きつねうどん縦書き表示RDF


きつねうどん
作:子鉄


私は駅前の立ち食いそば屋でかき揚げ丼を食べていた。
出勤前や、帰宅時に寄ることの多い馴染みの店である。

するとおばあちゃんが手押し車を押しながら店内に入ってきた。
70歳くらいで、にこにこと愛想のよい感じである。
            
「お兄ちゃん、おいしそうなの食べてるねぇ。何それ」                 

人懐っこそうなお婆ちゃんは、私にも気兼ねなく話しかけてきた。

「え、かき揚げ丼です」

おばあちゃんは一目見て、私の食べるかき揚げ丼を気に入ったようだ。

「私もそれもらおうかしら」

一言呟くと、うんうんと頷きながらカウンターの椅子に腰をかけた。
そば屋のおばちゃんは、会話を聞いてかき揚げを箸で摘んだ。
迅速が命の立ち食いそば屋では、先を読んで行動するのが基本なのであろう。
目線を丼に移し、すぐ次の行動にいける準備をしている。            

「お姉さんっ」           

「はぁーい」                    

何を注文されるか分かっているおばちゃんは、丼にごはんをよそりながら答える。
長年この店でつちかってきたプロの技術だ。


「きつねうどんちょうだい」


「はぁーい、かき揚げ……え?」


一瞬にして空気が凍りつき、予期していなかったお婆ちゃんの一言に、店内の誰もが言葉を失った。         
おばあちゃんは何事もなかったように話し続ける。


「いやあ、昨日のはあんなん、ぶかぶかやったで」

恐らくうどんの上の天麩羅が汁を吸ってふやけてしまっていたのであろう。
昨日のうどんの様子を話し続けた。                   

「昨日のはそりゃあ、もうぶかぶかやったで。なんや、もうぶかぶかや」

十中八九、お婆ちゃんがしゃべりに夢中になった為に天麩羅がふやけてしまったんだと思われるが、反省の様子もなくその勢いは今日も止まることを知らなかった。

「ほんまに、ぶかぶかや、はー、BUKABUKA」

その後も何度もぶかぶかを強調するおばあちゃんに店内は苛立ち始めていた。       

「ぶかぶかやと、はぁー、食べられへんわ。もう、なんや、やぶれブカブカれやわ」           

(……このぼけ、何回ぶかぶかって言うんだ。あ?なんだ、やぶれブカブカれっつーのはよ。次ぶかぶかって言ったらこの水ぶっかけてやる)

店内の誰もがそう思い、コップをギュッと握り締めた。そして無関心を装い、どんぶりを食べながら、心の準備をして次のブカブカを待った。           

「しかし、ほんまにあのうどんはそりゃあもうなんや・・・」              

(来たっ!このボケ、一発かましてやる)

お婆ちゃん以外の全員が無言で目を合わせ、ゆっくり頷いた。
あとはあの言葉を待つだけである。                    



「あれやわ、あのうどんはそりゃあ……ずくずくや」






--ズっドーン!                   





店内の全員が後ろにひっくり返り、顔から水を浴びた。
うどんを茹でるおばちゃんは勢い良く、熱湯に頭を突っ込んでいる。            

(そこでブカブカって言えやっ!) 

ハンカチで顔を拭きながら心の中でそう呟いた。  
しかし、お婆ちゃんは何事もなかったように話し続ける。

「ずくずくうどんやで、ほんま」       


(ずくずくってどういう状態なんだよ)

苛立ちは募るばかりだったが次の瞬間、自分の無力さを知ることになる。
            
「あれや、うどんゆうのはやっぱりきつねやね。ブカブカはあかんわ」              

常連なのであろうそのお婆ちゃんの話を、店のおばちゃん達はやさしく聞いていた。    
この後にあのような事が起こることも知らずに。
茹で上がったうどんのお湯を切り、器に移そうとしたその時……







「あ、お姉さん、おそばにしてね」




「あ、……え?」




きつねに摘まれたような、お話でした。


ブカブカな話ですみません。
9割は実話です。













ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




◆BACK
小説家になろう