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第三章

 新装備のテストを終えて俺は通常の生活へと戻っていた。
 俺にとっての通常の生活――気ままに散歩をしていると不意に眼鏡とピアスに同時に連絡が入った。
『『上!』』
「!?」
 しかも緊急事態報告!
 俺の体は即座に反応して地面に転がり回る!今まで幾度と無く救われてきたパターンなので考えるよりも体が先に反応したともいえる。
 転がって身をかわした瞬間、俺が今で居た場所に何かが無数に着弾してコンクリートで出来た地面を抉りこむ。
「何だ、こりゃ!?」
『わからない。視界射程範囲外からの攻撃よ』
『こちらも聴域範囲外です。ただ真上から唐突に現れたわ』
「上?」
 思わず見上げるとなにやら光るものが無数に――。
「あれってまさか・・・」
『避けて!!』
「マジかよ!?」
 上空から降ってくる無数の弾丸を確認して俺は慌てて逃げ出す。反転(リバース)結界(コア)を使って跳ね返せない物ではなさそうだが、どのくらいの量と時間が必要なのかわからないまま散弾の嵐の中に飛び出すほど無謀で居られない。
「分析!分析はどうなってんだ?」
『無茶を言わないで!300メートル以上上空から高速で降ってくる弾丸の特定なんて即座に出来る訳ないでしょう!』
「役立たず!」
 俺は走って逃げながら涙目になって叫んだ。配慮の無い発言だとは思ったけど、そんな事に構っている余裕も無い。
『せめて射撃手の位置がわかれば良いのだけど300メートル以内に居るとは思えないわ』
「逃げ回るしかないって事かよ!」
 分析班の二人が即座に分からないと言うのだから時間を稼ぐ為に逃げ回るしか出来ない。
 しかし逃げ回るにしても限界がある。咄嗟に公園に入ったは良いもののせめて上からの攻撃が防げる屋根がほしいところだ。
「屋根?」
 自分の発言にふと思い当たる。
 空から降ってきてキラキラ光る無数の弾丸。
「雨か!」
『え?』
「雨。多分天候を操る能力者だ。射撃位置は雲から恐らく雹を降らせているんだ」
『でも、この速度は・・・』
「数千メートル上空の雲から雹の形状と大きさを操作しているんだ。巨大な弾丸の形状の雹を作れば不可能じゃない」
『なるほど』
 そうと分かれば対策は立てられる。
「テンペスト!」
『任せて。こちらの位置から貴方に降りかからない位置を検索するわ』
 俺の位置からの射程距離は300メートルだがテンペスト本人からの射程はこの街全域をカバーして余りある。たとえ上空数千メートルだろうと問題にならない。
「ついでにこっちの位置を双眼鏡か何かで覗いている奴を探してくれ。そいつが能力者だ」
『了解』
 テンペストの技能を考えれば二つのことを同時に頼んでも問題ない。そのくらいには俺の相棒は有能だった。
『検索完了。ここから南に600メートルの位置にあるビルの屋上に居るわ。そこまでの安全な道もナビゲートするわ』
「頼むぞ、相棒」
 俺はテンペストに指示された安全な道を辿りながら敵対能力者の下へと向かう。
『リバース。このまま直線で向かっても相手にはこちらの位置がバレバレよ。どうするつもり?』
「今対策を立てる」
 俺はビルの位置を確認しながら携帯電話を取り出して電話を掛ける。
「俺だ。今からいう位置に向かって屋上に居る人間を監視してくれ。監視だ。深追いはするなよ」
『わかりました』
 俺は素直に返事を返す電話相手に満足してビルへと急ぐ事にした。

