第二章
「新装備?」
色々な画策の末、俺の手を離れた作戦を適任者達に任せたので暇になった俺は組織のリーダーであるゴールドに呼び出されていた。
「ええ。風切に開発して貰った装備を貴方にお渡ししようと思いまして」
「ふ~ん」
ゴールドから受け取った物はピアスのような物と小型のイヤホンのようなものだった。
「一言で説明するなら、これは私とエアーズの能力をリンクさせた貴方の現在装備している眼鏡のような物です」
「お前の能力とリンクしているから距離に関わらず俺と連絡が取れる装備って事か?」
「私の方はそうですね」
そう言ってゴールドはピアスのような物を持ち上げる。
「こっちがエアーズの能力とリンクした装備か?」
「いいえ」
イヤホンを取り上げながら聞くがゴールドは首を横に振る。
「彼女の能力上リンクさせても意味の無い能力なので、そちらは普通のイヤホンです。ですから・・・」
ゴールドは少し勿体つけるように『それ』を俺の前に差し出す。
「携帯端末?」
「リンクはさせていないので通常の電波通信になりますが、彼女の能力で得た情報をこちらの機器を通して貴方に直接送る手法です。一応相互通信なのでよほど酷い電波妨害でもなければ通信出来る筈です」
「なるほどねぇ~」
要するにエアーズがこの携帯端末を完全にハッキングして、それを通してイヤホンで俺が情報を受け取るというプロセスな訳だ。
試しにイヤホンを右の耳に付けてみる。耳の裏に隠れるし保護色になっているのでよほど注意深く観察されなければ髪に隠れて発見はされないように工夫されているらしい。
「こっちは良いけど、このピアスもどきはどうするんだ?」
「そのイヤホンと違って貴重な材料を使った高級品ですから。簡単に無くされない様にピアスにしたのです」
「・・・本気でピアスなのかよ」
正直、耳に穴を空けるのは勘弁して欲しいと思う。
「まぁ、帰ってからテンペスト達に協力して貰うか」
「何を悠長な事を。バイブル!」
「うお!?」
行き成り現れたメイドに後ろから羽交い絞めにされて床に押さえ込まれる。
「ま、待て!後でちゃんとつけると言っているだろうが!」
「テストも兼ねるので、この場で付けて貰わなければ困るのです」
「だったらメイドに付けろ!」
「彼女の分は今大急ぎで風切に作らせているわ。兎に角、主戦力たる貴方用の装備なのだから貴方につけて貰わなくては意味がないのよ」
「ちょ!だから待て~!」
残念ながら、この場には止めてくれる人間も待ってくれる人間も居なかった。
『ご愁傷様』
眼鏡に写るテンペストの文字だけが虚しく流れていった。
「酷い目にあった」
「正しい手順を取ったのだから別にそこまで痛くはなかったでしょう?」
「精神的苦痛を味わった」
「はいはい」
愚痴を言う俺には構わずゴールドは目を瞑って少し集中している。数ヶ月の訓練の末、腕輪無しでも能力を行使出来るようになったとは聞いていたがどの程度使えるようになったかはまだ聞いていない。
「ん~。思ったよりリンクを特定させるのが面倒ね。少し時間が掛かりそうだわ」
「だったら家でつけても一緒だっただろうが」
「そこまで時間は掛けませんわ。ん。繋がったかしら?」
「お?」
ゴールドの能力がリンクされたのか俺の左耳に付けられたピアスが僅かながら振動する。そして――。
『どう?』
「目の前で言われても今一実感沸かないなぁ~」
恐らくピアスに俺に伝達する為の小型のスピーカーのような物が仕込んであるのだろうが目の前にゴールドが居るので余り意味がない。
「一応そのピアスから300メートル程度の距離の音を聞き取れる機能があるから、そのつもりで活用してください」
「と言っても別に俺が聞こえる訳じゃないんだろう?」
「ええ。私が聞いた音を貴方に直接伝える形になりますね」
本当にテンペストの眼鏡のゴールド版と言った所だ。
テンペストの眼鏡は周囲300メートル程度の視覚の情報を文字情報として俺に伝える機能があり、ゴールドのピアスは周囲300メートルの聴覚の情報を音声で俺に伝える機能がある訳だ。
「テンペストの場合は完全に密封された空間を探知する術はありませんが・・・」
「お前なら音が届く範囲なら探知可能って訳か」
「少なくとも、これまでよりは探索領域が広がるのは間違いないでしょう」
「まぁ、ありがたいと言えばありがたいかな」
「それに、これなら私が直接現場に赴かなくとも状況を知る事が出来ますしね」
「・・・それが一番の目的じゃないだろうな?」
ちょっとジト目で睨んでやったがゴールドはニコニコ微笑むだけで全く表情を変えやがらなかった。面の皮の厚い女だ。
ゴールドの自宅からの帰り道、右耳に雑音が入って一拍空いた後――。
『あ。やっと繋がりました。聞こえますか、アナタ?』
「お~。ってこっちの声届くのか?」
エアーズからの連絡だったのだが、そう言えばマイクは何処だ?
