第46話夏の定番
「……海……だな」
俺は周りに広がる巨大な海を見渡しながら、今日何回目になるかわからない
独り言をボソリと呟く。
肌を焼き付けるような太陽の日差し、それに加えて止めどく無く流れる汗。
海へ……遠くへ来たものだ……そんな実感がやっと今頃になって沸々と湧いて来る。
それもそうだろう。何しろ俺達は、朝倉家専用のプライベートビーチに来ているのだから……
「どんだけ金持ちなんだよ……」
こんな感想しか述べられない俺が恨めしいが、正直この言葉しか出てこない。
漫画などではよくある光景ではあるが……実際に目のあたりにすると
非常識と言う言葉では収まりきれないことだと、俺は身を持って実感している。
そんな思いを感じながら、視線を海の方へと戻す。
「気持ちいいよぉ!海最高だよぉ」
「本当にいいのかしらね……こんな豪華な場所が私達の貸切なんて」
「そうですよね。これほどの贅沢ありえませんよ」
海の方では飛鳥、蓮、奏の3人が優雅に海水浴を楽しんでおられる。
蓮、奏の言うように、少しと言うか、かなり贅沢な状況であろう。
まぁ……飛鳥は小学生のごとく、浮き輪を持ってワイワイ、バショバショしているが……
それ以外の人達はと言うと……
この旅行の企画者朝倉、そして芹澤は浜辺に準備したビーチパラソルの下で
メイドさんが用意したトロピカルなジュースを飲みながら
「問題ない、ここは完全なる朝倉の土地だ。何も気にせず、存分に遊んでくれ!」
「そうだよ♪無問題、無問題♪」
海にいる3人向けて、言葉を送っていた。
芹澤はもちろんのこと、あまり表情に変化のない朝倉も友達と一緒に旅行とあってか
満面の笑みがこぼれており、当然のごとく同様に飛鳥、蓮、奏も笑顔がたえない状態だ。
だが、そんな明るいムードの中、俺一人は……
「どうしてこんな事に……逃れられない、これが俺のディスティニーなのか……」
体育座りをしながら、浜辺に一人ポツンと寂しげに佇んでいて
哀愁と言うものが体全体から溢れ出しているのが自分でもわかる。
「どうしたのだ?伝馬氏。無理矢理連れて来たが、満足できる空間を用意したつもりだが」
そう言って近づいてくるのは、俺をこの旅行に連れてきた張本人朝倉。
当初、俺はこの旅行に参加することを拒み、逃走と言う手段を取り
あえなく捕まって、連れて来られたという経緯を持っているのだが……
「確かに文句の付け所なんてないよ。見渡す限りの海!豪華な別荘!料理!
その他もろもろ完璧だ!最初は俺も片意地張らずにこの旅行を楽しもう。
そう思ったさ!でも、俺はな……」
「……俺は?どうしたんだ、伝馬氏」
「おっ、俺は……」
「何なんだ?はっきり言わないと伝えたいことも伝わらないぞ」
俺の言いたい事をわかっているであろうに不敵な笑みを浮かべながら、朝倉は聞いてくる。
このことを自分で言ってしまうのは恥ずかしい気もするが
こういう風な流れに持っていかれたら、もう言うしかない。
プライベートビーチと言うことで誰も他の人間がいないとあってか
俺は叫ぶように言う。
「俺はな、俺は……カナヅチなんだよぉぉぉぉ!!」
雲ひとつない青空に向かって、俺の声が響き渡る。
海に来て一人泳げないと言うことは、俺にとって予想以上の疎外感を生んでいた。
一人だけ仲間はずれ……傍観者……
だが、どうすることもできない。情けないことに……
俺、伝馬和弥はまったく、これっぽっちも泳ぐことが出来ないのだから。
その後は朝倉を筆頭に爆笑の嵐である。
朝倉と芹澤は隠すことなくオープンな爆笑具合で涙まで流し、蓮と奏は俺をかばうような
言葉を掛けるが、口元が歪んでいるのが明らかだ。
飛鳥に至っては、ここぞとばかりに俺を子ども扱いして勝利の笑みを……
「くっ、屈辱だ……」
俺は崩れるように体を倒し、言葉を吐き出す。
朝倉や芹澤ならまだしも飛鳥にまで馬鹿にされるなんて……
「ふふふっ……笑いすぎて腹がよじれると思ったぞ。今までのはちょっとした罰だ。
正直に来ない伝馬氏に対してのな」
やっとのことで笑うのを止め、涙を拭きながら説明する朝倉。
分かってはいたけど、ここまでしなくても……
「仕方が無いだろう。当然の報いだ。でっ、でも、これではあまりにも
伝馬氏が可哀想だからな。何か浜辺で、できる遊びでもするか?」
「………それはありがたいが、その遊びって何なんだよ?」
俺は下に向けていた視線を上に向けて朝倉の顔を見る。
すると、朝倉はニヤリと笑みを浮かべて
「海の浜辺でする遊びの定番……ビーチバレーなのだよ!」
そう言って、朝倉は俺の目の前にビーチボールを見せる。
びっ、ビーチバレーって……俺、スポーツは全般的に……
「やるぅ!やる、やる!ビーチバレー私もするよぉ!!」
「私もするわ!何か泳ぐだけじゃ物足りてなかったのよね」
「やっぱり海での遊びって行ったらこれですよね。是非私も!」
「面白そう♪私も混ぜてぇ〜」
海に入っていた3人、そしてビーチパラソルの下で笑いこけていた芹澤が
一斉に俺と朝倉のいる方向へと集まってくる。
ヤバイ……これはもう後戻りは……
「セバスチャン!!」
「お呼びでございますか、お嬢様」
朝倉の掛け声とともに執事服を着た「セバスチャン」と思われる人物が
俺の横に登場する。文字通り、疾風のごとく……
「今すぐ、ビーチバレーができるよう準備しろ!即急だ!!」
