第65話パーティー会場にて
燦々と降り注ぐ太陽の光、雲ひとつの無く、大海原のように広がる蒼い空
そんな快晴な天気の元、俺は体全体に吹き出ている汗を感じながら
未だ終わりが見えぬ、上り坂を全力疾走で走っていた。
近くにある時計に目を向けると、もうすぐで長針は頂点に向かう所で
約束の時間……午後1時まで1分も残されてはいなかった。
彼女は時間にとても几帳面な人間だ。神経質と言っても過言ではないかもしれない。
私生活が生んだ障害と言えば、その意味にも整理が付くのだが
幼少期の俺にとっては迷惑の何者でもなかった。
「たかが1秒でも怒るんだからな」
そんな独り言が洩れてしまう。元々体力の無い体だ……とっくの前に俺の体は悲鳴を上げ
己の本能がゆっくりと歩くことを強要、無理する必要はないだろうという考えを浮かばせる。
だが、止まることなどできない。出来はしないのだ。
体は限界、呼吸は乱れ、足は鉛でも括り付けているかのように重くても
彼女に会える、彼女と遊べるという事実が俺を駆り立たせる。
俺にとって彼女は、アメリカと言う右も左も分からないこの地で
初めて、初めて出来た
「……遅いぞ。3秒遅刻だ」
……友達だった。
「さぁて、今日は何をして遊ぼうか?一応は意見は聞くが、最後に決めるのは私だぞ!」
いつものように彼女は偉そうポーズを決めながら、そう言い
俺はまだ止まらぬ汗、呼吸を整えながら笑顔で頷いた。
彼女と出会ったのは偶然、家が隣通しというロマンもヘッタくれもない出会い方であった。
たまたま出会い、見知らぬ土地、友達もいない俺は彼女に引きづれられるように
そこら中に連れ回され、いつの間にか友達になっていた。
彼女は良く言えば、お姉さん体質……悪く言えばワガママな性格で
何をするのにも自分基準、同い年である俺を子分のごとく扱っていた。
俺の性格上、偉そうな物言いで喋られたり、命令されることは虫唾が走るほど
嫌なことであり、反発精神を示すのだが、彼女にはなぜかその感情が生まれてこなかった。
強気な性格、偉そうな物言い、いつでも先頭で走るリーダシップのような精神
それこそが彼女の長所、魅力だったのかもしれない。
どんな物事にも屈することはなく、気高く生きる蝶のような彼女
そんな彼女が俺は羨ましく、それでいて眩しい。
だからこそ俺は彼女の傍にいることに言い知れない心地よさを感じていた。
でも、楽しい時間と言うのは過ぎるのも早いもので……
「……お嬢様、迎えに上がりました。もう、お時間です。お稽古事の時間です」
「そう……分かった」
遊び始めて数時間、時計の針がちょうど3時を指した瞬間
終了の合図を知らせるように黒服の大きな男が一人、俺達の前に現れた。
彼女はさっきまでの様子とは明らかに違い、悲しそうな顔を浮かべ立ち上がる。
彼女との遊べる時間……それは休日、午後1時から3時の2時間という短い時間帯のみ
それ以外の時間帯はお稽古事、習い事に時間を費やし、ハードな生活をしていることを
その時の俺は知っていた。それなのに彼女はいつも
「これは仕方が無いことだから」
そう言ってぎこちない笑顔を俺に向けた。
誰が見ても分かるくらいの無理をしている彼女の笑顔
この時の表情はさっきまで俺に向けられていた気高く、眩しい笑顔ではなく