『専用のマイクはまだ出来ていないんです。だから今はテンペストに通訳をお願いしている現状です』
「・・・それでか」
さっきから眼鏡に入る情報が妙にトゲトゲしかったのだ。
「しかし、これだけの物を作ったのにマイクくらい間に合わせられなかったのか?」
『優先順位の違いと言うのもありますが製作側が少し凝った物を作ろうとして製作期限をオーバーしてしまったようです』
「なんだろりゃ」
俺は呆れながらも普通にエアーズとの会話を楽しんでいたのだが――。
『ごめんなさい。テンペストの目が怖いのでテスト通信を終わりますね』
「あ。やば」
思わず普通に話してしまったが俺の声はテンペストが訳していたのを忘れていた。
「はぁ。帰りにケーキでも買っていくか」
『そんな事でご機嫌取ろうったってそうは行かないわよ』
「それじゃエアーズにお土産買って行くかな」
『・・・モンブランが良い』
「へいへい」
ちなみに途中で連絡があって結局人数分のケーキを買って帰る羽目になった。
今現在、俺の家にはテンペスト、ミタマ、玉藻、セシリアの4人と同居している訳だが、そこにエアーズが入り込む余地は本来なら無かった。だからと言う訳ではないのだがエアーズは自力で俺の自宅の隣の部屋へ引っ越してきた。
「お前って金持ちだったんだなぁ」
「アナタの所に空き部屋が無い事を一族に連絡したら支度金として用意してくれました」
「・・・」
そんな会話もあって今の所エアーズは隣の部屋から通い妻として俺の部屋に毎日訪れてはテンペストに煙たがられている訳である。
「専用の通信機器が出来れば部屋から追い出せると思ったのに、ゴールドの馬鹿」
「・・・」
まさかマイクの完成が遅かったのはエアーズの画策じゃないだろうな。なんとなく不安になってエアーズに視線を向けると鼻歌を歌いながら夕飯の支度をしている所だった。あの能天気振りを見ると疑いにくくなる。
★
数日後、エアーズのマイクが届いたので、そのテストを兼ねて散歩に出かける事にした。
「でも、これって眼鏡やピアスと違って結構かさばるな」
『私の扱う物が扱う物ですから、その程度は辛抱してください』
エアーズと通信する為の装備はマイクとイヤホンの他に携帯端末を常に持ち歩かなければいけないわけで、今まで手ぶら同然に歩き回っていた俺としては少し面倒だった。
「一応、専用のバックパックなんて作って貰ったけど、なんか違和感あるんだよなぁ」
『慣れですよ、慣れ』
「へいへい」
エアーズに適当に返事をして俺は駅前の広場に設置してあるベンチに腰を下ろす。
「しかし、別にこんな所までこなくてもいつもの公園で良かったんじゃないか?」
『混雑している場所でのテストがしたかったもので』
現在、俺が居る所は自宅から少し離れた場所にある都心の駅だ。いつもの公園と違って歩いてくるには少し面倒と思える距離だった。
「お陰で玉藻には拗ねられるし、テンペストには睨まれるし、ミタマは泣き出すし、散々だったぞ」
『なんだか愚痴ばかりですね』
「妻に愚痴を言うのも夫の仕事なもんで」
『・・・』
黙りこむエアーズ。恐らく俺の言葉に照れて言葉が出ないのだろうが――。
『相変わらずねぇ、貴方。気障な台詞でもないのに、どうしてそんなに女を喜ばせるのかしら』
「やかまし」
失敗した。テンペストはまだしもゴールドも聞いていたんだった。
「あ~あ。これからは3人の耳を気にしなくちゃいけないのかよ」
『テンペストは目だけどね』
「筒抜けって事じゃ一緒だろうが」
俺は肩を竦めて嘆息しながらベンチに背を預けてノンビリ体を伸ばし――。
「・・・半澤祐樹」
「・・・」
その名前を聞いて自分でも分からない理由で振り返ってしまった。振り返った先に居たのは長いストレートの黒髪を腰まで垂らした長身の美女。見覚えのない女だった。
見覚えはない筈だが――。
「返事をしなさい。半澤祐樹」
明らかに俺に向かって『その名前』を呼んでいるらしかった。
「・・・誰?」
「貴方は自分の学校の生徒会長の顔も覚えていないの?」
「生徒・・・会長?」