 俺の接近には当然気づいていたはずだから敵対能力者は逃げ出すかと思っていたが相手はビルの屋上から俺を見下ろしていた。
「余裕か?そっちはどうだ?」
『背後を取りました。気付かれては居ないようです。攻撃しますか?』
「ふむ」
 この位置からあまりよく見えないが敵対者は男。
「よし。撃て」
『はい』
 俺の指示と同時にビルの屋上から俺を見下ろしていた敵対能力者の背後から青白い炎が直撃して敵対者がバランスを崩し、屋上から滑り落ちる。
『落ちてしまいましたね』
「良くやった。後でご褒美やるぞ」
『期待していますね』
 そういって彼女――玉藻は嬉しそうに笑った。彼女はこの時間、良く近くを散歩しているのだ。
 一方、ビルの屋上から落下した敵対者は最初驚愕していたのかジタバタ暴れていたが直ぐに体勢を立て直して――。
「なんだ、あれ?」
『水蒸気みたいね』
 敵対者の体から唐突に霧のような物が噴出して敵対者の落下速度がグンと落ちた。
「どういう原理だ?」
『多分水蒸気を利用してプールに飛び込むように落下速度を落としているのよ。咄嗟にあの濃度の水蒸気を作るなんて大した能力者だわ』
「ふ~ん」
 能力者としては格上かもしれないが玉藻の不意打ちにあっさり引っかかる辺り戦闘者としてはあまり優秀とは思えない。
 そんな分析をしながら俺は速度を落として振ってくる敵対能力者を地上で待ち受けた。
「仲間が居たか。噂どおり姑息な男だ」
 余裕で地面に着地したそいつは尊大な態度で俺を睨みながら語りかけてくる。
「で?お前誰?」
 屋上に居たところを見たときは良く分からなかったがスーツを着たサラリーマンみたいな男だ。他に特徴らしき特徴も見当たらない。
「お前の敵だ」
 しかし見た目の割に敵意は満点だ。男は焦げたスーツからペットボトルを取り出すとふたを開けてひっくり返す。中に入っていたのは水のようだが、それは地面に落ちる事無く空中で凍りつき――鋭い氷の杭を作り出した。
「・・・」
 嫌な展開。嫌なのは氷の弾丸となる物を作り出されて事ではなく、氷の杭が宙に浮いて固定されていると言う事。
 この状態は男の何らかの能力で氷の杭が男の制御下にあると言う事だ。
 反転(リバース)結界(コア)は飛んでくる弾丸を方向、速度、軌道までも正確に跳ね返す事が出来るが相手の制御下にあると言うなら話は別だ。跳ね返した瞬間に跳ね返された以上の力で打ち込まれれば反転(リバース)結界(コア)は突破を許す。
「お前の力、見せてもらう」
 そんな俺の思惑を知ってか男は容赦なく氷の杭を俺に向けて解き放った。
「撃て」
 そして俺も同時に耳に当てていた携帯電話に指示を出す。
「!」
 青白い炎――玉藻の狐火が俺に迫る氷の杭に命中して蒸発して水蒸気を撒き散らす。
 俺とは相性が悪いと言うなら他に仲間に力を借りればいいだけの話だ。幸い玉藻の狐火は氷とは相性が良い。
「ち!姑息な」
 更に打ち込まれる玉藻の狐火に舌打ちを漏らして分が悪いと踏んだのか俺を睨みながら背を向けて撤退を始めた。
「追跡しますか?」
 ビルの屋上で待機していた玉藻が俺の傍へと駆け寄ってくる。
「それは専門家に任せよう」
 俺や玉藻が追跡するよりもテンペストやゴールドに頼った方が確実と言う物だ。
「それじゃ私達はどうします?」
「ご褒美をやると言っただろう?今からデートしよう」
「え?」
 玉藻は驚いていたようだが俺が肩を抱き寄せるとあっさりと身を任せてもたれ掛かってきた。楽しいデートになりそうだ。

 ★

 世界でもっとも希少な能力者とは何か?
 希少とは言ってもある意味で言えば世界でもっとも人数の居る能力者とも表現できる存在。
 一言で言えば『予知能力者』がそれに当たる。
 数が多いと言うのは世界中に存在する占い師、預言者という奴も予知能力者に含まれてしまうからだ。たとえ偽者であったとしても本人以外に真偽を確かめるすべが無い以上、偽者と判断する事は出来ない。
 そして世界でも数えるほどしか居ない『本物』の予知能力者が居る。
 俺の妹――淡雪だ。

「くそ」
 俺――天候を操る能力『気象(クラウドイン)予告(フォメーション)』の能力者は苦渋を飲んでいた。
 リバース。あの男と対峙した事で生まれて始めて味わう苦渋を味わっていた。基本的に能力者という奴は自分の能力に絶対の自信を持つ。特にその能力が強ければ強いほどその傾向が強くなる。
 そういった能力者ほど自分の能力を使って敵を撃破しようとするのだが――。
「あの男!」
 あの男――リバースはその法則を一切無視して真っ先に仲間に助けを求めた。そもそもアイツは最初から普通じゃなかった。俺の襲撃を咄嗟に回避した事なら驚くほどではないが、その後即座に俺の能力を解析、後に的確に俺の元へと接近してきた。
 だからこそ俺は一対一の対決を予想して待ちうけたというのに奴の初撃は仲間からの援護攻撃だった。
 能力者が自分の能力を積極的に使うのは自分の力を試してみたいと言う欲求が強いからだ。
 なのに、あの男は――。
「既に能力者としての自分を見極めているか、それとも自分の能力に興味が無いか」
 どちらにしても厄介や奴だ。
「くそ」
 もう一度悪態をついて俺は病室へと脚を向けた。