檻に閉じ込められた蝶のように自由に羽ばたくことも、動き回ることも出来ず
何かに抑えられるように、己の本心を隠すような痛々しい笑顔
それを俺は見つめ、何かしなければ、行動しなければと子供ながらにそう思っていた。
どういう家の状況が彼女にあるかなど、この頃の俺には分かる訳もなく
彼女を助けたい……この思いが一つ、俺の中に生まれる。
そして、俺は……
「……えっ?ちょっと、何をする!」
彼女の手を握り、走り始めていた。
彼女のマシンガンのごとく、俺に文句を言い続ける声が聞こえるが気にしない。
後のことなどもちろん何も考えてすらいない。
とにかくこの場から、枠に嵌められた世界から彼女を外に連れ出したかった。
これが彼女にとってよい方向に進むとか、彼女のためになるとか分からない。
でも彼女は狭い空間に閉じこもらず、自由に羽を広げて、飛び回っている姿こそが
一番美しく、彼女らしい……そう俺は思ったから
彼女を解き放った。俺と手を繋ぎ、まだ見ぬ世界へと誘うように……
ここで俺の夢は終わりを告げるように崩れていった。
2−C教室内
黒板に、チョークの当たる音とノートにペンを走らせる音がクラス中に響き渡り
珍しく落ち着いた雰囲気で、担任伝馬和弥による数学の授業が行われている中
私、朝倉沙希は一人唸るように黒板を……いや、数学の公式について説明を行っている
我がクラス担任、伝馬和弥に向けて睨むような視線を飛ばしていた。
「……どうしてこんなことになってしまったのだ」
私は教壇に立っているカズに気づかれないほどの小さな声でボソリと呟く。
今、私は久しぶりに大きな難題にぶつかっており、授業どころではなく
そのことで頭がいっぱい……それしか考えられないといった状況に陥っていた。
まぁ、授業に身が入らないことはいつものことではあるが……
事の発端は昨日の夜、もう皆が寝静まっているような深夜
一本の我が父からの電話であった。
一応ではあるが、我が父は一代で気づき上げた企業の社長であり
とても忙しく、たまの電話は朝早い早朝かこの時のように夜遅い時間帯で
いつも通りのことであり、何も考えず私はその電話を取った。
しかし、内容まではいつもの近況報告、ちょっとした雑談と言った話ではなく
父は私に向けて、こう言葉を述べた。
『突然のことですまないが、急遽私の仕事が入ってしまって明日の……いや、もう今日か。
とにかく出席する予定だったパーティーに出られなくなってしまったのだよ』
そこまでの話を聞き、私は大体の内容の意味を、父が言いたいことを八割方理解する。
率直に言えば、私にパーティーに参加することを頼んでいるのだろう。
こういう事態は今回が初めてではなく、何回も経験していることだ。
逆に言えば、そういうパーティーなどの参加は私が嫌いと言うことも父は知っているからこそ
こうやってストレートな物言いである父があえて、遠まわしに喋っている理由も分かる。
私は頭の中で今日の予定を考え、予定が無いことに気づき
久しぶりに親孝行でもしてみるかな……そんなことを考えている瞬間
『それでだ。沙希、このパーティーは母さんと参加する予定だったから、招待枠が
2つあるんだ。それなので誰か誘って2人でパーティーに参加して欲しい』
予想だにしない言葉が父から発せられた。
誰かと……一緒に……?
