第52話再会、戻らないあの日々
アメリカの某空港
一般の平均女性が持つには大きすぎるであろうキャリーバックを引きずりながら
私は少し疲れた顔をして、空港内を歩いていく。
入国審査を行うため、入国審査官にパスポートを見せ
滞在先の場所、滞在期間などを聞かれ、スムーズに日本で
教わったとおりに物事を行っていく。
『入国の目的は?』
少し体の大きい入国審査官の人が英語で私に聞いてくる。
そして私も英語で
「留学。それと…………再会するために」
顔を少し赤くしながら答えた。
「ここがアメリカかぁ〜」
私、伝馬泉は町の中心街に向かうバスの窓から景色を眺めながら感想を述べる。
窓から広がるのは、今までいた日本と言う範囲では考えられないほどの
壮大な風景が私の視界全体すべて覆う。
次に視線をバス内に向けてみると日本人らしい人は一切見当たらなく
英語と言う、英語がそこらじゅうに飛び交っている。
「本当に……私、アメリカ来ちゃったんだ」
いまさらながら、私はアメリカと言う国に来たんだなという実感を徐々に感じていた。
海外に来ることなど生まれて初めてなため、これから見る全てのものは
新鮮で、目を惹くものばかりである。だけど、こうやっていつまでもアメリカに来たことの
感動に浸かってばっかりもいられない。
私はちゃんとした目的を持ってこのアメリカに来たのだから……
そう、私がアメリカに来たのは……
「カズくんに……会うため」
雄大に広がるアメリカの空の下、私はボソリと呟いた。
兄であるカズくんが数年前アメリカに旅立った日
私は一つの決意を固めていた。
それは………自分もアメリカへ留学するということ
私の考えは単純だ。会えないのならば、自分から会いに行けばいいのでは?
と言う小学生らしい、ストレートな案であった。
今から考えれば、何馬鹿なことを自分は考えていたのだろうと
笑ってしまうような考えであったが、その当時の私はこの案こそが
最良の案だと疑うことすらなかった。
そして、次の日から私の戦いは始まった。
留学するために私に立ちはだかった問題……一つ目は学力面
なんとか病院内で自分なりに勉強、母が呼んだ家庭教師などにより
人並みほどの学力は持っていたとは言え、カズくんと同じアメリカの学校へ
留学するとなると話は変わってくる。
カズくんは教授による推薦により、入学するための試験がなかったのだが
私がそこに入学するためには入学試験を受けなくてはならない。
そのためには日常会話レベルの英語力、単純な数式問題、暗記問題を答えるのではない
本質の頭の良さを必要とするのであった。
二つ目の問題は健康面
なんとか生まれ持った病気も治り、退院することの出来た私であったが
この時、私は一般の同年齢の女性に比べて圧倒的に体力面が劣っていた。
それに病気が治ったとは言え、今でも体が弱いのには変わりなく
違った環境に移るとなると体が耐え切れなくなることは火を見るより明らかなことである。
このような要因により、もしこんな私がアメリカに行くというのは
少々無理な話なのであった。
しかし、私はなぜかこのような要因を突きつけられても
不思議と絶望感は感じなかった。
誰が見ても、不可能である私の海外留学……
親に止められ、みんなから無理だと言われようとも私は一人黙々と
自分のできうることを確実に、一歩ずつ進んでいった。
そして、努力は結果へと昇華し……
「まさか……こんな私が合格なんてね」
私はアメリカ留学の権利を獲得した。己の力で……
数年間の時を要したものの、こうして私はカズくんと同じ学校に
また、一緒に同じ時間を共に過ごすことができる。
今、私の中にある思いは一つ
早く、一秒でも早くカズくんに会いたいという気持ちだけ……
数年間我慢し続けた思いは、アメリカについてから
決壊したダムのごとく感情が激流のように私の心をかき乱していく。
「会いたい……早く会いたいよ」
絵画のような窓の景色を眺めながら、私は消え入りそうな声で言葉を放つ。
バスはゆっくりと街の中心街へ……カズくんのいる学校へと
進路を進めるのであった。
M学園
カズくんが通っている、そしてこれから私が通うであろう学校は
小、中、高、大学が合体している巨大な学校で町全体が学校……学園都市と化している場所
そのため膨大な敷地が広がり、人も大量に溢れかえっており
この中からカズくんを探すと言うのは困難きまわりない状況であった。
それでも私は、キョロキョロと周りを眺めながら
ひと気の多い道のりを掻き分けつつ、前へと進んでいく。
視線を感じる……日本人だから?単に見たことのない人がいるから?
