第68話学園祭前日
学園祭
年に一度、学校を挙げての一代行事。扇山高校は学祭まで残り一日、前日となり
そこら中で最後の準備が行われている。校門前には看板が立てられ、屋上からはドでかい
横断幕が掛けられ、デカデカと大きな文字で今年の学祭のスローガンが書かれている。
校舎内、校舎外も人が溢れるほど蠢いており、まさしくム○カの言葉を借りるなら
「見ろ!人がゴミのようだ!!」と言う言葉がピッタリなシチュエーション……
私、宮本飛鳥はそんなことを考えながら、2-Cの教室の窓から見える生徒達の姿を
ボーッと眺めていた。
私達のクラス2-Cはメイド喫茶。もうほぼ準備も終わり、クラス内に目を向けると
暇を持て余しているクラスメイトの姿が多々見える。そして私も同じくメイド服を
身に着けながらも、やる事がなそうに外を眺め……
「カズちゃん……大丈夫かなぁ」
ではなく、伝馬和弥。我がクラス担任であり、幼馴染である彼の事で私は頭がいっぱいだった
現在、彼の姿はこの教室内では捉えられない。朝から調子が悪そうだったから
保健室にでもいるのかもしれない。でも、カズちゃんの体調も気になるが、それ以上に
気になることが一つ、私の中の気持ちを不安定にさせていた。
「泉ちゃんとカズちゃん。あの2人……何かあったのかな」
それは今日の朝のSHR時の2人の姿
周りのクラスメイト達は絶対気づくことの無い、ほんの僅かな変化
言葉だけの表現では表すことのできない、だけど断言することが出来るほどの心の壁
それを私は敏感に感じ取っていた。先ほどからその事が私の頭から離れることなく
思考内に付きまとってくる。見て見ぬ振りなどできない。
なぜなら、カズちゃん……それに泉ちゃんが関わるとすれば、その事柄と言うのは
かなりの高い確率で、あの触れてはいけない領域……
「カズちゃんの過去……」
私がもっとも恐れる事態が頭の中で導き出される。
それは私にとって好まない状況。長年作り上げたものが、すべて地面から崩れ去ってしまう
ような喪失感。避けなければならない、カズちゃんはあの事実に触れる必要はないのだ。
今だって覚えてなくても上手くいっている。無理に思い出す必要なんて……
もう、私は悲しみに暮れるカズちゃんの姿なんか見たくない……
「飛鳥ちゃん!ちょっと明日出すメニューのことで聞きたいことがあるんだけど」
「あっ、うん!いいよぉ。どうしたのぉ?」
同じようにメイド服に身を纏った少女が私に話しかけ、そこで思考を中断させる。
今日は学際の前日……今やらなくてはならないこと、考えなければいけないことは学祭の事
カズちゃんのことは今、考える事柄ではない。私はそう頭の中で物事を整理しなおし
クラスメイトが集まる場所へと歩を進めた。
「会長!メイン会場の準備、ほぼ終了したようです」
「わかったわ。お疲れってジュース全員に渡してあげて。後は校舎内のみ……
皆、あともう少しよ!気合入れて頑張ってちょうだい!!」
校舎内の外。学祭のメイン会場となる場所の近辺のテント、学園祭本部と書かれた場所で
私、綾月蓮は腕に生徒会と書かれた腕章を付けた生徒達に言葉を送る。
一斉に皆が散り、おのおのの決められた配置へと戻っていく。
私はその姿を眺めながら、ゆっくりと用意されたパイプ椅子へと腰を下ろした。
明日は学園祭。ほぼ生徒全員が忙しく駆け回る日、その中でも生徒会は忙しく、運が悪ければ
居残りで深夜まで作業……それほど膨大な準備をしなければならない日
とは言え、今年は手際が良いのか時間内に作業を終了することができそうで、ホッと私は
息を洩らし、安堵の顔を……そう行きたかったのだが、私の顔は未だ厳しいままで
何か物思いにふけた顔をしている。今、私の頭の中に浮かんでいるのは
学祭のことではなく、一人の人物のことで……
「どうしたんですか?蓮ちゃん。そんな怖い顔しちゃって」
声が聞こえ、何かと思い視線を向けるとそこには副会長、そう書かれた腕章を付けた人物
我が扇山高校生徒副会長綾乃薫がそこにいた。
「いや……なんでもないわ。大丈夫よ、薫」
感づかれないように、気づかれないように薫に向け言葉を返す。
彼女は勘が鋭い。いつも通りに装わなければ、すぐにばれてしまう。
「そうですか?それじゃあ、隣座らしてもらって良いですか?」
「うん……どうぞ」
薫は隣に座り、資料に目を通し始める。私はその様子を眺めながら今一度思考を
あの事柄に戻す。今、私の頭の中は和弥、我が親友の事について頭がいっぱいであった。