 淡雪は予知能力者だ。
 それは不変の未来をみるというものではなく変更可能な予知だ。名を『(エン)(ジェル)偽装(フェイク)』と言う。
 これは非常に便利な能力だ。
 都合の良い予知ならば見送れば良いし都合が悪ければ変えれば良い。そんな便利な能力だったからこそ淡雪の能力は魅力的だった。
 しかし淡雪の能力にはリスクがあった。本人すら知らなかった絶望的なリスクが。
 予知を使えば使うほどに生命力を消費する。
 それが淡雪の能力のリスク。
 最悪なのは本人すら知らなかったと言う事で、その事実が明るみに出たときには既に淡雪は手遅れになっていた。
 状況が明るみに出たのは淡雪が所属していた能力実験施設での事だった。
 淡雪は俺とは違って生まれながらの能力者。非常に希少ではあるが能力者というものが生まれる可能性がある以上、零ではないわけで淡雪はその本当に希少な能力者だった。
 その為に幼少の頃から淡雪はその筋では有名だった。
「・・・ち」
 嫌な事を思い出して思わず病室の廊下の壁を叩く。
 そう。淡雪は有名で、その為幼少の身から能力者施設に通う事になり――数年で能力を頻繁に使いすぎて淡雪のリスクが判明した。
 最悪なのは、その能力施設がろくでもない連中で構成されていた事。
 リスクが判明してからも淡雪は能力を使う事を強要され――結果、ボロボロの廃人になるまで使い尽くされた。
 俺が事態に気づいた時には既に手遅れだった。俺は別の能力者施設に通って能力者として覚醒していた為、淡雪を能力者施設から引き離す事には成功したが――。
「・・・」
 俺と淡雪が逃亡する為にも更に多くの能力を淡雪に使わせる必要があった。
 残り3回。
 それが淡雪に残された能力使用限界数。そして3回を使い尽くせば――淡雪は死ぬ。
 断っておくが生命力と寿命には綿密な繋がりは無い。
 生命力が半分になろうが4分の1になろうが、その気になれば100歳まで生きられる。本当に『その気』になれば、だが。
 生命力という奴は寿命ではなく『耐性』にこそ効力を発揮する。つまり生命力が希薄になった淡雪は病気などに対する耐性が恐ろしく低い。たとえ常人がなんでもないような風邪でさせ淡雪がかかれば命にかかわる。
 つまり、そういう事なのだが限界まで生命力をすり減らした淡雪はそれ以前に生きる為の活力が足りていない。
 そんな事をつらつらと考えつつも淡雪の病室の前へとたどり着く。
「?」
 珍しい事に淡雪の病室からは淡雪の笑い声が漏れていた。何か良い事でもあったのかと俺は病室の扉をノックしてから部屋へ入る。
「いらっしゃい。兄さん」
「淡雪、何か良い事でも・・・」
 俺の言葉が途中で途切れる。淡雪の横たわるベッドの傍の椅子に腰掛けた『そいつ』を目にして。
「貴様・・・!」
「お邪魔してるよ。『お兄さん』」
「!」
 リバース。昨日仕留め損ねた男がそこに居た。

「あの人、兄さんの知り合い?楽しい人ね」
「・・・」
 リバースが病室を去った後、俺は自分を殺したいほどの後悔に襲われていた。迂闊だった。あいつが俺の存在を感知した時点で俺は即座に撤退するべきだったのだ。間違ってもあの男と顔を合わせるべきではなかった。
 恐らく探査系の能力者の助力を得て俺を追跡していたのだ。
 そして俺の身元を調べあげ淡雪の元まで辿りついた。
「ち!」
 これでもうリバースは俺に対して絶対的に優位に立ったといっても良い。淡雪は病室から動かせない。つまりリバースはいつでも淡雪を人質にとれる立場にあると言う事。
 対して俺はリバースの事を依頼人を通してしか知らない。
 そう。依頼人だ。
 俺の目的はリバースを殺す事にではなくリバースを殺してくれと言う依頼を達成する事。必要なのは依頼を達成して報酬を貰う事なのだ。
 淡雪を延命させる為には莫大な金がかかる。
 その為に俺はどうしても金が必要だったのだ。
「兄さん?」
「ああ。別になんでもない。あいつは・・・ちょっとした知り合いだ」
「そうなんだ」
 微笑む淡雪。けれど生命力を枯渇させた淡雪の姿は酷い物だった。昔は綺麗だった髪も瞳もくすんで肌は荒れ放題。視力を初めとして五感のほとんどが非常に弱くなっている。
「また来てくれるかな?」
「ああ。多分な」
 俺は忌々しく思いながら淡雪の見せる久しぶりの笑顔に何かを救われたような気分になっていた。

 リバースはちょくちょく淡雪の病室に現れるようになった。
 本当に忌々しい。忌々しいが――淡雪はよく笑うようになった。淡雪が笑うようになってくれたのは嬉しいが俺は気が狂うほどわけの分からない感情に囚われていた。
 リバースが来ない日、俺が淡雪の病室に入ったら淡雪が瞳を輝かせて俺を見て――俺だとわかると途端に意気消沈した。
「いらっしゃい。兄さん」
 そして作り笑顔で俺を出迎えた。
 そんなに――そんなにあいつが来るのを楽しみにしていたのか?実の兄である俺ではなくあいつのことが、そんなに!
 俺は自分が感じている感情が嫉妬である事にやっと気付いた。
「くそ」
 俺は淡雪の気持ちがあいつに向くのが面白くないのだ。
 今まで俺だけが淡雪の傍に居て、そして俺だけが淡雪を守ってきた。なのに淡雪は俺ではなくあいつに心を許そうとしている。その事実が俺は気に入らなかった。
 それを醜い感情だと自覚しても俺の心を掻き乱してどうしようもなく心を乱した。

