第60話放課後、調理室にて
放課後の扇山高校校舎内
すっかり日も短くなり、夕暮れの太陽から降り注がれる濃いオレンジ色が
廊下の壁面や床を照らす中……俺、伝馬和弥は今日の仕事を終え
家に帰還するため、校舎内の廊下を歩いているところであった。
「う〜ん、今日も一日頑張ったぜ。そういえば、今日の晩飯何にするか決めてなかったな。
この頃簡単なものだったから、めずらしく手の凝ったものでも作るか……」
一人暮らしにも慣れたもので、まるで長期の単身赴任しているお父さんのように
熟練し、玄人化した独り言をボソリと俺は述べる。
朝や昼間は生徒達の声で騒がしいこの校舎内も、今は静まり返り
聞こえてくるのは校庭から微かに聞こえてくる部活をしている生徒達の声と
ドンドンと何かを叩いてるような物音だけのみで静かなものである……
「…………って、それはおかしいだろうが!」
我ながら見事な乗りツッコミ、自分で自分を褒めてやりたくなるほどの
見事なタイミングであった。まぁ、誰もいない校舎で何やってるんだろう……
と軽く精神的ショックを受けたのは自分の中だけの秘密だが……
話は戻るが、物音である。この時間帯の校舎内に生徒達はほとんどおらず
いつも静かなはずの校舎内で今、それほど大きくはないが物音がしていた。
俺は耳に全神経を集中させ、物音が聞こえる場所、位置を特定するため耳を研ぎ澄ませる。
現在、俺のいる場所は校舎内の2階の東側方面、技術室付近に立っており
自分の耳が確かならば、音は床下……つまり一階から聞こえている。
ということは、音の聞こえる位置は技術室の下
「食堂……いや、調理室か」
俺はそう呟いた瞬間、足はすでに一階のほうへ向かっていた。
足音を立てずに、かつ早歩きなペースで階段を下りていくと
徐々に物音が大きくなるのが分かる。
物を倒すような、切りつけるような音のみで人の話し声などは一切聞こえず
嫌に不気味な雰囲気が1階に近づくににつれ、大きく膨らんでいく。
一階に辿り着くと、その音は自分の予想通り調理室から聞こえているようで
調理室は周りの近辺の教室の電気が切れてる中、ぼんやりと明かりを放っていた。
それを確認し、俺は物音を立てず、ゆっくりと調理室へ近づこうと
歩を進めるため、一歩を踏み出そうと思ったその瞬間―――
「……なっ、なにやってんだ?お前ら」
「えっ!?かっ、カズちゃん?」
「和弥。何でこんな所に……」
「おっ、驚かすな!びっくりするだろうが伝馬氏」
「びっくりしたよ〜♪」
扉の前にかがんで、じっとの中の様子を伺っている4人組……
いつもの面々である飛鳥、蓮、朝倉、芹澤がそこにいた。
俺は近づき、声を掛けると驚きながらも小さな声で俺の姿を確認し
扉の向こうを注視しながら、人差し指を皆が口に当てる。
「何してるんだ。もう放課後過ぎて、もうすぐ下校じか―――」
「いいからカズちゃんは黙ってて」
話しかけようとするものの、飛鳥に注意され言葉は遮れてしまった。
4人の視線は扉の向こうへと向いており、俺なんか完全に無視な状態である。
「と言われもな……この状況では俺はどうすればいいのか分からないぞ」
「……伝馬氏、説明するのは面倒だ。百聞は一見にしかず、ちょっとこれを見てくれ」
俺の言葉になんとか朝倉が耳を貸してくれようで、朝倉は扉の隙間を少し広くし
中を見るように指示する。俺は音を立てないように静かに近づき、隙間を覗く。
中は名のごとく厨房が見えた。照明は付いているものの、全体にではなく
四分の一程度の面積にしか電気はつけられておらず、少し暗い雰囲気が漂っている。
その中で一人、女性らしきシルエットが世話しなく動いている姿見えた。
それを俺は注意深く、視線を凝らし見ていると
「あっ、あれは……奏?」
間違いない我がクラスの委員長水城奏であった。同意するように四人が頷く。
「もう1時間……2時間くらい立ったんじゃないかしら」
「ずっと悩んだり、頭抱えたりで世話しない様子だったよ♪」
この4人はかなり前からこの様子を監視していたらしく
俺に向けて軽く状況の説明をしてくれる。
もう一度視線を奏へと向けると、確かに難しい様子で一人、厨房に立っている。
手には包丁が握られており、周りには肉や魚、野菜が散乱していて
少し、いやかなり奇妙な光景ではあるが、これは……
