第四章
なんだかんだ言って淡雪――フェイクの世話は結構手間が掛かって楽しかった。
ちなみにフェイクというのは俺が電話中に咄嗟に淡雪の為に考えた物で正確にはまだゴールドに認定して貰っていない唯のニックネームに過ぎない。
まぁ俺が呼ぶ分には問題なかろう。
「うぅ」
「こら。いつまでもイジイジしないでこっちに来い」
「でも」
この通りフェイクはずっと自責の念に駆られてちっとも外出しようとしない。折角健康な身体を手に入れたというのに宝の持ち腐れだ。
ちなみに俺の部屋は住人でいっぱいだった為に彼女にはエアーズと同居して貰っている。本当に功労者はエアーズだわ。
「口答えするなっての」
「あいた」
フェイクにデコピンしてやると額を赤くした彼女はちょっと涙目でウルウルと俺を見上げてくる。
う。可愛い。
思わず抱きしめて頭をナデナデ。
「は。いかん。甘やかしに着たんじゃなかった」
フェイクは今までずっと過保護に育てられた為か非常に甘え上手だった。しかも彼女は予知能力にばかり頼っていたので能力以外には何も出来ない。家事に関しても他に関しても無能も良い所だった。
「と、兎に角折角健康な身体を手に入れたんだから何か有意義な事をしないと」
「有意義な事って、例えば?」
「料理とか?」
「料理・・・」
フェイクは暫くブツブツ考えていたが意を決して立ち上がるとガッツポーズを取って叫んだ。
「やってみます!」
「・・・」
進めておいてなんだが凄く不安だ。
勿論、俺の予感は外れてくれなかった。
「リバース!リバース!出来ました!」
「お~」
意気揚々と飛び込んでくるフェイクに俺は元気なく手を上げてヨレヨレと答える。ちなみにテンペストに膝枕して貰って胸には子狐形態の玉藻と人間形態のミタマを寄りかからせているがフェイクは一切を無視して飛び込んできた。
「今日は上手く行きました!見てください。焦げてないでしょ?」
「・・・そうだね」
フェイクが作っているのはクッキーらしい。腕前は本人が自爆する通りにかなり低い。
「そ、それじゃ今日も・・・」
「あ~」
テンペストに膝枕されたまま俺は口を開けるとフェイクはオズオズしながら俺の口にクッキーを運んで放り込んだ。
齧る――ちょっと硬すぎ。煎餅より噛み砕くのに苦労するクッキー。味わう――何故かしょっぱい。塩と砂糖を間違えたと言うより両方入れてある。形状――みていないけど多分見なくて正解。
「40点」
「え~」
俺の傍にしゃがみ込んだフェイクは不満の声を上げる。ひょっとして自信でもあったつもりか?
「ま。でも昨日よりはマシになってる。頑張ったな」
「あ♪」
俺が頭を撫でてやるとパッと嬉しそうに顔を輝かせて笑顔になる。彼女が褒められたがっているのは知っていたが想像以上に単純だ。
「私もっと頑張るね」
「お~。いつか俺を唸らせる物を作ってくれ」
「うん♪」
意気揚々と台所に引っ込むフェイクを笑顔で見送り――。
「凄いわね」
テンペストがポツリと感想を漏らした。
「何が?」
「全部。これだけ毎日クッキーを食べさせられているのに良く飽きないなぁとか、毎日違った褒め言葉を良く考え付くなぁとか」
「前半に関してはやせ我慢。後半に関しては得意分野だ」
「やっぱりね」
いくらなんでも毎日クッキー(失敗作)を食わされるのは超きつい。けど実際にフェイクが立ち直るきっかけになったのだから文句を言うのはもっと元気になってからにしよう。
「でも実際フェイクの腕は日に日に上がってるし」
「亀より遅い進歩だけどね」
フェイクがクッキーを作り始めてから既に2週間。一度も大成功がないのはある意味凄いとしか言えない。何でマイナス方面にしか褒める所がないのだろう?
