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今回は少し長めです。
先生は17歳!?
作:takuto



第63話一日子守り大作戦


……秋
もう外を歩けば木々にはいちょう、紅葉など秋の風物詩が道行く人の目を魅了し
周りに視線を凝らすと栗、柿など食欲の秋を連想させる食べ物が目に入る。
秋も本番……そんな雰囲気さえ感じさせられる、今日の少し肌寒い朝の風景。
そんなセンチメンタルな気分になってしまいそうな今日この頃……
現在、俺の目の前には門……我が職場、扇山高校の2メートルはゆうに超えているであろう
ドデカイ門の前で秋の風情を味わう暇もなく、一人呆然と立ち尽くしていた。


「わぁ〜……パパっ!これ大きいよ!」


……訂正。実は一人ではない。左手には温かく、そして軟らかい小さな手の感触を
俺の一回りほど大きな手が包み込み、視線を横に向ける。
そこにいるのは、俺と手をつなぎ世話しなく学校の様子を眺める女の子、名は楓と言い
有名ブランドの一人娘という、ここにいることが奇妙な人物がそこにいた。
この現状を否定し、現実逃避をしたい。そんな気持ちになっては来るものの
逃げることの出来ない強制イベントだと言うことは己が一番分かっていた。
そのためにあえて良くある学校への登校メンバー、いつもの5人組とは一緒には行かず
他の生徒、先生方にも会わないためにも楓ちゃんには少し無理をさせてしまったが
いつもよりもかなり早い時間帯、通り過ぎる人々は朝のウォーキングをしているご老人しか
いないような学校の門が開いたばかりの時間帯に俺は学校に来ていた。
おかげで校内は人っ子一人……とまではいかないが、朝練をしているだろう生徒達の声が
聞こえる程度で大きな問題ではない。


「……もう戸惑って場合じゃない」


そう、これはミッション……絶対服従である司令官、我が母伝馬百合から課せられた
重要作戦。それを俺はス○ークのごとくスマートにかつ大胆にダンボールでもなんでも使って
任務を、作戦を遂行しなければならない。この作戦、一日子守り大作戦を……


「じゃあ中に入ろうか?楓ちゃん」
「うん!わかったパパっ!」


そう言って俺と楓ちゃんは門から一歩を踏み出し、校内への侵入を開始する。
俺は天を仰ぎ、今日一日をなんとか無事に過ごせるように……いや、無事とは言うまい
最小限の被害で済む事を姿見えぬ神に祈って、まず最初の目的地
先生方の集まる教室、教務室へと歩を進めた。


教務室前廊下
俺は明らかに生徒達の話し声、足音が全くと言って良いほど聞こえない廊下を
自分の予想通り何の苦労もせず、教務室前まで誰にも見つかることなく
楓ちゃんを引き連れてここまで来ていた。
もう目の前には最初の目的地、教務室……
距離にして僅か5、6メートルほど所にまで、まさしく目と鼻の距離と言う言葉が
ぴったりだと我ながら思う位置に俺達はいた。


「ここまでは作戦通り……」


誰にも聞こえない、自分にしか聞こえないほど小さな声で独り言のように言葉を洩らす。
今日と言う、我が母から下された楓ちゃんと暮らす一日……
俺は朝食を食べている間、今日一日が安全かつ被害なく送れる方法を人知れず
一人で黙々と考えていた。自分が休むことなく、そして楓ちゃんにも考慮した過ごし方……
そして、思いついたのが一緒に学校に連れて行くというかなり強引な解決方法であった。
今日は運良く俺の授業数は少なく教務室にいる時間帯が長い。それに、楓ちゃんは見たところ
無邪気でわがままな性格なものの、この年齢にしては一般的な分別があり
俺が教務室にいない間に、問題を起こす可能性はほとんどないと俺は思った。
後、一番大事なのは学校の許可……そう思う人が多数おられると思うが、この学校は数ヶ月前
ある女性の先生が夫とケンカしたとか言って子供共々、学校に出勤してきたと言う
リアルすぎる前例があるため大丈夫であると俺は踏んでいた。
それよりも俺が気になる問題はあと一つ残されており、その一つとは
俺、伝馬和弥の呼び方、呼称についてで……


「ねぇ、楓ちゃん。一つ聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「うん、いいよぉ!どうしたの?パパっ」


今だガッチリと俺の左手を握っている楓ちゃんに目をを向けると無邪気な、子供らしい
可愛らしい笑顔で俺の方に視線を向けてくれる。
またその笑顔に押され、数秒ほど心が揺さぶれるが、なんとか冷静さを立て戻し
楓ちゃんに言わなければならない事柄をゆっくりと伝える。


