第64話飛鳥との出会い
――――雨の音が聞こえる
ゆっくり目を開いていくと白く、シンプルであるが美しい模様で描かれた天井が
俺の視界全体に広がっていく。カーテンを閉めてあるのか、部屋中は少し薄暗く
耳元には部屋の窓ガラスを打ち付けるように雨音が、雷声が響き渡る。
俺はその部屋の様子を眺めながら、これは……
これは……夢の中だ
そう、俺は論理や思考など関係なく、まさしく直感的にそうであると思っていた。
理由などない。とにかく頭の中でこれは夢を見ていると勝手に解釈していた。
毎夜繰り返されるさまざまな夢。俺は声を発することも出来ず、ただ映画のように
目の前に映し出されているものを見続け、目覚めを待ち続けるのみ。
何をするわけも無く、何をすれば良いのかすら俺には皆目見当がつかない。
過去を見せ、俺の内なる意識は何を俺に伝えたいのか、何に対し俺に気が付かせ
行動をして欲しいのか、俺には全然分からなかった。
俺は、俺は……どうすれば、良いんだ?
自問自答を繰り返す内に視界は移り、人々の声が俺の意識に流れ込んでくる
……っちゃん!私だよ!忘れちゃ、忘れちゃ嫌。目を……目を覚まして……
少女の泣くような、嘆きにすら感じる悲痛な訴え
……なっ、何をしているんだ。しっかりしろ!お前がそんなのでどうするんだ!
少しぶっきらぼうに、強い口調の少女。しかし、隠すことの出来ない悲しみ、心の震え
……もう一度私達に笑顔を見せて?お願い、お願い……だから
涙を浮かべ、祈るように言葉を紡ぎ続ける我が母
母さん……どうして泣いてるんだ?
……ごめんよ。僕は前から気づいていたのに、こうなることを薄々気づいていたはずなのに!
親友の君を、僕は……助けられなかった
ムカつくほど美少年。その腹立たしいほどの変化のない完璧笑顔も、崩れるように感情を
揺らし、拳を壁へとぶつけ、感情を爆発させている。
様々な人物が一人の人物に対して嘆き、悲しみ、祈り、そして怒る
俺はその様子を眺め、いろいろな思いが心の中に渦巻き、言いようの無い感情が
生まれ、感情を揺さぶり続けるものの、その中で真に変わることの無い
一つの思いが生まれる。それは、その人物は、その存在は……
とても愛されていた……のだと
そして、その人物はそれに気づかずにいるということも……
その瞬間、この世界がぐらつき始める。もう夢から覚める時間だ。
俺はその様子を眺めながら、少しずつ視界がぼんやりと、フェードアウトしていくのを眺め
もうすぐ訪れるであろう目覚めの時を待ち続ける。
そんな夢の世界から意識が薄れ行く中、最後に一つ、聞きなれた声が耳元に流れ込んできた。
「……もう、あの人のことは忘れてしまっても、いいんだよ」
そんな言葉が……
喫茶店百華屋兼宮本家自宅
「なんで俺はこんなことしているのだろうか」
俺はそう愚痴を溢すように言葉を洩らしながらも、手の動きは止まることなく
決められた仕事、押入れの片付けを黙々と作業し続けていた。
「そんな事言ってもぉ、仕方が無いでしょ!カズちゃんが財布忘れてきちゃったんだからぁ」
そう言って、諭すように俺に向けて話しかけてくるのは幼馴染である飛鳥。
飛鳥も俺と同じように押入れを、自分の家にある押入れを一緒に片付けている所であった。
目の前に広がる数え切れないほどのダンボールの山、山、山!!