昔から彼の事は私の中で優先順位常に上位ではあるのだが、今回は話が違う。
今、私が考え、悩んでいるのは……彼の、伝馬和弥の過去
きっかけは偶然であった。たまたま生徒会に保存されている名簿を眺めている時
ふと目に入った芹澤泉の欄。普通の人間ならそのまま何も思わず、次のページへと
向かっている頃、私の手はこのページ止まっていた。
気になったのは二つの点……アメリカからの転校。もう一つは保護者欄に記された……
「親の名前が芹澤百合……か」
その点に私は違和感を感じていた。百合……それは和弥の母と同じ名前、そして芹澤と言えば
百合さんの旧姓。私は嫌な予感がした。これ以上、触れてはいけない。これは偶然なんだと
片付けるべきだと本能が命令しているような感覚が襲った。
しかし、私は踏み入れてしまった。自分が知らない、和弥の過去を……
全てではないにしろ知った今、私の心の中には複雑な思いが渦巻いている。
和弥の知られざる過去を知った驚きと何も出来ない自分の無力さを痛感していた。
どうすれば良いのか分からず、頭が混乱する。だからだろうか。気づかない内に私は……
「薫。いきなりだけど、自分の大切な人が大きな悩みを抱えている時あなたならどうする?」
横にいる薫に対し、こんな質問をぶつけている自分がいた。
なぜこんなことをしたのか、分からない。でも、自然に口から言葉が出てきた。
薫に視線を向けると、驚いた顔を浮かべていたが、暫くしていつもの優しい笑みへと変わり
「待ってみるかな」
「……待つ?」
予想外の返答が薫から帰ってくる。
「私なら待つ。変に横槍入れて、その大切な人が大きな悩みに向けて頑張ってるのを
立ち向かってるのを邪魔しちゃうかもしれないから」
一言、一言私に向け、思いを乗せて言葉を紡ぎ続ける。
「だから、蓮ちゃん。伝馬先生のこと信じて待ってみるのもありだと思います……」
薫のその言葉一つ、一つが私の中に流れ込んできて
ぐちゃぐちゃになっていた私の心を落ち着かせてくれる。
「……なんだ。和弥のことだって分かってんだ」
「当たり前ですよ。蓮ちゃんの悩み事はいつも伝馬先生の事ばかりですから」
互いに笑みが洩れる。
……そうだ、簡単な事だったのだ。私は和弥の親友、和弥を信じなくて何が親友なのだろうか
もう気持ちに迷いはない。
「まぁ、まずはこの学園祭終わらせないとね」
「そうですね。頑張りましょうか」
テントの下の元、生徒会長と副会長がゆっくりと椅子から腰を上げた。
音楽室。女性の響き渡るような歌声が聞こえてくる。
その中の一人……私、水城奏は複雑な面持ちで合唱の練習に勤しんでいた。
明日から開催される学園祭。その際合唱部は初日、明日であるが
合唱の発表会を行う事が合唱部として伝統的に決まりとなっている。
そのため合唱部は明日に向けての最後の練習……特にソロパートがある私は
顧問である伊織先生とワンツーマンで練習しているのだが
どうも調子の上がらない日々が続いていた。
「ストップ、ストップ!……どうしたですか?水城さん。この頃調子が……
体調でも悪いんですか?」
演奏を止め、伊織先生が心配そうな顔で近づいてくる。
「大丈夫です。ちょっとスランプ気味なだけで……体調とか問題はないです」
少し笑いながら言葉を返す。確かにここ最近私はスランプ期に入っていた。
長年やって来ていて、スランプなど何度もなってきて、何度も壁にぶつかって
自分の力で解決してきた私だが、今回のスランプは今までにないタイプで
私は未だに戸惑いを隠せずには入られない。スランプになった理由が分かっているのに
解決が出来ない。どうすれば良いのかわからない。
そんな自分に嫌気が差してくる。
「スランプですか。技術面、それとも表現面ですか?」
「いや……そうではなくて」
そこまで言った所で、私は言葉を切る。
これを伊織先生に喋っていいのか……そんな思いが私の中に渦巻く。
私のスランプの原因。それは間違いなく、我がクラスの担任であり、思い人である
伝馬和弥についてのことであった。
調子が狂い始めたのは父に送るお弁当作りをし終わったその日
私は信じられないものを目にした。それは……
『ピアノコンクール優勝者、伝馬和弥氏に起きた悲劇』
そう書かれた見出しに和弥さんが大きく写真に写り、トロフィーを掲げている姿だった。
書いてある内容に私は最初、理解する事ができずにいた。
……違う。この事実を私は認める事が出来なかった。否定し続けている自分がいた。
数日間はその内容に触れないように日々を過ごすも、和弥さんの顔を見れば