「えぇと……楓ちゃん俺のことパパって呼んでくれてるんだけど、ここでは他の呼び方に
変えてくれないかな?そうしてもらうとすごくうれっ………」
「えっ……ダメなの?パパって呼んじゃ……ダメ、なの?」


……が、俺は全部言い終わることなく固まってしまう。
目の前には少し涙目の楓ちゃんが俺の瞳を捕らえるかのごとく、真摯に訴えかけ
俺の視界全体が楓ちゃんで全て埋まってしまう。
しかし、学校……それも知り合いが多数存在するこの中でパパと呼ばれることは
俺にとって非常な危険行為であり……


「でっ、でもね。楓ちゃん、ここでは俺は―――」
「嫌だもんっ!パパはパパなのっ!今日だけは楓のパパなのっ!」
「そう言われても、楓ちゃん。ここは俺のお願いを聞いてくれると思って……」
「じゃあ楓もお願い……パパって呼んじゃ、ダメ?楓……良い子にしてるから!」
「………っ!」


この言葉にはさすがに俺も言葉を詰まらせずにはいられなかった。
今にも泣き出しそうな顔、その顔を見ていると俺が楓ちゃんを
苛めているような感覚に陥り……いや、気を強く持て!伝馬和弥!
これは俺自身に降りかかる危険を回避するためにも、必要なことであって
たっ、確かに!パパって呼んでもらうのはなんか本当に父親になってしまったような
擬似感に陥るが、そんなことは一時の気の迷いであって………


「本当に……ダメ?」
「いっ、良いに決まってるさ!」


その瞬間、すべての思考回路が己の意思を無視して切断された。
もう、パソコンを強制終了するかのごとく、一瞬にして……


「本当!?ありがとう!パパっ!」


そう言って、楓ちゃんは飛びつくように俺に抱きついてきて
嬉しいそうに、本当に嬉しいそうな笑顔を俺に向けて浮かべた。

あぁ……これが親バカって奴なのかな

俺はそんなことを考えながら、楓ちゃんに向けて少し引きつりながらも微笑み返した。


……で、本題に戻ろう。まぁ、結局呼び名はパパから変わらず、余計にパパと言う言葉に
愛着を持ってしまったらしくさっきから「パパ」を連発している楓ちゃん。
火に油を掛ける。その言葉の意味通りの行動をしてしまったなと俺は心の中で思いながらも
口にせず、止まっていた行動を開始するため、最初の目的地、教務室へと歩を進める。
まずは誰か先生に会ってこの事情を説明しなければならない、そう俺は考えていた。
直接校長、教頭に伝えるのも一つの方法かと思うが、俺は17歳……
そして今年入ったばかりの新米だ。こういう場合は先輩の先生、クラス主任などに
まず相談し、頼るのがよりベターだと俺は考えたのだ。
こんな早い時間でもあるし、まだ先生達も多くは揃っておらず、パニックになる心配もない。
誰かいるかなどは見当がつかないが、誰でもよいから相談しよう。
そんな軽い思いで俺は教務室の扉に手をかけ、ゆっくりと音を立てないように扉を開き……


「どうしたんですか?2人ともこんなに早く学校に出勤してきちゃって……今日はもしかして
雪でも降りますか?それとも、まさか真夏?」
「それを言ったら伊織もそうじゃないのよ。私はたまたま今日は早く目が覚めたのよ。
それよりも葉月……あなたこそ遅刻常習犯のあなたがなぜここに?」
「研究してたら……朝になっててね。寝ちゃおうかと思ったんだけど、今日は面白いことが
ありそう……って朝のテレビの占いで言っていたから……来ちゃった」


……俺は音も立てず、閉じた。


「……なっ、なんでいるんだよぉぉぉぉ」


俺は声を最大限に小さくし、存在を知られないようにこれだけを言葉に出した。
完全にイレギュラー、ノーマーク……全くといって良いほど、この3人組の存在を
俺は頭の中から抜け出していた。もっとも危ない存在、この状況を知られてはならない人達
ダントツで一番に立つ人物達を俺は完全に見落としていたのだ。
いや、違う。そうじゃない。俺は元々からこの人達を頭数として考えていなかった。
……なぜ?それは、あの人達はこの時間帯、この場所にいるべき人物でないことを
俺は無意識的に覚えていたからだ。あの女性教師三人衆は遅刻スレスレに来ることが多く
先生と言う立場ながら、常習的な遅刻魔として名が通っているほどだ。
しかし、なぜか今日はいる。こんな早朝に、それも3人全員大集合である。