それ以外にも古くなった料理機器、宣伝用の看板などが乱雑に置かれている。
「これをすべて片付けろとは……飛鳥ママも冗談が上手いな〜」
「まぁ、全部はさすがに無理かもぉだけど、お母さんは本気9冗談1の人間だから
最低でも、半分以上は片付けないと、カズちゃんお家に帰れないよぉ」
「………マジ?」
「うん!本気と書いてマジ!」
満面と言ってもおかしくないような笑顔を飛鳥は俺に向けて言う。
俺はその言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になりそうになった。
毎度のことではあるが、なぜそんなことに……
そう俺は嘆きながら、この事柄の発端、朝掛かってきた電話のことを思い出していた。
朝……休日である今日、めずらしく飛鳥は家の手伝い、蓮は生徒会、奏は合同練習会
朝倉&芹澤はショッピングと一人ゆっくりできるという、こちらに来てもう何ヶ月も味わうことのなかった状況に今日こそ一日体を休めてやる!そう思っていた矢先……
「新作料理が出来たのよ。よかったら、食べにこない?」
と言う、飛鳥ママからの願ってもないお願いが飛び込んできた。
俺は高速……いや、気分は光速、光のようなスピードで
「良いですともっ!!」
叫ぶように言葉を述べていた。そして、その電話からすぐに俺は走った。あぁ、走った。
何、新作の料理くらいで必死になってるの?そう思う人も多数おられることであろう。
しかし、俺はそんな外面や建前など飛鳥ママの料理の前では遥か彼方へと霞んでいく。
それくらい飛鳥ママの料理はすごく、そして新作ともなれば遊○王で最初のターンに
無敵カードエグ○ディアがすべて揃ってしまうくらいレアなお誘いである。
新作料理は実験的な意味合いもあるが、飛鳥ママのことを考えれば明らかな失敗作は天と地がひっくり返るほど皆無に等しい可能性だ。
……まっ、まあそんな飛鳥ママも某ゲームの完璧無敵ママように手作りジャムだけは
殺人兵器のごとくこの世のものとは思えない味をしているという一面もあるのだが
そうして俺は笑顔満面のまま、入り口に待っていた飛鳥ママに連れられて
食事をご馳走になり、非常に満足な思いに捕らわれたのだった。
この時までは………
「えっと……代金は1500円です。特別に和弥くんは負けておくからね」
「……えっ?」
信じられない言葉が飛鳥ママから放たれた。
「おっ、お金取るんですか!?」
「……えっ?当たり前じゃないの!特にもう、和弥くんは働いてるわけだし」
「でも、俺財布は家に……」
「そうなの?じゃあ……」
……と、まあこんな出来事があり、こうして俺は料理代の金を払うため
押入れの片付けを手伝っているところである。
「とにかく不満はあるが、終わらないことには家に帰れない。それにテレビも見れない。
楽しみにしていたキュ○レイのプラモも作れない!!」
「そうだね!私もぉ早く終わらせて、溜まってるアニメ見ないとぉ!」
とは言え、ネチネチといつまでも愚痴をこぼしていた所で何も変わらない。
俺達、二人は考えが一致し、さっきまで少しゆっくりとしたペースで動いていた手の動きを
いつもの3倍……量産型ザ○からシャア専用ザ○くらいの変化を起こし
スピードを上げ、俺と飛鳥は片っ端からダンボールを動かし、整理し始める。
俺はまず目の前に広がる何個かのダンボールを一気に動かすため、腰に力を入れ
引っ張り、ずらし持ち上げようとした瞬間
「………ぅん?」
何か紙状で手帳くらいのサイズのものがハラリと俺の足元に落ちてきた。
俺はそれを手で広い、ホコリを払いながら視線を向けてみる。
「うん?カズちゃん。どうしたのぉ?それぇ」
俺の声に反応したのか、横から入り込むように顔を持ってきて
飛鳥もその紙状の、よく見ると写真へと視線を向けた。
「これって……昔の……」
「うん!私の家とカズちゃんの家で初めて2人で取った写真だよぉ!」
そこに映し出されていたのは、昔……アメリカに旅立つ前まで住んでいた俺の家
そして、その隣宮本家の間で俺達2人が緊張した面持ちで写っている写真であった。
「懐かしいぃ〜いつ頃取った写真なんだろぉ〜?」
その写真を懐かしいそうに眺め、嬉しそうに笑う飛鳥。
「多分だけど、初めて飛鳥と会った時の写真だろう。飛鳥のパパさんが記念にって
取った写真だと思うぞ」
俺はそう言い、飛鳥の後ろから写真を眺め、飛鳥の泣きそうな顔、自分の困った笑顔を
見ながら、その時のことを思い出していた。
「そうなのぉ!?すごいねぇ〜カズちゃん。昔の事なのによく覚えてるよぉ」
飛鳥は感心したような視線を俺に向け、また視線を写真へと戻す。
確かに俺は記憶力に関しては抜群な部類に入るくらい得意な能力ではあるが
この場合はどちらかと言うと……
「覚えていたって言うよりはインパクトが強かったんだよ。飛鳥との出会いは……
覚えてないのか?飛鳥自身」
「………うん」
「じゃあ軽くだが、話してやるよ。俺が飛鳥に会った始めて日のことを」
