缶コーヒー
少し肌寒くなってきたこの季節に、決まって思い出す事がある。
当時の僕はまだまだ子供で、どんなに背伸びして大人ぶっても高校生であることに変わりなかった。
休みの日にキミに会いに行く時だって、僕の移動手段は決まって自転車でどうにも締まらない。これがもし車だったなら、助手席にキミを乗せてドライブだって行けるのに。
そんな僕にキミはいつも優しく笑いかけてくれた。たった四つしか違わないのに、どうしてそんなに違うんだろう。
大人の余裕?
だとしたら当時の僕には全く持って余裕なんてモノはなかったんだと思う。
だからかな?僕はキミといると、いつも落ち着かなかった。
キミの仕種一つ一つが、話す言葉全てが、当時の僕にはとても刺激的で魅力的だったんだ。
ねぇ?キミは今も覚えているかな?
あの日。あの日を境に僕らの関係は少しだけ変わったんだ。
僕らがデート帰りにいつも寄り道していた、ブランコと滑り台があるだけの小さな公園。あの日もいつも通りに寄り道したよね。いつものように僕らは並んでブランコに座り、くだらない話をたくさんしたんだ。
キミは少しでも覚えてくれているかな?
僕は大人になった今でもあの時の事を鮮明に覚えている。
あの頃の僕は本当にダメダメでキミの手を握る事さえ出来なかった。
だからあの日も並んで座る僕らの距離は、隣り合うブランコと同じだけ離れていた。手を伸ばせば届くのに、僕の手は全く動こうとしてくれなかった。
あの時、キミは何を考えていたのかな?情けない僕に呆れてしまっていたのかな。
そうだとしたら、本当にごめんなさい。
「暖かい飲み物買ってくるね」
キミは突然そんな事を言って走って行ってしまった。僕は一人ブランコに取り残されて、キミの後姿を見ていたんだ。隣では惰性で動くブランコが悲しそうな音を鳴らしていたのを覚えている。
つまらなかったかな?
嫌われちゃったかな?
僕ってダメだな。
キミがいなくなってそんな事ばかり考えていた。辺りはすっかり暗くなっていて、電灯の明かりが惨めな僕を照らしていた。昼間に比べて気温も一気に下がってしまって、今まで何ともなかったはずのブランコの鎖が急に冷たく感じた。
「お待たせ」
だからかな?たった一言キミの声が聞こえただけで僕は堪らなく嬉しかったんだ。
その時のキミの手には缶コーヒーが一本だけ握られていた。僕の分も買ってきてくれたっていいのに。そんな事を考えながら、目の前で暖かそうな缶コーヒーを飲むキミを眺めていたんだ。
あんまり見つめ過ぎたせいかな?
「飲む?」
お礼を言って受け取った缶コーヒーは暖かくて甘くて、ほんのちょっとだけ苦かった。
「間接キスだね」
突然そんな事を言うから僕は急に恥ずかしくなって顔中が熱くなった。きっと真っ赤になっているんだろうな。なんて思っているとキミが僕を見てニヤニヤ笑っているから悔しくなっちゃったんだ。
だから……。
僕は勢いに任せてキミにキスをしたんだ。
僕にとっての初めてのキス。
カッコ良くできたら良かったのに、キミの歯が当たってちょっと痛かった。
でもその時は余計な事を考える余裕なんてなかった。いつも話が絶えない僕らの間に出来た沈黙が、自分が何をしたかを物語っていた。
「下手くそ……」
その沈黙を破ったのはキミで、いつもの大人の余裕があった。やっぱり初めてじゃないんだなって思って僕は少しだけ寂しい気持ちになったんだ。
でも……。
あの時のキミは僕の彼女だったんだ。
だから余計な考えは全部どこかに強引に押し込んで、僕はキミに二度目のキスをした。
一度目と違ってちゃんと出来た。
触れるだけのキスだったけど、キミの唇はとても柔らかかった。あの時のキスは、ほんの少しだけ甘くて苦い缶コーヒーの味がした。
ダメダメだった僕がキミのおかげで、あの日ちょっとだけ大人になれたんだ。
ねぇ?キミは覚えているかな?
あの日、公園からの帰り道。
ファーストキスの味は缶コーヒーの味だったって僕に教えてくれた事。
キミはいつもどおりの大人の余裕で、何でもないふうに言っていたね。でも僕はしっかり覚えているよ。視線を逸らして耳を赤くしていたキミの姿を。
ねぇ?覚えてるかな?
どうして耳を隠すのかな?
どうしてこっちを向いてくれないの?
仕方がない。
続きは、お腹の子供に聞いてもらおう。
パパとママはね……。