混乱する頭の中、突然仕事でトラブルが発生したためか、何も私は父に意見、質問すること
なく、電話は一方的に切られ、電話特有の無機質な音が耳に響き渡る。
冷静になっていく頭の中、もうこの用事は断ることの出来ない事態であると
直感的に私は思い、パーティーについて思考を巡らせる。
とにかく誰か……誰でも良いからパーティーに連れて行かなくてはならない
これは決定事項なことらしい。それならば、まずは誰を連れて行くか
それが今回の一番重要な、根本の問題であろう。
連れて行く相手……親しい友人で、暇そうな人間……
私の頭の中に、一人の人物の姿が浮かび上がる。
その人物は……
「伝馬氏……かぁ」
溜息にも取れるような言葉を洩らし、視線は黒板に文字を書いているカズから外さない。
真っ先に浮かんだ人物はカズ、目の前で授業を行っている伝馬和弥であった。
後から考えれば、親しい友人である飛鳥、奏、蓮、泉なども候補に浮かぶのだが
一番最初に浮かんだのはカズ、私の初恋の相手であり、今尚片思い中の彼であった。
(この頃はいつも私を含む5人と一緒にいて、2人っきりになるなんてなかったからな〜)
そんな考えがこの行動に走り出す原因の一端になったのかも知れない。
結論の所、パーティーの相手に選んだのはカズで決定なのだが
一つ、大きな問題があった。それは……どうやってカズをパーティに誘うか、である。
正直な所、デートすらまともにしたことのない私である。男の子誘い方など
毛頭分かりはしなかった。親しい友人達にSOSを送ろうと考えてみるも
よく考えれば、友人達は私と一緒の感情……カズに対し、同じ感情を持っており
相談など出来はしない。私は、悩んだ。この生きてきた17年間を振り返っても
ここまで悩んだのは数えるほどしかないくらい悩んだ。
そして、寝不足になりながらも、私は一つの方法を考えることが出来た。
勝負はこの授業が終わった後……時間まで後、5分足らず
私は一人、内なる気持ちを燃やしながら、刻々と刻む時計の針と
黙々と授業を進めるカズに視線を向けていた。
パーティー会場前
俺、伝馬和弥は一台のリムジンの中、普段……と言うか、着たことのない
高級そうなタキシード、蝶ネクタイを身にまとい、落ち着かない雰囲気の中
パーティー会場の中に入っていく外の風景を流れるように眺めていた。
いかにも豪華そうなホテル、間違いなく場違いな場所に来てしまったなと
我ながら中々の庶民的思考で周りを眺める。
横にはいつもとは違い、豪華で上品そうなドレスを着用し、顔には多少であるが
メイクを施し、いつもよりも少し大人っぽく、女の子らしい姿の
俺をここに連れてきた張本人がそこにいた。
「……朝倉よ。誘うのはいいが、もう少し穏やかな方法はなかったのか?」
俺は普段とは違う朝倉の姿にドキマギしながらも、思っていたことを言葉に述べ
視線を朝倉へと向ける。朝倉はその言葉に反応するかのように
「たっ、確かに!そうかもしれんが、これしか思いつかなかったのだ!」
「あれしか、ねぇ……」
と少し顔を赤らめて、恥ずかしそうに返答する姿に俺は溜息を浮かべるかのように
言葉を洩らし、ここまで来ることになった経緯を頭の中で思い返していた。
それは俺にとっても、生徒にとっても今日最後の授業、7時間目の授業の終わり
廊下をゆっくりと歩いている時であった。
体中の筋肉をほぐすため、歩きながらストレッチをしていると
腕を誰かが掴んだような感触が俺を襲い、次の瞬間
「えっ?……いだだだだっ!」
腕を折るのではないかと思うくらいの力で誰かに引っ張られ
引きずられながら俺は廊下を全力疾走で走り……否、走らされていた。
何事かとパニックする頭、廊下は走ってはダメだろう!という先生らしい考えが
頭の中を駆け巡り、引っ張っている人物が朝倉と気づいたのは
校舎の外、校門前の黒い車が見えた時だった。