 状況が変化したのは更に数日たったある日。
 今日はリバースが来ない。あいつは来る時は事前に連絡をしてくる。よりにもよって俺の持つ携帯に。どうやって番号を調べやがったのか。
「淡雪。入るぞ、淡雪?」
 俺が淡雪の病室に入ると淡雪は呆然と佇んで、そして――ポロポロと涙を流していた。
「ど、どうした?」
「酷い。こんな・・・どうして。信じられない」
「?」
 淡雪の言葉が意味不明だ。何か良くない事でも――。
「!」
 その瞬間、淡雪の事情を俺は察した。
「まさかお前・・・予知を!」
「ごめんなさい」
「何故だ!もうお前には予知を使う余裕も必要もないのに!」
「・・・」
 ああ。畜生。分かっているさ。淡雪は決して誰かに強要されて予知を使った訳じゃない。彼女は単純に知りたかっただけなのだ。リバースの事を。
 そして出た結果は恐らく最悪の物だったのだろう。
「もう。あいつには関わるな」
「・・・うん」
 正直、淡雪が素直に頷いてくれたのは意外だった。けれど安堵もしていた。これでまた淡雪を俺が独占する事が出来る。

 けれど事態は全く好転しなかった。
 まるで俺の事情を察したかのようにリバースの足は淡雪の病室から遠ざかった。否、まるでではなく本当にこちらの事情を察していたのだろう。
「卑怯者め」
 そう悪態が付くが現状は好転しない。淡雪の容態が良くない。
「あんな奴の為に予知を使うから」
 本当は関係ない。淡雪の生命力は既に限界だ。3度と言ったが一度でも二度でも結局淡雪の生命力が枯渇して限界なのは同じ事。
 つまり淡雪の容態が悪いのは彼女の気持ちの問題と言う事になる。
 リバースに会えないから彼女は意気消沈して生きようという気力が喪失している。
 端的に言ってしまえばそういう事だ。
「あの男、どこまでも俺の邪魔を」
 でも本当は気付いている。淡雪はリバースと出会う前の状態に戻っただけ。リバースの喪失という事実に目を瞑れば結局何も変わっていない。あの男には出来たのに俺には何も出来ないのだ。
「畜生」
 俺は病室の前でなんとか息を整えて――なるべく笑顔で淡雪の病室へと入った。
「淡雪、今日は・・・」
 そして凍りつく。
「淡雪?」
 淡雪が病室から姿を消していた。

 手掛かりは直ぐに見つかった。
 恐らくは淡雪が残したメモ。そこに街外れの倉庫街の住所と倉庫番号が記されていた。
 当然、俺は急行する事になる。
 そして辿り着いた時、全ては手遅れになっていた。
「何故だ、淡雪」
 俺が倉庫に入った時、淡雪は仰向けに倒れていて男――リバースに抱きかかえられていた。俺は手に持っていた氷の剣を床にカランと落とす。
「何故だ?」
「これで・・・良いの」
 淡雪にはまだ息があった。そして俺の問いかけに答えた訳ではないだろうが必死に声を張り上げていた。
「これで・・・私の見た未来は変えられる」
「そうだな」
 答えたのはリバース。
「三度目の予知を使いきったお前は死ぬ」
「!」
 分かっていたのに背筋が凍る。恐らく一度目はリバースの未来を。二度目はここに来るまでの道筋を。そして今――三度目の予知を使い切ったのだろう。
「後悔は・・・していないわ。これでもう兄さんに迷惑を掛けなくて・・・すむ」
「・・・」
 そんな。そんな事は望んでいない。お前は俺に迷惑かけても良いんだ!
 そう思った。
 けれど淡雪の達成感のある顔を見ていたら、そんな事は言えなくなった。生まれて初めて自分の意思で予知を使い、生まれて初めて自らの望みを叶えた。そんな淡雪に『余計な事をするな』とは言えなかった。
 死へのカウンドダウンが始まっていた淡雪は恐らく初恋の相手であるリバースの腕の中で息絶える。それが多分淡雪が望んだ理想の終わり方。
 だから俺は動けなかった。
「満足か?」
 だが、この男は違った。
「最後の最後に華を咲かせた。それだけでお前の人生は満足だったか?」
「ええ。満足よ」
 勿論、淡雪の声には迷いはなかった。
「そうか」
 そしてリバースは淡雪の頭にそっと手を当てる。
「なら俺が褒めてやるよ。良くやったな、淡雪」
 その一言が決定的だった。畜生。
「あ」
 俺は知らなかったが淡雪には『誰かに褒められたい』と言う願望があった。本来生まれながらにして予知能力者であった淡雪ならその願望は望むがままだった筈なのに逆に予知能力者として上手く立ち回れる事が出来なかった子供には人に褒められた経験が皆無に近かった。
 だから瓦解する。
「う・・・ああ!」
 満足気だった表情が崩れ、呻き、自らの頭に載せられたリバースの手を取って必死に手繰り寄せる。
「嫌」
 最初はそんな小さな声。
「嫌。嫌なの!」
 それはある意味当たり前の――。
「私、死にたくない!まだ、まだ沢山やりたい事があるの!もっと、もっと話したい事が沢山あるの!」
 当たり前の醜い生への渇望。
「死にたくない!死にたくないよ!」
「そうか。なら・・・」
 そして、そんな亡者が絶対に逆らえない――。

