第74話再逢
病室の扉を開けると、扉の合間から洩れてくる朝日の光に俺は目を細める。
徐々に慣れてくる、広がっていく視界の中、ゆっくりと視線を周りへと向けると
目の前に見知った一人の人物が立っていた。
「……おや?」
その声、その姿は一瞬にして俺を不快にさせるほどの整った容姿で
疑問符を浮かべながらも、まさに俺が起きて来るのがわかっていたかのような
驚きを感じさせない顔をこちらに向けている。
「やっとお目覚めのようですね。ずいぶん深い眠りだったようで……
どうですか、お体の方は?」
丁寧かつ滑らかな口調で言葉を述べ、軽く微笑を浮かべる。
まるで医者のような口ぶりで、すべてを把握しているような余裕すら感じる表情。
普通ならば、意識を取り戻した患者を見つければ、すぐにでも慌てるように
看護師や医者などに声を掛けるはずなのに、そんなふりすら俺に見せない。
多分ではあるが、もう……こいつは……
「あぁ、体の方は大丈夫だ。熱もないみたいだし、変な体のダルさも抜けている」
脳内でいろいろと思考を巡らせながらも、一応奴からの質問に応える。
「そうですか……体のほうは異常がないようですね、よかった」
ホッと一息付き、安堵の表情を浮かべる。
本当に安心した表情で、まぎれもない俺に向けて送っていた心配と言う感情を
俺は感じていた……だけれど同時に、奴から感じる期待のような
不安、落胆を込めた矛盾した思いも感じ取れる。
それが奴の言いたいことを邪魔をしている最大の原因……
奴の完璧である微笑を数ミリ崩している訳……
数秒の沈黙の後、奴は耐え切れなくなったのか
「いきなり目覚めてすぐにこんな質問も難なんですが……和弥くん……
僕のこと……わかりますか?」
言葉を一つ、一つを搾り出していくように奴は言葉を述べる。
その時の顔はいつもの余裕などなく、様々な感情が入り混じった表情
あまり見ることのない、悲しげに俯くその顔は信じられないほどの違和感を俺の心の中に生み
自分に、奴に飽きれる様に一つ、溜息を付きながら
「そんな顔するな……そんな顔されたら、俺までテンション下がるだろうが。いつも通りの
にやけ顔でいいんだよ。調子が狂う……聞きたいこと、山ほどあるんだから頼むぜ、親友」
そんな恥ずかしくなるような台詞を投げ捨てるように
俺は奴……親友である、東恭介に向け言い放つ。
「……………」
すると、恭介の顔は驚きに……この場合は凍りついているとでも言うのだろうか
無言のまま、一言も言葉を発する事ができず、固まってしまっている。
「……っふ、ふっ、あはははははっ」
最後にはいつものニヤケ顔で病院だと言う事気にせず、恭介は笑い始めた。
あまりにも異様な風景。だけれど、俺には恭介のその笑い声が
長年自分を抑えていた何かを、取り払ったようなそんな開放感を感じていた。
そして、暫く笑い声が俺の耳元に響き渡った後、自分を落ち着かせるように
二度、三度とわざとらしい咳払いを繰り返し、恭介はいつも通りの笑顔を取り戻す。
「……ふっ、そうですね。和弥くんには、話さなくてはならないことが一杯ありますから。
歩きながらでも、話をしましょうか」
そう言って恭介は俺の横に近づき、肩を並べて歩き始める。
それは懐かしい光景……昔、あの時のように2人で作り上げた妙に心地よい空間が
数年の時を越え、再び形成されていく。
「ありがとうございます。僕の事覚えていてくれて……」
「……こっちの台詞だよ、感謝の言葉を述べるのは」
2人の間に、止まっていた時が今、動き始めたのだった……
「さて……何からお話しましょうか」
病院内廊下
早朝とあってか、誰一人通り過ぎる事も、見かける事もない長い通路を
俺達2人はゆっくりと歩きながら、話を始める。
「そうですね。まずはこの一連の出来事の真相……それをお話しましょうか」
数分前までの状況とは打って変わって、穏やかな微笑をこちらに向ける我が親友。
相変わらずのムカつき加減を心の内に感じながらも、俺はこの事件の真実……
犯人である人間をはっきりと俺は思い出していた。
事件の真相……それはもう、俺にとってはっきりと思い出した事項の一つであり
説明は不要、そんな考えが頭に過ぎったのだが……
「でも、これから僕の話す事は例のひき逃げ事件の犯人のことではありません。
この出来事全体の、僕が導き出した一つの結論です」
俺の考えを読んでいるかのように、恭介は俺の言葉を待たずして次の言葉を紡いでいく。
「どういうことだ?この出来事の全体の真相って……言ってる事が良く分からないぞ」
「……無理もありません。多分、僕が和弥くんの立場であったら今のあなたのように
さぞ、混乱している事でしょう。でも、とにかく僕の話を聞いてください。質問は後から
僕の答えられる範囲なら、答えましょう」
真剣な眼差し。今の俺には黙って恭介の話を聞くと言う選択肢しかないようだ。
俺は無言のまま、首を縦に振り、ジッと恭介の方へと視線を向ける。
その様子を恭介は納得したような表情を浮かべ、数秒後ゆっくりと口を開いた。
「最初に結論から言いますと、あの事件の日から今日の和弥くんが記憶を取り戻すまでの
数年の月日……それは、言ってしまえばある人物が作り上げたストーリのように
誰にも気づかれる事なく、物事は動いていたのですよ」
……何を言っているんだ?