「クラウって実は凄い人だったのかもね」
「んにゃ。可愛いのは可愛いんだよ。フェイクは異常なほどに保護欲を刺激するし。あんなのが妹だったら過保護になって当然だな。あいて」
調子に乗った俺が口を滑らせるとテンペストが俺の耳をひっぱる。勿論わざとだけど。こうやって嫉妬するテンペストも悪くない。
★ 女だらけの祭り
「買い物?」
「ええ。フェイクって即席で着たから碌な着替え持ってないじゃない。だから買い物に行こうと思ってね」
「へぇ~」
気のない返事を返すリバース。
まぁ前に女版のリバースを連れて行って散々着せ替え人形代わりにしたから仕方がないか。
「それじゃ行くのは私とフェイクと・・・」
「私も行きます」
参加表明をあげたのは意外にもエアーズだった。
「良いの?」
「良いんじゃない?フェイクが一緒なら多分問題ないだろう」
フェイクが一緒なら?
「ああ。そう言う事ね」
フェイクが一緒ならクラウが影ながら護衛に入る。それなら私たちも安全だといいたいのだろう。
「リバースは着てくれないの?」
「大人しく留守番してる」
頭に玉藻を乗せながらリバースは自堕落な回答を返してきた。残念。
「白と黒ってどっちが好き?」
『エアーズとフェイクなら白、テンペストならどっちでも良い』
エアーズとフェイクに向けた質問だったのに何故か一番に回答してきたのはリバースだった。確かに眼鏡に質問は送っていたけど即答だった。
「何を選んでいるのか分かっていて答えているの?」
『下着だろ?』
「・・・」
正解だったので思わず沈黙してしまう。
『エアーズとフェイクは細身だからな。流石に黒は似合わない。テンペストなら清楚系も誘惑系もどっちでもいけるさ』
「・・・それって褒めてるのよね?」
『勿論』
またも即答のリバース。つられて二人――エアーズとフェイクの方へ視線を向けて彼女達のスタイルを観察してしまう。
確かにスタイルという点では私が一番だろう。
フェイクは言うに及ばず、エアーズは私より少しだけ年上の筈だが彼女はスレンダーな体系なのであまりお色気担当という感じではない。
「なんだか失礼な事考えてませんか?」
「別に~」
意外に鋭いエアーズに指摘されるが惚けてみる。
「別に良いですけどね。それにスタイルという点なら女版のリバースが一番だと思いますけどね」
「・・・」
そういえばそうだった。確かに『3人の中でなら』私が一番だけど女版のリバースはあらゆる意味で反則の女だった。
「あれは反則よねぇ~」
「ええ。全くです」
「??」
唯一フェイクだけが頭に?マークを浮かべていたけれど私とエアーズは盛大なため息をついていた。
買い物の中休みとして喫茶店で休憩する事にした。する事にしたのだが――。
「美味しぃ~♪これ、とっても美味しいですねぇ~」
大きなパフェを前にフェイクが舌鼓を打っていた。
「良かったわね」
対して私とエアーズの前には珈琲。言うまでもなくブラック。
「お二人は食べないんですか?とっても美味しいですよ」
「遠慮しておくわ」
「私も甘い物はちょっと」
本当は大好きだけどね!私も、多分エアーズも甘い物は大好きだ。けど大好きだからこそ抑えるときは抑えないと。間違ってもリバースに太ったなんて思われたら自殺してしまう!
「そうなんですかぁ~。残念ですねぇ~」
そんな私たちを尻目にパクパク食べるフェイク。
「あまり食べ過ぎると太るわよ?」
「あ。大丈夫です。私今まで全く甘い物食べてなかったので体重が普通よりかなり低いんです。だから沢山食べて栄養つけないと」
『・・・』
もし憎しみで人が殺せたならきっと私とエアーズはフェイクを殺していた。きっと。おまけに、こんなときに限ってリバースは空気を読んで会話に割り込んでこないし!