とは言え、声を発することもできない俺は投げられるように車の中に入れられ
扇山高校を後にした。それも私物をすべて置きっぱなしにして……
さすがの俺もこの事態には何がなんやら、分からないことだらけで
朝倉に意見を求めようとしたその時
「伝馬氏……お願いだ。私と一緒にパーティーに参加してくれ!」
目の前で手を合わせ、懇願するように頼む朝倉の姿そこにあった。
その後に詳しい説明を運転手のセバスチャンが朝倉に変わって俺に説明をしてくれ
着る物など持っていない俺はまるで着せ替え人形にでもなった気分で
いろいろなスーツを取っ換え引っ換え着せられ、ようやく衣装が決まり
現在、パーティー会場内になんとか来ることが出来た次第だ。
「伝馬氏。一つ、質問なのだが、良いか?」
「あぁ、良いぞ」
もうすぐで到着する直前、朝倉はこっちに視線を向け、話しかけてくる。
俺も視線を向け、応える。
「一応念のためだが、こういう大きなパーティーに参加したことは伝馬氏はあるのか?」
「うぅ〜ん。昔に母さんの関係で行ったことはあるらしいが、物心付いてなかった時だろう
からなぁ。行ったことないのと同じだと思う」
朝倉の質問に素直に俺は答える。昔は母さんは変にお偉いさんと仲が良く
パーティーなど、飯食うために連れて行かされたことがあるらしいが
そんな昔ことである。こういう所の経験はまるでない。
「そうか……それじゃあ一人で動き回るのは危ない。私に離れないように、分かったな?」
「了解。そうしてもらうと助かる」
そう言っていると車が止まり、パーティー会場の入り口らしきものが姿を見せる。
俺達2人は車から降りると、セバスチャンと同じ執事らしき人物が
朝倉に対して深々と頭を下げる。
「ようこそ、朝倉様。こちらは?」
「私の連れだ。2人招待されているはずだが?」
「かしこまりました。どうぞ、中へ」
朝倉と執事のやり取りの後、中へと案内される。
俺は心の動揺を抑えることでいっぱい、いっぱいでびくびくしながら
朝倉の隣を歩く。周りを眺めると雑務をこなしている執事やメイドだけではなく
体つきの良い、夏休み追いかけられたエージェントスミ○のような
男達がそこらかしこに立っていた。
「なんか凄いな、ここは……たかがパーティーなのにこれだけの警備体制なんて」
「ふふっ、確かにな。私も多すぎる気がせんでもないが、理由はすぐに分かる」
俺の言葉に少し笑みを浮かべ、意味深な台詞を残し、先へと向かう。
最後に通された部屋は頭上にシャンデリアが煌びやかに輝く、巨大なホール
まさしく漫画などで見るまんまのパーティー会場が目の前に広がっていた。
様々なドレス、スーツを着た男女が眩しいくらい輝く装飾を身につけ
そこ等かしこで談笑を楽しんでいる。料理を載せた銀色のトレイを持ったボーイが
人の合間を縫って歩き、まるで映画のワンシーンのような部分が
リアルで俺の目の前を流れていく。
「どうだ?伝馬氏。初めて来た感想は……」
「どっ、どうだって言われても……凄いとしか言葉が出ない」
改めて感じる場違いだと思う感情。明らかに自分と言う存在がここにいてはいけない
そんな思いが俺の中に生まれてくる。
「そうか。それじゃあ、もっと伝馬氏には驚いてもらうかな」
嬉しいそうに微笑みながら、目線を右の方へと向け
朝倉が見ている方向に俺も視線を動かす。
「伝馬氏。あれが誰か、分かるかな?」
「えっ、誰かって……あっ、あれはもしかして!」
「そう、この国の現国務大臣様だよ」
その瞬間、あの多すぎる警備員の数に合点がいった。
その近くを眺めてみると政治家、評論家、新聞やテレビなどでよく見るような
財界の人物があちらこちらにいた。それだけではない。
良く周りを眺めてみると、有名な芸能人、女優、俳優、はたまたミュージシャンまで
幅広く有名な人達がそこら中に見て取れた。