脳内が疑問符で埋め尽くされていく。ドラマの台詞のような言葉に俺は唖然とした表情を
恭介に向ける事しかできない。一方、恭介と言えばこの状態を想定の範囲内であるかのように
いつもの変わらない、その笑顔で話を続ける。
「記憶を取り戻した和弥くんなら分かるはずですよ。あの事件から今日に至るまでの
出来すぎた日々に……和弥くんがこの町に帰ってきたこと、そこで出会った、接触する事の
ないはずの過去の記憶を持つ人物達との遭遇、僕との再会……決められていたかのように
この街には和弥くんの記憶を取り戻す要因が自然にかつ意図的に配置されていたのですよ」
恭介から告げられる一つ、一つの言葉に俺は体中に戦慄が走る。
……確かに、恭介に言われてみれば、まるで俺の記憶を取り戻す事が必然かのように
この地には必要なキーが所狭しと散りばめられていた。
だが、まだ俺の頭の中には恭介の言葉を借りるならば、この計画を立てた人物
それがまだ導き出せずに俺はいた。
「ここからは僕の推測になりますが、この事件の犯人であるマーティン教授は
和弥くん、あなたがこの地……麻衣さんとの記憶が根強く残るアメリカの地にいることを
快く思ってはいなかった。だから大学を卒業する数年後、一時的に大学から
籍がなくなるその時、教授はこの地からあなたを無理矢理でも出させようとした。
麻衣さんの記憶を思い出すことのない、どこかへ……」
幾千にも張り巡らされた思考の糸が、少しずつ真相と言う扉へと近づいていく
長年封じられた謎が徐々に解けていくのを、俺は否応にでも感じずにはいられない。
「それをあの人は予測し、計画へと取り掛かった。関係のある人物を周りに
本人にすら気づかれないように意図的に移動させ、いずれ訪れるであろうこの地に
和弥くんの場所を、記憶を取り戻すための理想的な空間をあの人は作り上げた。
それは、すべて……卒業が決まる、和弥くんが17歳という年齢を迎える
その日に、全部の帳尻を合わせるように……」
ここまで来れば、俺の頭の中には一つの結論がすでに浮かび上がってくる。
信じられない話だが、全ての物事が面白いくらいに当てはまっていく考え。
「そして、あなたはあの人と出会っているはずだ。あの人と和弥くんが出会う事は
計画の内の一つの内容……ここまで言えば、鈍感な和弥くんも分かってもらえたでしょうか?」
すべてを話し終え、最後に問いかけるように恭介は俺に向け、言葉を発する。
そうだ……そうだったのだ
今から考えられば、あの時俺の元に連絡もなしに現れた訳も
その時に珍しく、泉の姿がいなかったあまりにも小さな疑問にも納得がいく。
それに、あの人は最後……空港の別れ際、あの人は僕に向け囁いたではないか
気づきにくいが、確固たるヒントとなる言葉を……
『お膳立てはしてあげたわ……私の子供なんだから、信じているわよ』
俺に向けた我が母からのメッセージを……
「……そうか、俺は母さんの策略に見事にはまっていた訳だな」
「そうですね。でも、そこにあるのは百合さんの確かなる親心……やはりあなたは本当に
羨ましいお方だ。こんなにも心配をしている人達がいるのだから」
恭介のムカつくほど決まっている笑い声が響き渡る。
何か一言でも言い返したい場面ではあるが、恭介の言うとおり
俺は本当に羨ましい人間だ。それを今、実感している自分がいる。
「まだ、あなたとは今後の事など話したいことは山積みなのですが……いえ、これは
後にしましょう。とにかく今は、あなたが真っ先にしなくてはならないことがあるはずです」
そう言って恭介が指を指した先には、休憩室と書かれた部屋が視線の中に入り
部屋の中を眺めると、そこには見知った顔の2人が、重なるようにくっ付きあい眠っている。
その姿はまるで仲の良い姉妹の様で、俺は暫くジッとその姿を眺め続けていた。
「やっとお目覚めのようね、和弥」
「おはようございます、和弥さん」
そうしていると、突然横から俺に向け話しかけてくる声が聞こえ
視線をゆっくりと声の聞こえるほうへと顔を向けた。
そこには少し眠たそうな顔をした蓮と奏の姿が見える。
いつもキチンとしたイメージが強い二人だが、今はヨレヨレの制服に
髪の毛も無造作ヘアーでは済まされないくらい、ぐしゃぐしゃになっていた。
その姿を俺は眺め、どれだけ自分が心配を掛けたのか、どれだけの迷惑を掛けたのか
そんな思いが駆け巡り、何か言葉を述べようとするも
「和弥、もしかして謝罪の言葉……私達に送ろうとしている?だったら、いらないわよ。
私達は自分が好きでここにいるんだから、何にも言う事はないわよ……それよりも、和弥