そんな疑問が浮かぶものの、歩いていくうちに私の方を見つめる視線が
徐々に増えていってることが嫌でも分かる。
だが、私は気にすることもなくカズくんを探すことを止めはしない。
今はカズくんに会いたい。ただその一つの事柄だけしか私は考えることが出来なかった。
周りの目なんて気にする暇などなかった。
早く、とにかく早く会いたくて……会いたくて仕方がなかった。
私の頭の中にはもうカズくんのこと、カズくんしか見えていなかった。
会いたいという思いが私を突き動かし、力へと変えていく。
そして私は……
「………あっ」
――――見つけた
身長、顔つきは最後に会った時と、多少変化していたが
間違いなく私は、カズくんを……自分のお兄ちゃんを見つけた。
呼びかけなければ、自分の存在に気づいてもらわなければ
私は声を出して名を叫ぼうとするものの、中々言葉が出てこない。
しかし、カズくんは止まることのなく歩を進めていく。
早く、早くしないと……カズくんがどこかに……
そんな思いが私を襲い、次の瞬間
「かっ、カズくん―――!!」
カズくんのいる方向へと叫んでいた。
「………えっ?いっ、泉?」
周りの人達が沈黙し、私に視線を向ける中
カズくんはゆっくりと私の方へ顔を向ける。
「なんで泉がここに……どういうことなんだ?」
いまだ状況を把握していないカズくんはいつもと変わらず
混乱した様子で私の方に向かって話しかけてくる。
だけど、私はそんな慌てた様子をよそにカズくんに向かって駆け寄り
そのままダイブするように……抱きついた。
もうカズくんを離さないようにと、ぎゅっと力強く……
するとさっきまで慌てていたカズくんも何かを察したらしく
私を包み込むように抱きしめてくれる。
「会いたかった……カズくん。会いたかったよ」
自然とそんな言葉がもれてくる。それ以外にも、もっと言いたいことが
たくさんあったのに、これしか言葉になって出てこない。
そんな私をカズくんは何も言わずただ優しく、子供でもあやすかのように
頭を撫でながら、ソッと抱きしめてくれる。
カズくんと会えなった数年間
私の兄であるカズくんは優しく、頼もしい
日本にいたときと変わらない私のお兄ちゃんがそこにいた。
これでいつもと変わらない、日本の時と同じにあんな日常を
私はもう一度を過ごせる。そう思っていた、そう思っていたのに……
「何の騒ぎなんだ、カズ?」
「あらあら♪これはどういった状況なのかな……」
あの時と同じに日常はもう……帰ってはこなかった。
カズくんに親しげに話しかけてくる二人の女性
少し気の強そうな私と同い年くらいの女の子と女の私すらも目を惹いてしまうほど
美人と言う言葉では片付けられないような私より年上な感じの女性。
そして、カズくんが二人……いや、その綺麗な女性に向ける私に見せた事のない表情、視線。
そこには私の知らないカズくんの世界が広がっていた。
昔までは私とカズくんだけの空間だったものが、永遠に変わらないと思っていた日常が
今、私の目の前でハッキリと変化している。
この瞬間、私は気づいた。
カズくんはもう、私だけのカズくんではなくなっていることを
それにこのカズくんを思う気持ちが兄弟愛ではなくて
本当に一人の男性として愛していたことを……
今更ながら、私は気づいた。
いや、私はこの思いに前から気づいていたのかもしれない。
ただ認めたくなかっただけ……
この兄と妹である関係を壊したくなかったから、現実に目を背きたかったから
頑なに私はこの思いを否定し続けたのだろう。
しかし、数年ぶりのカズくんの再会、変わってしまった空間
これが私の塞き止めていた思いをすべて開放してしまった。
でも、今頃認めたとしてもカズくんの視線は、カズくんの心は
私の方向には向いてはいない。
所詮は妹……どうすることも出来ない大きな壁であった。
だけれど、だけれども私はこの思いを捨てきることは出来ない。
無理でも、不可能であろうとも愛し続けたかった、見続けていたかった。
そして、私はカズくんの傍にいることを選んだ……妹として
報われないと分かっていようとも、いくら想っても叶わないと分かっていようとも
私はただ近くでカズくんを見続けていたかった。
その後は昔とは違うけれども、カズくんと麻衣さんと同じ想いを持つ沙希と
一緒に過ごす日々が続いた。
自分が望んだ形ではなったけれど、またカズくんと一緒に……
それだけで私は幸せだった、満足であった。
でも、私は気づくべきだったのだ。
この事件は起こるべくして起きた事件なのだから……
運命の日
その日は雨が降っており、空は暗黒のように暗かった。
嫌な予感はしていた。私は電話がかかった瞬間、沙希と一緒に病院へと向かった。
病院に着き、看護師に病室を聞き、カズくんのいる部屋へと向かう。
そして、そこには……いつものカズくんはいなかった
死んだような虚ろな目、生気を感じさせないダランとした体
生きている人間とは思えないほど、体の動きを感じさせなかった。
「かっ、カズ……くん?」
私は震える体を抑えながら、話しかける。
すると、カズくんはゆっくりと体を動かし、私の方に視線を向ける。
「……お前は……ダレ……だ?」
「……えっ?」
私は自分の耳を疑った、冗談かと思った。
しかし、本当にカズくんは私を、伝馬泉を理解していない……
「お兄ちゃん!!私だよっ!泉だよっ!!」
カズくんの元に近寄り、自分の事を必死に訴えかける。
あの日以来、お兄ちゃんと呼ばなくなったあの時から初めて
私はカズくんのことを「お兄ちゃん」と呼んだ。
叫び続けた。こんなことありえない、お兄ちゃんが私のことを
忘れてしまうなんて、信じたくないことだった。
でも、何十分、何時間もお兄ちゃんに向けて言い続けようとも
私のことを思い出してくれることはなかった。
―――記憶喪失
それが今、カズくんに起こっている病気であった。
この事件のショックで周りの人たち、家族のことまで忘れ
自分の名前すら思い出せない状態であった。
自分自身を、いままで歩んできたカズくんの人生を否定するかのように……
先生はこのまま記憶が戻らない可能性まであると、私達に向けて言った。
その時私が感じた思いは絶望感……
どうすることも出来ない、一筋の光すら見えない暗黒
私のお兄ちゃんが、私のお兄ちゃんでなくなる?