「分かっただろう。日本内で、もっとも有名人が揃うので有名なパーティーでな。
あそこまでの警備員も必要になってくるわけだよ。驚いたかい?」
「…………」
言葉を上げることすら出来ない。
これが、朝倉の住む世界……
「それじゃあ、挨拶しなければならないから、ここら辺の近い場所で待っといてくれ」
「……あぁ、わかった」
そう言って朝倉は政治家達が集まる所へ足を運んでいく。
俺は椅子へ座り込み、頭上に輝くシャンデリアへと視線を向けた。
そして、思っていたことを、自分にしか聞こえないほどの小さな声でこう呟く
「やっぱり場違い……だな」
……と
「待たせたな伝馬氏。少し挨拶に手間を取った」
そう言って、戻ってきたのは数十分後
朝倉は、帰り際に取ってきたのであろう料理の皿を片手に持ちながら
俺の隣の椅子に座り、勢い良く、とは言え上品に料理を食べていく。
「さぁ、面倒な挨拶回りも終了。後は食べるのみだな。伝馬氏も遠慮することはない
料理は一流のシェフが振るっているから味は保障できるぞ」
「そうだな。早々食べえる機会も無いわけだし、食べさせてもらうよ」
箸を手に取り、食べ始める。
料理は和食、洋食、中華など様々な料理が並べられる中
俺はやはり和食、あっさりとした雰囲気の料理を皿へと盛り、口の中へと入れていく。
……当たり前のことではあるが、美味い
素材一つ、一つの芳醇な香りとその良さを上手く生かし、普段食べるような料理とは
明らかにレベルが一段、二段は違う。
俺は箸を皿へと置き、視線を目の前、談笑している人々の姿
並べられれた料理の数々、周りに置かれている様々な装飾品に視線を向ける。
今日、この数時間ほどではあるが、この豪華絢爛なパーティーに俺は触れ、自分が思った
以上の規模、迫力に何処の部分までもが完璧、一流、文句の付け所も無い
凄いパーティーであることを身にしみて感じていた。
だが、それなのに俺はここに来る時から妙な気持ちに捕らわれている。
表現することが出来ず、奇妙な気分が俺を襲い、体中に虫唾が走るような気分
妙な居心地の悪さを感じずにはいられない。
どうすれば良いのか分からず、もしこの状態を言葉に表すとしたら俺は―――
「性に合わない」
「……えっ?」
誰が囁くように言葉を発する。視線を向けるとそこには朝倉の姿があり
「性に合わない……今、伝馬氏はそう思っているはずだ。違うか?」
次はこっちに視線を向け、確信めいた顔でそう応える。
確かに、そのとおりだ。朝倉の言うとおり、俺の今の気持ちは間違いなく
この場、この雰囲気の流れが自分の性に合っておらず、それで変な気持ち悪さ
居心地の悪さに捕らわれていたのかもしれない。でも……
「そのとおりだが、なんでそんなことが朝倉に?」
「……ふっ、簡単なことさ。私自身、同じ気持ちに捕らわれているのだから。
この豪華な佇まいや堅苦しさは自分の性に合っていないことを」
俺はその言葉を聞き、驚きを隠せなかった。
今日の朝倉の姿は間違いなくお嬢様であり、朝倉家としての品格、振る舞いを持って
まるで別人……住む世界の違う人間だと俺は勝手に思っていた。
「伝馬氏。私をお嬢様か、何かと勘違いしているようだが、それは違う。それは仮面であって
本当の姿ではない。偽りの姿……私は正真正銘伝馬氏と同じそっち側の世界の人間なのだよ」
そう言って、朝倉は子供っぽい屈託の無い笑顔を浮かべる。
その笑顔はいつもの学校で見る朝倉、俺のよく知っている朝倉の姿がそこにいた。
俺は勘違いしていた。朝倉は、どんなことが合っても俺の知っている
偉そうで、気の強い、だれど本当は優しい女の子であることには変わりないのだ。
そう思うと、ホッとした思いと何ともいえない言えない嬉しさが込み上げ
笑顔の朝倉に釣られるように自分も笑みを浮かびそうになったその瞬間
「あら?どこかで見た顔だと思ったら、朝倉さんじゃないですか」
「……藤崎さん」