そう言って俺はゆっくりと思い出すように喋り始めた。
このT県に引っ越してきたのはまだ小さい頃とは言え、もう普通に喋ったり
意思の疎通も出来る幼稚園の年長になるか、ならないかくらいの時だったと思う。
引越しが終わり、次はご近所周りの挨拶だから……そう言われて、我が母&我が父に
連れてこられたのが、その頃まだオープンしたばかりの喫茶店百華屋だった。
俺は母さんの後ろにくっ付いて店の中に入り、慣れない場所に目を世話しなく
動かしながら、まず一番最初に目に入ったのが……飛鳥ママだった。
今も変わらず美しさを保ち、あの時とほとんど変わらない美貌を纏っている飛鳥ママだが
まだ、周りこともよく見えていない幼少期の俺にとって、飛鳥ママはその場から動くことすら出来ないほど、緊張していたことを今でも俺は覚えている。
だからなのかすぐには気づかなかった。飛鳥ママの後ろに隠れるように佇む
自分と同い年くらいの女の子の存在を……
俺はしばらくしてからではあるが、その後ろにいる人物の存在に気づき
一歩踏み込み、彼女との距離を詰めた。
その時、ビクッと驚いた反応を彼女が見せたので、俺は脅かさないように
ゆっくりと明るい口調で
「こっ、こんにちは!俺……じゃなくて僕の名前は伝馬和弥。よろしく!」
自分が思う失礼のないあいさつを詰まることなく言い終わり、彼女へと握手を
求めるため、手を彼女の方へと持っていき
「……いや」
まさかの拒否宣言
これには俺を含め、我が父、母、飛鳥ママは一瞬氷のごとく固まった。
最初の自己紹介から予想外の拒否
これにはさすがの幼少期のよく分からない俺でさえ、堪えた。
拒否それはその時の俺にとっては死ねと同意語に変わらないほどショックが大きく
乾いたような笑顔を浮かべるしか俺には出来なかった。
その姿を飛鳥ママの後ろに隠れながら、様子を眺めていた飛鳥は何か考えるように
数秒俺の方に視線を向け、ソッと俺の元へと近づいてくる。
皆がその時同じことを思ったであろう。俺、伝馬和弥をすまないと思い
自分から自己紹介をしに来てくれたのだと……
俺自身ですらそう思うようなシチュエーション。しかし、それは半分合ってるようで……
「私、宮本飛鳥。聖闘士○矢って知ってる?」
「……はぁ?」
半分は間違っている、自己紹介とは言いがたい初めての飛鳥との会話
「いや、知らないけれど……」
「じゃあ、やっぱりぃダメ」
そして、これが俺と飛鳥の奇妙すぎる出会い、そして始まりだった。
「これが飛鳥と会った日の大まかな概要だ。このせいかは分からないが、その後異様に
アニメやガンプラが詳しくなったんだよ。今から考えたら、飛鳥のお陰……
いや、飛鳥のせいだというべき事かな」
カズちゃんは私との出会いの時の話をし終わり、少し皮肉そうな笑顔を浮かべて
こっちに向けて視線を送る。
「へぇ〜そうだったけぇ。昔の事はよく覚えてないからぁ、その時のこととか
よく思い出せないよぉ」
そう言って私はよく覚えていないような発言をし、誤魔化す。
カズちゃんはその時のことを本当に懐かしいそうに、それでいて嬉しいそうに
私に出会ったあの時のことを語ってくれた。
まだ私が引っ込み思案な性格で人と接することを極端に恐れた時期
アニメ、漫画に走り、現実を見ず、友達すらいなかったあの時
それを変えてくれたカズちゃん。運命の人言っても過言ではない、カズちゃんに出会った日
そんな日の出来事を私は忘れているわけがなかった。
それどころか、私はカズちゃんと過ごした日々の思い出は一つたりとも忘れたことは無い。
でも、今は忘れている、覚えていない振りを突き通さなければならない。
私が覚えていると仮定するならば、この話は進んでいき、私がボロを出す可能性も出てくる。
それにもしかするとカズちゃんは過去に興味を示し、追求する可能性がある。
それはダメだ。避けなければならない。
でなければ触れてしまうかもしれないのだ。あの……事実に
「あれ?2人ともお喋りしちゃって……片付けは終わったの?」
「えっ!ヤバイ……飛鳥ママ、これからしますんで問題ないです!ほら、飛鳥ボーッとして
ないで片付け再開するぞ!」
「………あっ、うん。そうだねぇ、早く終わらせないとぉ」
うまく話が逸れて、先ほどの話など無かったかのように片付けを始めるカズちゃん。
これで一応の所、問題は去った。もうこれで過去……あのことに触れる話題が
出る心配は……ない。あの時、カズちゃんは気づいてなっただろう。
カズちゃんの目の前に落ちた写真。私達、2人が写った家をバックにして撮った写真……
それと同時に落ちたもう一枚の写真……
写っているのは私達二人と、カズちゃんにベッタリとくっ付いている女の子3人の写真
それを私はカズちゃんに気づかれないよう、音も立てず
後ろのポケットへとしまった。
真実という名の扉を無理矢理押さえ込めるかのように……
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