「多分、奏ちゃんはぁ料理を作っているんだと思うんだけどぉ」
「すまんが伝馬氏……私には料理というよりは、破壊活動にしか見えんのだが」
飛鳥、朝倉の言うとおり、奏は壮絶すぎる雰囲気ではあるが
エプロン姿、後ろ髪を掻きあげ髪を結んでいる様子から察するに
今、奏は料理作りを執り行っていると思う……多分
しかし、この凄惨な有様に俺は言葉も出ない状況だ。
「あっ、あきらかに料理を作ってるしては強力すぎる光景よね」
あの冷静沈着で知られる生徒会長の蓮すらも恐怖感を隠し切れない感想を洩らしながらも
奏のクッキングタイムは留まる事をしらない。言ってるそばから、生きたままの
タコを取り出し、新鮮さを感じさせるほど生きの良い動きをしている
八本の足に容赦なく包丁を奏は振り下ろす。
まるでその光景はひぐ○しのような惨劇を……いや、少し前巷を賑やかした
スクールデ○ズを思わせるような背筋が冷たいものが走る感覚が俺を襲う。
「おい……もう、見てられないぞ!」
「ちょっと、カズちゃん落ち着いてっ!今、出て行ったらぁ見つかっちゃうよぉ」
「和弥!奏はあくまで真剣なんだから、手を出しちゃダメよ!」
「とにかく一度止まるんだ、伝馬氏」
「クールだよカズくん!こういうときこそクールにならなきゃ♪」
俺は奏を止めにかかるため、立ち上がろうと体を起す瞬間
4人が俺の両腕、腰などに捕まり、止めにかかってくる。
しかしながら、この皆の行動はこの場所でやるのは
明らかに良くない方向へ……最悪の事態へと繋がっていく。
「ちょっ、おまっ……そんなに皆で引っ張ったら、体勢が」
4人の体重、そして引っ張る力が俺の体のバランスを崩し、非力な俺は耐え切ることができず
前へと体が倒れていき………
―――ガタン
「……誰?」
俺たちはもたれ掛かるように扉に体重を掛けてしまい、当たり前のことではあるが
5人の人間の重さだ。勢い良く音を立てながら、扉を開き
仲良く5人全員、調理室の床にごろごろ転がっていってしまった。
「かっ、和弥さんに……みんなまで……」
頭上から奏の声が聞こえてくる。俺は恐る恐るゆっくりと顔を上げ
奏の声が聞こえたほうへ顔を向けると……爛々と光る二つの瞳がそこにあった。
怒っているような、驚いているような顔つきで手に握られている
包丁が俺の中の恐怖心を駆り立てる。
「待つんだ、落ち着け!奏。暴力……というか凶器では何も解決しない。見たのは悪かったと
思っている。謝るから、命だけは!」
「かっ、カズちゃん!こっ、これがリアルヤンデレだよぉ〜。ごめんなさいぃ」
「違うの、奏。ただ私達はあなたを見守ろうとしただけで……悪気はないのよ?」
「そっ、そうだぞ奏。私達は純粋に応援していただけで……と言うか泉!!いつの間に
私を盾にしているんだ!まさか友達を犠牲にして自分だけ生き残るつもりなんじゃ」
「そうだよ!一人の犠牲で、たくさんの命が助かるんだから♪でも、よく考えたら
この生贄のポジションって沙希と言うよりは……」
「………えっ?」
4人の人間、芹澤を筆頭にいつの間にか俺は先頭に……いわゆる目の前には
包丁を持った奏が距離にして2メートルくらいの位置にいるわけで
「……っておい!なぜ俺が先頭に!?」
「かっ、カズちゃん。どちらかというとやられキャラだしぃ」
「おっ、男らしいわよ!和弥」
「諦めるんだな。これが運命だ」
「……ドンマイ♪」
そして、いつの間にか4人は避難し、元いた扉の位置まで戻っていた。
………ヒドイ、酷すぎる扱いだ
しかし、そんな風に俺がショックに見舞われる間も奏はゆっくりと俺との距離を詰めていき
寸前のところまで近寄ってきた。見上げるような体勢で、それほど大きくないはずの
奏の体がとても大きく、俺には見えた。
これで……これで、俺の人生もお終いか……
本気で死を覚悟した、その時――
「お願いです。私に……私に料理を教えてください!」
「………はっ?」
呆然とする俺の目の前で奏は深々とお辞儀をしている姿が俺の視線に入ってきた。
ただ俺は口をあんぐり開けて、気の抜けた間抜け面をしたまま
今の状況を整理するのに、頭がいっぱいな俺であった。
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