「こっ、これが俺の不幸クオリティーの真骨頂か……」


カッコよく決め台詞を決めてみるも、異様にむなしい。
と言うか、ここまでイベント?地雷?を鮮やかに踏み続けるとは……
俺の不幸クオリティーも某執事少年や某あだ名しか呼ばれないポニーテール萌え少年並の
厄介ごとに巻き込まれる確率の高さである。
しかし、俺はその2人の少年達のように超必殺技を持っている執事や
ナイフで刺してくる宇宙人を相手にする心配などはない分、俺の方が有利(?)なはず!!
とにかくこの場から逃げることをまずは考える。


「……よし、楓ちゃん。ここにはちょっと常人には相手にすることができない人達が
存在しているから、まずは撤退だ」
「……えっ、パパ?意味が良く分からないけどぉ」
「とにかく今は俺に付いてきて。早くしないとあの人が……」
「あの人って……誰の事?もしかして……私?」


違った……有利じゃない。俺にもいたよ。
人間離れした力を持つ人物が、自称剣は飛○御剣流から格闘技は北○神拳まで
精通してる超人が、一人。


「でっ、出たぁぁぁぁぁ!!!」
「かーくん……うるさいよ、黙ってて。さっき扉を開けたから誰かと思ってきてみれば……
なんでかーくんはあいさつもせずに、私達の前から……ぅん?」


クドクドと説教をしようとしていた葉月先生の言葉がいきなり、止まる。
叫んでいた俺はその葉月先生が向かっている視線を目で追いかけると、そこには
………やっ、ヤバイ


「どうしたんですか?こんな朝から叫び声なんて……あら?」
「声からして伝馬くんのものだったわね。伝馬くん、朝からそんなに大声は……えっ?」


追い討ちを掛けるかのごとくぞろぞろと教務室から顔を出す伊織先生、橘先生。
とにかく何か言葉を……そう思い、口から言葉を放とうとしたその瞬間


「あなた……誰?」


葉月先生が代表するかのように楓ちゃんに視線を向け言葉を放ち
俺が何かしようと行動を開始する前に


「私……?私、九ノ宮楓って言います!今日はパパと一緒なのっ!」


そう言って右腕にギュと楓ちゃんが俺に抱きついてきた。


―――――空気が変わった


その瞬間、視線が楓ちゃんから俺に変わったことをはっきりと俺は認識していた。
そして、暑さや寒さなどでは表現しがたい言葉として表すのなら

……殺気

そんな言葉が直感的に頭に浮かぶ。逃げ出したくても、逃げ出せないこの心の震え
肌寒さすら感じる廊下の温度でありながら、流れ出る冷や汗言われる吹き出る思い
それを俺は一心に感じ


「……伝馬さん?」
「……伝馬くん?」
「……かーくん?」
「「「どういうことか、説明してもらいましょうか?」」」


……終わった。そう第六感が俺に向けて告げていた。


5時間目、2-C教室内
昼食を食べ終わり、一番最初の授業。少し肌寒かった教室内も日が昇っていくにつれて
室内温度が徐々に上昇し、ちょうどいい適温へと調整され、もっとも学生達が一日の中で
睡魔という誘惑と格闘するであろう時間帯。
そんな時間帯に2-C教室内の授業は数学……これほど理想条件が揃っている中
クラス内は誰一人として睡魔にやられるわけもなく、皆の視線は授業、黒板へと
熱視線のごとく注がれていた。


「は〜い。じゃあ今日は微分法の続きで、まずは黒板に書かれた問題を解いて」
「…………」


いや、違う。俺の問いかけに誰一人答えるわけでもなく、書くものすら皆握ってすらいない。
もうこれはまるで、返事がない。まるで屍のようだ……
と言うわけではなく、皆の視線は黒板……の隣、教壇に立っている
俺へと視線が向けられている雰囲気であった。


「……は〜い。カズちゃん質問〜」
「なんだ、宮本?それに授業では伝馬先生だって何度言わせるんだ、おい」


黙りきっていた教室内の中、飛鳥が一人手を挙げ、視線を俺のほうを向ける。
もちろん突っ込みは忘れない。


「まだカズちゃんそんな事言ってるの?今更言ったってそんなこと……じゃなくて
カズちゃん!なんでそんなに今日疲れてるのぉ?」
「そうだぞ、伝馬氏。そんなやる気では皆のやる気も落ちるぞ」
「そうだよ♪みんな心配で勉強なんておちおちやってられないよ♪」


