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スノードロップ ~名なしの冬

作者: RIKO(リコ)

 マリナは小さな女の子です。


 いつもほっぺを赤くして、小麦色の髪を風になびかせ、葉緑色(リーフグリーン)の瞳をきらめかせて、空の上をあっちにいったり、こっちへきたり、忙しく働いています。


 どうして、小さな女の子が空にいるのと、不思議に思うかもしれません。けれども、それは、どうってことはありません。

 マリナは神さまなのですから。

 とはいっても、まだ、研修期間中の新人でしたので、仕事は先輩の神さまのお手伝いだけなのでした。

 

 今日のマリナは、いつもより取分け、はりきっていました。なぜなら、やっと大神さまから研修終了のお達しが出たからです。新人の神さまたちは一人立ちすると、一人に一つ、国を作ることが許されます。

 その国を良い国にするも、悪い国にするも、それは神さまの腕次第なのです。


 マリナは、大神さまから、手毬くらいの大きさの粘土をもらうと、さっそくそれを机の上でこね始めました。

 粘土は粘土でも、それは神さまが使う国作りグッズです。ちぎって伸ばせば、平野ができますし、高く積み上げれば山になります。

 あまりおかしな形にするのも良くないと思ったので、マリナはとりあえず、あまり凹凸のない平野を作ってから、まあまあの高さで簡単に登れそうな山をいくつか作って、その上に乗せてみました。次に、山から平野に向かって指で溝を作りました。この溝に水を流して川を作るのです。


「うん、いい感じ!」


 次に、その国に住む人や動物たちを残りの粘土で作ると、マリナはそれを一つ一つ丁寧に机の引き出しに入れました。


「後ちょっとで、みんなの国が完成するよ! だから、もう少しだけ、そこで待っててね!」


 マリナはその国の女神さまになるのです。マリナは人々や動物たちの守護神というわけです。


「私、絶対に、この国のみんなに辛い思いはさせない。必ず幸せにしてみせるわ!」


 そう思うと自然と心がうきうきしてたまりませんでした。さあ、国作りの最後の仕事は、国の中の素材を選ぶ作業です。マリナはバケツと手籠を持って意気揚々と、大神さまの天空工房へ向いました。


* *

 天空工房の中へ入ってきた時のことです。


「よお、マリナ! 国造りはもう終わったのか?」


 新人研修で一緒だった、バアルという名の男の子が声をかけてきたのです。


 マリナと同い年でしたが、この男の子も、もちろん神さまです。


 けれども、マリナはバアルが苦手でした。なぜって、言葉も行動も乱暴なくせに、新人研修の成績はマリナよりバアルの方がずっと良かったからです。だから、ちょっと悔しくて、わざと高飛車な声を出して言いました。


