第67話Someday in the rain
俺は走っていた。雨が猛然と降り注ぐ中、彼女に会うために俺は走っていた。
この大雨の中、傘も差さずに走っている姿は周りの人たちからすれば
かなり奇妙な光景だったであろう。でも、その時の俺はそんな些細な事を
気にしている余裕などなかった。
服が雨に濡れ、普段の重さよりも重く、気持ち悪いほどのびしょ濡れ
靴も、もちろんの事歩きにくくて仕方が無い。
そんな状況であっても俺は、目的地……彼女の入院している病院へと雨の中駆け抜けていた。
「はぁ、はぁ……くそっ」
たかが少し長めの距離を走っただけで、息が上がる。自分の体力の無さに嫌気が差してくる。
家に電話が掛かったのは、時間して数時間前のこと……病院からいきなり彼女の容態が悪化し
危険な状態であることを知らせる電話が掛かってきた。俺は母と一緒に行くことを望んだが
母は学校に行くことを強要させた。しかし、この時ばかりは久しぶりに俺は母に反発した。
一瞬、母は驚きを感じながらも無理矢理に俺を学校へと連れて行かせた。
……でも、俺は一時間目すら受けることなく、学校を抜け出し、病院へと走った。
俺がその場に言った所でどうにもならない、彼女の容態が良くなる訳でもない。
そんなことは子供の俺でも分かっていた。
でも、その場でジッとしているなんて、出来はしない。
とにかく彼女の顔を、姿をこの目で確認しないと俺の気持ちが落ち着かなかった。
病院が見えてくる。俺は近くの公園を通り近道し、中に入ると、注意するように声を上げる
看護師さんなど無視し、病室へと向かっていく。エレベーターを待つのすら、もどかしい。
階段を使い、もうとっくの前に空っぽになっている体力、体に鞭を入れ
彼女の病室まで走り抜けていく。
病室の目の前、荒々しい息を整えながら扉を開いていき
中から彼女がベットに横になり、目を閉じ眠っている姿が目に入った。
点滴をしてはいるが、辛そうな顔はしておらず……
「結局あんたは学校飛び出してきて……大丈夫よ。もう、お医者さんも心配ないって」
その飽きれた顔をした母の言葉を聞き、俺は全身に安心感、脱力感が感じられる。
緊張の糸が切れた……そういうのだろうか。先ほどまで多少の痛みしか感じてなかった足
疲労感が今になって雪崩のように襲ってくる。もう、一歩も歩ける雰囲気じゃない。
それでもなんとか、ベットヘと近づき、己の手で彼女の髪を撫でた。
「本当に和弥は心配性ね。ここまで来ると、感心するわ」
母の笑い声が聞こえ、何かを愛でるような視線がこちらへと向けられる。
「当たり前だろ、母さん……俺にとってこいつは……」
そう当たり前のこと、この目の前で眠る少女は俺にとって唯一の、世界で一人だけの
「妹……なんだから」
今日の天気は雨。まだ本降りとはいかないが、周りに目を向けると
傘を差した人達が世話しなく通りを歩いているのが、目に入る。
そして俺も皆と同じく例に洩れず、傘を差して一人壁に寄り添いながら、佇んでいた。
「雨か……テンション下がるなぁ」
未だ止まることなく落ちてくる雨、くすんだ色をした雲に向けて勝手に言葉が出てくる。
俺は雨が嫌いだ……
その理由を聞かれると、返答に困るのだが、なぜか嫌いだった。
雨を、傘を、周りの風景を見ると気分を害し、嫌な思いが滝のように流れ出てて来る。
アメリカにいた時代は少し気になる程度だったから、考えないようにしていたのだが
日本に、特にここ最近は雨の日は外に出るのすら嫌になる。
それなのに……
「それなのに俺、何傘持って外にいるんだか……」
完全に己の意思に反する、矛盾した行動である。
俺だって自覚している。とは言え、世の中には仕方が無い事情と言うものがある訳で……
そんな事を考えていると、店の自動ドアの開く音が耳元に聞こえ、俺は視線を向けた。
「……あっ、お〜い!そんな所で一人、何黄昏ちゃってるの?カズくん♪」
そこから出てきたのは、少し大きめの袋を抱えた少女の姿
袋の中には可愛らしいアクセサリーなどの装飾類、小物類などが目に入る。
そう、そうなのだ。俺がなぜ今、矛盾した行動を取っている、その最大の理由は
この少女にすべての原因の根本がある訳で……
「おっ、お前な……一人でこの寒い中、外で待たされたら誰でもテンション下がるわっ!!」
「おおっと!カズくん落ち着いて。キレやすいのはカルシウム不足なのだよ♪」
そう言って、ここに連れて来た張本人、芹澤泉は俺に向け落ち着くよう言葉を送り
そして、俺は魅力的な笑みを浮かべる芹澤の姿に視線を向けながら
