇と成すに相応しい出来事
この時の俺は、自分に襲い掛かる不幸などこれっぽちも気づいてなどいない
物語は聖ウァレンティヌスの気まぐれに乗せられるように
ゆっくり転がり始めた……
|