「楽しそうですわね」
「え?」
そんな私たちに割って入ってきた救世主は意外なことに意外な人物だった。
「ゴールド?」
金髪の少女――ゴールド。私たちの組織の指導者だ。
「何でここに?」
「リバースに誘われました。たまには私も息抜きをしてこいと」
「リバースらしいといえばらしいけど、良いの?こんなおおっぴらに動いて」
「私もそう思ったのですが、そういったらリバースに自意識過剰だと笑われました」
「なるほどね~」
確かにリバースなら言いそうだ。
「まぁ、実際息抜きはほしいと思っていましたけどね。やってみて実感しますが指導者などやるものではないですね」
「そんなに大変なの?」
「逆です。やることが何もなくて退屈な事この上ありません。その癖、正体だけはバレてはいけないって言うのだから」
「なるほど。リバースがやりたがらないわけだわ」
退屈ならドンと来いのリバースだがゴールドの抱えるような退屈はもっとも嫌う類の物だろう。
「それにしても良く化けたわね」
私の視線はゴールド――ではなく隣のバイブルに向けられる。
「流石にメイド服では目立ちすぎますから。もっとも『これ』だけは手放せませんが」
そう言って竹刀袋に包まれた物――恐らく刀を示すバイブル。
「まぁ、折角だから一緒にお茶しましょうか」
「ご好意に甘えさせていただきます」
そうして私たちは店員に頼んで少し広めにテーブルへと場所を移す事にした。
「そういえば・・・」
ゴールド達と合流して話で盛り上がっていた時、ふと前から気になっていた事をたずねてみようという気になった。
「バイブルの真名って何なの?」
このメンバーの中で唯一バイブルだけ真名を明かしていなかった。
「・・・」
「今更隠しても意味はないでしょう。腕輪の制約もない事だし任せるわ」
自分のことなのに何故かゴールドに視線を送って了解を取るバイブル。よく躾られてるなぁ~。
「略称でよく勘違いされるのですが私のバイブルという呼び名は振動のバイブレーションから取られた物ではありません」
「違うの?」
「もっと単純に考えていただければ私の真名も予想がつくのでは?」
「あ」
言われて直ぐに気づく。振動を操る能力者だからという事で否定もされていないのに素直な表現に騙されていた。
「つまり貴方の真名は・・・」
「振動聖典。振動ではなく聖典・・・聖書から取られたのが略称です」
「なるほどねぇ~」
すっかり騙されていた。
「でも、これで一応全員の真名が知れ渡ったわけね」
『鏡界天主』『黄金聴域』『振動聖典』『微風信号』『天輪偽装』。良くも揃った物だ。
「あ。今のうちに断っておきますが私の真名は嘘ですので」
「え?」
感心していた私に水を差してきたのはエアーズだった。
「でも貴方以前リバースに真名を呼ばれて・・・」
「一族出身の私がわざわざ本部に真名を提出すると思いますか?リバースの言う事を聞いていた事を含めて全て演出です」
「私たちにも教える気はないの?」
「ええ。私が『これ』をつけている理由をご存知ですか?」
そう言って右腕の手首に装着された物――腕輪を指し示すエアーズ。
「そういえば今更よね。外したいならリバースに言えば外してくれるだろうし」
「これは私が神剣を参考に改良を施した特別製なんです。なので外そうと思えば普通に外せますし記憶に介入してくるような無粋な機能は削除してあります」
「何かつけていて得なことでもあるの?」
「平たく言えば神剣の代用といったところです。流石に他の腕輪に介入出来るほどの力はありませんが装着者の能力を増幅する作用としては十分ですから」
「へぇ~」
納得したけれど一つ疑問が残る。
「それ。私達は使えないの?」
「使う事は出来ますがリバースに相談した結果却下されました」
「?」
「まぁ、それが私の真名を貴方たちに告げる事が出来ない原因という事です。ある機能だけは封印も削除も出来なかった物ですから」
「それって・・・」
「ええ。腕輪をつけている状態で真名を呼ばれると逆らえなくなる機能は健在なのです」
それは確かにリバースなら反対する訳だわ。最悪私達が誰とも知らない奴の言いなりになってしまう可能性があるのだから。
「それじゃ貴方の真名って誰も知らないの?」
「ええ。ゴーストは勿論のこと一族の長にすら教えていません。もっとも約一名には伝えてありますが」
「あ~。でも別にリバースは知ってても呼ばないでしょ」
「そうでもないですよ。二人っきりの時は良く真名で命令されますし」
「え?」
あのリバースが自分の女に対して強制命令権を?