彼女が発した、この事態の発端となった一言を思い出していた。
「カズちゃん!放課後、学祭の準備のために買い物行くから荷物持ちお願い♪」
学祭まで残り二日。学内の雰囲気がもう、お祭りムード一色に染まりあがる中
数学の授業終了後、突然の芹澤からのお願いだった。
いきなり事で驚きを隠せなかった俺であったが、荷物持ちくらいなら、そう思い
でも、あれ?こんなことが最近あったような……そんなデジャブを感じながらも
俺はOKを出し、行くことを了承してしまった。
結局の所、それが自分の学習能力無さを身を持って思い知ることになったのだが……
「そんなに私に文句言うくらいなら、一緒に中に入れば良かったのに」
未だブツブツと文句を言う俺に向け、芹澤は飽きれるように言葉を述べる。
町内商店街
現在、俺達2人は傘を差し、肩を並べゆっくりと喋りながら町の通りを歩いていた。
もちろん先ほどまで芹澤が持っていた袋は、俺の手の中に入っており
いつもの小悪魔的な笑顔を見せる芹澤の姿が目に入る。
「出来るわけないだろうが!あんな女性ばっかりの店の中……俺には無理だ!」
その芹澤の言葉に反論の意を俺は示しながら、そっぽを向く。
女性向け店……それは女性経験の少ない俺にとっては禁忌、入ってはいけない場所であり
逆言えば、どれだけ女性と縁がなかったかと言うことがありありと分かってしまい
「もしかして恥ずかしかったのかな?もう、カズくんってば可愛いだから♪」
予想通り過ぎる展開で芹澤に弄られる俺。いつもように悔しい気持ちが沸きあがってくるも
なぜか今日は芹澤とのこんな他愛も掛け合いが妙に安心感を生み出していた。
まぁ、でもこれで先ほどまで感じていた嫌な思いも忘れられる、そう思っていたのだが……
「あっ、雨が強くなってきた」
芹澤の呟くような声が聞こえた後、上向きになりつつあった俺の気持ちがまた下がっていく。
周りを眺めるとポツポツ降っていた雨が勢いを増し、もう地面には水たまりが……
耳を閉じたとしても聞こえてくる打ち付けるような雨音、遠くから聞こえる雷声
そのすべてが俺を不愉快な思いへとさせていく。一秒でも早くこの場を離れたい
そんな思いが俺の中に生まれてきていた。
だからだろうか、突然発した芹澤の言葉に俺は思わず聞き返してしまった。
「もう一つだけ、寄って欲しい場所があるの……」
「……えっ?」
いつもとは明らかに違う、拝むような目を俺に向ける芹澤の言葉に……
「……ここよ。ここに来たかったの」
芹澤に連れられ歩き続けて数十分、俺は公園に来ていた。
何の変哲も無い公園。一般的な遊具が置かれ、今は雨に濡れた姿が目に映る。
だけれど、俺の視線は公園など向かっておらず、その先に見える建物……
「あれは……」
「あれは病院だよ。この街では一番大きな病院」
病院へと視線を外すことができなかった。ここに来るまでの道のりから感じてはいた。
川沿いに続く桜並木、公園までのちょっとした上り坂、全ての風景が見たことも無いのに
何となく懐かしく、それでいてボンヤリとながら覚えている
特にあの病院は……何かわからないが、見ていると大切なものを置いて来ている
忘れているような、寂しさが俺を襲う。
「私ね、昔あの病院に入院していたんだ」
独り言のように誰かに向けるわけも無く、病院に視線を向けながら
芹澤が口を開き、喋り始めた。俺は何一言発することなく、芹澤の言葉に耳を傾ける。
「生まれた当初私は体が弱くて、普通の子供ように生活が出来なかった。毎日のように
ベットで寝てばかりの生活。本当に毎日が退屈で仕方が無かったよ」
俺の中に芹澤の過去に驚きを感じながらも、なぜか納得している自分がいる。
「でもね。そんな日々の中でも一つだけ、私の楽しみがあったの。唯一の心の救い……
毎日どんな天気であってもお見舞いに来てくれて、少ないお小遣いでおもちゃなんか買って
くれたこともあった。私のワガママも聞いて夏祭りにも連れて行ってくれた。そんな人が
私にはいたんだ!」
傘に隠れて顔は見えないが、間違いなく芹澤は嬉しいそうに、自慢するように
その人物について俺に語ってくれる。
「それが私の……世界に一人だけの大切なお兄ちゃん……もしもカズくん、もしも!」
芹澤がこちらへと視線を向けてくる。真剣な眼差し……俺は視線を外すことなど出来はしない
「もしも……そのお兄ちゃんがカズくんだって言ったら……どうする?」
問いかけるように芹澤が俺に言葉を送った。
………俺が芹澤のお兄ちゃん?