さっきまで浮かべていた笑顔が跡形も無く消えうせていた。
声が聞こえるほうへと顔を向けるとそこには、歳は俺達と同じくらい、派手すぎるスーツ
年不相応な装飾品を身につけたイケメンと言える男性が不愉快な笑みを浮かべていた。
「あなたも招待されてたですね。それもそんな品性の欠片もなさそうな男と一緒に……
さすがは成り上がりのお嬢様、勇気がおありになるようで。そんな恥ずかしいこと
僕には出来ませんよ!」
その発言に一瞬体が動くものの、何かに引っ張られるような感覚が俺を襲い踏みとどまる。
目線を向けるとそこには、俺の袖を引っ張る朝倉の姿が
「……なんで、止めたんだ。頭に来ないのか?」
「我慢してくれ、彼は藤崎家のご子息。良く私に絡んできては嫌味な発言し
頭には来るが、ここで問題を起すのはよくない。頭に来る気持ちも分かるが、頼む」
小さな声で言葉を送りあう。朝倉にそう言われたら、抑えるしかない。
確かにここで問題を起すのは危険、今だって少し大きめのトーンで藤崎という男が
喋っているため、多少なりとも注目を浴びていた。
「そういえば、朝倉さん。噂で耳にしましたが、あなた扇山高校とか言う低俗の学校に
通ってらっしゃるようで……ますます庶民っぷりを発揮しておられるようですね。
そんなのでは家に泥を、いや破壊でもなさるつもりですか?」
じわじわといたぶる様な言葉の攻撃。嫌味にしか聞こえないその言葉を朝倉はその場で
黙って、台風を過ぎるのでも待っているような感覚で耐えている。
藤崎家……自分の記憶が確かならば、日本ではそこそこ名のしれた富豪で
数十年前までは政界にすら影響を与えるほどの力は持っていたが、新しい流れに乗れず
今は落ち目。新しい流れの先頭を走る朝倉家と変な因縁があるとは有名な話ではあるが……
俺は怒りを抑えるように拳を強く握る。
「何も喋らないのですね。それなら好きなだけ言わせもらいますが、あなたのような
成り上がり……それも習い事一つやっていないあなたなど、この場踏む事、事態汚らわしい。
あなたはいわば、そこら辺のゴミと変わらない。いてもいなくても変わらない存在。
存在自体がきたな―――」
――――ドンッ
そこまで喋った所で俺は、拳をパーティー会場の壁へ叩き込んでいた。
藤崎が、周りの人間が静まり、視線が俺へと集中する。
「なっ、何を君はいき―――」
「少し黙ってろ」
その一言で藤崎は言葉を失う。後ろから誰かの声が聞こえるが、振り向きさえしない。
俺はもう、目の前に見える朝倉を馬鹿にした奴の顔をしか映っていない。
何年も感じること無かった怒りという感情……押さえ込んでいたものが爆発する。
奴に近づくため一歩踏み出すと、危険を察知するように一歩下がる
「きっ、君は僕が誰かわかっているのか?藤崎家の―――」
「知らねぇよ。たかが嫌がらせで人をゴミ扱い?そんなんだから落ちぶれるんだよ……」
もう一歩俺は近づき、距離を詰める。藤崎が足が震えてるのが分かる。
「そんなことして、後から父さんに言いつけるぞ!いいのか!?」
「嫌味の後は親頼み……ゴミは……お前か?」
壁際に追い詰める、泣きそうな顔……情けないにもほどがある
「うぅ……うあぁぁぁぁ!!」
最終的には逃げ出した。俺は追いかけることなく、その場に佇む。
あの様子では追いかけた所で謝罪の言葉は難しい。今頃、親にでも泣きついている頃だろう
俺は何をするわけも無く、相手が逃げてしまったため、拍子抜けするかのように
怒りは徐々に収まっていき……
「……伝馬氏」
今、一番聞きたくない声が耳元に聞こえてきた。
やっ、やばい!やっちまったよ、俺……
後ろから聞こえてくるのは、朝倉のトーンの低い声。結局俺は、朝倉の言いつけを守ることは
出来ず、切れてしまった訳で………
「すっ、すまん!抑えようと思ったんだが、抑えきれなくて。でも、俺は後悔していない!