その記事の内容が否応にでも思い返される。
考えたくなくても、いつの間にかその事を真剣に考えている自分がいる。
そんな生活を過ごしていくにつれて、私のリズムが……狂った
まさか彼の存在が私の中でここまで大きな存在として置かれているなんて
どれだけ和弥さんという存在が重要なのか、私は身を持って感じていた。
「伝馬先生のことですね」
「……えっ!?」
そんな事を考えていると、伊織先生から珍しく断言するのような物言いで
私に向け、言葉を述べる。
「水城さん分かりやすいから。でも、今は伝馬先生のことを考えている時ではないはずです」
きっぱりと断言するように言葉を伊織先生は私に向けて述べる。
「気になる気持ちは分かります。私だって……でも、今あなたは明日に向けての合唱練習を
しているんです。それに今は集中してください」
何を……私はしていたのだろう
伊織先生の言葉に眠っていた私の思いが少しずつ、少しずつ開いていく。
「伝馬先生に、水城さんの頑張ってる姿……見せてあげましょう!それが伝馬先生の
ためにもなるはずだから」
「……そうですね」
私と伊織先生の瞳が交錯しあう。そうだ……今やるべきことを考えないと
今は和弥さんを信じるのみ……
「練習、始めましょうか?」
「……はい!」
先ほどまでとは違い、やる気に満ち溢れた表情で私は練習を再開した。
屋上へと続く階段へと上りながら、下から聞こえてくる準備に勤しむ生徒達の声が
私、朝倉沙希の良心を微かながら傷つかせる。
「なんだか、サボっているみたいで気が進まんな」
そんな独り言を洩らしながら、階段を一歩、一歩上っていく。
やっとのことで登りきり扉へと手を掛けると、眩しい光の光線が私を襲い、降りかかってくる
眩しさに数秒間耐えた後、慣れていく視界の中、一人の少女の佇む姿が目に入った。
「やっぱりここか……探したぞ、泉」
「良く分かったね。バレちゃった♪」
周りから見れば、いつもと変わらないやり取り。だけれど、長年の付き合いになる私には
泉に明らかな違和感があることは労もせず、分かっていることだった。
詳しく言えば、泉がこうなってしまう時はいつも決まって……
「泉。カズと……何かあったのか?」
泉の兄であるカズのことである。朝から可笑しいとは思っていたが
現在の泉の姿を見れば、推測は確信へと変わる。
「……沙希。やっぱりカズくんは私達の事、忘れちゃったのかな」
泉らしくない、弱気な発言。間違いなく何かが、2人の間で何かがあったようだ
「どうして?」
「……昨日、昔私が入院してた病院の前までカズくん連れてったんだ。それと、私の思い出も
私が言えること、ほとんどカズくんに話したの。でも……何も言ってくれなかった。何も……
もう私辛いよぉ……芹澤泉を、自分を偽る事がもう……辛いの」
泉の言葉が途中から泣き声と変わる。私は何を言う事も出来ず
ただ拳を強く握り締めた後……
………ゆっくりと泉を抱きしめた
包み込むように、優しく
屋上に聞こえるのは、秋を感じさせる風の音
そして、泉の耐え忍ぶような泣き声だけだった……
保健室。私、橘愛理は呼吸を荒げ、苦しそうにベットに横になっている
伝馬和弥に向けて、視線を送っていた。
「……38、5度。中々の高熱ね」
温度計に視線を向け、独り言のように私は言葉を述べる。
保健室に来て早々、誰が入り込んだかと思えば、顔を真っ青にさせた伝馬くんであった。
説明を聞くと、昨日の雨で風邪を引いたらしいのだが、風邪よりも私が注目していたのは
「もう、長くないかもしれないわね」
記憶について……
もう、体にはガタき始めている。押し留めておく事はできない
伝馬くんの記憶が戻るのは時間の問題、後はきっかけだけ……
「伝馬くん……目覚めた後、あなたはどうするかしら」
私は見守るしか出来ない。直に記憶の扉が、心の奥底に閉ざされた扉が開く。
彼は目覚めた時、どんな行動をするのだろうか……
2年と言う、止められた時間……
これが彼を立ち直らせる猶予期間であったことを、私は心の底から願うしか
私にはできなかった。
飛鳥は現状を守る事に拘り、泉と沙希は過去を取り戻そうとする……
運命の歯車に組み込まれなかった、蓮と奏は真実を知り、おのおの行動を示す
あとは和弥……すべてはきっかけ……
学園祭へと、舞台は移る
外の景色は偶然あの時と同じ、薄暗い雲が蠢く風景へと
雨が降り注ぐ天気へと変わっていった……
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