第33話一日バイト体験 下準備
「ピンチだよぉ!カズちゃん!」
そんなことを大声を出しながら、俺の居間に入る扉を開き、無断に侵入してくる。
今日は金曜日
やっとのことで学校の仕事という責務を果たし、ゆっくりと夕食でも……
と思った矢先にこれである。
「どうしたんだ?俺は昨日あるアニメを見て、無性に食べたくなって作った
花丸ハンバーグが俺を待ってるのだが」
「そんなことはどうでもいいよぉ!それに漫画は微妙な最終回――」
「いうな!これ以上何も言うなっ!」
俺は飛鳥の口を塞ぎ、これ以上の喋りを封じる。
もう一度復活することを願っているよ……
そんなことを俺は上に向かって思う。
「話は逸れたが、何があったんだ?」
会話を元に戻し、飛鳥にここに来た用件を聞く。
「話を振ったのはカズちゃんじゃ……そんなことより大変なのぉ家がピンチなのぉ!」
「どういうことだ?ゆっくりでいいから俺に分かるように話してくれ」
慌てている飛鳥を落ち着かせながら、言葉をかける。
いつもとは違い、本気で焦っている飛鳥。
深呼吸を1回、2回。
落ち着きを取り戻した飛鳥は、今度はゆっくりと話し始める。
「えっとね、私の家って喫茶店営んでるの知ってるでしょう?」
「ああ……たしか名前は百華屋だったよな」
百華屋
この町の中心街にある喫茶店であり、飛鳥の母さんが営んでいる店だ。
しかし普通の喫茶店とは違い、料理が得意な飛鳥ママおかげか
ファミリーレストラン並みの品数を誇り、一品一品完成度が高い。
そのため周りのチェーン店を圧倒するほどの人気を誇る店である。
ちなみに人気商品は値段もリーズナブルなイチゴサンデーが
この店の名物で……ってこの感じはあの人気泣きゲーで有名な……
「今思ったんだが、あの店って今にもイチゴサンデーが大好きな少女が出てきそうだな」
と一般人には分かりにくい例を挙げる俺。
「そうだね。たい焼きが大好きなうぐぅな女の子やアイスクリームが大好きな病弱少女とか
出てきそうかもぉ。お母さん狙ってつけた訳じゃないだろうけど……」
と軽く俺の内容を理解し、返してくる飛鳥。
さすがは飛鳥……伊達に自称アニオタと言ってるだけはある。
つうかあれはギャルゲーなんだが……
また、そんな風に話がずれているのに気づき、話を戻す。
「で、そのお店がどうしたんだ?」
「えっとね……明日のシフトの人がほとんど風邪や突然の休みになっちゃって
人手が足りないのぉ。私も学校に用事があるから手伝えないし……」
「……で、何が言いたいんだ?」
「まぁ……手短に言えば、明日家の手伝いお願いできないかなぁ?かなぁ?」
結局はそういうことらしい。
俺からしても飛鳥の家の人には幼少時代からかなり良くしてもらっている。
親が仕事でいなかった時はよく百華屋で飯食べたのはいい思い出だ。
こっちに帰ってきてから、まだあいさつにも言ってないことを思い出し
俺は飛鳥の申し出に応じ、明日は百華屋でのバイトに勤しむこととなった。
「おはようございます!」
朝の挨拶を述べて、店の扉を開く。
中は昔と変わらず木製の作りをしており、置物なんかもアンティークな感じの趣のある
自分にとっては懐かしい光景が広がっていた。
しばらくすると、奥から誰か出てくる。
「久しぶりね、和弥くん。元気だった?」
そう言いながら、笑顔で俺を向かいいれるのはここの店長である飛鳥ママ。
数年ぶりの再会であるが、昔と変わらず姿に変化は見られなかった。
何年もたっているはずなのに、その綺麗な姿……
何かの魔法でも使っているのでは?と思うくらい綺麗な飛鳥ママがそこに立っていた。