不安があるなら俺を煮るなり、なんなり………………ぅん?」
自分の予想していた衝撃は何時になっても来ない。
その代わりに腹部辺りに柔らかい感触が……
俺はゆっくりと目を開き、目の前の光景を確認すると
………どういう訳か朝倉が俺を抱きしめていた
それも、なんとかいうか、かなり積極的に……
そして、皆が見ている前で……
「おっ、おい!これは、ちょっとヤバイ気が―――」
「うるさいぞ、伝馬氏。私の言うことを聞かなかった罰だ。もう少しこのままでいさせろ!」
そう言われたら、俺の立場は弱い。俺は感じる柔らかい感触と目の置き場に悩みながら
世話しなく顔を動かし、周りの様子を眺めていた。
そして、俺にもギリギリ聞こえるかどうか位の声で朝倉が言葉を紡ぐ。
「ありがとう……だっ、大好きだよ……」
感謝の言葉に愛と言う名の思いを込めながら……
パーティー会場外
俺は外の休憩所となる場所に座りながら、空を眺め
今日の己の行動について考えていた。
……切れた。この行動に関しては、俺は何の間違いじゃないと思っている。
それだけのことを言われたのだ。切れても仕方が無い、無いのだが……
あれほど過剰に感情に揺さぶれたのは久しぶりである。この前の球技会もそうだ。
この頃の俺はアメリカ時代に比べ、喜怒哀楽が強く浮き出るようになってきている。
それは良いことでもあるが、逆を言えば感情に左右されやすく
冷静な判断が出来ないと言うことになる。
「もう少し対処の仕様があったかな〜」
俺は頭を抱えて唸った。
「確かに周りは見えていませんでしたが、あれは許容範囲でしょう。あれは正しい判断です。
それに見ていて、すがすがしい気持ちにもなりましたしね」
自分の後ろから男性の声が聞こえてくる。
なにかと思い、視線を向けるとそこには……美男子、美少年、男の俺が見てもカッコいい青年
が一人、笑顔を浮かべ立っている。
「……あんた、誰だ?」
「すいません。さきほどパーティーに参加していた一人の人間で、あなたの藤崎家の
馬鹿坊ちゃんを痛快に懲らしめてやったことのお礼を述べたく、馳せ参じました」
「…あぁ、そうですかぁ」
変わった人である。あれごときで、と言ってもおかしくないようなことでお礼に来るなんて
藤崎家にでも恨みがあるのだろうか……
「そんな深い意味はないですよ。ただ、あのクソ坊ちゃんはこういう式典ごとでは嫌われ者
でしてね、皆困り果てていたんですよ。だから僕みたいに言葉にせずとも、感謝している方
は大勢いると思いますよ」
にっこりと世の女性を虜にしそうな笑顔を俺に向ける。
……そんなの向けても俺は惚れんぞ。それに馬鹿からクソにさり気にレベルアップしてるし!
「藤崎家はもう財政は後数年でダメになるでしょう。それだから、あのお坊ちゃまの物言い
分かりますが、あれは度が過ぎている」
確かにこの男の言うとおりである。家にどんな事情があるかしらないが
あれではただのいじめ……言葉の暴力だ
「あんな行動を取って忘れたいんですかね?過去の大きな傷口を……
辛い過去は思い出すくらいなら忘れてしまった方が、そう思う場合もあるんでしょうかね。
例えばその記憶ごと失ってしまうかのように……」
なぜか藤崎家の話なのに、妙に自分に問われている、そんな感覚が俺を襲う。
「じゃあ、この辺で。お礼にコーヒーここに置いときます」
コーヒーのブラック缶を俺に渡し、彼は歩き始める。
「……っ!いきなりですまない。名前を、名前を教えてくれないか?」
俺は立ち上がり、彼が背を向け歩いている方向に声を掛ける。
なんでこんなことを聞いたのか分からない。でも、ここで聞かなきゃ何かが終わってしまう
そんな思いが俺の胸を締め付けていく。
声が届いたのか、彼は立ち止まり、軽く笑い声を浮かべながら
ゆっくりと俺の方に視線を向ける。
「東……東恭介。以後お見知りおきを、伝馬和弥くん」
「………あず、ま。ちょっと!」
もう一度声を掛けようとした瞬間、彼は風のごとく姿を消していた。
覚えのある名前、そして何より最後に発した俺のフルネーム
混乱する頭の中、浮かび上がるのはムカつくくらい憎らしい完璧な彼の笑顔だった。
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