飛鳥を筆頭に朝倉、芹澤が乗りかかるように立て続けに発言する。
芹澤……お前は今日ではなく、毎日やる気ないだろうが
しかし、その3人の発言が皮切りとなったのか、クラス内がさっきまでの静かさは
何であったのだろうと思わせるくらい、そこら中で話を始め
俺に向けて質問が飛び交う。


「伝馬。そんな面白いゲームが発売したのか?だったら俺に教えてくれよ」
「違うわよ!ゲームじゃなくて、ガン○ラよ。そうでしょ?伝馬くん」
「えっ〜、そうじゃねぇだろう?どうせアニメだ、アニメ。秋と言ったら
番組の改変期だろ?今回おもしろいのが多いのか?なんかおすすめ教えてくれよ」


ひどい質問の内容だ……
つうか、生徒達の中ではゲーム、ガン○ラ、アニメというのが俺の中の決定事項なのだろうか
心配してくれると思っていたら、本当にひどい言われようである。


「ちょっと待て、なんださっきからその質問は!今にも俺が秋葉原にいそうな人達みたいな
発言じゃないか!!俺だってドラマとか見るよ!?とにかく静かにしろ。特に佐藤!」
「……えっ?ちょっと!俺は何も喋って、それに俺の名前は……」


俺の言葉が聞いたのか、クラス内のざわつきはピタリと、いや一人なんか暴れてるな〜
それは周りのクラスメイト達が落ち着かせて、平穏な状態へとをなんとか戻る。


「……まぁ、とにかく皆もぉ気になってるんだよ。だからね、どうしたのか教えてよぉ」


そう言ってクラスを代表するように飛鳥が言葉を述べた。
俺はその言葉を聞き、視線を我が生徒たちに向けて、唸るように悩んでいた。
俺が今日疲れている理由。それは、朝の頭痛や気だるさも多少はあるのだが、この原因の根本
はというと、朝の事態……つまり楓ちゃんのことが関係しているわけで……
うかつには触れてはいけない内容なため、喋られずにいた。
それにまさか先生達3人に午前中の間、囲まれるように楓ちゃんの件について
弁解をしていたなど、恥ずかしい過ぎる内容を口にするのも難である。
こんな時に俺の救世主、我がクラス委員長がいれば……そう思うのだが、今日はまさかの
風邪でのお休みだ。何か嵌められているような気さえしてきた。
さて、どうするべきか……そんなことを考えているとき


「……あっ、パパっ!」


想定の範囲外の事態が俺を襲う


「……えっ?」


その聞いたことのある、この教室内では聞きたくない声ナンバーワンであるあの声が
俺の耳に響き渡り、視線をおそるおそる横に向けると


「かっ、楓ちゃん?」
「パパっ!」


ダイブするかのごとく飛び、抱きついてくる楓ちゃんの姿がそこにあった。
いるはずのない、教務室で俺の帰りを待っているはずの人物がそこに


「なっ、何で楓ちゃんがここに!?」


俺はその疑問をぶつけずにはいられない


「ええっとね。さっき葉月お姉ちゃんにパパが呼んでるよって言われて、急いで来ちゃった!
少し疲れちゃったけど、楓がんばったよ!えらい?」


あの人かぁ―――――!!
俺の頭の中にクククッと不適な笑みを浮かべている葉月先生の姿が映る。
朝のことまだ根に持っていたのか、それともいつもイタズラか?
とにかくそんなことよりも今は……


「カズちゃん……何、その子……それにパパ、パパってどういうことかな?……かな」
「伝馬氏、今日はエイプリルフールではないのだがな。もしかして先取りなのかな?
それにしてもこのジョークは頂けない。笑えないよ、伝馬氏」
「もう、2人とも♪落ち着きなよ。2人とも殺気立ってるよ♪あっ、あれ?いつの間に
私のシャーペン真っ二つになってたんだろ?」


緊急事態発生!3人の、三人の般若が姿を現した。
おい、それよりもシャーペンが折れるって……命の危険が……
後ろ見ると、さっきまで椅子に座っていた我が生徒達は全員教室の外で中の様子を観戦中
助けてくれる気は全く持ってないような雰囲気だ。
今、今言い訳……ではなく、説明をしなければヤバイ、何かがヤバイ!
俺の中の本能がそう伝える。混乱する頭の中、とにかく何か喋らなくてはいけない。