ありえない、考えることでもない推測。普段の俺なら間違いなくすぐに切って捨てる考え。
だけれど、俺の中の意思が否定することを拒む。
「俺は、俺は……」
思考を行おうとすると、頭痛が走る。過去は俺にとって踏み入れてはいけない領域
いつも俺は過去を振り返ることなく、現在だけを見続けていた。
しかし、日本に帰ってきてから飛鳥、蓮と言う俺の過去を知る人物に出会ってしまった。
昔の、過去の夢を見るようになってしまった。そして……
「カズくん……」
芹澤に、朝倉に、先生達に……変な違和感を感じる自分がいた。
芹澤にカズくんと呼ばれることによる言い知れない充実感……
朝倉に伝馬氏と呼ばれ、表現すること出来ない疎外感……
最初から全て俺は感じていたことであった。
でも、俺は過去を見るのが怖くて、思い出すのが怖くて触れられずにいた。
そして今も………
「…………」
何一つ、芹澤に対して俺は言葉を掛けることができなかった。
「そう……なんだ。ゴメンネ、カズくん。変なこと聞いちゃって」
違う!そう俺は叫びたかった。でも、口を開くことすら俺は出来ない。
「それじゃ……もう帰らないとね。暗くなると危ないし……」
芹澤は俺の持っていた袋を持ち、さっと下を向いていた顔を上げ
「バイバイ……カズくん」
震える声でこう言葉を残し、芹澤は去っていった。
顔には溢れるほどの涙を溜めて……
残ったのは、俺一人。誰いない、雨の音しか聞こえない公園
俺は何をするわけもなく、立ち尽くし、空を眺める。
頭の中に浮かぶのは、芹澤のあの涙を浮かべた顔で……
「何なんだ……何なんだよっ!」
傘を地面へと投げつける。自分自身に腹が立って仕方が無い。
こんな怒りに任せた行動、何にもならないんなんてそんなこと分かっている。
だけれど、降りしきる雨に濡れながら、俺は怒りに任せて行動することしか
己の思いを沈めることはできそうになかった。
生徒会室
私、水城奏は一人、生徒会室の扉も前で戸惑っていた。
中には多分、蓮さんが一人学祭のための準備をしていると思う。
私は蓮さんに話をするため、ここに来ていた。その内容は、学祭のことでも、学校のこと
でもなく、我がクラス担任伝馬和弥さんについて……
私は決意を固め、扉を開く。
「失礼します」
扉を開くとそこには蓮さんが一人、生徒会長席に座り、まるで私を待っていたかの
ように座っていた。
「……どうしたの?」
いつも通り、冷静沈着な様子で私に話しかける。
「その、蓮さんに話がありまして……和弥さんのことで」
そう言うと、少しだけ蓮さんの眉が上へと上がる。
「予想通り……そう言うべきかな。やっぱり奏と私だけ仲間はずれされてみたいね」
「……そのようですね」
2人の視線が交差し、考えが一致したことが分かる。
まだ確証はないが泉さんも、沙希さんも何らかの和弥さんに対して関わっている事は明らか
そして、もしかしたらあの人も……
正しく私達2人は蚊帳の外、蓮さんの言うとおり、仲間はずれっと言った所か。
「それじゃあ情報交換し合いましょうか。和弥がアメリカの時いた時に起きた事件ついて」
静かに2人だけの会議がひっそりと開始された。
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