俺は別に記憶力の悪い方じゃない。しかし、いくら探っても彼女が生徒会長であるという記憶どころか彼女と出会った記憶すら掘り起こせない。
「俺の記憶が確かなら、俺達は初対面じゃなかったか?」
「ええ。確かに会話をするのは初めてね」
「・・・」
この女。良い度胸をしている。
「ともあれ私は貴方に話があるのよ。来なさい」
まるで俺がついてくるのが当たり前であるように歩き出す女。少々癪に触るが一方的に姿をくらませる段階の話じゃない。大人しくついていく事にした。
『半澤祐樹、ね。思ったより普通の名前だったのね』
「白々しい。さも今知った風な演技は止めろよ。水沢穂波」
『!』
半澤祐樹は俺の本名。そして水沢穂波はテンペストの本名だ。
「お前が俺と本部に所属していた時、お前は本部の端末にアクセルする権限を有していた。それなのに俺の個人情報を調べないで居るなんて欠片も思っていなかったぞ」
『わ、私は兎も角、貴方に私の個人情報を得る機会なんてあったかしら?』
「さぁな。企業秘密だよ」
『ふふ』
テンペストを煙に巻くと右耳にエアーズの含み笑いが届く。そう。つまり俺はエアーズを仲間に引き込んで最初に頼んだのがテンペストの個人情報流出だった訳だ。無論、そのときエアーズの個人情報も彼女自身の口から聞かせて貰ったが。
『でも彼女何者なのかしら?』
「さぁな。本人の話を聞く限り俺の元の学校の生徒会長らしいが」
『本当かしら?』
「それも含めて本人に聞いてみれば良いだけの話だ」
俺は肩を竦めて自称生徒会長の後について喫茶店に入っていった。
「初めに自己紹介をさせて貰うわね。私は館社鏡美。さっきも言ったとおり貴方の学校の生徒会長よ」
「そりゃどうも」
「私の自己紹介に対して自分も自己紹介しようとは思わないの?」
「少なくとも必要最低限の事を調べてきた相手に対しては、その必要は感じないね」
「・・・まぁ、良いでしょう」
鏡美は尊大に頷くとウェイトレスを呼んで珈琲を注文した。
「貴方は何にする?」
「奢ってくれる訳?」
「常識の範囲なら、ね」
「・・・同じので良いや」
別に気後れした訳ではないが少し穏便に事を運ぶ事にした。
「さて。少し状況を説明させて貰うと貴方に会ったのは本当に偶然よ。唯、私の学校で行方不明になった生徒の顔を覚えていたので見かけたから声を掛けさせて貰った訳」
「ふ~ん」
「それで、今何処で何をしているのかしら?」
俺は珈琲を啜りながら女――鏡美の意外な程の頭脳明晰ぶりに少しだけ感心していた。今の質問、例えば俺が『言いたくない』とでも答えれば『つまり、貴方は自分の意思で行方をくらませていたのね』とでも切り返してくるだろう。相手がどのように答えようとも、そこから僅かでも答えを得て、それを切り口に相手の真相を掘り進める話術だ。
「これは内密の話として聞いて貰いたいんだが、実は・・・」
しかし、この場合相手が悪すぎる。
俺は鏡美に対して真実を大真面目に包み隠さずに話してやった。唯、画一的な面から俺の能力を現す名前『リバース』だけは伏せたが。
「だから俺は今、その組織の為に働いている。だから家にも学校にも戻る訳にはいかないんだ」
「・・・」
俺の大真面目で真剣な顔に対して生徒会長殿は目を細めてジトッと見返してきた。
「どうやら真面目に話をするつもりはないようね」
「待ってくれ!俺は本当に・・・」
「出ましょう。時間の無駄だわ」
という訳で喫茶店から出た俺達は一言二言だけ話して直ぐ別れて帰路に着く事になった。
『感心しませんね。煙に巻くならあれほど真実を話す必要はなかったではありませんか』
「分かってないな、お前」
俺は少し批難してきたゴールドに笑って返す。
「あの女なら俺がどんな言葉でどんな話をしても、そこから裏を探ろうとしただろうが、さっきの話は例外なんだよ」
『どういう意味で?』
「だって、さっきの話は全部正真正銘の真実じゃん。そこに裏なんてある訳がない。あの女は俺の話から裏を探ろうって気はあっても話の内容になんて興味がなかったのさ。だから話の内容が真実だろうとでっち上げだろうとあの女からしてみればどっちでも良かったのさ。というか多分俺の話なんて右から左だったろうから内容を覚えているかどうかも怪しいな」