その言葉が放たれた途端、まるで早送り映像を見ているかのごとく
高速で準備が行われていく。ハッキリ言って人間業ではない。
「これが現代の執事……なんという驚異的な力だ。確かに今の執事は
超必殺技の一つや二つ持ってて、当たり前の時代らしいからな……」
「カズちゃん……それはコンバットなバトルストーリーだけだよ」
真面目な顔して語っている俺に冷静に突っ込む飛鳥……さすがだな。
こうしている内に準備は完了し、立派なビーチバレーのコートが姿を見せる。
「さぁ、始めるとするか!!」
あまりにも唐突すぎる感じだが、ビーチバレー対決という漫画、アニメ的には
萌える……いや、燃える展開へと突入していくのであった。
「奏ちゃんお願い!!」
「了解です。飛鳥さん!!」
飛鳥の言葉に応えるように絶妙なタイミングでトスを上げ
それに合わせて飛鳥は地面を蹴り、空中へ舞う。
「えりゃ!!」
かわいらしい声とは対照的に鋭いスパイクが相手側コートへと突き刺さる。
プロも顔負けの跳躍力を生かした攻撃だ。
だが、それを朝倉は体勢を低くし、レシーブ体制をとる。
「威力はあるけれど、逆に軌道は読める!!来る場所が分かっているのなら……
意地でも取ってみせる!!」
飛鳥から放たれたスパイクを根性で体を倒しながらもレシーブ。
「後は頼むぞ!蓮!!」
「任しときなさいよ。私を誰だと思ってるの!!」
レーシブで上げられた、決して打ちやすいとはいえない球に対して
上手くタイミングを合わせ、跳躍する形に入る。
「泉ちゃん、奏ちゃん!!ブロック!」
「飛鳥ちゃん、後ろ頼んだよ♪」
奏と芹澤がブロックの体制に入って、後ろでレシーブ体制で構える飛鳥。
これは……抜けない!!そう、俺の頭によぎるが……
「この勝負は私の……勝ちよ!!」
「「「……えっ!?」」」
蓮は飛んでおらず、まだ地面に足をつけている。これって……
「一人時間差!?」
飛鳥が叫ぶようにその言葉を放つ。
奏、芹澤のブロックタイミングは完璧に狂わされ、後には壁のない状況で
スパイクを打とうと空中に舞う蓮の姿が……
「これで決まりよぉ!!」
その掛け声と共に放たれたボールは飛鳥の腕に届くことなく
浜辺の砂へと突き刺さる。
「ピピッ――!!朝倉チームポイント!」
そう、このワンプレーから流れは変わったのだ……
なんてスポーツ漫画風に一人で語ってみるも……むなしい。
俺はコート内の隅っこで、この異常気象にも負けない熱さを持った戦いを眺めている。
芹澤の企画した一応俺のためのビーチバレー対決はじゃんけんの結果
朝倉率いる蓮、俺のチームと飛鳥率いる奏、芹澤のチームですることとなったのだが……
結局はさっきと同じように疎外感を感じている俺。
どうにか混じろうとするものの、次元が違いすぎてトスすらできない状況。
正直レベルが……ポテンシャルが……
俺の頭にはその人物たちが女子であるという事実でさえどっかに行ってしまっていた。
得点を見てみると15−13で俺たちのチームは若干飛鳥チームにリードを許しており
ピンチな状況だ。とは言え、俺はこのバレーレベルに参加できるほど
技術は持ち合わせていない。
「朝倉……」
「……どうしたんだ?伝馬氏」
額には大粒の汗をかいており、疲れが溜まっているように見える。
当たり前であろう。あっちはフルに3人が動いているにもかかわらず
うちのチームは動けているのは2人のみなのだから……
「すまないな……朝倉。俺がもう少し動けていれば……」
「なぁに、気にする必要などない」
そう朝倉が言うものの、俺は申し訳ない気持ちで一杯だ。
今、負けているのは明らかに俺の責任……どうにかできないものか……
「俺ができることだったら、何でもするんだが……でも俺なんかじゃ」
考え事をしている内に意識することなく独り言がもれる。
すると、朝倉は俺の肩をがっしりと掴み、呼吸音が感じられるくらいまで顔を近づける。
「さっき、伝馬氏は何でもする……そう言ったな」
「あっ、ああ!確かに言った気がせんでもないが、それがどうした―――」
「チームのために犠牲になってくれ♪なあに軽く顔面ブロックとかするくらいだから」
ものすごい、いい笑顔を俺に向けて朝倉は言う。
えっ!?これって……死亡フラグ?
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!!確かにチームのために何でもするとは言ったが
モノには限度ってもんがあってな、それは想定の範囲外―――」
ここまでが俺が覚えているギリギリの記憶部分であった。
気づいたときには、俺は浜辺の上で無残に倒れており、コートの方に目を向けると
手を取り合って勝利に酔いしれる蓮と朝倉の姿が……
俺はおぼろげで、かすんでいる頭の中、この現状のある一つの結論を
導き出していた。それは……
「朝倉の奴……今回の旅行を拒んだ件、相当根に持っていたみたいだな……」
今頃になって気づくも、まさに後の祭り……
俺の体中には無数のダメージと信じられない疲労感が襲ってくる。
これからは女の子の気持ちとか考えて行動しなければならないな……
珍しくそんなことを考えている俺なのであった。
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