「俺がお前に最高の呪いをプレゼントしてやるよ」

 甘い甘い誘惑。
 そして淡雪にその誘惑を振り切る力は既になく必死で奴の手を握り締める。
「さぁ。分かっているだろう?お前の理想の自分を思い浮かべろ。お前は本当はどんな自分になりたかった?どんな道を歩みたかった?」
「・・・」
 淡雪は何処までも必死だった。
 そして本当に死の直前になってそのイメージが固まったのだろう。淡雪はリバースに視線だけで頷いて見せた。
「そのイメージを死んでも手放すな!」
「はい。はい!」
 そして薄暗い倉庫に光が満ちた。

「・・・」
 眩しすぎる光が収まって再び目を開くと状況が少しだけ変わっていた。
「淡雪?」
 リバースの手の中に居た筈の淡雪が居なくなっていた。存在した痕跡さえも残さず綺麗に居なくなっていた。
「淡雪は何処だ?」
「死んだ」
「!」
 端的に答えられた声に俺は自分でも恐ろしくなるほどの激情を覚えた。
「嘘だ!さっきの光は何だ?お前は何かをした筈だ!」
「どんなの優れた能力者だろうと覆らない定理がある」
「黙れ!淡雪は何処だ!」
「死んだ人間は生き返らない」
「!」
 聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。
「お前の妹、淡雪は死んだ」
「黙れぇ!!!」
 俺は激昂して本来は使わない自分の体から水分を抽出して周囲に氷の杭を作り上げる。気象を操ると言っても俺ができる事は雲と風を操る事に過ぎない。
 既に存在する雲からなら雹を作り出して弾丸のようにして落とす事も出来る。この距離は約5千メートル。能力者の中でも相当に広い射程だ。
 だが自分の周囲の水を雲へと変換して集束し、風で急速に冷やす事で氷を作り出し操作する。その作業の射程は僅かに10メートル。
 言ってしまえば俺は気象を操る事に特化した念動力者だった。
「もう貴様は喋るな!死・・・ね?」
 激昂して氷の杭を撃ち出そうとした俺は背後から衝撃を受けて――自分の腹から生えた物を呆然と見下ろす。
 俺が先ほど落とした氷の剣が腹から生えていた。
「・・・」
 納得する。まだリバースには仲間が居て俺がリバースを攻撃しようとしたから俺が落とした剣を拾って背後から攻撃してきた。
 だからどうした?
 もはや、俺の寿命が100年だろうと10分だろうと関係ない。命ある限り俺はリバースを殺す為に――。
「ごめんね。兄さん」
「・・・」
 瓦解した。
 淡雪がリバースの言葉によって瓦解したのと同じように俺はその背後から聞こえてきた声によって瓦解した。
 激情は去り、そして何かに納得するような形で俺は崩れるように前のめりに倒れる。
「あ。ああ」
 そして血を撒き散らしながら背後を振り返った俺の目に望んで居た者が映る。
 くすんで居た髪と瞳は輝きを取り戻し、肌は潤いを取り戻し、そして何より生命力に満ちた目を俺に向けてくる『淡雪の姿』。
「何・・・故?」
「ごめんなさい。兄さん」
 別に淡雪を攻めた訳ではない。俺が知りたかったのは――。
転生(リバース)皇帝(エンペラー)。死の間際に理想の自分の思い描く事により理想の自分として生まれ変わる事が出来る能力。他人に使うのは初めてだがな」
 そう。淡雪が何故活きているのかという事。
「淡雪を生き返らせるのは不可能ではなかったのか?」
「生き返った訳じゃない。理想の自分として生まれ変わっただけだ」
 出血多量の頭では何が違うのか分からなかったがきっと何かが違うのだろう。後知りたい事は――。
「呪いとは何の事だ?」
「これだけの能力だ。当然莫大なリスクが存在する。10人の人間の死を目撃し、その生命を横取りする事により転生(リバース)皇帝(エンペラー)の発動エネルギーが確保される。言ってしまえば10人の人間を犠牲にして初めて1人の人間を転生させるエネルギーを確保出来るのさ」
「貴様・・・!」
 それは問答無用で淡雪に10人分の人生の責任を負わせるという事だ。この男がどう思っているか知らないが淡雪は決して自分の他人を犠牲にしたいなどと思いは――。
「お前の妹は全てを知った上で全てを受け入れた。自分が生き残る為に他人の命を道具とすることが是とした訳だ」
「・・・」
 畜生と思う。やはりどんな事情があろうとも俺はこの男とだけは仲良く出来そうもない。失神寸前の頭でもこれほど殺したいと思うのだから。
 殺してやる。殺してやる。
 お前には――殺してやりたいほど感謝してやる。