「まっ、まずは落ち着くんだ。このパパっていうのはな、本当のパパとかじゃなくて……」
「えっ!パパはパパだよ?楓のパパ……だよね?」


………このタイミングでこれはないわ


「俺、この楓ちゃんのパパなんだ!」


その瞬間、つい数時間前に味わった絶望感が俺を襲った。そして思った。
………俺って奴は、バカだなと


扇山高校近くの公園内
俺は全身に襲い掛かる疲労感と精神的ダメージを抱えながら、椅子に座り、夕日が
掛かりつつある空をボーっと眺めていた。
横にはもちろん楓ちゃんも座っており、さっき買ったオレンジのジュースを美味しそうに
飲んでいる。結局あの後、デジャブを感じながらも同じような説明を飛鳥、朝倉、芹澤だけに
いたらず、クラス全員に説明し、教頭の指示により早引けをさせてもらい
近くの公園で俺達はベンチで体を休めていた。
視線を空から楓ちゃんに向けると、飲み終わったのかジュースを隣に置き、朝からずっと
肌身はなさず持っていた鞄の中から、何かを取り出した。
それは絵本のように見えたが、違う。それは……


「……ピアノ?」
「うん!折りたたみのピアノなの!」


そう言って、折りたたまれたピアノを開き、白と黒の鍵盤の姿を見せてくれる。
鍵盤は37個……両手で弾くことの出来る、中々本格的なおもちゃである。


「楓ちゃん。ピアノ弾けるの?」
「うん!……まだ始めたばかりだけど。あっ、じゃあパパに聞かせてあげる!」


そう言って、鍵盤に両手を置き、一つ大きな深呼吸し、ゆっくりと演奏が始まった。
音は本物そっくり……とまではいかないものの、かなり近い所まで再現されており
楓ちゃんは所々詰まりながらも有名な日本の童謡曲、世界の民謡を奏でていく。
その曲に俺は耳を傾けながら、目を閉じ、その場面の描写を想像してみる。
雨、風、木々、草花……そんな自然を象徴するものが、舞っていき四季折々の世界観が
俺の中に想像され、動き始める。その感覚が懐かしいようで、温かく
そして、冷たい。表現しがたい感情が俺の中に蠢き、何か熱いそれでいて冷たい感情が
長い間感じることなかった思い、気持ちが音楽に合わせ流れ込んでくる。

……なんなんだ?これは

思考では、理論ではどう解釈をすることもできない。
なぜか勝手に体が動き、手が自分の意思を反して動き始める。
心が躍り、でもなぜか止めようとする心のブレーキがひしめき合い、頭が混乱してくる。

何が、何が俺はしたい?

俺はそれを自分に問うた。
難しいことは一切考えない、心の真実、本音の思いを俺は自分に問うた。
俺は今、現在、この瞬間……何がしたいのかを
俺は、俺は…………


「楓ちゃん……俺にピアノを、そのピアノ貸してくれないか?」


秋の夕暮れ……それを眺めていると昔、親友が弾いてくれたショパンの曲を思い出す。
練習曲らしいが、それが秋の物悲しさとほんの少しの温かさが感じられて
妙に感動してしまったことを思い出す。
そして、今自分はその親友の故郷に足を踏み入れ、彼の見た、今でも見ているのであろう景色
を眺めて、一人公園のベンチで空を眺めていた。


「寒い……な。コーヒーでも買いに行こうかな」


そう言って、ベンチから腰を上げ、少し遠くに見える自動販売機へと歩を進める。
ここ日本、T県……親友である彼の故郷であり、現在彼のいる場所
そこに訪れて僕は改めて自分の弱さを目のあたりにした。
学校、大学を休学してまで僕はこの地へと、はるばる大陸を越えてまでここに来た。
彼の居場所、働いている学校まで調べてある。後は会いに行くだけ……
それなのに僕は、僕と言う人間は躊躇していた。自分の事を忘れ、一緒に過ごした日々の
記憶を失った彼に会うことを、僕は恐れた。
彼の周りには現在、あの過去を知って接触をしている人間は何人かいる。
その人達に僕は尊敬と言う言葉ではいい表すことのできない凄さを感じる。
彼女達は僕のように記憶を失っていることなど、躊躇はしなかった。
彼女達は努力し、現実と向き合い彼の手助けをしようと必死に頑張り
記憶を、彼女達の記憶を取り戻そうと必死である。
僕は何もしない臆病者、彼が僕の見続けていた人物ではなくなってしまうことを恐れ
何も出来ず、立ち止まっているだけ………