「あとちょっとで出来るわよ。 川の水とか、野山の花とか、山の木とか、天空工房でもらった素材で国を飾って、人や動物を入れてやればおしまいよ」


「うわぁ、まだ、そんなことやってんの。遅っそ。俺なんて、とっくの昔に終わっちまった」


 バアルは勝ち誇った顔で笑いました。いつもこんな具合に、バアルはマリナに絡んでくるのです。


 本当に嫌な神さまだわ。こんな神さまに国を作られた人や動物たちは可哀想ね。


「あっそう。なら、私は忙しいんで邪魔しないでね」


 つんとそっぽを向いて、天空工房の素材置場に向かうと、マリナは壁にびっしりと書き込まれた素材メニューの中から気にいった物を探し始めました。


「えっと、必要なのは、まず、川に流す水ね」


『水』と書かれた場所をそっと手で触れると、目の前に色々な種類の水が、映像になって現れます。


 美しの水

 絹糸のような水

 甘い水

 おいしい水

 等など、全部見ていたら切りがありません。水といっても、美しい水ばかりではなく、


 濁った水

 鉄砲水

 滝のような水

 毒水

 なんていうのもあります。


 マリナは、大事な国民が飲む川の水を毒水にするなんて、とんでもないと、”美しの水”に手を触れて、その水を国で一番、大きな川に流すことに決めました。すると、


「おえぇ、何てつまんないことをしやがるんだ。美しの水を大判ぶるまいするなんて、お前、国民を甘やかせすぎじゃねぇの」

 バアルが横から茶々を入れてきました。


「甘やかすも何も、自分の国民を守って素敵な暮らしをさせてあげるのが、神さまの仕事でしょっ」


 眉をつりあげたマリナに、バアルはちっちっちっと、指を立てて言いました。


「甘やかすだけが、神さまじゃねぇんだぞ。だから、俺は自分の国の中心に物凄くでかい山を作った。難攻不落の山ってやつだ。川の水はわざと濁った水にした。美しの水はそのでかい山の中に入って探さなきゃ、飲むことができないんだ。花も木も俺が人々に与えるのは、種だけだ。だってさ、最初から何もかもが完璧に作られた国に何の価値があるんだよ。国っていうのはリゾート地じゃないんだぞ。そんなんじゃ、マリナの国はすぐに廃れてしまうぞ」


 マリナはバアルの言っている事に全然、納得がゆきません。マリナは女神さまなのです。優しくて慈悲深いのです。国民を虐めるようなことは絶対にしてはいけないのです。


 バアルは、言いました。


「俺の国では季節は、”冬”の1つだけなんだ。極寒の地ってやつさ。氷りつくような大地に難攻不落の山々がそびえ立つ。人々や動物たちは色々と知恵を絞って生きなきゃならない。俺は天空から、それを()()()()()()つもりでいるんだ」


 頬を真っ赤にして力説するバアル。それって、イジメじゃないのと、マリナは眉をしかめました。大神さまは、よくもこんな悪い神さまを新人研修に受からせたなと。


「私の国では、季節は”春夏秋冬”の4つにするわ。そして、それぞれに、お花の名前をつけるの。女神の私がその名前を呼ぶと、国にはその季節が訪れるのよ。もちろん、その国に住む者たちを癒すために!」


 考えるだけでも、胸がわくわくしてきます。素材工房の壁にあるメニューの”季節”の文字に触れてから、


”季節の数は?”と聞かれた質問に


「4つよ。”春夏秋冬”でも、それぞれには違った名前をつけてみたいわね」


と、答え、いざ、季節の名前をつける段になって、


 そうねぇと嬉しそうに呟いてから、マリナは言いました。


 春の名は、春の温かな光がさすと、真っ白な花を開いて金色の花芯を見せる”ディジー”

 その花言葉は『平和』


 夏の名は、夏の太陽のようなオレンジ色の花びらを幾つも持つ”ダリア”

 花言葉は『美』

 

 秋の名は、秋の風が吹くと薄紫の星型の花を咲かせる”シオン”

 花言葉は『忘れぬ思い』


 ところが、冬の名前をマリナがつけようとした時に、バアルが突然口をはさんできたのです。


「それ、超つまんない。だから、俺さ、今、こっそりと雪狼を一匹、マリナの国の冬に忍び込ませてやった。だからどんな柔な名前をつけたって、お前んとこの国は、冬には厳しい雪と氷が降るのを避けることはできないぜ。どうだ? 面白いだろう。それこそが国造りの醍醐味ってやつだよ」


「ええっ、何でそんな余計なことをするのよっ! いいわよ、なら、私、最初から”季節”選びをやり直すからっ」


「やり直しなんてもうできねぇよ。”一度、選択した国の素材は変更はできません”って大神さまが言ったのをマリナは聞いてなかったのかよ!」


 バアルは、そう言うと、ふんふんと鼻歌を歌いながら、天空工房から出て言ってしまいました。


 マリナは困りました。困って困って困り切って、悩んだ末に、マリナがやったこと。それは一体どんなことだったのでしょう?


 それは、”冬”には名前をつけなかったのです。


 女神であるマリナがその名前さえ呼びさえしなければ、冬という季節はマリナの国には訪れません。


 そうして、創造主マリナが、春夏秋冬の4つの季節を選んだにも関わらず、その国には、春夏秋の3つしか季節がない、おかしな国ができあがってしまったのです。


* *


 月日は過ぎ去り、マリナの国にも百年目の建国記念日がやってきました。


 マリナの国は何もかもが豊かな国だったので、人々は働かなくても、贅沢な暮らしができました。働かなくていいし、守護神のマリナが春も夏も秋も穏やかな気候に設定してしまったものですから、みんながみんな、だらだらと遊んで暮らしていました。