あなたが今、やらなくてはならないことはそんなことではないでしょう」
「そうですよ、和弥さん。私達の事は後でもいいんです……今、和弥さんがやらなくては
ならないことはあそこに眠っている二人に声を掛けてあげる。それが和弥さんが真っ先に
しなくてはならないことなんじゃないんですか?」
まさかの説教を2人から俺は受ける。
脳内に、俺って先生なんだけど……という思いが浮かび上がってくるも
この場ではただの皮肉にしか聞こえない。
2人の言うとおりだ。俺がやらなくてはならないことは
最も深く、俺の過去に関わった人物……沙希、泉に向けて言葉を送ること
彼女達が抱えていた偽りの身分から開放させてやること
これは俺の責任……俺がしなくてはならないことであった。
俺は眠っている2人に視線を向け、ゆっくりと近づいていく。
視線全体に広がるのは、二人の穏やかな寝顔
俺は音を立てずに、ゆっくりと両手を伸ばし、2人の鮮やかな黒髪に、顔に
ソッと指先を触れさせた。
たまらなく懐かしい感触。触れれば、触れるほど思い出されていく
2人との大事な思い出……俺の指先の感触に気づきつつあるのか、二人の少女たちは
むずかるようにその黒髪を揺らす。
――――2人がゆっくりと目を覚ました
「「……ぅん?」」
何やら呻き声のような声が聞こえた後、未だ目線が定まらない2人は
ゆっくりと視線を周りへと向けている。
そして数秒後、自分の髪、顔を触れている誰かの指先の感触に気づいた途端
「……えっ!あっ!!」
「なっ、何!?」
部屋全体に響き渡るほど叫び声が俺の耳元に聞こえ
ソファーで眠っていたことを忘れていたのか、重なるように2人は病室の床へと
叩きつけられる。中々の大きな音が響き渡るも、痛みを感じなかったのか
それとも寝起きで感覚が麻痺しているのか、ゆっくりと2人は立ち上がり
沙希、泉の2人は視線を俺のほうへと向けた。
「……よっ、おはよう」
「おはよう……って朝から何なんだ、伝馬氏!夜遅くまで心配して様子を見ていたと
言うのに……会えたと思ったら、こんなドッキリして来て……本当に心配していたんだぞ!」
「そうだよ!本当に私達、カズくんのこと心配していたのに……ヒドイよぉ!
これはもう、罪……犯罪だよ!訴えるよ!」
2人は俺に向け、文句のような言葉を述べ続ける。
しかし、まだ目覚めたばかりの頭であっては、いつものような毒舌も
完全に空回りしている状況であった。
……だけれど、今になってこそ感じる、ちょっとした事実
2人が俺に向けて言葉を送る際に感じられる、自分との言葉の距離……
それを感じずにはいられなかった。記憶を取り戻した事により気づいたこの思い
昔にように、完璧に戻ることなどは出来はしないけれども、偽りの身分である
2人の姿はもう、俺は見たくなかった。
だからこそ、俺は………
「沙希……もう、伝馬氏って呼ばなくてもいい。昔みたいにカズって呼べよ
泉も、昔みたいにお兄ちゃん……そう、呼んでくれても構わないんだぞ」
2人を開放させるキーワードを俺は述べた。
「……えっ、カズ……もしかして」
「お兄ちゃんって……記憶が……」
その言葉を聞き、驚きの表情を浮かべる2人……
隠すことなど何もない、偽ることなど意味もない。
俺はゆっくりと2人に向け、言葉を紡ぐ。
「アメリカにいた時……右も左も分からなかった俺に優しく手を伸ばしてくれた初めて友達
掛け替えのない存在、朝倉沙希。それに俺の世界で一人だけの大事な妹……伝馬泉。
2人とも、何年も待たせて……本当に、ごめんな」
その言葉が発せられた瞬間、偽りという戒めから沙希、泉は解き放たれていく。
長年の背負ってきた見えることのない重み……
それに反動するかのように、俺の胸へと2人は飛びこんでくる。
聞こえてくるのは、今まで押し留めたモノを開放し、心の内から吐き出されていく
悲しみ、苦しみと言う名の涙……
彼女達は俺に文句が、説教が、怒りがぶつけたかったのかも知れない。
でも、俺の存在を確かめるように抱き付き、泣き叫ぶ事しか2人にはできなかった。
部屋中に響き渡る止まる事のない泣き声
俺の服には無数の涙が、体中には彼女達の重みが感じられ
それを俺は、二人の存在を確かめるように己の体で思い出していく
感じる気持ちは、一度失ったモノを再び取り戻した、悠久の思い
自分のいた本当の居場所が戻ってきたという、込み上げる喜び
……もう、手放すなんて馬鹿なことはしない
そんな思いを抱きながら、俺は再びゆっくりと2人を抱きしめたのだった
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