『・・・』
「それでも俺が自信無げの態度で話せば少しは興味を持ったかもしれないが、俺は大真面目に話してやったからな。俺の話には興味がない、裏も取れない。あの女からすれば至極退屈な時間だったろうな」
『貴方って、本当に悪魔みたいに悪知恵が働くわね』
「失礼な」
『そうよね。リバースって必要なら悪魔ですら騙してみせるくらい悪知恵が働くもんね』
「・・・」
とりあえず、この話題では俺の味方は居ないらしい。
『でも良かったのですか?あの子、貴方の行動範囲を把握されてしまった気がするけど』
「大丈夫だって。後一回だけ会えば俺に興味なくすから」
『?』
一同は分からないという風に首を傾げているらしかった。
★ 館社鏡美
それに気付いたのは気分を害して自宅へ帰り着き、携帯電話を充電しようとした時だった。
「・・・連絡先聞いてないわ」
半澤祐樹。学園で行方不明扱いの生徒で現在休学中。在学中は邂逅した事はなかったが行方不明者という事で顔だけは覚えて暇がある時は街中で目で探す程度はしてきた。
今日始めて出会って話をして――、一気に興味が失せた。
そう思っていたのだが、ひょっとしたら今日のは私に興味を失せさせる為の芝居か何かだったのだろうか?彼を発見したのは偶然だし、駅前から喫茶店に入るまでに短時間で私を煙に巻ける策を綿密に練られたとは思えないのだが――連絡先を聞き忘れた以上、それを含めて次に会った時に確かめる必要がありそうだ。
二度目の邂逅は意外に早く訪れた。
半澤祐樹は私が偶然入った公園のベンチに座って日向ぼっこをしていて、私が近寄って声を掛けるまでお茶を啜りながらぼ~っとしていた。
「なんか用?」
「連絡先を聞き忘れていたの。住所と電話番号、教えて貰えるかしら?」
「あ~」
渋ると思ったが彼は意外にも素直に住所と電話番号を教えてくれた。拍子抜けだ。
「意外に近いのね」
「あ~。あそこに見えるマンションだよ。なんだったら寄って行く?」
「・・・遠慮しておくわ」
自分から誘ったという事は何もやましい事がない証拠。適当に指差しているという可能性もあったが、それなら私を誘ったりはしないだろう。
電話も掛けてみたけど彼の携帯電話はしっかりと着信音を鳴らしていた。
住所も電話番号も確保した。これでいつでも用があれば連絡出来る訳だ。
★
『良かったの?』
「何が?」
尋ねてきたテンペストに欠伸をしながら答える。
『住所も電話番号も本当の事教えちゃって。もし何かあったら面倒な事になるわよ』
「全然問題ないって。あの女は俺の住所と電話番号を手に入れた事で安心したからな」
『?』
「安心して、それ以上追求しようって好奇心が欠如したんだよ。正確にはいつでも調べられるっていう安心感が俺に対する優先順位を下げたんだな。よっぽど暇にならない限り俺の事なんて思い出さないだろうし、あの女はそうそう暇な立場に居ないだろう」
『でも、もし電話してきたら?番号変えたほうが良いんじゃない?』
「それをやったら逆に怪しまれるって。電話が掛かってきたら素直に出りゃ良いんだよ。それで世間話でもすれば勝手にあっちから切ってくれる」
『でも仕事中に掛かってきたらどうするの?』
「阿呆か。仕事中に電源切るのは当たり前だろうが」
『・・・』
「ま。余程の事が無い限り、あの女は俺に対する優先順位を上げたりしないさ」
『余程の事って、例えば?』
「そうだな。能力者事件に巻き込まれたり、かな?」
『・・・今更だけど、本当に貴方が敵じゃなくて良かったわ』
「それは何より」
俺が話した真実を思い出すのは彼女が能力者事件に巻き込まれるような『当事者』になる事が条件になる。そして当事者になった以上、俺が話す事に躊躇を憶えなくて済むし、これ以上頭を絞る必要も無い訳だ。
俺と館社鏡美の関係は、少なくとも彼女が条件を満たすまでは白紙になったと考えて良かった。
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