飛鳥ママは俺の顔をじっと眺めて固まっている。
じっと見つめられると気恥ずかしい思いが立ち上ってくるのだが
それ以上に飛鳥ママの少し寂しげな顔が気になって仕方がなかった。
どうしたのかと思い、話しかけようとすると
急に飛鳥ママは俺に近づき、そのまま抱きしめた。
えっ?と思いながらもなにか暖かく、とても優しい気持ちになり
そのまま抱きしめられた状態になる俺。
それから数十秒後
そっと俺から離れる飛鳥ママ
「お帰り……和弥くん……また会えてとてもうれしいわ」
飛鳥がもっと大人っぽくなったら、こんな憂いの帯びた表情ができるのだろうか
大人びいた飛鳥のような顔で笑顔を浮かべる飛鳥ママの顔は
触れてはならない崇高な感じがした。
「あっ……その……お久しぶりです」
まともな会話が出来ない。
久しぶりすぎて初対面な感じになってしまう。
そんな俺の様子を見てか、飛鳥ママは
「そんなに緊張しなくてもいいの。ここはあなたにとって第二の家族……
そして私はあなたの母親のようなものなんだから」
そう昔からそうやって俺を扱ってくれた飛鳥ママ。
その言葉を聞いて、俺は心の底から落ち着くような思いを感じていた。
さっきまでの緊張感は抜け、いつも通りの調子に戻ってくる。
その後は飛鳥ママを本当の母のようにいろいろなことを話していた。
先生なったこと、学校、生徒、私生活
他愛のないことばかりだったが、笑顔で話を聞いてくれた。
そうしているとこんな思いが溢れてくる。
故郷に自分の元いた場所に……帰ってきたんだな……と
「これが制服だから奥の部屋で着替えてきてね」
「あっ!分かりました」
そう言って和弥くんは服を持って奥の更衣室へ入っていく。
その姿を私は眺めていた。
飛鳥から聞いていたとはいえ、本人に会うとどうしても来るものを感じてしまう。
アメリカ時代の和弥くんを知っている私からすれば、信じられない状況だ。
今の和弥くんはとてもいい表情していた。
生きることに頑張っている顔をしている。
しかし、あの悲惨な事件の後の和弥くんは見るに耐えない状況だった。
すべてをモノを放棄していた。
感情……生きる意志さえも……そして最後には記憶を……
ダメよ!私!そういうこと考えるのダメ。
今日は和弥くんが手伝いに来てくれてるんだから、ネガティブな思考は禁止である。
今はこんな他愛のない日々を過ごすべきであろう……来るその日まで
私はどうすることもできないそれは和弥くんの問題だから
自分で解決しなければならない。
そして……今日のバイトも……
「……何これ?」
俺は袋に入っていた制服を取り出す。
中にはなんと女性物の制服が入っていた。いわゆるウェイトレス服が……色はオレンジ。
そうだ……忘れてた……飛鳥ママは実は昔から俺に女性物の服を着せて遊んでいたことを
今頃になって思い出した。もう遅いが……
いわゆるこれを来て接客をしろと言うのか……
考えただけで悲惨な感じだ。
今は漫画中でも男性が女装するネタが増えているとは言え
俺までもがこの流れに加わるとは……
「絶望したっ!この男性に女装させる世の中に絶望したっ!」
「そんなアニメ化したからって無理に使わなくても……」
突然そんなツッコミを入れてくる飛鳥ママ。
大丈夫です。原作からのファンです。
「そんなことよりもうすぐ開店なんで急いでくださいな」
飛鳥ママは準備を始めている。
これは試練なのか……
俺は悩んだ。大いに悩んだ。
刻一刻と迫る開店時間……
時計の一秒一秒刻む音が聞こえてくる
「やるしか……ないのか……」
俺はオレンジ色のかわいいウェイトレス服を手に取った。
|