 結果として俺は死ななかった。
「・・・」
 淡雪に刺された俺は出血多量ではあったが致命傷ではなかった。その上で失神した俺は直ぐに倉庫の外に待機してあった医療班によって応急処置をされて、そのまま病院に運び込まれた。
 迅速すぎる対応によって俺は意図も簡単に命を繋ぎとめた訳だ。
 それでも数日は入院する必要があったがお陰で考える時間が出来た。
 まず淡雪が俺を刺した理由。
 それは単純に俺を助ける為だった。あの場面で淡雪が俺を刺さなければ俺は確実に死んでいた。冷静さを何よりも必要とする能力者の戦いで激昂して我を忘れた俺がリバースに叶う訳もなかったし、例えリバースが俺を見逃したとしても俺に未来などなかった。
 淡雪が俺を説得するという手もあったが淡雪がそれを選ばなかった以上、その選択でも俺に未来はなかったのだろう。
 何故ならリバースがその結果を望んでいたからだ。
 淡雪が俺を刺して止める。それこそがリバースの望んだ結果。理由は恐らく俺と淡雪の間に禍根を残す為だ。例え俺と助ける為とは言え淡雪は実際に俺を刺した。その事実は淡雪を蝕み――結果、俺と顔を合わせる事に罪悪感に苛まされるだろう。
 だから今後、俺が直接淡雪に会いに行くという行動はNGになった訳だ。
 自分と自分の隣にいる淡雪の傍を俺がうろちょろし無いように釘を刺す為に淡雪に俺を刺させた。冗談抜きであの男はそれ以外の目的無しでそれを実行させたのだ。

 数日の入院と検査が終わり退院の日。
 最後の検査が終わり病室へと荷物を取りに戻った俺は直ぐに『それ』に気付いた。病室を出る時はなかった見舞いのように置かれた小さな紙袋。
 中に入っていたのは携帯電話だった。
「・・・」
 少しだけ調べてみると送り主の存在は直ぐに知れた。アドレスが一件だけ存在しリバースの名前が登録されていたからだ。
 そして奴の住所も同じく記載されていた。