「とんだ卑怯者だね……僕と言う人間は」


笑うことしか出来ない自分がもどかしい。


「今、彼が苦しんでいるこの時こそ、親友である僕が何か彼の助けになるべきなのに……」
そう、彼と約束したはずなのに……」


その瞬間、風が僕を襲った。強風、砂が舞い散り、目の開けられない状況
そんな中で僕の耳に……懐かしいメロディーが囁きかけた。


「………このメロディーは」


音の聞こえてた方向へと走り始める。聞き間違いかもしれない
それでも僕は走らずにはいられなった。
聞きなれた、懐かしさすら感じるメロディーは徐々に大きくなり、僕の耳へと届いてくる。
名もなき練習曲……彼が僕のためだけ弾いてくれた秋の曲
その曲と彼の姿と重ね合わせながら僕は………


「はぁ、はぁ……いた」


ピアノを弾いている彼の姿を僕はこの瞳で捉えていた。
そこで僕は気づく。重大な間違いをおかしていたことに……
彼は何も変わってはいなかったのだ。勘違いしてたのは僕のほう
彼は今だって、少しひ弱そうな瞳で優しい笑顔を周りに振りまいてくれている。
何も変わりはしない。環境、記憶なんて関係なんてない。
いつだって彼は……伝馬和弥は僕の親友、誇ることの出来る僕の親友なのだ
だからこそ……


「僕は今度こそ君の助けになろう」


視線を伝馬和弥に向けたまま、僕はそう呟いた。


深夜、伝馬和弥宅
公園で数時間過ごした後、俺達2人は家に帰り夕食を食べ、一緒にテレビを見
本当の親子のように時間を過ごした。だけれど、時間は無限にあるわけではない。
時間がもうすぐ深夜を迎える頃、迎えの車が俺の家の前へと到着した。


「……いや!今日は楓、ここに泊まる!」
「そんな事言わないで、早く帰りましょう?」
「絶対にヤダっ!!」


さっきから嫌がるように駄々をこねて、その場から動かない楓ちゃん。
お母さんのほうも困り顔でどうすることも出来ない状態のようだ。
ついには俺の方に近づいてくっ付いてくる始末……確かに俺だって今日会って
別れてしまうのは、正直寂しい。しかし、こればっかりはどうすることも出来ない。
俺は何も喋ることが出来ず、数十分後……
仕方がなく、納得し帰ることを楓ちゃんは了承した。


「楓ちゃん。泣かないで、泣いたら俺も悲しくなっちゃうから」
「……ぅん、うん。がっ、我慢する」


別れの挨拶、涙を浮かべている楓ちゃんに俺は頭をなで、持っていたハンカチで涙を拭く。
俺のことを慕ってくれてるのか、無理に涙を止め、無理矢理に笑顔を俺に向ける。


「こっ、今度また遊びにきっ、来てもいい?」


とは言え、完全に抑えることはできず言葉が詰まり、詰まりになり俺に言葉を伝える。


「……うん、いいよ。また日本に来ることがあったらいつでもおいで」
「その時はまた……パパに、なってくれる?」
「もちろん!」


俺は自分が表現すること出来る最大の笑顔を楓ちゃんに向け、ゆっくりと頷いた。


「だっ、だったら指きり……しよう?」
「……うん、わかった」
「それと、もう一つ……」


指きりをした後、飛びつくようにくっ付き、楓ちゃんが俺の体をよじ登っていく。
俺はその行動に疑問符を持たざるを得なかったが、突然……
自分の頬に柔らかい感触、柔らかい肌触りを感じ、ほんの湿り気を残し
楓ちゃんはジャンプし、俺から離れた。


「約束……約束だからね、パパッ!」


そう言って車に乗り込み、楓ちゃんを乗せた車はゆっくりと俺の家から
少しうるさいエンジン音を響かせ、消えていった。
周りは静かになり、虫の鳴き声だけが聞こえ、残ったのは呆然とした俺のみ


「……こんな顔、周りの人達には見せられないな」


そんな独り言を残し、俺は家の中へと体を向けた。



更新完了……本当言うと、これは二話予定でしたが、きるタイミング見つからなく二話くっつけて出してみました。おかげでこんなに長く……携帯の方とか本当にすいません。感想、評価お待ちしています!ちょっとしたことでもいいので作者の参考、やる気UPに繋がるのでヨロシクお願いします!!






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