信じられない重圧が私を襲った。
涙も出てこず、体中の震えが止まらない……恐怖感
何もすることが出来ない歯がゆさ。
私は結局、沙希と一緒に日本に行くことを決めた。
何もカズくんの力になれず、私はカズくんの前から姿を消したのだった。
私はゆっくりと目を開ける。
目の前にいる私の母、伝馬百合。旧姓、芹澤百合
私は伝馬の苗字から芹澤に変えて、この扇山高校に入学した。
そして、まさかまたカズくんと再会するとは、夢にも思っていなかったことだが……
「で、お母さん。私に伝えたいことって言うのは」
あのときの私は逃げ出してしまった、弱い人間であった。
だけど、今は逃げださない。
「泉。ここに帰ってきた和弥がどうして記憶を、それも麻衣さんに関する人物以外の
記憶を取り戻したのか……知りたくない?」
そう。私が気になっていた点
それを我が母は予想通り上げてくる。
ここにカズくんが赴任してきてから、ずっと気になっていたこと
それを母は私に教えてくれようとしている。
私はゆっくりと首を縦に振り、神経を集中させる。
「そう……なら、教えてあげる。小さな嘘が招いた、奇跡の話を……」
そう言って、母は私に昔話でも話すような感じで話し始めた。
日本の某空港
俺は我が母を送るため、今空港のロビーで飛行機を繰るのを待っていた。
母の送りなのだから俺ひとりでいいものの、俺以外にも飛鳥、蓮、奏、朝倉
そして、この前いなかった芹澤まで来ている。
中々の大所帯による、見送りだ。
『アテンションプリーズ……ロサンゼルス行き225便はまもなく……』
航空内アナウンスが母の乗る便の時間を知らせる。
もう、出発の時間だ……
「じゃ……時間だし。母さん行くよ」
「……ああ」
いつもの変わらない明るい感じ、笑顔を俺に向ける我が母
それに答えるように、はにかみながら答える俺。
「しっ、仕事頑張って来いよ!母さん」
言いたかった台詞、それを噛みながらも伝えることが出来た。
その言葉に驚いたのか、少しビックリした顔を母は浮かべるものの
すぐにいつもの調子へと戻る。
すると、母はゆっくりと俺に近づき……抱きしめ、耳元で何かを囁いた。
数秒間の抱擁……俺は何も出来ず固まったまま
母に抱きしめられ、ゆっくりと俺を離す。
「……じゃあ、行って来るね!」
そう言って、母は俺の前から姿を消していった。
俺はその姿を見つめながら、母が耳元で呟いた言葉について考えていた。
母は俺に向かって
『お膳立てはしてあげたわ……私の子供なんだから、信じているわよ』
こう呟いていた。
飛行機内
私は子供達、それとその友達に見送られながら飛行機へと搭乗していた。
自分の番号を見ながら、自分の席へと座る。
今回の日本への訪問……蘇ってくるのは二人のわが子の成長と周りの人間関係
もうとっくの前に自分の手から離れてしまった我が子だが
確実にいい方向へと進んでいっている。そしてあの問題も……
私は信じるしか今は出来ない。あの子達なら乗り越えてくれると信じているから……
「……うれしいそうですね。百合さん」
横の席から私の名を呼ばれる。
そこには見た目二十代前半の顔の整った美男子と呼んでいい人物がそこにいた。
「当たり前でしょ。自分の子供に会えたのだから」
正直な気持ちをその男に向けて返す。
その男は優雅に笑い
「やっぱり相変わらず、あいつは元気ですか。それは本当によかった」
と自分のことのように喜び、視線を持っていた携帯電話へと移す。
「……誰から電話でも待っているのかしら?」
その私の言葉に少し、困ったような微笑を浮かべて
私の方の顔を見る。
「数年間……ずっと一人の人物からの電話を僕は待っているんですよ」
「数年間の間も、あなたは……」
よく待っているものである。
誰の電話を待っているのか知っている私にとってはその言葉は
少し、重く……私へとのしかかる。
「なぜ……あなたは待っていられるの?」
純粋に出てきた疑問であった。
それを聞いた、その男性はニコリと世の女性を虜にしそうな笑みを浮かべて
「あいつは……伝馬和弥は僕にとって親友ですから」
と滑らかに答えた。
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