 淡雪に会う訳には行かない俺は勿論リバースの近くにいく事さえも忌諱とした。
 しかし俺はどうしても淡雪の状況を知りたかった。
 だから記された住所の建物から少し離れた位置に存在するビルの屋上へとやってきた。
 間抜けだが買ってきた双眼鏡でリバースの住居を除き見るという手段を行使した。
「・・・」
 淡雪は直ぐに見つかった。
 リバースと何やら言い合いをしていて、どうやら喧嘩の最中のようだった。言葉までは聞き取れないが怒りに顔を染める淡雪は――幸せそうだった。
「ち」
 正直に見るんじゃなかったと思う。例え喧嘩という負の方面の行動をしてさえも淡雪が幸せに見えるという事は――俺が如何に淡雪を幸せに出来ていなかったのかという証明。
 その事実に苛立つ俺の懐で電話の音が鳴り響く。
 俺の携帯電話ではなくリバースから送られた方の電話。一瞬リバースからかと思ったが双眼鏡で覗くリバースは未だに淡雪と言い争いの真っ最中だった。
「・・・」
 電話の表示は不通知。怪しいと思ったが結局俺は電話に出る事にした。
『初めまして。略称としてクラウと呼んでもよろしいかしら?』
「好きにしろ」
 電話の相手は女だった。
「それで貴様は何者だ?」
『それは言えません。言えない事情があり言わない事が私の役目でもあります』
「!」
 唐突に理解が走る。リバースの所属する組織――巷ではアポカリプスと呼ばれる組織。その指導者は何もかもが不明とされていた。名前、性別、年齢、所在地。全てがだ。
 この電話の相手はその指導者ではないかと直感的に思った。自分の素性を明かさず秘密を守る事――それこそがアポカリプスの指導者の最高の仕事だからだ。
 その秘密主義のアポカリプスの指導者が――。
「俺に何の用だ?」
『私からは特に用はありません。貴方の方から何か質問があるなら受け付けようと思ってお電話差し上げました』
「・・・」
 事後処理ということか。随分と親切なものだ。
「淡雪はこれからどうなる?」
『彼女にはコードネームが与えられました。『フェイク』。それが今後彼女の名前となりリバースの元で暮らす事になるでしょう』
「そんな事は聞いていない。淡雪の予知で何をするのかと聞いているんだ」
『私からは特に何も』
「?」
『勘違いしているようだから言っておきますが彼女は私の標的ではありません。私の今回の標的は彼女を利用しようとするくだらない野望をもった研究者達です』
「・・・」
『結果としてリバースはフェイクに接触しましたが、それは私の指示ではありません。そして察していただけると思いますがフェイクを手に入れたのはリバースの独断であり私の意志ではありません』
「勝手な行動をした奴への処罰は?」
『ありません。何より私の今回の指示は、そういう研究者が存在すると伝えただけですから。彼らをどうしろという指示すらしていません』
「では研究者どもはどうなった?」
『リバースが皆殺しにしました』
「!」
 やっと俺の頭に理解が追いついてきた。
 この女は言っている。自分はリバースに行動の指針を示しただけで命令という行動を起こしていないと。行動はリバースが勝手に起こしたものであり彼女は直接的な関わりはないと。
「勝手な女だな」
『ええ。私もそう思いますが困った事にリバースは私の最大の賛同者なのです』
「ち!」
 忌々しいが、それは事実だろう。この女とリバースの間には利害一致という名の完全な信頼関係が築かれている。俺がどうこう言う問題ではなかった。
「質問を変えよう。リバースは淡雪をどうするつもりだ?」
『予知能力込みという話なら恐らくリバースはそんな物には全く興味を持っていないでしょう。断言します』
「何?」
『リバースはね。釣りが大好きなんですよ』
「は?」
 全く関係のない話に移行したのかと間抜けな声が出てしまった。
『リバースは人が大事にしている物や大切にされている者、更には貴重で希少な物が大好きで、そんな物が人の手にあると横取りしたくなる困った性格の人なのです』
「・・・」
『貴方があんまりにもフェイクを大切にしているのを見てリバースはフェイクを貴方から横取りしたくて堪らなくなったのでしょう』
「もう一度聞く。淡雪はどうなる?」
『ご心配なく。リバースは釣りの大好きな人ですが釣った魚に餌をあげるのも大好きな人ですから。そして一度釣った魚を手放すような人ではありません』
「ち」
 横取り対象となった淡雪は横取りが終了した後でも十分対象内だと言うことか。
「予知能力は本当に使わせないという事だな?」
『少なくとも私が指示するという事はありません。彼女の自由意志やリバースがどうしても必要となって要請する事に応える事はあると思いますが、多くとも年に数回といった所でしょう』
「・・・」
『他に聞きたい事は?』
「何故俺にこの電話を渡してきた?」
『便利かと思いまして』
「俺に何をさせる気だ?」
『特に何も。私が貴方に何かを指示する必要性を感じませんので』
「・・・」
『他に質問は?』
「ない」
『それではごきげんよう』
 そしてあっさり通話は切れた。
 通話の切れた電話を手に持ったまま俺はもう一度淡雪の居る方向へ双眼鏡を向ける。どんな偶然なのかさっきまで喧嘩をしていた淡雪はリバースに抱き寄せられていて――唇を奪われてしがみ付いていた。
「・・・」
 ああ。思う。もう俺が淡雪に傍に居てしてやれる事は何もないのだという事を。傍に居て淡雪を幸せにするのはもうあの男の役目なのだ。
「畜生!!」
 手に持った携帯電話をコンクリートの床に思い切り叩きつける。それだけであっさり壊れる携帯電話をそれでも気がすまなくて力の限り踏みつける。何度も。
「はぁ。はぁ。はぁ」
 荒い息で木っ端微塵になった携帯電話を眺めぎゅっと拳を握り締める。
「分かっているさ」
 俺がやるべきことなど既に決まっている。
 淡雪を護る。
 それだけは今までと何一つ変わりない。
 あの女が俺に何一つ要請を出さなかったのは簡単な理屈だ。あの女自身が言ったとおり必要が無かったからだ。
 これから俺は淡雪を守る為に帆走する。淡雪を守るという事は必然的にリバースとリバースの周辺を守る事になる。その為には1人では駄目で俺は勝手に自分の手駒となる兵隊を集めて組織する必要がある。
 俺が勝手にそうすると分かりきっていたから、あの女は俺に何も指示しなかった。
「良いだろう。踊らされてやる。淡雪を守る為ならいくらでもな」
 踵を返した俺の目に映ったのはいつの間にか屋上の扉の前に置かれた真新しい携帯電話。何処までも癇に障る連中だ。俺の行動などお見通しという訳か。
 電話を拾いあげた瞬間に着信音が響き渡る。
 電話の表示はリバース。
『よぉ。出歯亀野郎』
 電話に出ると真っ先にそう言われた。俺の所在などバレバレというわけだ。
「今は貴様に淡雪を預けておいてやる。だがもし淡雪を泣かせるような事をしたら・・・」
『阿呆か、お前は。それは俺の台詞だ』
「何?」
『フェイクを泣かせて良いのは世界中で俺だけだ。泣かせる事も怒らせる事も悲しませる事も俺にだけ許された特権だ。もし俺以外の奴がフェイクにそんな真似をしやがったら俺はそいつの存在を問答無用で抹消してやる』
「・・・」
『俺の女を自由にして良いのは俺だけだ。分かったか?』
 畜生と。心の中だけで叫ぶ。
『ああ。それと言い忘れたらしいが資金提供くらいはしてくれるそうだ。せいぜい利用するんだな』
 そして通話は切れた。資金提供とはあの女からの伝言だろう。
 俺はもう一度携帯電話を床に叩き付けたい衝動に駆られたがギリギリのところで自重した。何度壊そうとも結果は同じだからだ。
「そういう事か」
 あの女とリバースの狙いをやっと看破する。
 要するに奴らは外部に戦力が欲しかったのだ。たった電話一本しかラインの通っていない、しかも絶対に裏切れない外部の組織。
 俺と俺の作る組織が何らかの理由で瓦解した時、俺が真っ先にやる事は携帯電話を破壊する事だ。先ほど少し思ったがこの携帯電話は非常に脆い。まるで壊される事を前提に作られているようだと思ったが、事実その通りだった訳だ。
 この携帯電話さえ壊せば俺とリバースの繋がりは消え、そしてリバースの組織との繋がりも一切出てこない。
 なんとも奴らに都合の良い組織ではないか。
 一言文句でも言ってやろうと俺は携帯電話に登録されたリバースの番号を表示させようとして――凍りつく。
「ここまでやるとはな」
 この携帯電話にはリバースの番号の他にもう一つだけ登録された番号があった。
『フェイク』
 本物なのか偽者なのか分からない。そして俺には確かめる術も無い。俺が淡雪に電話を掛ける事などあってはならない。
 そして確かめる術がない以上、これは本物と価値が相違ない。
 つまり俺は何が何でもこの携帯電話を誰かに奪われる訳にはいかなくなった訳だ。淡雪を登録してあるのはそれ以外の意図はない。
 俺に完璧な鎖を付けたという訳だ。
「ち!」
 まずはこの携帯を繋ぐ本当の鎖を買って、それから――俺にリバースの抹殺を依頼した馬鹿どもを皆殺しにする事から始めよう。