「まぁ、仕事なんて無粋な用件で命令を受けた事は一度もありませんけど」
「・・・」
得意そうに胸を反らすエアーズの反応をみて沸き起こった疑問は直ちに解消された。つまりエアーズが喜ぶから命令している訳か。
つまり特に意味はないということ。
「それにしても豪華な面子ですね。女ばかりとはいえ、この面子なら小さな組織程度なら互角に戦えそうです」
「まぁね。だからこそリバースは私達の外出を許可したんだろうし」
「?」
感心したようなフェイクの言葉に私は冷静に言葉を返した。フェイクは理解が追いついていないようだけど。
「リバースにとって私達・・・特にテンペストは特別なのです。だから彼女が外出するときは強力な護衛が必ずつく事になっているんです」
「特別?」
「ええ。貴方やエアーズはリバースに『横取り』されてきた対象ですがテンペストだけは違います。彼女だけはリバースが横取りした人材ではなく彼女自身が選択した結果としてリバースの傍にいる。それ故に彼女はリバースにとって特別な存在なのです」
「特別と言っても特別えこひいきされている訳じゃないけどね」
「はぁ」
困惑気味のフェイク。ま、特別扱いされていないというのは嘘だけどね。
フェイクは『特別』の言葉に意識が行ってしまったようだが私が特別扱いされている証拠である『強力な護衛』という部分を聞き逃していた。
私にとっての強力な護衛というのは言うまでもなく玉藻とセシリアだった。
私が外出するとき昼間は玉藻が、夜はセシリアが最低限一緒でなくてはリバースは外出を許可してくれない。無論、玉藻やセシリアもその事実には気付いているが、その事実を前にしてもリバースに逆らえないくらいには彼女達はリバースにメロメロな訳だ。
ちなみにこれは玉藻やセシリアも知らない筈の事だが、リバースが玉藻やセシリアを横取りしてきた背景には恐らく私の護衛にする為の目的があった。
そのくらいには私はリバースに特別扱いされているのだ。
「でも、それなら何でリバースは私なんかを欲しがったんですか?」
『欲しかったからよ』
私、ゴールド、エアーズの声が重なってフェイクに答える。
「貴方が自分のことをどう思っているのか知らないけれど、少なくともリバースが欲しがるくらいには貴方は魅力的だったのよ。私にはリバースの考えを全て理解する事は出来ないけれど貴方を欲しがった理由なら明確に説明できる。リバースは貴方の能力や有用性を見越していたのではなく、純粋に貴方が欲しかったの。だから貴方を是が非でも手に入れようと画策した」
「・・・」
「こういうと個人的には複雑な気分なんだけど、これだけは間違いないわ。リバースは貴方が好きだから手に入れたの。他に理由なんてないわ」
エアーズの説明で沈黙したフェイクに私は少しだけ注釈をつける。
「私ってひょっとして・・・」
「?」
「自分で思っているより幸せなのかも」
そう言って頬を染めるフェイクは――なるほど。確かに可愛いわ。
やっとリバースがこの子に構う理由が納得できた気がする。
★
「主様。何か良い事ありましたか?」
「ちょっと、な」
俺は玉藻とミタマを侍らせながらエアーズから送られてくる情報に少しだけ顔をほころばせていた。テンペストとゴールドからの情報ではないのは単に彼女達は都合の良い情報しか俺に流してこないからだ。
その点エアーズが所持しているのは俺と相互通信用のマイクとスピーカーなので全ての会話が丸々聞こえてくる。
そんなこんなで俺はちょっと良い気分で両隣の玉藻とミタマを抱き寄せて――。
「・・・」
無粋な携帯電話の着信音に興を削がれた。
「誰だ、良い所で」
憮然として携帯電話の表示を見るとあまり歓迎しない名前が点灯していた。
「少しは空気読めよな、あの女」
それでも出ない訳には行かない相手なので俺は渋々通話ボタンを押して携帯電話を耳に当てる。
「はいはい。もしもし~?」
『半澤祐樹。今時間はありますか?』
「・・・出来ればだらだら過ごしたい午後な今日この頃」
電話の相手は館社鏡美。本人の話では俺が前に通っていた高校の生徒会長なのだとか言う女。
『それなら貴方に少し相談があります。以前に出会った公園に着なさい』
「相談ねぇ~」
世間話ではなく相談。気まぐれとは思えないので間違いなく『何か』あったのだろう。少なくともこの女が俺に興味を再発するような何かが。
「時間は?」
『私は既に公園に居ます。出来るなら今すぐに』
「二時間後に行く」
そう言って俺は相手の返事を聞かずに通話を切った。
さて。すこしばかり面倒な事になりそうだなっと。
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