 100年間もそんな暮らしが続くと、平和も平和とは感じず、人々は毎日が退屈になり、やがて、生きる喜びが何なのかが分からなくなってしましました。


「ああ、もう穏やかで豊かなだけの季節にも飽きてしまったなぁ」


 女神さまが与えてくださった春夏秋の季節は、多少の気温変化はあるものの、毎年見る景色は同じで、変わりばえもなく過ぎるだけです。


「他の景色が見たいなぁ。この国に伝わる伝説では、”冬”って季節に女神(マリナ)さまが、名前をつけなかったせいで、この国には冬が来ないらしいが」

「冬には雪って氷の粒が降るそうだが、真っ白で綺麗らしいぞ」


 マリナの国では、冬が来ないので、その季節がどんなものかも、人々には分かりませんでした。


「でも、冬っていうのは、いい時ばかりじゃなくて、酷い吹雪があれ狂って、人を雪崩れで飲み込んでしまうこともあるそうだよ」


「けどさ、年中冬のバアルっていう北の国から来た行商は、彼らは人生に飽きることなんてないって言ってたぜ。しかも、極寒の地に届くお日様の光っていうのは、信じられないくらい綺麗だで有難いんだそうだ」


「へぇ、お日様の光なんて、俺たちは毎日、見てるのによ……。やめた、やめた。来ない冬のことなんて考えずに、今日はもう寝てしまおうぜ」


「ちぇっ、そして、目覚めても、また、同じ退屈な日々が続くだけ。あ~あ、俺はこんな国に生まれるんじゃなかったよ。女神さまに守られた国だか何だか知らないが、もし、生まれ変わったとしても、こんな退屈な人生は、もう2度とごめんだよ」


「まったくだ、まったくだ」


 その声は、はるか彼方の天空にまで響いてゆきました。


 そして、それは、すっかり神さまの仕事にもなれて、最近では自分の仕事のことよりも、大神さまの仕事のお手伝いの方が大切になってしまっていたマリナの耳にも届いていたのです。


* *

 

 ”冬があるのに冬がこない国”


 そんなおかしな国の小道を小さな女の子が歩いていました。


 春の名は『平和』の花言葉を持つ”ディジー”

 夏の名は”ダリア”は『美』

 秋の名は”シオン”は『忘れぬ思い』 


 女の子がその名を呼ぶと、その国に穏やかな季節が巡り、人々に永遠の幸せを与えるはずの国は、今では生きる目的をもたない人々が、ぼんやりと空を眺めているだけの場所になってしまっていました。

 人々が働かなくなった町には、雑草が生い茂り、手入れをされなくなった建物は廃墟のように古ぼけた姿をしています。

 

『平和』も築きあげたものでなければ『退屈』なだけ。

『美』は、見慣れてしまえば、何てこともない景色。

 醒めた心に『忘れぬ思い』は沸き上がってこない。



 生気のない人々に目を向けた女の子は、深いため息をつきました。けれども、女の子は温暖な日しかないその国にしては、重装備な恰好をしていました。


 白いコートに白い帽子。ふかふかなファー。帽子の耳当てを頭上で結ぶことだってできます。髪は薄い小麦色で、とても可愛い顔をしているのですが、葉緑色(リーフグリーン)の瞳にはうっすらと涙が浮かび上がっていました。


 その女の子は、灰色の毛並の大きな狼を連れていました。仲間のバアルという神さまから名前を教えてもらった狼です。


「ホッケカムイ」


 女の子が名前を呼んだとたんに、狼は雪狼(ゆきおおかみ)に姿を変え、それと同時にマリナの国に大吹雪が襲ってきました。

 見る見るうちに緑の大地は、白い雪にそまってゆきました。


 白いコートの女の子は、ちょっと悲しそうな顔をしましたが、やがて、きりと厳しく唇を噛みしめてから、雪の下から力強く芽吹いてくる花の名前を口にしました。

「待雪草 - スノードロップ -。冬よ、私がこの季節に付ける花の名は、『逆境の中の希望』を意味しているのです」


 それは、女神マリナ男神バアルの後ろだてを受けて唱えた神託。


 地面が凍っていても芽を出すほど寒さに強い白い花は、力強く、大地から芽を出そうとしていました。

 その日からです。マリナという退屈で生きる喜びのない国に、冬の時が訪れ、それを乗り越えることができる生きる力が育つようになったのは。



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― 新着の感想 ―
[一言]  読みました。面白かったです。  冬というものがあると誰もが知っているのに、けして冬がこない国。という発想が面白かったです。やっぱり人間甘やかすとダメですね。  展開がやや急に感じました。国…
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