 ★

『上手くいったみたいね』
「ああ」
 俺はクラウの出て行った屋上で尋ねてきたゴールドに同意を示す。
「単純な奴で助かるな」
 俺はクラウがこの場所に来る以前からここに居てクラウが去るまでずっと同じ場所にたたずんでいた。
 勿論、クラウの持つ携帯に電話を掛けたのもゴールドじゃない。女版の俺がゴールドの真似をして掛けていたのだ。
 着信音や話し声がクラウに届かなかったり、俺がこの場所に居るのに気付かなかったのは簡単なトリック――。
「ご苦労さん」
「・・・いえ」
 振動を操る能力者バイブルの協力があれば音の伝わる振動を近くに居るクラウの所まで届かせる事なくカット出来るしテンペストが居れば風景を誤魔化すなど楽勝だ。
 更にクラウが見た俺と淡雪の姿も偽者だ。というかクラウの携帯に登録した住所すら本当の物ではない。偽者の住所にテンペストが作った幻影を映し出した。結局すべて俺の演出だった訳だ。
 ちなみに本物の淡雪はテンペストの演出通りに振舞えるような状態ではない。未だにクラウを刺した自責に苛まされて元気がない。後で慰めておかないと。
『それにしても危なかったわね』
 テンペストの言うとおり今回の俺達はかなり危ない橋を渡る羽目になった。危なかったのはクラウが俺――正確には男の俺をリバースと認識して襲ってきた事。
 基本、俺は表と裏で顔を使い分けている。表では男、裏では女として活躍している。その男の俺に対して正面からリバースとして認識して襲ってきたクラウは本当に厄介な相手だった。
「クラウの依頼人は恐らく本部の残党だろうな」
 依頼人本人達に自覚はなかったのだろう。俺の正体を知っていたにも拘らずそれを公表する事もなかった。しかし俺はその勘違いに甘える訳には行かなかった。
 だからこそクラウを仲間に引き込む工作を施して依頼人達を始末する必要があったわけだ。
 つまり今回の事に関してだけ言えば俺の作戦ターゲットは淡雪ではなくクラウだったわけだ。淡雪は本当に本気でおまけ。
 ちなみに当初の作戦では淡雪に転生(リバース)皇帝(エンペラー)を使う事すら予定されていなかった。正確には使う『ふり』で誤魔化して淡雪にはご臨終してもらう手筈だった。演出上の話で言えばテンペストさえ居れば十分可能だったし。
 予定を変更した理由は二つ。
 一つは転生(リバース)皇帝(エンペラー)の実験をしておきたかったからだ。ある程度確信はしていたものの転生(リバース)皇帝(エンペラー)が他人にも有効である事を確認しておきたかったし、その実験をする為のターゲットとして淡雪はうってつけの存在だった。
 ちなみに転生(リバース)皇帝(エンペラー)を他人に使う場合は普段俺がストックしているうちの二つを同時に使う必要があったらしい。俺自身に使う分には消費ストックは1だが他人に使う場合には消費は2になるということ。
 お陰でセシリアを宥めるのに苦労した。
 二つ目の理由は簡単な話で、俺が淡雪を本当に欲しくなったから。
 電話で言ったがクラウが本当に淡雪を大切にしすぎているから本当の本気で欲しくなって途中で予定を変更してしまった訳だ。勿論テンペストが大反対したけど。
「ま。今回の功労者はエアーズで決まりだな」
『後でご褒美くださいね』
「勿論。期待しててくれ」
『ぽっ』
 今回のエアーズの活躍は広範囲に渡る。
 先ずクラウの痕跡を辿ってから依頼者達の大まかな特定、結局絞り込む事が出来なかった為に四六時中特定範囲から出る情報を的確に取捨選択して操作してくれていたのだ。俺の情報が外に漏れないようにずっと神経を尖らせて監視してくれていた訳だ。
 ある意味地味だが一番骨を折ってくれたエアーズの期待には応えなくては。
「それじゃ帰るとするか」
 俺は傍に佇むバイブルと対面のマンションで待機していたテンペストに合図して撤退する事にした。

本当なら第三章と第四章に分けたかったのですが区切りがつかなかったので一つに纏めて公開することになりました。